脱垂れ流しと差し入れ
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
「ですから、あちらの森にお立ち寄り頂くには許可が必要でして」
「なんでよ?ちょっとお邪魔しただけじゃなーい」
「国王様以下手続き役場でもまだ許可が降りていないのです、今しばらく国の判断をお待ちくださいとあれほど…」
その騒ぎに問答無用でスキルを使い気配を絶った。
なんだろう?アーツベルに関わるのはとても面倒そうな気がしてならない。
しかし兵士にいくら宥められてもアーツベルが引く様子はなく、それどころか。
「私ここの人と知り合いなのよ!」
などと、のたまい始めた。
「あれ?あの人ウソついてない…クロウ知り合いなの?」
「アトスの知り合いじゃないなら知らん」
一度会っただけで知り合いとは、中々気持ちの悪い奴だ。
「ですから、お知り合いならお名前を…」
「アーツベルだってばあー!」
「森人様のお名前ではなくてですね、お知り合いの方のお名前を教えて頂きませんと」
「知るわけないでしょぉー?執事ちゃんとはこの間会ったけど名前は聞いてないのよ」
森人様よ、それは知り合いとは言わないんじゃないか。そして俺は執事ではないのだがそれを教える機会が来ない事を願おう。
ふと兵士の対応に違和感を覚える。
森人様に対して意外と強気に対応していることだ。
国という権力ゆえか、田舎ほど森人の恩恵を受けていない為かアーツベルが森人として信用が薄いのか、理由はいくつか考えられたがこれなら兵士たちに任せても良さそうだ。
アトスも同じく関わる気が無くなったようで、二人で家に帰ることにした。
「なんだかすごかったね、森の人…」
「そうだな、忘れるためにも早く帰って飯だな」
「さんせーい」
再び来た道を飛び、瞬く間に家に着くと玄関にアトスを降ろし、俺は【周囲感知】の範囲を広げて侵入者に備えた。
部屋ではアトスが先に風呂に入り、戻ってくると夕食を作り始めたのを見てから風呂に入った。
なんだかゴチャゴチャとした頭を冷やし、整理しようとするが何一つまとまらない。
諦めて適当に風呂を切り上げて部屋に戻るとアトスの姿がない。
気配を辿り外に出ると、玄関の脇の切り株にぽつんと座っていた。
「どうかしたのか?」
「うん、ドクターの事を考えてた」
「今朝俺が言ったことなら気にするな」
「違うよ、いつもならこんな騒ぎがあると駆けつけてくれたのに、今日も来ないなって」
言われてみれば、あの先生のことだからこの騒ぎを知らないとも思えない、しかし危機的な状況でもないのに来るほど甘やかしてはいないということか…。
「きっと昨日俺たちと出かけたから仕事がたまってるんじゃないか?」
アトスの隣に座り森の入口の方角を見つめる。
裏門にいる兵士以外に人の気配は無かった。
「僕はドクターの言葉をスキル無しで聞いたことがない」
「うん」
「ドクターからウソの音がすることはほとんどなかった。でも、ホントウの音もあまりしない」
「真実を言ってる時にも何かわかるのか?」
「それはスキルか感覚かわからないけど、ホントウのことを言われた時は声や言葉が心にすとんと落ちるように心地よく響くんだ、ウソの言葉はまるで僕を責めるような嫌な音がする」
長年スキルによって嘘を見抜き続けたアトスだからこその感覚なのだろう。
「アトス、俺はいまだにわからない事がある」
「なんでクロウの事を信用するのか?」
言われてアトスの顔を見る。
「俺の嘘に嫌な感じがしないと言ったな」
「そうだね」
「先生と何が違う?」
「クロウ…ヤマトからは今まで聞いたことのないホントウの音がする」
「わからん」
「ふふっ、そうだよね。変なんだ、ウソの音も僕を責めないしホントウの音は僕の不安を吹き飛ばしてくれる」
「アトスはスキル無しで先生と話をするべきだ」
「それは怖いよ、僕は先生の全てを信じたくなってしまう」
アトスは読めない表情で遠くを見た。
「それの何がいけないんだ?もし裏切られたってそれはただの結果だ、アトスが先生を信じた事が消えるわけでも先生の優しさが全部嘘だった事にもならない」
「あんたの言うことはむずかしいよ、裏切られたら全ては嘘だ」
「それでも俺は…全てが嘘なんて…」
なぜこんなに胸が苦しくなるんだろう、人を信じたい、それだけの事がこんなにも難しい。
