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アトスの仕事

少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

 教えられた通りに進み階段を降りると、そこは小さいスタジアムを半円にしたような作りになっていた。

 階段席が八段ほどあり、下がれば下がるほど中央に設置されたステージに近くなって、建物の壁の高い場所にはせり出した二階席が所々に設置されている。

 VIP席というやつか、ステージからはだいぶ遠くはなってしまうが、建物から直接行き来できそうなその席は誰かとすれ違うことはないだろう。


 まだステージには何も用意されていないが、観客席は全体の四分の三ほどが客で埋まっている。

 全容を把握するために真ん中の中段に座りたかったが、映画館と同じ心理が働いているのか、ほとんどの客が後ろと中段に固まっていた。

 仕方がないので一番前の真ん中に座る。


「この日が来るのをどれだけ待ちわびたことか!」

「皆同じ気持ちだ!」

 後ろからは感極まって泣き叫ぶおばさんの声がする。


 そんなに皆が楽しみにしているイベントで、アトスが何をやるのか心配になってきた。


 その時、催し物の開始を告げる鐘が鳴り響く。


 ドキドキしながらも自分に言い聞かせる。

 大丈夫だ、今日のアトスは美少年の出来る子だ。

 仕事道具と言っていたものもあんなに大事そうに運んで、きっとしっかり手入れや練習をしているのだろう。

 とにかく見守ろう。


 すると、次の瞬間現れた者たちによって期待は裏切られ、耳と目を疑った。


「罪状――、この者は…」


 出てきたのは小汚い太った男。

 両手を後ろ手に縛られて、そこに繋がったロープで首も拘束され、兵士がロープを引き上体を起こさせながら前に進むように何度か蹴りを入れる。


 ステージの端では黒い裁判長のような服の男が、手元の羊皮紙に書かれた罪状と呼ばれるものを読み上げる。


 なに、なんだ?

 嫌な予感がする。

 場所の雰囲気はだいぶ違うけど、こんなものを映画で見たことがある気がする。


 待て、アトスはどこだ。

 アトスにこんな物を見せているのか!?

 だから宗教とか嫌いなんだよ。


「――によって、――、死刑を宣告する」

 裁判長風の服の男の宣告に、観客席の半数以上が割れんばかりの歓声を送る。


 アトスはこの罪人の最期の祈りでも聞くのか?

 それとも最期を祈ってやった後、いや、それならば見学とは言わないだろう。


 もう少し説明しておいて貰えばよかった!!

 普通に怖えぇよ!


「それでは、正義の名の元に、真実の執行人これに」


 今やるのかよ!

 死刑を決めるだけじゃなくて、やっぱり公開処刑…

 グロいの苦手なんだよ俺は!!死刑執行人がなんだって?


 呼ばれてステージに出てきたのは、大鎌を持った黒い神父服の…


「かの者、アトス・フロッソは真実の耳を持つ、業火の断罪者である!」


 その途端、割れんばかりの歓声と叫び声が会場を埋め尽くし、頭が割れそうだ。


 真実の耳とは、あのスキルのことか?

 あれがアトス!?

 アトスが…死刑執行人!?何かの間違いじゃないのか?

 宗教的な事で呼ばれてたわけではなく、そっちだったのか!?


 想像していたものとのあまりの違いに混乱しながらも、アトスの動向に目を見張る。


 罪人と言われてる男は、高いステージの端に頭だけ出した状態で、両手をそれぞれの床から伸びるロープに縛り付けられて身動きが取れないようにされている。


 位置的に男と目が合いそうで怖い。


 するとアトスは大鎌を片手で持ち、柄を肩にかけながら一歩前に出ると口を開く。

「汝、この罪状に間違い無く、罪を認めるか?」


 いつも子供のような優しい口調のアトスが、ゾッとするほど冷酷な声色で男に最期の確認をした。

 あれは、本当に俺の知っているアトスなのだろうか?


 観客―もとい被害者もいるのだろう―、は罪人が答えるのを固唾を飲んで見守っている。


「ちっ、違う!俺はやってない、その耳で聴いてくれ!貴族に罪を擦り付けられた!!助けてください!!助けてください!!」


 往生際が悪いのか、本当の事なのかわからない。

 認めなかったらどうなるんだ?


 だけど大丈夫、アトス、お前ならわかるよな?

 しかし、嘘発見器を持つ者が処刑執行人とは天職すぎるだろう、冤罪を防ぐ為に必死なのは理解出来る、だが少年にやらせる仕事じゃないだろう?

 捜査や取調べの時点で、アトスに協力してもらう事も出来たんじゃないだろうか…。


 この事件に関係の無いはずの俺の鼓動は早鐘のようになり、嫌な汗が首筋を伝う。


「本当に何一つ、指示も実行もしていない!俺には関わりの無いことだ!!助けてください!!」


 するとアトスが罪人に近づくのをやめ、顔色が変わる。

「う…そだ」


 その罪人の言葉は虚言だったのか。

 また大きくなる歓声にアトスの声はかき消された。


 しかしアトスの顔色は真っ青になり、よく見ているとまだ何か言っている。

 身を乗り出して口元を見る。

 くそ、後ろの奴らがうるさい!!

 なんのスキルでもいい、頼むからアトスの声が聴こえるようにしてくれ!!

[アトス!俺だ!聞こえるか!?]


