初仕事
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
「用がそれだけなら俺は眠る、持っていくなら好きにしろ、だから関わるのはよしてくれ」
「クロウちゃん…あなたから魔晶石の感じがする」
落ち込んでいたと思われたアーツベルは、ふいに顔を上げて俺の胸元を漁った。
そしてネックレスの水晶を見つけると大声で叫んだ。
「やっぱりー!!」
「レイムプロウドだ、俺が持ってたら何か問題でもあるのか?」
「問題はないけど、ちょっと嫌な奴を思い出す加工の仕方ね」
「そうか」
今度こそ部屋に戻るが、気がつくとアーツベルが一緒に入り込んできていた。
エルフというのはどいつもこいつも頭のネジが緩んでいるんじゃないか?
「何故ついてくる」
「いいじゃなーい、あっ、二階があるの?」
目を離した隙にアーツベルは階段を登ろうとした…
そこは…そう言いかけたが。
「いい加減にしろ!!それ以上この家を土足で踏みにじるような真似をしてみろ!!お前を殺してやる!!」
「きゃああーっ!!」
それは、自分でも驚くほど殺意のこもった怒声、そして怒りで身体が震えている。
アーツベルは怯えながら身を縮めて小さく謝った。
「ご、ごめんなさい…」
その様子に我に返り、目眩と吐き気に襲われる。
「…二度と、家には入らないでくれ」
「はい…あのっ、本当にごめんなさい!もう家には近づかないからっ、だから…」
「森と石のことは好きにしろ」
「そうじゃなくて…」
何かを言いかけていたが、これ以上誰かと関わるのはうんざりだ。
アーツベルの背中を押して外に出し、勢いよく扉を閉めてこれみよがしに鍵をかけると気配は森の外へと消えていった。
気持ちが悪い…反吐が出る。
こんな世界、壊してしまいたい。
「クロウシス、俺は君の役には立てそうもない…」
──次に目が覚めたのは、約束の仕事の日の朝だった。
風呂に入り寝ぼけた目を覚まして裁判所へ手ぶらで向かう。
医者に聞いた話によると、いつの頃からか執行人は身を清める為と弔いの為に井戸で水を浴びるようになり、それがアトスの代まで習慣化していたのだという。
執行日に食事を摂らないのはアトスが初めての事だったので医者に理由はわからず、聞いても教えてはもらえなかったらしい。
しかし残念ながら俺にはその習慣は受け継がれなかった。
何故なら井戸水はいつの間にか枯れていたのだ。
恐らくはトールの差し金だろうが、そんなことは気にはしていられない。
そして裏門を通ると見慣れた数人の兵士が軽く手を挙げて挨拶をしたが、そこにバーチスの姿はなかった。
珍しいな、休みか?
建物に入ると二人の女が待ち構え、ある部屋に案内された。
「ここは?」
「お着替えをして頂きます」
そう言って女が壁際のついたてのようなものを覆う布をはぐと、そこには着物が掛かっていた。
黒地に白の流し模様、所々に赤と薄紅の桜の刺繍が施され、袴も黒く金の帯。
それを呆然と見つめ、思わず確認してしまう。
「俺は、何をしに来たんだ?」
「被害にあった方に、悪夢の終わりを印象づける為にも派手な方がいいというのがトール様のお考えでございます」
女の一人が淡々と答え、手馴れた手つきで俺の服を脱がそうとする。
「まさか、着替えってのは…」
「ご自分でお着物をお着替えになりますか?」
「…いや」
着物着つけも何も知るわけがない。
着付けが終わると、今度は髪をとかし少しのおくれ毛を残して高い位置で結び、金の縄で括りあげる。
目じりに紅をさされて完成したようだ。
「クロウ様、いかがですか?」
「…自分じゃないみたいだな」
作品の仕上がりの感想を求められ、そう言うのが精一杯だった。
そうして次に案内されたのは先程の化粧部屋とは違い、この建物らしい無機質な簡素な会議室のような部屋だった。
そこには裁判官のような衣装を身にまとった老人と、二名の兵士が待機していた。
「クロウ殿、こちらを」
兵士に渡されたのは日本刀。
鞘から刀身を引き抜くが、刃こぼれ一つなく素人目にも立派な物だとわかる。
そして、裁判官風の老人の持つ羊皮紙を覗き込むと、名前と罪状がずらりと並んでいた。
「罪人にご興味がおありですかな?」
「俺は記憶がなくてな、何をしたら罪になるのか知っておきたい」
「ははは、ワシは健吾様とアトス様しか存じ上げないが、また個性の強そうな変わった方が来られたものだ。では毎回罪人の書類を事前に用意させましょう」
そう言うと、老人は羊皮紙とは別に数枚の紙の資料を取り出した。
受け取ってぱらぱらとめくり目を通すと、名前や出身、裁判でのやり取りに罪人の言い分、証拠などが細かく記されていた。
「これは中々読み物としては楽しめそうだ」
そんな俺の言葉に老人はまた笑い、兵士はなんとも引きつった顔をした。
「ワシが罪状を読み上げクロウ殿を呼びます、そこで罪人に罪を認めるか問うてくだされ」
「ああわかった。ただ…」
「何か心配事ですかな?」