「…ヤマト、泣いてるの?」
「え?」
アトスに名を呼ばれ、頬を流れる雫が腕に落ちたのに気づいた。
「あれ?おかしいな、なんで涙なんか…」
「人を信じられないのは悲しいこと?」
「…わからない」
「変なことを言ってごめんね、部屋に入ろう」
少年はゆっくりと立ち上がると手を差し伸べた、その手は暖かく、なんだかひどく安心できた。
──次の日、アトスが仕事に行ってから目覚めた俺は、朝食を済ませてマントを着込み、フードを深く被っていつも通りの支度をすると紙袋を持ち一人裏門に向かった。
「ご苦労さまです」
「ああ、クロウ殿…昨夜は騒がせて悪かったな」
警戒しながらも前に出て初めて名前を呼んだのは、最初にアーツベルを引き取った兵士だった。
「いや、こちらも急だったので、あんたたちに押し付ける形で姿を消してしまってすまない」
「気にするな、むしろ森人様が勇者様の家に勝手に押し入ったとあらば、俺たちの面目が立たないところだった」
ハゲ頭の髭の兵士はにっと笑い、俺の肩を叩いた。
最初の頃に比べると友好的な態度になり、アトスがいないことがわかっているせいか堅苦しさもなかった。
「あんたの名前を聞いてもいいか?」
「バーチスだ」
「バーチス、手間はとらせない、話をすることは可能か?」
そう聞くと、バーチスは他の兵士と顔を見合わせて、数回顎髭を撫でると頷いた。
「用件はなんだ?」
「これ、森で取れたポポンをジャムにしたんだ」
「…は?ポポン!?…はあ?」
兵士たちは気の抜けたようにあほ面でこちらを見ている。
もちろん一番間抜けな顔になったのは、紙袋の中身を見たバーチスだ。
「ポポンがよく取れるんだが、多くてダメにしてしまうのはもったいないだろう?」
「はあ…」
「そこでジャムにしてみたんだが余ったからもらってくれないか?小さい瓶にいくつか分けたから、良かったらあんたらで食ってくれ」
「あ…いいのか?」
拍子抜けしたように差し出したバーチスの両手に、紙袋をどさっと乗せる。
「ポポンは外じゃ高価らしいが森じゃよく取れる、一番はアトスの焼いたパンに合うんだが、お茶に入れても美味いぞ」
「なぜこれを…俺たちに?」
「だから余ったんだって。今日も収穫する予定だしな、食べすぎると栄養の取りすぎだってアトスが怒るんだよ」
「だっはっはっは!!」
突然バーチスは大声で笑い、後ろに控えていた兵士たちも笑いながら寄ってきた。
「俺ポポン大好物なんだよ」
「まさかこんな所でもらえるとはな」
「笑い事じゃないぞ?アトスが怒ると怖いんだからな」
「それは俺たちもよくわかってるって」
そうか、不機嫌なアトスがここを通るんだものな…、こいつらも大変な思いをしているわけだ。
「おいっ、下手なことを言ったら…」
周りの兵士は止めようとするが、皆アトスに怒られたことがあるらしく、笑いは止まらない。
「出来たらでいいからさ、アトスにもこんな感じで話してやってくれよ」
「それは…」
兵士たちは怯えの中にもあからさまに面倒そうな顔をする者もいる。
「少しづつでいいから、頼むよ…」
俺の言葉に何かを感じたのか、バーチスは頭をかいてからため息をもらしてから言った。善処はしてみる、と。
「しかし、ポポンをジャムに…」
「果実のままが良かったら今度アトスに持たせるさ、邪魔して悪かったな」
そのまま挨拶もそこそこに森に向かおうとするとバーチスが声をかけてきた。
「有難くいただくとするよ、…用はそれだけか?」
「ああ、一つだけ」
そう言うとバーチスは眉間に皺を寄せ、こちらを見た。
「ジャムの礼ならアトスに言ってくれ、調子に乗って作りすぎたら怒られたから持ってきたんだ」
それを聞いたバーチスは目を丸くしたあと、腹の底から笑い声を出した。
「…だっはっはっは!!わかった!勇者様にお会いしたらぜひお礼を言わせてもらおう」
「バーチス、おまえ声でかいな、じゃあな」
今度こそ兵士たちのいる裏門を後にし、家に帰ると布団を干して筋トレや日々の訓練に戻った。
ジャムがあるからと新しいポポンの収穫を禁止されていた俺は、気兼ねなく森全体に生命力を与え、ポポンを初めとする必要な食材を調達すると今度は生命力を吸収し、伸びた草を刈って近くの石に座った。
心地いい風が吹き、目を瞑ると目の前を白い蝶が舞った。
「んん?」
今目を閉じていたのに何か見えなかったか?
