スパルタ
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
「運動の後こそお肉で栄養をとってね!」
「いや…」
「ちゃんと食べなきゃダメだよ?」
「ハイ」
笑顔も口調もいつも通りなのに、この有無を言わせぬプレッシャーはなんだ!?
「僕も疲れて食べれない日があったよ…そうだ!あの時の爺ちゃんみたいにしてみようか!」
「え?」
「全部ペーストにして流し込むの!詰まらせたら思いきり背中を…あ、クロウには何か物を使って殴った方がいいかな…」
「自分で食べる!!」
爺ちゃん手荒いな!?
アトスの鬼コーチとスパルタは祖父から来ていたのか!
なんとか腕を動かし、無理やり料理を詰め込みお茶で流す。
剣の練習よりこちらの方が辛いかもしれない。
「アトス、いや、アキト」
「…突然どうしたの?」
ふいに本当の名を呼ばれ、緊張が走り強ばる少年。
…に対し、椅子から降りて流れるような土下座をする身長百八十センチの長髪の男。
「ごめん、もうまじ食えません」
「う、うわぁ~…」
「アトス、見なくてもわかるぞ、うぐっ、お前がドン引きしてるのが!俺たち長い付き合いになってきたもんな!」
「どこからなんて言ったらいいの?」
「残していいって言って」
うわぁっ、とさらに空気が冷え、アトスが何段階も引いたのがわかった。
「土下座だってヤバいんだぞ!?膝が胃を圧迫して…うぷっ!!」
「誰も土下座してなんて言ってないよ!?」
アトスはキレキレに突っ込むと、ため息をつきながら立ち上がり、俺の隣にしゃがみこんで両手で軽く転がした。
「何するんだ…吐きそう」
腹を抱えてぐったりと床に寝そべっていると、アトスは料理を片付け始めた。
「片付けぐらい手伝…ぅぐ!!」
本心から申し訳なく思い言っては見たものの身動きが取れない。
「いいからそれよりこれ飲んでね」
渡されたのは茶色く小さい丸い…ゴミ?
「せっかく作ってくれたのに残したから怒ったのか!?」
「なんでそうなるの?ドクターにもらった胃のお薬だよ、飲むとすごくラクになるよ」
「アトス!」
「僕も爺ちゃんに食べ物を流し込まれた後、必ずこれを飲んだからね…」
思い出話にしては光の無い遠い目をする。
薬を飲み込んで、床に大の字で寝そべる俺。
ちらりと横目にアトスがキッチンで忙しなく動くのを見て恥ずかしくなる、自分だって疲れているだろうに。
「ごめんな」
「楽しいね」
「会話になってないぞ?」
キッチンでの片付けが終わるとテーブルを拭き、タオルを洗濯機に入れたアトスは戻ってくるとニコニコして言った。
この状態が楽しい?
もしかしてアトスは…
「言っておくけど、酷いことを楽しむ方の人でもないからね?」
また読まれた!ドSなんて知ってたのか!?
「思ってないぞ!?」
「ウソの音がハッキリ聴こえる」
「少し思いました」
「あははは!やっぱり楽しい!」
医者も祖父も少年に何を教えていたんだ?
「さあ、立ってもう寝る支度をしよう?」
「動きたくない、出る」
「わかるよ、そんな時は爺ちゃんみたいに…」
「歯磨きしてくる!」
吐き気を抑えて立ち上がり、残った気力を振り絞って洗面所の通路に逃げ込む。
爺ちゃんみたいに…何をするつもりだったのか聞きたくもない!
今度祖父の育て方を先生にしっかり聞く必要があるな、そう思いながら歯磨きを済ませて布団に入ると、少し遅れてアトスもやって来た。
「今日はお疲れ様」
「アトスもお疲れ様だな」
よく考えたら昨晩は二人とも寝ていない。
そのまま動いてたんだから、前の俺からは想像もつかない進歩だろう。
アトスを近くに呼び、頭をぽんぽん撫でながら疲労回復の治癒魔法をかける。
ああ、これが自分にも使えたらどれだけ楽だったか。
「クロウに頭をなでてもらうのは、子供みたいだけどなんだかスッキリする」
「それなら良かっ…いだだだだだ!!!」
え!?この子何してんの!?
なんで突然転がされて、背中に乗って肩の関節キメてくんの!?
「これは痛いの!?」
それは何の驚き!?
「いや!元々痛いから動かされるのが痛い!なになになに!?」
「身体をほぐそうと思ったのに、防御力はどうしたの?」
「防御力!?知らん!あとそれはストレッチじゃなくてただの関節攻撃だ!」
「でも爺ちゃんが…」
「ちょっと爺ちゃん連れてこい!!」
「死んでるから無理」
「それはごめん!」
なんだこの無駄なやり取りは。
しかし祖父には一言物申したかった!どれだけスパルタで育てたらこんな天使みたいな悪魔に育つのか!
