夜が明けて
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
どうする俺?このまま流されても俺悪くないよな?
世の中にはあったんだよ、どうする事もできない不可抗力というものが。
そもそもこんなお色気たっぷり美女を目の前にして、抗える男がいるだろうか?
いや、いない。
「それは褒められてるのかしら?」
「え?俺、全部言ってた?」
「ええ、心の声が全部ダダ漏れよ」
「マイアの魅了か!」
「今は何もしてないわよ?」
「それは申し訳ありません」
あれから小一時間、俺たちは上になったり下になったりの攻防を繰り広げていた。
もちろん攻防というのはそのままの意味であり俺はまだ大人ではない。
今は最後の砦、パンツを硬く握り身を守っている。
「もう疲れてきた…」
「私もよ、なら早くその手をどかして下さらない?」
「この手には俺の意地と沽券と股間がかかってるので無理です」
「上手くないわよ」
「マイアさん、喉乾いた」
マイアはパンツから手を離し、風呂場で手を洗うと壁をノックして飲み物を作り始めた。
「マイアの衛生観念がしっかりしてるところ、素敵だと思う」
「それはありがとう、お酒は?」
「今何時?」
「深夜の一時よ」
「飲み直したいからお願いします」
「魅了効果の上がる薬も入れとくわね」
「…隠さないところも素敵だと思う」
マイアはどんどん遠慮がなくなっていく気がする。
二人分のグラスを持ってベッドに座ると俺の隣に来て片方を渡すと、グラスを揺らして氷を遊ばせてため息をついた。
「クロウは私の事に気づかず、コリムちゃんに抱かれてたら何も知らずに幸せだったかもしれないわね」
抱かれたらって…俺男なんですけど。
「なんでコリムが出てくるんだ?」
「コリムちゃんはこの世界の子だけど、魅了系の魔法が使えるわ」
「やっぱり…」
「コリムちゃんの魔法も効かなかったみたいだけれど…」
あのふわふわした雰囲気のコリムまで俺に魅了や洗脳を仕掛けていたのか。
たしかに耐性が効果を発揮したのは料理とマイアなのだと思っていたが。
「マイアの本名はなんて言うんだ?」
「今井あゆみ」
「いまいあゆみ…イ"マイア"ユミ?」
「そうよ、こんな世界で名前なんて思いつかなかったんだもの」
「アユミ」
「何かしら?」
「呼んだだけ」
「…そういうのは貴方の腕枕で聞きたいわね」
「腕枕くらいならいくらでも!」
マイアの視線に背筋が凍る。
「今からでもコリムちゃんの部屋に行く?」
「そんな二人に失礼な事はできない!」
俺のキメ顔にマイアは冷めた目を向けた。
「パンツを必死に守りながらじゃなければ、カッコイイセリフだったのにね」
「俺もそう思う」
酒を飲み干すと、マイアがグラスを受け取ってくれる。
そして布団の中や部屋の隅から服を探し集め、最低限着込むとマイアは不満そうにこちらを見た。
「あと一枚だったのに」
さすがに俺も残念ではあるけどな?魅了やら薬だのと言われて事に及べるほど能天気ではないです。
布団に入るとマイアがすり寄ってくる。
「マイアさん?もう寝ないか?」
「そうね、腕枕はしてくれないのかしら」
「あ、ああハイ」
よかった、まだ続けるのかと思った。
腕を広げるとマイアはこちらを向いて肩に頭を乗せ、俺の身体に右手を置いた状態で収まった。
「これは肩枕では?」
「こういうものなのよ」
「はあ…そうっスか、あと手で色々触られると落ち着かないんだけど」
「これもこういうものなのよ」
「そうっスか」
マイアの背に隙間が出来ていないか確認し、布団をかけなおすと細い背中ごと抱き寄せて、天井を見つめながら長かった夜にため息をつく。
すると腕の中で小さい笑い声が聞こえる。
「どうした?」
「変なところだけスマートで、可笑しくなってしまったのよ」
「ちょっと!今後の参考にするから、どこがスマートだったか詳しく」
「無自覚は怖いわね、次に来てくれた時に教えてあげるわ」
女に弱い自覚ならいくらでもあるのだけど、そんな事を思いながらマイアを抱きしめて眠った。
──同じ夜、和室の灯篭が赤い炎を揺らめかせ、壁に上半身を預け、三つ折りの一組の布団に脚をかけ煙管を一服しながら医者はため息をついた。
「…そうか、アトスくんも、クロウくんにも薬と魅了が効かなかったかね」
女将は医者の傍らで申し訳なさそうに頭を下げた。
「お力になれず…」
医者はそんな女性を横目で見ると、優しい声で言った。
「なに、アキトに効果が無いのはわかっていたさ、その為にたまに連れてきては試していたのだからね」
「それでも、もう時間が無いのでしょう?」
「そうだね、クロウくんに効かないのは想定外だったがね…あゆみさんはクロウくんの事は何か報告してきたかね?」
「特には何も、ただ良いお客様だと…」
「良いお客様?ああ…奥手とは、クロウくんらしいね」
医者は煙を燻らせて、メガネを外すと目を閉じて眉間を抑えた。
「このまま、お二人をこちらにお預かり致しましょうか?もう少しだけお時間をくだされば、あるいは…」
「有難い申し出ではあるがね、時間もない…なにより二人が望まないだろうね」
「どうなさるおつもりですの?あの可愛らしいお二人が苦しむところなんて…」
女将は歯がゆそうに、思い詰めた様子で問うと、医者は笑った。
「アキトはあれで中々頑固だ。クロウくんは己の置かれた立場というものを知らない」
「どうにも、ならないのでしょうか…」
「付き合わせて悪かったね、今日の事は忘れてくれたまえ」
「聡一さんっ!」
「協力してくれた彼女たちにも伝えてくれないかね、君たちの為にもあの二人の事は忘れるように、と」
「…伝えますわ」
女将は唇をかみしめて言葉を飲み込んだ。
医者は身体を畳に沈め、力なく一言呟いた。
「もし、今後どちらかがここを訪れたら、その時はよろしく頼むよ」
「私たちに出来ることでしたら」
女将は立ち上がると、医者にお辞儀をして部屋を出ていった。
「…ままならないものだなぁ」
一人残された医者は、誰もいない部屋で何かにそう語りかけた。
──夜が明けて、朝の六時に昨夜と同じ個室に通された俺たち三人はまだ眠気の残る頭を抱えて朝食を食べていた。
「おはようございます、昨夜はお休みになれましたか?」
女将はくすくすと笑いながら、寝ぼけ眼の男たちを見回した。
「おはよう女将さん、ティーノは?」
一番に口を開いたのはアトスだった。
「女の子たちはお休みの時間ですよ」
「そっか、楽しかったと伝えてくれる?」
「あら、ティーノちゃんも喜びますわ」
ひえっ!アトス!なんて余裕だ!
