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試合2

少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

『それで?』

顔色一つ変えない男の問いに剛田は絶望を知った。


「なんで俺がこんな目に…うっ、うぐっ、知らなかっただけなのに、きさ、あんたが言う通りなら利用されていただけなんだろぉ!?なら俺は悪くないはずだあぁ!」

自分の都合のいいように解釈し、泣きながら今さらなことを言っては眼前の男の反応を伺った。

しかし男の視線は冷ややかなものだった。


「シス…様、助けてください、俺はこんなわけもわからないところで死にたくない…」

出血と恐怖で白くなった顔からは生気が感じられず、初めてシスと名前を呼び、目の前の男に一人の人として必死に語りかける様子には、先程までの剣神の面影は無かった。


『知っているか?』

「なっ、何を…ですか?」

そのどこか優しさを帯びた穏やかな口調は剛田にとって一筋の光だった。

次に訪れるのは同情か、好機か救済か。

ともかく自身にとって逃してはならない重要なものであると思えた。


『自分が利用されていたことを知らなかったと言ったな』

「は…、はい!!」

なるほど、このシスという男は自分の行ってきた所業が故意だったのかどうか、そこが重要なのかと剛田はこれでもかと力強く頷いた。

これで助かるのだ!剛田が安堵に笑みを浮かべた時。


『無知こそお前の最大の罪だ』

「…え」

剛田は言葉の続きを発することなく動かなくなり、挑戦者がいつの間にか抜刀された刀を鞘に納めるとそれを合図にしたかのように剛田の全身から血が吹き出し、ドサリと頭が落ちた。


会場に声を上げるものはいなかった。


剛田の血が頬に飛び、それを指でなぞると生暖かい。

人を殺した…それでも何も感じない。

自分がこの闘技場で異世界人の処刑をさせられていた事も知らず、知ってもなお現実を見ようとしなかった。


《──目覚めたか…》

あいつはアキトを侮辱した。

『生きる価値がない」



〈し、勝者ー!!!シスーーーー!!!まさかの剣神・剛田が敗れたああああ!?〉


控え室の扉を閉めると、試合の途中から夢のように現実感がなく、辺りが暗くぼんやりと感じられた。

鳴り響くアナウンスは他人事のようだ。

すると出入口のドアが勢いよく開き、入ってきたのは医者だった。

「本当に勝ってしまったのだね」

「…先生?ああ…来てくれたのか」

医者の顔を見たとたん、暗がりに思えた周りが明るくなり、景色には輪郭が現れた。

《──そうか、まだこの男が》

まだ少し眩んだような頭を押さえ医者に近寄ると、あちらも不安そうな顔でこちらを覗き込んで複雑そうに問いかけた。

「クロウくん…なのだよね?」

「なんのことだ?」

「い、いや…君が無事でよかった!!」

「なんとかなったよ、先生」

そう言うと半泣きの医者に抱きつかれ、それを引き剥がす気力もなくふとある事を思い出した。

スキルだ。

医者のスキルによる健康チェックや、なにやらまくし立てる言葉を余所にステータス画面を見つめた。

まさかとは思っていたが、予想通りに追加された新しいスキルを眺める。

【剣神】【スキル無効化】

どうやら俺は死んだ異世界人のスキルまで吸収している。

【剣聖】が死んだのは俺が眠っている期間の出来事だったことを考えれば、知らずに吸収した力は俺のモノになった。


アトスが亡くなった時その場でアトスのスキルが使えるようになったのも俺が吸収したからだ。

生命の力は生命力だけじゃなく他人の能力まで奪うことが出来るのか?

俺が強くなるには異世界人の死が必要──…。


「それでだねっ!クロウくん!聞こえているかね?」

ハッとして医者を見ると、やはり心配そうに目の前で手を振っている。

「悪い…試合の途中から少し変なんだ…」

「そうか!そうだね、疲れているのに僕の方こそすまなかった、とりあえずの手当てだけでもしておこうじゃないか」

そう言うと医者は俺を椅子に座らせ、いつかの大きながま口の鞄を机に置くと中から薬や包帯を取り出し、手当を済ませたところで医者は呼び出しを受けてしまった。


「こんな状態の君を一人にしてすまない!」

「いや、来てくれて助かったよ、また戻れた…」

それは心から。

“ 俺”に戻れるとは思わなかったのだから。

しかし医者にはなんのことだかわからない様子で首を傾げていた。

そして、仕事もあるがあまり二人で長く居るのも良くないだろうと話した結果、会うのは今まで──アキトがいた頃と同じような頻度でという事になり、医者は慌ただしく何度も謝りながら出ていった。


