特訓とレベル
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
動きが大きい!そのくらいなら…と、頭上に迫る炎の刃を鞘から引き抜いた刀でなんとか受け止めるが、次に来る短剣にはどう対処する!?
ガチッと頭に重く響く振動に耐えた時、気がつくと景色が九十度傾いていた。
「え?」
俺は左半身からド派手に地面にめり込んで、炎の刃を受けたはずの刀は手には無い。
「今どうなった?」
「左手の短剣をクロウの頭と刀の間に入れて、右手の大剣で挟んで回転の力を加えてやっただけ」
「へ?」
「クロウの刀を挟んでくるっとね」
アトスは軽い運動にもならないと言うように、吹き飛ばされた日本刀を軽いステップで拾ってきた。
「はい、あっちの木に斜めに刺さってたよ!」
くっそ!そんな"今学生証落としたよ"みたいなテンションで…
「ありがとう…」
「でもね、次の攻撃が二本目で直接狙うと思ったなら、読みが浅すぎるよ」
魔法を使ったのも大剣に意識を集中させる為の囮か!
というか、マネージャーか鬼コーチかどっちかにして欲しいものだ、ちょっと混乱するじゃないか。
「頭上から迫る刃を正直に受けたらダメ、技が大味すぎるでしょ?大きい動作には構わないで、動きの小さい方に注意して」
「わかった!」
次の瞬間、脳天に攻撃をくらってHPが少し減った。
しかし、アトスの手は大剣に思い切り込めていた力が弾かれた衝撃で痺れたらしく、距離を取るように飛び退いた。
いけない、また逃避グセが出ていた。
アトスの教え方も大概だが、現実的に考えたら今の状態で挑むなんて、俺の方こそ無茶を言ってるんだ。
短期間でサマになるくらい…、一撃お見舞いできるくらいにはならないと駄目なんだ!
「アトス、これを持っててくれ」
「その石はMPの?」
「魔力を分ける、それから治癒魔法もだ」
「…治癒魔法!?」
レイムプロウドを渡すとアトスは頷いて魔力を吸収し始めたが、そのまま水晶を通して魔力を供給するイメージをする。
すると俺の中の魔力がまたレイムプロウドに流れ込むのを感じる。
そのまま手をかざして、アトスの周りを包むように緑に光る霧を作り出す。
「すごい、手の痛みが無くなってく」
「MPはどうだ?」
「この間みたいに上限が増えたりはしないけど、減っていた分は戻ったよ!」
「上限は増えないのか」
聞くとアトスはステータスに目を通して、何か思いついたように口を開いた。
「熟練度…」
「ん?」
「クロウの熟練度はいくつなの?」
言われてステータスを探るが、そんな項目は見当たらない。
「あ、ごめんね!この世界では一般的にレベルと呼ぶんだった」
「なっ!!レベルと熟練度じゃ違うだろ?」
「同じだよ、一部の異世界人以外には浸透してないんだと思うけど、このレベルというのはいかに身体と魔力を鍛えたかで変わるものなんだ」
ちょっと待て、レベルが上がるからステータスが上がるんじゃないのか?
ゲームの知識を当てはめて考えると、レベルを上げるには経験値が必要、という事はレベル=熟練度と呼ぶ者がいるのも頷ける。
最近は飛ばし気味だったステータスの最初の画面を見ると、【レベル】【28】とある。
「んあーーー!?」
「どっ、どうしたの!?」
アトスはビクッと一歩下がる。
「レベルが、ある…」
「それはあるでしょ?」
アトスにこの感動が伝わらないのも無理はない!
ふざけた顔文字などそこには無く、あるのは初めての数字表記!
「俺、今までレベルの所に数字が無かったんだ」
「僕も、この世界に来た時は記号だけだったよ」
「そうなのか!?」
「異世界人は元の世界では魔法が使えないって聞いたことがある、それは魔力を操る方法を知らないからだって」
「そうなんだ!今まで十七年間…元の世界にいた時は魔法を使えるなんて知らなかったんだ!」
思わず懐かしい感覚に襲われ、まるで訴えかけるように必死に説明をする。
「俺にはレベルが無いのは何故なのか、ずっと不思議でこの世界の人に聞いてもおかしいって」
「この世界に生まれたなら、知らない間に魔力を使って、日々の生活で物心つく頃には自動的にある程度の数値が出るからだと思う」
「じゃ、じゃあ!今の俺はレベル28なんだけど!」
それを聞いたアトスが一瞬クラっとしながらも、意識を戻して近づき、しゃがみこんでヒソヒソ話のように尋ね始める。
「ク、クロウは…この世界に来てどのくらい?起きてる期間で」
「えっと、前の記憶も足して計算すると、一ヶ月と十日くらい!」
「なっ、え…?その間に魔法は…」
「俺が何もしなくても周りも強かったし、制限してて、あんまり使ってなかった!スキルは使ってたけどな?」
「それは…レベルが上がらないはずだよ…」
何度もお互いの事に衝撃を受け、これ以上は無いだろうと思っていたが、異文化交流はこの日ピークを迎えた。
「クロウはまだ赤ちゃんだったんだ…」
アトスからやっと出た言葉がそれだった。
言われて反論も出来ない。
「レベルとステータスは関係ないのか?」
「身体を鍛えたり魔力の扱いで熟練度、レベルを上げているうちにステータスも自然と上がるとは思うけど、レベル=ステータスじゃないよ」
そこからか!!