女将とアトスの話を聞きながら、俺はなるべく話題に触れないように気配を消した。
しかし女将はこちらと目が合うと、ふんわりと微笑みを浮かべただけだった。
「クロウさん、こちらのスープはお酒を飲まれた次の日の胃にはとても優しいんですよ、ぜひ召し上がってくださいましね」
「はっ、はい!ありがとうございます!」
おそらく俺がマイアに何も出来なかった事は知っているのだろうが、それを口にしない大人の配慮が余計に心苦しい。
「さて、食事が済んだら出るとしようかね、二人は着込むなら早めに身支度を済ませたまえ」
医者は眠そうにしながらも、なんとか食事を終わらせると立ち上がった。
アトスと俺も医者の後をついて部屋を出ると、昨夜通された狭い入口ではなく、そのまま外に繋がって朝日が目に染みた。
「はー、不思議な造りだな…」
「ね!僕もいつ来ても慣れないや」
アトスはご機嫌そうに肩に飛びついてきたが、一瞬顔をしかめると離れて行った。
「? アトス?」
「皆様、ご利用ありがとうございました、願わくばまたお会いできますよう」
店の外まで女将が見送りに出てきていたのに気づき、急いで頭を下げてから先に行く医者の後を追った。
「先生、女将さんとかなり親しそうだったな」
「彼女とは長い付き合いだからね、そういうクロウくんはマイアさんとどうだったんだね?」
「うっ…その話は…」
「…若いね、大丈夫!また来ようじゃないか!」
医者のフォローと朝日のせいで、俺は涙目になりながら歩くことになった。
途中の広場で医者と別れると、早足のアトスと家路についた。
部屋に入るとアトスが突然俺のマントを剥ぎ取り、顔をしかめて洗濯機に放り込んだ。
「ヤダ…男らしい!…じゃなくて、アトス?」
「クロウ、シャワー浴びてきて!僕も浴びる」
「なんだ急に、どうした?」
「甘い匂いが気持ち悪い…」
よく見ると、アトスは本当に顔色が悪く口に手を当てフラついている。
歩くのを補助しながら風呂場に連れていくと、頭を抑えながらうずくまっている。
「飲みすぎたんじゃないのか?」
「がんばりすぎちゃったかも…昨日みたいなのは初めてだったから…」
「そ、そんな話!?聞きたいような聞きたくないような…」
「聞いてよ、僕がんばったんだよ?」
アトスが大人になってしまった…
ここは素直に喜ぶべきなんだろう!
「ああ!頑張ったな!どうだった!?」
アトスがシャワーを浴びるのを待ちながら、廊下の壁越しに声をかけるが返事がない。
「アトス?」
やはり返事が無く、シャワーの音だけが響いている。
そっと中を覗くと、アトスは服を着たままシャワーで濡れ、浴槽にしがみつくように倒れていた。
「アトス!?」
「気持ち悪い…」
「すぐベッドに行くぞ!」
「クロウもシャワー…匂い、落として…」
匂い?
そこまで気にならないが、アトスは何のことを言ってるんだ?
仕方なく簡単にシャワーを浴び、アトスの身体を拭いて濡れた服を着替えさせ、屋根裏部屋に運びベッドに寝かせると、アトスはやっと落ち着いたように深呼吸した。
「どうだ?少しは楽になったか?」
「うん…ごめんね、がんばったんだけど…」
「その話はもういいから、いや、張り切りすぎたってことか?」
「クロウは大丈夫だった?あの匂い」
アトスがさっきから気にしている匂い、自分の服の匂いを嗅いでみるが、今は石鹸の匂いしかしない。
「匂い、たしかに甘い香水みたいな香りはしたけど、あれが苦手なのか?」
「クロウが大丈夫そうでよかった」
気分の悪いはずのアトスは俺の心配をしながら、手を握った。
ここまで読んでくださってありがとうございます。