そうして俺も荷物をまとめて、とりあえずの居場所である森の家に帰ると、ソファに横になり天井を仰いでいるうちにいつの間にか眠ってしまった。

「ちゃんと食べなきゃダメだよ」

「──アトス!?」

聞きなれた声に飛び起きると、日が暮れて部屋は真っ暗だった。

「夢か…」


左手首のブレスレットに手を添え、時計を見ると夜中の二時だ。

お茶を飲んでから風呂に入ると、またソファに身体を沈めてぼんやりと過ごす、頭に靄がかかったように気だるく何もする気になれない。


「この家はこんなに静かだったんだな…」


それから時間の感覚もなく数日経った頃、またも早朝に玄関の扉がノックされた。

気配には気づいていたがどうでもよかった。

「何の用だ?」


扉を開けるとバーチスが数人の見慣れた兵士と立っていた。

「クロウ殿」

「クロウでいい」

「…クロウ、トール様からの伝令だ」

「ああ、次の審査が決まったのか?」

「わからない、急だが明日の朝の8時までに来いとのご命令だ」

「そうか、わかった」


扉を閉めようとするとバーチスが戸に手をかけてひきとめた。

「クロウ、飯はちゃんと食っているのか?試合からもう一週間だぞ?出かけていないことは知ってるんだからな!?」

もうそんなに経ったのか。

「放っておいてくれ」

「ひどい顔色だ!」

「静かにしてくれ!!アトスが起きる…」

言いかけて、ふと我に返る。

俺は何を言ってるんだ?

「クロウ…アトス様は亡くなられたのだと聞いた!」


わかっている、そんな事は俺が一番よくわかってるのに。

この埋めようのない虚無感、孤独、耳鳴りのするような静けさ…これ以上聞きたくない。

「アトスは…今眠ってるんだ、起こさないでやってくれ」

「…何を言ってるんだ?」

「寝室から出てこないんだ」

「クロウ、俺の言葉を聞くんだ」

「…先生を呼んだ方がいいのか?」


そう言うと、バーチスは唇を噛み締め、哀れみに充ちた目を向け紙袋を渡してきた。

「なんだ?」

「パンとジャムの礼だ…二人で食べてくれ」

「ああ…ああ!ありがとう!アトスが喜ぶよ!」

「しっかり食うんだぞ、何かあったらすぐに呼べ」

「大袈裟だな、アトスには過保護な医者がついてるんだ、問題はない」

「…クロウ、外にでも出たらどうだ?お前の外出には許可はいらないと聞いている」

「へえ…気が向いたら行ってみるさ」


バーチスはそれだけ言い残すと兵士を引き連れて去って行った。

「バーチス、クロウが剣神を倒したなんて、今でも信じられないな」

「あれは、クロウなんだよな?」

「それよりアトス様が家で休んでいらっしゃるというのは…?」

戸惑う兵士の言葉にバーチスは額に手を当て、無言で森を後にした。


扉を閉めた俺は、自分の言ったことが信じられずにその場にへたり込んだ。

「アトスが寝てる?生きてる?ありえない…なんであんな事を…」


昼過ぎになり、ふと頭に浮かんだのは医者に連れられて行った店だった。

この時間にやっているかもわからず、記憶を頼りに店に辿り着くとタイミング良く女将が出てきた。

「クロウさん、おまちしておりましたよ」

「今日は謝罪しに来た」

女将は少し驚いたように動きを止めると、中に入るように進めた。


「ここでいい。アトスを守るために手を尽くしてくれたのに俺は何もできなかった、俺が見殺しにしたんだ、すまない」

そう言うとお女将はやりきれないという顔をして、やはり店に入るように言った。


「クロウさんさえ良ければ、少し私からもお話をよろしいでしょうか?」

女将の目には贖罪と悲しみが宿っていた。


「迷惑じゃなければ」

「ええ、ぜひいらしてくださいまし」

入口を抜けると、見たことの無い和風の座敷に通された。

「お茶です、もう何も入っていませんからお召し上がりになって」

「…話は戻るが、女将さんも女の子たちにも嫌な思いをさせて悪かった」

「私たちが好きでしたことですのよ、こちらこそお力になれなくて…」

「一つ聞いてもいいか?」

「なんなりと」

「先生は俺になんの暗示をかけようとした?」

「…試合前に逃げるようにと」

「なぜ…?」

そんなことをすればアキトや先生の立場が危うくなるはずだ。

「元々、聡一さんはこの店を作り、特に役立つスキルや魔法を持たない私たちを保護してくれました」

「じゃあこの店は先生の?」

「ええ、極秘ですが」


それならば医者の顔が効くのも納得だ。

「ただ、聡一さんはこんな日が来ることを分かっていて、アトスさんにテンプテーション…魅了と催眠をかけようとしたのですよ」

「それはもうわかっている、わからなかったのは俺にまでかけようとした理由だ」


女将は少し俯いてから、またこちらを見た。

「クロウさんが、アトスさんの事を忘れて逃げてくださるように」

一体どういうことだ?

「クロウさんがお優しいので、このままではアトスさんを置いては逃げてくれないだろうと」

アトスに危害が及ばないようにというだけではなく俺のためにまで?


そう思ったことが顔に出ていたのか、女将は晴れやかに言った。

「聡一さんはそういう方なのです、私がこんな事を言ったのは内緒でございますよ?」

「…ああ」

それだけ聞くと俺は席を立ち、出口にむかった。

「もう行ってしまうのですか?」

「俺は客じゃない、店に迷惑はかけられない」

「クロウさん…!」

「女将さん、話を聞かせてくれてありがとうな」

「本当に、いつでもお待ちしておりますからね!」

ここまで読んでくださりありがとうございます。

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