アトスの決意
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
「そりゃ、先生も俺がスキルを持ってる事を知らない訳だから、そんな話するはずないよなー」
「僕もね、もっとあいつの情報を集めとくべきだった」
放心状態でソファにもたれて朝を迎えた俺たちは、とりあえずとアトスの作ってくれたレア食材の豪華な朝飯を食べていた。
「これ、美味いな…」
「味なんてわからないよ…」
実を言うと俺もそれどころではなく、何を食べても味などしなかった。
「この際!クロウが異世界人だってバラしてみるのはどう?」
「言ったら試合は免れても、ここで暮らせなくなるかもな」
「それでも死ぬよりは…」
言いかけてアトスもまた黙り込む。
そう、この国が異世界人を管理するという考えな以上、異世界人だとバレたらどんな場所で何をさせられるのか全く見当もつかないのだ。
必死に大量のスキルのページを確かめ、レジストスキルまでくまなく見てみたが、【スキル無効化耐性】なんて都合のいいものは見つからなかった。
代わりになるスキルや案もなく現実逃避するように日常に戻った。
「筋トレに行ってくる」
「僕も行くよ」
二人で森の中を走り込み、腕立て、腹筋、背筋、スクワットを終わらせ、【剣聖】を使わずにアトスと剣の稽古をした。
「だめだね、やっぱりスキル無しじゃ僕にも勝てない」
「そうだな、でも何とかするしかない」
「僕の剣にも反応できてなきゃ、勝負にもならないよ」
アトスはいつもと違い厳しく現実を突きつける。
激しく剣を撃ち込まれ、刃を身体で受けるもやはり傷は一つもつかない。
その甘さが防御を疎かにしているのか、中々上達しないのは危機感の無さからかもしれない。
剣の種類も変えることが出来なかった。
アトスのような両刃の重い剣を振るうと、十分持てばいい方で、疲労が激しく腕が重くしびれて動きが悪くなる。
逆に刀身が短かったり軽すぎるものはその分俊敏な動きとセンスを必要とされるため、こちらも無理と判断された。
しかし力の限り攻撃を繰り出していたアトスは、自分の手首をさすりながら少し悔しそうに言う。
「…腕がしびれてきたよー、クロウはどうやったら倒せるの?」
え?倒したいの?それ前にも言われたな。
「さすがにこれだと【剣神】でもクロウを傷つけることは不可能だと思うよ」
でもね、とアトスは続ける。
「昨日も言ったけど、勝てないだけじゃなく、避けれないのに傷もつかなきゃ怪しまれるよ」
「そうなんだよなー」
そこが難しところだ。
いくら切られても問題はないのだが、切っても切っても倒れないのもおかしな話だ。
「魔法さえ使えたらな」
「魔法?そういえばクロウの魔法は聞いたことがなかったね、どんなの?」
「うーーーん、攻撃手段としてなら、一瞬で命を奪える、かな…」
「だからその一瞬でって、属性とかは?どうやって?」
「そのままなんだ、狙った相手の命を奪うだけ、思えばいいだけ。たとえそれが魔物の大群でもな」
「…え?」
「…例えば街中で偶然を装って、見ただけで試合前に剛田の命を奪うことができる」
そう言ってみると、アトスは少し考えた。
「でも俺はその力をギリギリまで使うつもりは無いんだ、なによりどんなに嫌な奴でも殺すことまでは考えられない」
「うん…僕もクロウをただの人殺しにはしたくない…」
「この話はやめとこう、俺にもまだよく分からないことが多いんだ」
刀を持ち直し構えをとると、アトスも無言で頷き剣を構えた。
「くっ!!」
アトスの重い一撃を受け止めようとした刀は、角度が悪かったせいか、手から離れて地面に刺さった。
「無理だってわかった?」
「…今日のアトスは厳しいんだな」
アトスは剣を鞘に収めると後ろを向いた。
「クロウには逃げて欲しいから、現実を見てもらわないと」
「…」
いつもならここで即座に否定する言葉が出てきたのに、俺は自己嫌悪で何も反論できない。
つい昨日まで剛田相手なんて余裕で勝てると思ってた。
このステータスとスキルに頼って。
それがスキルを封じられたらこのザマだ。
この世界で何が起きても、心のどこかでは結局何とかなると思っていた。
だけど現実はそんなに単純じゃなかった。
俺が逃げればアトスに何があるかわからない。
試合に出て死ななかったとしても、異世界人だとバレるだろう。
「気になってたんだが、アトスは逃げられないのか?」
「僕は僕の意思でこの家にいるんだ」
思わぬ返答に理解が追いつかない。
「逃げられない訳じゃないのか?」
「ドクターも逃がすって言ってくれた事がある、でも僕にその気がないんだ」
先生が言ってもダメなのか?
