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嘘の種類とアイツ

少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

 この中で当てはまらないのは分かっていたが、一体先生はどこに連れていきたいというのか?

「気になるだろ?教えてくれよ」

「…お姉さんたちとお酒を飲んで、いやらしいことする店」

なんだとぉ!?

「……ばっ!!」

「え?」

「バッカ野郎!アトス!それは行くしかないだろ!?何で嫌がるんだよ!!」

「クロウもやっぱり行きたいの!?」


 当ったり前だろォオォ!!!

 何言ってんのこの子は!!


「アトス!お前この間十六になったんだよな」

「え?うん」

「この世界じゃ十六は大人なんだろ!?」

「う、うん」

「それが!健全な男子が!大人の男が!そんな場所の経験のひとつも無くてどうするってんだよおぃいい!!」

「そんなに!?」

 医者の誘い方が悪かったのか、アトスがそういう事に興味が無さすぎるのか!?


「いいか、アトス!それは大人の男の嗜みというものだ!」

「たしなみ…家事より大事?」

「家事と同じくらい大事だ!!」

「同じくらい!?」

 アトスは驚愕の表情でショックを受け、顎に手を当ててしばらく考えていた。

「そういえば、爺ちゃんとドクターはよく二人でいやらしいお店に行っては酔って帰ってきてた…」


 おい先生!なにがアトスの存在が生活に張合いをくれた、だ!!子供置いて何しに行ってんだ!!

「しかも爺ちゃんは一人でも行ってた…」

ジイサーーーン!!

「と、とにかく、そういう経験は大事だぞ?」

「そういうモノなの?」


 純粋にこちらを見てくる少年に語るのは気恥しいが、ここは俺が説得するしかない!

「俺は二年もの間眠っていたな?」

「うん」

「本来ならそんな時期に色々経験しておくものなんだ!だが俺は眠っていたせいで!その機会を逃してしまった…眠ってさえいなければ!大人の嗜みとして数多くの経験を得ることが出来ただろう!」

 あくまで眠っていたことが原因のように二年を強調して語る。


「そこまで大切な事だったなんて…」

 アトスは真剣に俺の話を聞いて悩み始める。

「でもあんな所楽しくなかったし…」

「ん?」

「小さい時から二人に連れられて何度か行ったんだけど、ジュースでお腹はたぽんたぽんになったり気持ち悪くなるし、お姉さんたちは子供だからって僕を可愛がってくれたのは嬉しいけど、取り合って膝に乗せたりして、座り心地も悪かったし…」

「ん?」

「爺ちゃんとドクターが違う部屋に行ってからは暇で暇で、しかもお姉さんたちは爺ちゃんたちにウソをよくついて居心地が悪かったよ」


 経験済みかよおおお!!

「アトス、それは嘘じゃなくてサービストークって言うんだ」

「サービス…ウソと何が違うの?」

「人は褒めてもらって元気をもらうことの出来る、そんな簡単な生き物なんだ」

「それはわかるよ!褒めてもらったら嬉しいよね!」

「そう、お姉さんたちの話す言葉は嘘かもしれないが、相手に元気になってもらいたい、楽しんで欲しいという相手の為につく優しい嘘なんだ」

「そんなウソもあるの!?」

「ドクターがいい例だろ?嘘が全て悪とは限らない」


 それを聞くとなるほど、とアトスは身を乗り出して興味深々に話を聞く。

「それにな、アトスの爺さんも嘘がわかるスキルを持っていたはずだ」

「そうだよ!なんでお姉さんたちに騙されて…スキルを、使ってなかった?」


 アトスは真顔で一つの答えにたどり着いた。


「そうだ、アトス、スキルは使いどころがあるものだ。違うか?」

「そうなのかな…」

「例えば俺が複数のスキルを持っているからって、常に全てを使って力を誇示することは無い、なぜならスキルは時と場所を考えて使うものだからなんだよ」


使い道が思いつかないだけなのは誤魔化して諭すように優しく言うと、アトスは目からウロコといったように口を開いたまま何度も頷く。


 しかし年頃の少年に欲がないと思っていたら、オッサン二人のせいで幼い頃に嘘をつきまくる女性を見て、女性不信に陥っていたとは…なんてことをしてんだ先生と祖父!