その後も何度か瞬きを繰り返してみても何も見えない。
「なんだったんだ…?疲れてんのかな」
そしてふとある事を思いつく。
石に生命力を注ぎ込んだらどうなるのか。
今まで無機物に試したことはなかったが、一点集中してみたらどうだろう?
ひたすら石に魔力を注ぐこと一時間余り、灰色だった石の色は次第に薄くなり、ところどころ透明感のある乳白色に変わり始めた。
「…なんだこれ?」
石をコツコツと叩いてみるが、材質まで変わってしまったのか脆そうな音がする。
ここまで来ると最終的にどうなるのか気になり、一心不乱に石へ魔力を送り続けた。
そして出来上がったのは透明な水晶の塊。
「おお!?何に使えるかわからんが綺麗だぞ!?」
一人で上がるテンションを抑えきれず、思わずカメラを探そうとするがそんなものが無いことはわかっていたはず。
しかしいい物を発見したかもしれない!
魔力は確実に石に吸収され草が無駄に伸びすぎることも無い!
これなら魔法を使うのにも最適じゃないか。
今度は石から生命力を吸収しようと試みた、しかしなんの手応えもない。
まあ、垂れ流し防止と魔力操作の練習だと思えばと一人で納得し、昼飯を食いに部屋にもどった。
その後もグラスや床に生命力を注ぐが、変化は見られず、ますます法則の分からなくなる力を考える事を放棄した。
アトスが帰ってきた時のためにお茶を入れて冷やし、干してある布団を叩いてから練習場に行き、【剣聖】で感覚を掴む練習を始めた。
落ちてくる木の葉をバラバラに切り、ザルに入れた小石を【方向操作】で一斉に落としてそれを全て避けながら刀で弾く。
一人の時に出来る練習と言ったらこの程度だが、不思議と以前より【剣聖】の動きは身体に馴染み、よりいっそう軽やかに流れるように同調することが出来た。
森にアトスの気配を感じ、練習を切り上げて家に戻る。
やはりアトスは井戸にいるらしいので、お茶を用意して待っていると複雑そうな顔のアトスが部屋に入ってきた。
近寄り頭を拭いていると、アトスが唸る。
「お疲れ様だな、どうしたんだよ」
「クロウがジャムをくれたって、帰りに兵士にお礼を言われたよ」
「ああ、生のポポン食べたかったから、ジャムあげちゃった」
「うん、それでなんで…」
「何か他にも言われたのか?」
「いつもの兵士なのに、クロウみたいに…心地のいいホントウの音が聞こえたんだ」
「あー、あいつらポポン好きだって言ってたからな」
「ポポンで人の心が変わるの!?」
アトスはどこか噛み合わない事を言うと再び考え込んだ。
「違う違う、それは単純にあいつらが、ありがとうの気持ち以外がなかったんだよ」
「ありがとう以外が、ない?」
「今日のお前はあいつらにとって仕事帰りの勇者様でも護衛対象でもなく、美味しいものをくれた優しい人、ただのアトスだったんだ」
問題児でもなく、とは口が裂けても言えない。
「そういえば初めて名前を呼ばれたよ、向こうから話しかけられたのも初めてだ!」
「ああ、きっとこの世界の…特に王都なんかで仕事をしてりゃ、異世界人なんて何を考えてるかわからない別の生き物だと思ってるんだろ?」
「そうなのかな?」
「皆知らないものは怖いんだ」
「皆もそうなの?」
「そらそうだ。俺たちのポポンジャムをおすそ分けした、それだけの事でも身近に感じるものなんじゃないか?」
「…僕は、僕も彼らは自分とは違う生き物のように見てたのかもしれない」
そう言ったアトスの顔は複雑そうだったが、嬉しそうにも見えた。
「明日はパンも届けてやらないか?」
「あっ!また新しいポポンを収穫したの?」
「だからあいつらに在庫はあげただろ?」
「しかたないなあー」
アトスはケラケラ笑ってキッチンに立った。
「パン作るの手伝ってくれるでしょ?」
「もちろん!ポポンが大量だったから、またジャムも作らないとな」
「クロウはジャムに憑りつかれてでもいるの?」
パンとジャムを作ると恒例の稽古をつけてもらい、アトスは驚いて言った。
「動きがよくなってる、頑張ってるね!」
その言葉に嬉しくなり一層鍛錬に励むことができた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。