そこから大きな勘違いがあったんだ!
するとアトスは口に手を当て、目を見開いてハッとすると、顔色悪く冷や汗を流す。
「待って!てことは…」
「また何かわかったのか!?」
「クロウは、まだ取得してないステータスがある!?」
「何だって!?」
「僕のレベルが206だから…、ステータス画面で項目を比べよう」
ちょっと待って、206!?
に、対して俺は28!?
急いで項目を調べ直すと、筋力、俊敏、知能がない事がわかった。
「ちのう…」
「これはレベル40を超えると出てくるから、そしたらまた確認してみよう!」
「ああ!ぜひよろしく頼む!」
俺は知性に満ち溢れた眼差しでアトスを見て、元気よく返事した。
「ぎゃー!腕がもげる!!」
「取れたらドクターを呼ぶから頑張って!」
そんなやり取りを続け、日が暮れた頃アトスの肩を借りて家に戻るとそのまま床に転がった。
「や、やった…」
「頑張ったね!でもまさか…」
アトスは俺を降ろすと腰に手をかけ、首を回して疲れたようにこちらを見る。
「はは…っ、一日でレベルが60になるなんて…!!」
「こんなレベルの上がり方おかしいよ、有りえない…運動不足にもほどがあるよクロウ」
アトスには治癒魔法をかけ続けたはずなのだが、体力より気持ちの疲労感が上回っている様子。
治癒魔法で失ったMPは、そのまま森から少しずつ吸収して、なんとか治癒魔法を使いまくった。
「そういえばクロウの名前って何だっけ?」
「え?大和だよ」
「僕の名前と似てるね」
「あっ!!」
しまった!これは試合から帰ったら言うと言っていたのに!
「アキト…」
「だって、このままじゃ勝って帰っては来れなさそうだし!」
「ひでえ」
「さ!ヤマト!お風呂に入ってきて!」
引きずられて風呂場の前に捨てられ、最後の気力を振り絞り風呂に浸かる。
疲労感も身体の辛さも昨日よりひどいが、やっとわかったレベルと目に見えて上がる数字に可能性を感じると、やる気も出るというものだ。
「明日も頑張ろう!」
壁伝いに歩きテーブルにつくと、なんだか腹が減って来た。
「先に食べててね!」
「ありがとう、いただきます!」
アトスが風呂に行くとすぐ飯に手をつけるが、空腹感は気のせいだったのか、やはり動きすぎてつい箸を置きそうになる。
が、料理を無理やり口に運び、ほぼそのまま丸呑みして、お茶で流し込んだら薬を飲んで終了!
「普通の時なら美味いんだろうに、勿体ない」
「全部食べた?すごいね!」
「ああ、なんとかな」
アトスが食事をとり始め、その間に試しに治癒魔法を乱発する。
「なになに?家の中が緑なんだけど」
「これ、手を触れたりかざすと使えて降らせることも出来るんだけど、遠距離でピンポイントにってのが可能かどうか調べたい」
「そうかあ、それが熟練度にも影響するんだろうね…」
そう言うとキッチンに行き、アトスは手頃な包丁で自分の腕を切ってみせた。
「な!!何やってんだ!?」
「練習なら的があった方がやりやすいと思って…」
「そういう問題じゃないだろう!」
急いで駆け寄り、傷口に手を当て治癒魔法を使う。
「こんなことは二度としないでくれ!」
「ごめん、わかった」
「…明日からも頑張るから、またよろしくな!」
「うん!」
次の日からは剣の練習だけでなく、レベルを意識しながら魔法を使い、アトスが仕事の時は意味があるのかわからないが、森全体に生命の力を与えては吸収することを繰り返した。
最初こそ順調だったレベル上げも、100を超えると中々上がりにくくなってきた。
「やあ!忙しくて間が空いてしまったけど、やっと来れたよ!」
「ドクター!」
「先生、久しぶりだな」
「クロウくん!以前倒れたと聞いた時は心配したものだが、すっかり顔色も良くなったね!」
「あれから挨拶も出来なくて…」
「気にしないでいいのだよ、ボクもアトスくんとは職場で会って君の体調は聞いていたから」
「俺の、体調?」
「なんでもひどい運動不足から一気に動いたせいで疲れが出たとか、無理もない、君は眠り続けてたのだから」
なるほど、レベルや鍛錬の話はしないでくれてあるのか。
「ああ、でも鬼コーチがついてるからな」
ポポンジャムの入った冷たいお茶を持ってきたアトスを見る。
「アトスくんが、鬼?」
「武器を持って、爺ちゃんみたいにって言い出すと人格が変わるんだが」
「はははは!健吾は厳しかったからなぁ~!」
笑い事ではない。
ここまで読んでくださってありがとうございます。