うわあ、嫌だ。
確かに肩が少し軽く…なる訳ない。
「じゃあ僕のやり方だけど」
と、アトスは今度は優しいマネージャーのように腕や足を揉みほぐしてくれた。
わかった。
基本のアトスは天使、悪魔は祖父が作りだした代物だったのだ、それを思うと泣けてくる。
「えっ、これも泣くほど痛い?」
「いや、それは寝れるほど気持ちいいけど、なんかアトスが可哀想になってきて」
「どういう意味?」
「知らない方がいい」
そんな話をしていると睡魔に襲われ、気がつくと朝になっていた。
全身が痛い、筋トレを始めてからは久しぶりの筋肉痛に掛け声と共に起き上がる。
「う…えいしょーお!」
「なに!?」
隣のベッドでは大きな声に驚いたアトスが飛び起きた。
「おはようアトス!」
「おは…今なにか聞こえなかった?」
「さあ?」
まだ眠そうな目を何度も瞬きさせながら、アトスは辺りを見回した。
「朝…」
「ああ、よく寝てたな!」
まるで自分はとっくに起きていたような顔で言ってから、次のアトスの言葉に後悔した。
「調子よさそうだね!今日は朝から練習してみよう!」
朝日の眩しい森の中に鬼コーチの怒声と俺の悲鳴が響き渡った。
「うっ、俺は…思うんですよ」
「それは残しちゃダメだよ?」
朝からテーブルに並ぶレア食材の料理をつめこみながら一応アトスの顔色を伺いながら話してみる。
「た、食べるけどな?そうじゃなくて、朝から動きすぎるのは良くないと思うんですよ」
「どうして?」
「疲れた」
「食べたらまた頑張ろう!」
ダメだ今は悪魔の方か、鬼コーチモードになっている。
「はーい…」
朝食も胃に収まりきらない中、ゆっくりと歩いて練習場に向かう。
アトスは張り切って先に行って待っていると言っていた。
ぼーっと歩みを進め、【スキル無効化】について考えると、今さらチート過ぎるそのスキルに腹が立ってきた。
そんな奴が試合に出るのは最早出来レース以外の何物でもないじゃないか!
俺にもそんな能力があれば…!
…えーっと、あったら?
スキルを持つのは異世界人だけだから、【スキル無効化】を使うのは異世界人が相手の時限定。
ということは異世界人にだけは無条件で有利か、というとそうでも無いな。
今回のように魔法が禁止された場合のみ有効で、他にスキルを持つ者と戦うことなんてあるのか?
アトスみたいに相手が強く、魔法も使えて合わせ技で攻撃されたら別の対抗手段が必要だろう。
以前の【剣聖】保有者は魔法と併せた時にこそ、その真価を発揮したと医者が言っていた。
その【剣聖】がなぜ魔法禁止の試合などに出ていたんだろうか、剣の腕を磨くためとか国の威光のため?
あれ?ちょっと待て待て。
そもそもなぜ"魔法だけ"が禁止なのか、腕試しと売名行為、地位と名誉なら武器は自由のままで実力だけじゃいけないのか?
スキル保有者同士が本気で闘ってどんな得がある?
異世界人は王の私兵で国の財産のはず、それを潰し合わせるような真似をなぜするんだ。
[アトス!急だが調べたいことがある!]
念話で話しかけるもアトスから返事は無かった。
何かに強く集中しているのかもしれない、慣れていないと受け取るのにもコツがいるらしい。
仕方なく走って練習場に向かうと、そこにはアトスが背を向けて立っていた。
「アトス!聞きたいことがある!」
「やっと来たー!」
「ん?」
こちらを振り返ったアトスの手には剣が二本。
右手にはいつもの見慣れた両刃の大剣と、左手には短剣を持っている。
「…アトス、左手のやつ捨てなさい」
「いざと言う時に攻撃のパターンと方向を増やして対処出来るように用意してみたよ!これならもっと練習になるでしょ?」
この子は満面の笑みで嬉々として何を言ってるの?
剣を持つとバーサーク状態にでもなるの?
会話できるバーサーカーだよね。
いや、もうただのバカ。
「すご…くない!!」
「どうしたの?」
「一本でも避けられないのに、増やしてどうするんだよ!!」
「二本が避けられるようになったら、一本でも避けられるよ!?」
「なるほど…ってなるわけないだろ!!そんな逆流事象が自然みたいに言われても!順序!!ジュンジョ!!」
「そう!順番が違ってたんだよ!難しい事から挑戦したら、あとがラクになるよ!」
アトスの前で地団駄を踏みながら猛抗議するが、バーサーカーには言葉が届かない。
「さ!その甘さで性根まで腐りきった根性を叩き直そう!」
「口が悪い!」
「爺ちゃんみたいに励ましただけなんだけど、ダメだった?」
「それは励ましじゃないぞ!?」
と、その時、目のすぐ真横を何かが高速で通り過ぎた。
早すぎて反応なんてする暇もなく、それが小石だと気づいたのは数メートル後ろの木に当たり、落ちた時だった。
「ほら、剣が二本になったからって剣だけが武器とは限らないでしょ?」
正面で話していたのに、いつどのタイミングで小石を弾いたのかすら見えなかった。
「ねえクロウ!魔法って使ってもいい?」
「試合で魔法は無いから安心しろ!使うな!やめてください!」
「今日は試合じゃないから良いよね!ほら!クロウ頑張らないと!防戦一方だと消耗するだけだよ!」
やはり言葉が通じない。
アトスは飛び上がり、両腕を振りかぶるように交差させると、右手に構えた大剣の刀身に鮮やかな炎を纏わせて切りつけてくる。
やだこのバーサーカー怖い!!
ここまで読んでくださってありがとうございます。