「変な紹介は勘弁だな」
老人は堪えきれず大笑いすると、俺の背中をバシバシと叩いて言った。
「諦めなされ、あの文言は閣下が用意されたものじゃ」
「閣下?」
「トール様じゃよ」
なるほど、道理で芝居がかった悪趣味なものになるわけだ。
時間になると部屋を出て、老人は先に断頭台のステージに上がった。
「この者…──は、──にも関わらず…」
それを隠れながら袖で見つめていると、反対側に医者が現れた。
医者は目を丸くして俺を上から下まで眺めると、親指を立てたり音が出ないように拍手をしてくる。
そしてその時はやってきた。
「それでは、正義の名の元に、真実の執行人これに」
医者をちらりと見ると、緊張した様子で拳をあげて頑張れと言わんばかりだ。
ステージに出ると、先程まで騒がしかった観客は静まり返り老人は続けた。
「彼の者は真実の耳を持ち、愚かな人間に罰と永劫の苦しみを与える為、神に遣わされし真実の断罪者!クロウ・タカヤナギ!」
嫌な予感は的中した、やはり長いうえに大袈裟だ。
そしてその異世界人と思われそうな苗字はどこから来たのか。
神に遣わされたのは間違いでないところがなんとも皮肉だ。
すると傍聴していた観客は一斉に歓声をあげ、処刑場は異様な熱気に包まれた。
そこで観客席に低く手を挙げると、歓声はピタリと止んだ。
そして罪人とされる男に近づき教わった決まり文句で問いかける。
「汝、罪状に偽りなく、罪を認めるか?」
「オレがやった…!」
態度は悪いがその言葉に嘘はなく、スキルも嘘を報せない。
剣に手をかけようとしたその時、罪人は舌打ちをし傍聴していた者の誰かに罵詈雑言を吐き、喚き散らした。
「いいか!俺が死んでもお前だけが幸せになることは許さない!!呪ってやる…お前が生まれてきたことを後悔させてやる!!」
罪人にしっかりと顔を見られ罵倒された者は怯え、恐怖に泣き崩れた。
この後に及んでなんという事を…!これではまるで…
俺の頭に過ぎったのはノーラとブロッキオだった。
「…お前の呪詛は何者をも傷つけることは出来ない!お前自身がその穢れた魂に呪詛を抱き永劫の苦しみに堕ちるがいい!!」
瞬間、男の頭がステージに転がり、怯えていた被害者らしき者を支えていた者たちは涙を流し何度も頭を下げた。
被害者は再び嗚咽混じりに声にならない声で感謝の言葉を言っているようだった。
そして盛大な歓声があがった。
そして俺は血を払うと刀を鞘に納め、深く一礼をして医者のいる方の袖口に退場した。
するとステージの外から気持ちの悪い声援が聞こえてきた。
「クロウ様!あなたこそ正義だ!!」
「クロウ様!!」
「ありがとうございます!クロウ様!」
なんだこれは。
さっさとその場をあとにしようとするが医者に捕まり、隣に待機していた兵士の男が急いで小さな紙のカンペを用意し、それを持たされ再度ステージに放り出された。
「おお!!クロウ様!!」
「クロウ様!!」
とりあえず顔の前で拳を作り、反対の手で拳を包みお辞儀をする振りをしながら袂に隠したカンペを読み上げる。
「"このケダモノに長きに渡り苦しめられてきた人々よ、その怨嗟もケダモノの醜い魂もこの手により断ち切られた、これからは悪夢にうなされることなく心身の傷を癒してくれ!"」
なんと臭くも恥ずかしいセリフを言わせるのか。
言い終わると歓声はさらに大きくなり、もう一度深くお辞儀をしてステージの裏に逃げるように戻った。
「お、お疲れ様だったね」
気まずそうな医者を睨み、適当な部屋へ引きずり押し込んだ。
「なんだあれは」
「最初に君が言った言葉が被害者の心を救ったんのだよ、君はいい事をしたのだ」
「いつもあんな事をアキトにやらせていたのか!?」
「今までの執行人は罰したら終わりだったのだがねえ…クロウ君の正義による人を思いやる心、それは人気も出るというものだろうね」
「そんなものはない!たまたま似たような者たちを知っていてつい口走っただけだ!」
しかし医者は感心したように頷いている。
「炎の魔法で傷口を軽く焼いて血を少なくしたのも素晴らしい機転だったと思うのだがね」
「いくら憎んだ相手だろうと、そこまでグロテスクなもの見せられるか!」
医者は優しく微笑んだ。
「それだけじゃない!苗字なんて!異世界人みたいじゃないか」
それを聞いた途端、医者は真顔になり辺りを見回してから言った。
「トールの苗字だ」
「…トール…あのじじいか!?」
「高柳透、それが彼の本名だよ、君は余程気に入られてしまったらしい」
「なっ…」
寒気がする。
「俺はあいつにとってひどく扱いにくいはずだ」
「ボクにも何がなにやら…ただ闘技場まで任されたと聞いたよ」
「ボス猿を倒した責任を取れということでな」
「今晩出られるかね?安全のためにあの店がいいのだがね」
「…わかった、次の資料も持ってきてくれ」
「あれっ、クロウくん!?着替えないのかい!?」
「ここは空気が悪すぎて吐き気がする」
ここまで読んでくださりありがとうございます。