 念話を投げかけるが、アトスからの返事はない。

 それでも諦めずに何度も声をかけ続ける。

[どうした!?アトス、アキト!!]

[嘘ダ…]

 一瞬アトスの声が聞こえた。


[ナンデ 本当ノ事ヲ 言ッテルノ…?]

[本当の事!?どういう事だ!]

 今聴こえたはずなのに、確かにアトスの声が聴こえた。

 僅かに動いた口も同じ発音に見えた…

 それなのに念話がそこで途切れてしまった。

 まさか…!?


「アトス!違う場合はどうするんだ!?俺の声が届いたら何か合図をくれ!!」


 席を立ち柵に掴まりながら、出来るだけ身を乗り出して全力で叫ぶ。

 するとアトスが一瞬こちらを見た、目が合った気がした。

 いや、気の所為なんかじゃない!あいつには俺の声が聴こえた!


 確かに合図をくれたんだ!

「おい!!お前ら!黙れ!!この男は犯人じゃない!!」

 今度は後ろに向かって叫ぶが、誰にも声が届かない。

 アトスは大鎌を両手で握りしめて後ずさるが、兵士がアトスの後ろに詰め寄り退くことを許さない。


 信じたくないが…、これは仕組まれた死刑!?

 アトス以外のステージの奴らは分かっているんだ、わかっててあの男を犯人にして殺そうとしてる!!


「やめろおお!!アトス!!お前がそんな事に手を貸す必要はない!!」

 大丈夫だ、俺の声はアトスに聴こえている!


 アトス動かないでくれ、今行く!

「おい!さっきからお前は何なんだ!」

 突然襟を掴まれ、手すりを乗り越えようとしていた体勢が崩れて後ろに引き倒される。

 後頭部を階段にぶつけ、勢いよく倒れ込むが諦めるわけには行かない!

「わからないのか!?あの男は犯人じゃない!冤罪だ!」

「そんなわけないだろう!!あいつの仲間か!?」

 再び手すりに駆け寄ろうと急いで身体を起こして立ち上がったが、いつの間にか三人の男が手すりと俺の間に立ちはだかり、訴えを阻止しようとする。

 俺を引き倒した後ろの男に、前に三人…手際がよすぎる!

 こちら側にも居たのか、仲間が!


 その時、


 歓声はさらに大きくなり、咽び泣いて崩れ落ちる者もいる。

 間に合わなかったのか!?


 いや、俺や目の前の男たちに血がかからない。

 まだ…

「ぎゃあああああああ!!!!」

 目の前に居た三人が静かにその場を離れていく。


 なんで、何をやってるんだ?


 アトスの鎌の刃がボロボロじゃないか。


 振り下ろされた者の首の後ろで振り切ることが出来ずに刃が止まると、拘束されている男が悲痛な叫び声を上げる。


「があああああああああ!!だずっ、けでえあああああ!!」


 くそ!早くアトスと男を回収して治癒魔法を使って逃げるしかない!

 急げ、早く…

 策を飛び越えステージに駆け寄ることは出来たものの、ステージの様子がおかしい。

 アトス?


 目を離したのは邪魔をされた一瞬だった。

 男の首に刺さったままの鎌の柄を握って立ってはいるが、痛みで暴れる男の振動を受け、すぐに柄から手が離れてぐらりと揺れると前のめりに倒れ込む。



 アトスお前

 なんで死んでるんだ?



 観客席からは半分悲鳴が聞こえ始めた。

 兵士の一人がアトスを抱き上げると、そのまだ暖かい身体を後ろに奪って行ってしまう。


 するとスーツの男が拡声器を使い、訳の分からない事を言い始める。

「執行人の意識消失により、本日は代理の執行人が行わせていただきます!」


 なぜ。

 なぜこのタイミングで、俺は新しいスキルを得た?


 拡声器から聴こえる声に、警報のような耳障りな音がまとわりついて聴こえる。


 恐る恐るスキルを見る。

【真偽感知】

 間違いない、これはアトスのスキルだ。


 気がつけば刑の執行は済んでいた。

 身体が思うように動かない…、手が震える。

 なんて悪夢だろう、夢なら早く目覚めなければいけないのに、どうしてこの喧騒は終わってくれないんだ。


 俺には死者を生き返らせる手段なんてない。


 俺はいつも、なんでこうなんだ。

「おい!お前!止まれ!執行台に上がるんじゃない!」

 なにか聞こえる…でも俺はアトスの元に行かなければ。

「まあ、いいんじゃないかね?一緒に来たんだ、こちらで話をさせよう」


 聞き覚えのある声がする。


「始末したのは仕方の無い事だったと理解したまえ」

 また頭に警報音が鳴り響く。

「先生っ!?」

「一緒にアトスの所にいこう」

 医者に力任せにマントを掴まれて、引っ張られて行く。

 周りを兵士に囲まれ、くらい通路を歩いていると、医者が話しかけてくる。

「アトスは自分の仕事を放棄したんだ、ああなって然るべきなのだよ」

 警報音はどんどん大きな音になっていく。


「先生…やめてくれ…」

「お前も大人しくしないと、アトスのように始末しなければいけないがね」

「聞きたくない!!」

──言わせたくない。


医者は俺を黙らせるために取り押さえようとする兵士に手で合図をして、離れさせると自分が俺の腕を強く引っ張り出した。

「先生っ!」

「この世界の…王の為にならない人間には当然の末路なのだよ」

警報は止まない。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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