「さあ、どうするべきか、もうわかったな?」

「苦手だけど…スキルを使わずに行ってみるよ!」

「そうだ!偉いぞアトス!なんでもスキルに頼っちゃダメなんだ!」

 どの口が言うのか!と自分自身にツッコミを入れたいところだ。


「実際に人と話すことで、相手の仕草や表情、口調から読み取れることも多いだろ?コミュニケーション能力を高めるためにも、頑張ろう!」

「コミュ…?お、おー!」


 素直な少年を丸め込んでまで、自分がお姉さんのいるお店に行きたがったみたいになってしまったので、言い訳…誤解を解いておこうと思うが。


 アトスに対して不安なことがある。

 それは全ての人間を嘘をつくかつかないかで判断しているように思えるところだ。

 物心ついた時から嘘発見器のようなスキルを使って、無意識に自分の身を守っていたのかもしれない。

 しかし少年がどんなに人間関係を築いても、深入りする前に嘘をつく人物と判断したらその関係はそこで終わってしまうだろう。


 きっと祖父はそんなアトスの事をわかっていて、医者が嘘をついても信じろと言い聞かせたのかもしれない。

 アトスは嘘に縛られて、嘘に種類があることも、真実が正しいとは限らないことも知らない。

 アトスの聴く言葉、関わる人間はどれほど汚いものに感じているのか。


 嘘ばかりの俺を寂しかったとはいえ家に置いてくれた。

 俺の嘘には嫌な感じがしないと言った。

 その意味は今の俺にはわからない、しかし一緒に過ごしていくうちに、自惚れかもしれないが信用されている実感もある。

 その気持ちに応えたい、アトスにはもっと広い世界を、時に汚く時に美しい人の立場と感情を知ってもっと心に余裕を持たせてやりたい。


 恵まれた俺がこんな事を考えてしまうのは、傲慢なのだろうか。


《──俺は人間の愚かさを知っている》

 それでも、優しさも知っていたはずだろう?

《──希望をもつから絶望するんだ》

 それは…


「…ウ、クロウ!!」

「えっ!?アトス…?」


 名前を呼ばれ、アトスの顔を見る。

「ごめん、俺うたた寝してた…のか?」

「うん、お茶のお代わりを入れてる間に…ひどい顔色だよ?」


 なんだか夢を見ていた気がする。

 誰かと話していたような…、こんな事前にも…。


「今日は買い物で疲れたんだよ、もう寝よう?」

「あ、ああ…」

 アトスの心配そうな顔になんとか笑顔を作って返事をするが、目眩と吐き気がひどく歩くのもやっとだ。


 アトスに支えられながらベッドに横になると、優しく布団をかけられる。

「アトス、俺は何か寝言を言っていたか?」

「うなされていたようだったけど、ハッキリとは…」

「そうか、ありがとう」

「クロウひどい汗だよ、水とタオルを持ってくるから待ってて」


急いで立ち上がろうとするアトスの手を思わず掴んでしまう。

「大丈夫だから、ここにいてくれないか?」

「クロウ?」


 そうじゃないと…

「わかった、隣にいるよ!絶対に離れない」


 アトスは隣のベッドに入ると、俺の手を握った。

「いつもと逆だな…」

「その前は僕がずっとこうしてたんだよ?」

「ふはっ、そうだった、ごめんごめん」

「クロウ僕がいるよ、安心しておやすみ」

「ありがとう…」



 目眩と吐き気は少しマシになり、目を瞑ると意識は深く深く、まるで闇へと落ちていった。


《──この少年が今の俺の楔なのか》

 そうだ、アトスが俺を俺でいさせてくれる。

《──なら今は眠るとしよう、楔が消えるその日まで》

 アトスは絶対に守ってみせる、お前なんかに絶対に好き勝手させたりしない…、この優しい生活は俺のものだ。



 アトスは眠った男の手を握り、頭を撫でているとふと男の目から涙が零れているのを見た。

「大丈夫、僕がついてるよ」

 優しくそう囁き涙を拭うと、再び頭を撫でて決してそばを離れることはなかった。


 アトスにも考えることがあった。


 嘘だから悪いとは限らない、嘘をついていないから真実とは限らない、嘘にも種類があること。

 優しい嘘、自分や誰かを守るための嘘、隠し事のために仕方なくつく嘘。


 嘘とは、なんだろう?

 隣に眠る男は、過去のこと以外でウソはつかない、それどころか過去の事だってなぜか嫌な感じがしないという自分にもわからない初めての感覚。

 心を温かくしてくれる、僕よりできることが少ないと言いながらなんだかんだ頼りになる、そしていつも明るく楽しく、薄暗かった日々を太陽のように照らしてくれた。

頭をなでてくれる優しい手が大好きだ。

 人は嘘をつく。

 嘘をついたらそれまで。

 今までそう信じてきたのは間違いだったのか?

 それともクロウが特別なのかもしれない。


 「もっとあんたと一緒にいたら、今まで僕が知らなかった何かがわかるかな?」

 クロウの優しさを僕は知ってる、そのクロウがこれから先嫌なウソをついたら僕はどうするんだろう?

「クロウ、無理しないで…あんたがいてくれるだけで僕は、こんなにも心が満たされる」


 いつしかアトスも眠りにつき、夜は更けていった。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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