信頼関係があるように見えたし、先生のアトスへの心配と愛情は本物のように思えた。
「どうしてだ?」
「僕のスキルと仕事、そしてこの家はセットなんだ」
こちらを向き直るとアトスは、あまり話そうとしなかった仕事の話をし始めた。
「確か祖父も同じようなスキルだったと言ってたな」
確認すると、アトスは頷いた。
「このスキルが必要な仕事なんだ、そしてその仕事をする者は代々この家に住むことが決められてる」
「仕事と家が関係あるのか?」
「僕は仕事には誇りを持ってる。けどね、この家は寂しすぎる」
仕事があるから、仕事への誇りでここから離れない?
元の世界で社畜と呼ばれる人たちが、そんな思考をしていたと聞いた気がする。
酷い扱いをされても、自らここに残る選択をする…まさか…?
そんな事を考えながら、要領を得ないアトスの言葉を黙って聞いていると、アトスは笑った。
「言っておくけど、辛い環境が好みとかの変な奴じゃないからね!?」
「へっ!?」
思ってないぞ!ドMとか!
というか、なんでそんなピンポイントにわかった?
「昔のドクターと同じ事を言いたそうな顔をしてたから」
アトスはケラケラと笑う。
先生、本人に言ったのかよ!!
そして笑いが収まると、静かにアトスは続けた。
「僕が逃げたら、僕の代わりはいくらでも召喚されるでしょ?」
「そ…」
それがわかっていながら、と言いかけた。
違うのか。
それがわかっているから、だったんだな…?
アトスは俺が理解したことを察して、決意のこもった眼差しを向けてハッキリと、優しく言った。
「もし次がまた子供だったら…、僕みたいな思いはさせたくない!」
俺は自分と自分の手の届く大切なモノだけ、なんとかなればそれでいいと思ってた。
まだ見ぬ誰かを守るなんて、考えたこともなかった。
どうしてアトスなんだ?
なぜこんな優しい人間が、そんな事を背負わなければいけない?
「…わかったよアトス」
「クロウ!」
「わかったうえで俺は逃げない!本当はお前を連れてどっか逃げてやろうかと思ってたけどな!」
「…えぇー!?」
「なんだその顔、さっきまでの美少年が台無しだぞ?お前人の事残念とか言えないからな!」
アトスは困ったような呆れたような顔をしたが、拳で俺の肩を小突いて嬉しそうに言った。
「なんにしても、クロウが残念なのには変わりないでしょ?」
「それはもう仕方ない、あとな!もう勝てなくてもいい!」
「なんで!?」
「負けたら異世界人だって言って、俺もどこかで雇ってもらう!そしたらどんな所からでもお前に会いに来る」
「クロウは…、辛いことが好きな変な人なの?」
「違うからな!?なんでこの流れでそうなるんだよ!」
ぶち壊しだよ!誰がドMだよ!
「それでもやれるだけやらないとな!俺が使える所は見せないと…」
「猛特訓になるよ?」
「よろしくお願いします!」
生きてさえいれば、俺にも出来ることはあるはずだ。
試合まで時間はある!
ならその出来ることを増やせばいい。
そんな決意を新たに、訓練に望んだその日の夕方。
「さっきと同じところに反応できてないよ!」
「お、おう!!」
アトスの攻撃は前方からだけでなく全方位に変わり、ついでに人格まで変わっていた。
「左に振りかぶったからって、右に振り切るとは限らないからねっ!突きには一点防御!大きくかわすと次の行動が制限される!相手の思うつぼだ!全然追いつけてないよ!」
「うわっ!っと!後ろ!?」
「顔に来ても目をつぶらない!一つくれてやるくらいの気持ちで剣先を追いかけて!」
「一つ!?二つしか無いんだけど!?目には反射という物があってだな…だあー!!」
優しいマネージャーはどこにもいない、いるのは目の前の鬼コーチ。
時々【剣聖】で目と身体を慣れさせながら、アトスの厳しい攻撃を受けるが、なんと言っても早すぎる。
防御以前に反応が追いつかない。
「っはあ、はあ…」
「それじゃあこのくらいにして、夕食にしよう」
アトスは少し汗ばんだ額を腕で拭うと、へたり込みながら息をするのも精一杯な俺に満面の笑みを向けた。
家までは手を引かれて走り込み…、風呂に入ると身体中が重く力が入らない。
防御力が高いといっても、俺自身でやったことはそのまま疲労や痛みとして現れる。
昔空から降りる時に着地で失敗して、足を捻ったのもそのせいだったんだろう。
ここ最近の筋トレのお陰で体力は付いてきた、とは言っても根っからのインドアにはかなり厳しい。
風呂から上がりソファに座り込み、アトスが風呂に行くのを目で見送り、ぼんやりとテーブルを見つめるとそこにはレア食材の大量の料理が!
「うっ…」
思わず胃を押さえるが、意識してしまうと香りまで辛くなってくる。
タオルを顔にかけて臭いを遮断し、四肢をだらしなく伸ばすとこのままソファで寝れそうだったが、そうはいかなかった。
少しするとアトスが帰ってきて席に着かされる。
「いっぱい食べてね!」
「いや無理です」
こんなに食材買い込んで料理をねだったの誰だよ!
俺だよ!
バーカ!俺のバーカ!!
ここまで読んでくださってありがとうございます。




