真実の夜2
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
「最初はどこかを歩いていたら、握っていた手が離れて…たぶん母親の手だったと思う、気づいたら真っ白な部屋で知らない人たちに囲まれて名前と歳を聞かれた」
「それは…覚えてるのか?」
「うん、そして答えたよ、アキトです、六歳ですって」
六歳の時、ちょうど十年前じゃないか。
もう周りの事がわかり始めて記憶もあったのに、それなのに勝手にこんなところに連れてこられたというのか!?
そして…
「アキト…?」
「そう言ったはずなんだ、けど怖くて上手く声が出なかったら、発音が聞き取れなかったんだろうね、その日から聞き間違えられたままアトスと呼ばれ始めたんだ」
自嘲気味に笑う少年はハッとして口元を隠す。
「また笑ってた…かな」
きっと自衛手段だったのだろう、怖さも辛さも笑顔でいなければ誤魔化せないほどの傷をこの世界はこの少年に与えた。
「アキト…」
「そう、優しい声で、確かにそう呼ばれてたんだ」
「アキトはこの世界が嫌いか?」
「うん、前に勉強は嫌いだと言ったけど本当に嫌いなのはこの世界を知れば知るほど、どうにもならない現実に押しつぶされそうになるからだよ」
少年は自分の手で反対の手を弄りながら、俯いて淡々と話している。
「じゃあ、俺の本当の名前も教えるよ」
それを聞くと少年は明るい表情になり、期待するようにこちらを向く。
「試合から帰ってきたらな」
「えー!?ズルいよクロウ!今教えてよ!」
「代わりに今は別のことを聞いて我慢してくれ。これは絶対にアキト以外には秘密だけどな?スキル使って聞いとけよ?」
「うん?」
少年は正座をして姿勢を正すと、恐る恐るこちらを見つめる。
「俺は複数のスキルを持ってんだよ」
「…え!?」
【真偽感知】を使っても信じ難いことなのか、少年は息を飲む。
「もう一回言って…?」
「俺はスキルがたっくさんある!もう強すぎるスキルがありすぎて、使い方も思いつかないし全部試すのが面倒なくらいだ」
「ウソじゃない!!」
「ああ、だから試合に出してみないか?それでまたここで暮らしてもいいかな?」
「…ウソじゃなくても、ホントウだとは限らない」
しばらく固まっていた少年はそんな事を呟いた。
その後。
「爺ちゃんがいつもそう言ってたけど、僕は今ここにいるクロウを信じるって決めたよ!」
「アキト!」
少年はどこか吹っ切れたように、作り物ではなくいつもの笑顔になった。
「それからクロウ…」
「な、なんだ?」
「僕はまだクロウの本当の名前を聞いてないんだから、僕のこともアトスって呼んで?」
「なんだよ、その理屈」
思わず気が緩み、ニヤけてしまう。
「必ず教えてくれるんでしょ?」
「もちろん!あとな、たぶんこれからも俺はアトスに嘘をつくと思う」
「ええー、ここまで話したのに…」
「だって隠し事に嘘の上塗りは付き物だからな!」
思い切りふんぞり返って開き直ると、アトスが笑い転げている。
「サイテー!開き直るなんてサイテーだよ!クロウ!」
「仕方ないだろ?」
バタつかせる足をつかまえて、布団を掛けてやるとアトスは大人しくなり、たまに思い出したようにクスクスと笑いながらこちらを見た。
「試合は全力の方で頑張ってね?」
「ああ!全力でな!」
いつの間にか眠ってしまった俺たちは、朝になりドアをノックする音で目が覚めた。
慌てて扉を開けると、立っていたのはもちろん医者だった。
「いくら待ってもクロウくんが来ないじゃないか~!」
「先生!悪い!寝坊した」
「待って!?僕クロウに待ち合わせの時間言ったっけ?」
「…あ、俺も聞いてなかった」
「二人共、酷くないかね!?」
大急ぎで支度をすると、その間にアトスが医者にパンとジャムを手渡した。
「これ、今日付き合ってくれるドクターに僕たちから!」
「アトスくん!クロウくん!二人共、本当は優しい子たちだって知っていたとも!!」
これは例の振り切っちゃうアレだ、もう病気だ。
何かが振り切れる前に出かけてしまおう。
「先生待たせてごめんな!アトス、行ってくる!」
「いってらっしゃい!なるべく派手なのを買ってきてね」
アトスに笑顔で見送られ、医者の腕を引っ張り森を走る。
「アトスくん、やけに機嫌が良くなかったかね?」
「そうなんだ、試合に出る許可ももらったよ」
「アトスくんがいいと言ったのかね!?どんな手を使ったのか教えてもらえないかね!?」
「話してたらわかってくれた!あいつは優しいな」
「クロウくんはすごいのだね…」
言ってる間に森を抜けると、王都へ続く一本道をひたすら進む。
そのうち、裏門を見張る兵士が見えてきたところで医者がコソコソと忠告をする。
「彼らも仕事なのだからね、落ち着くんだよクロウくん」
「報告したことなら気にしてないぞ、なんの問題もないからな」
「そうかね?うん、こういうところはさすがアトスくんよりお兄さんなだけあるという事だね!」
医者の満足そうな言葉を聞き流し、すでに開いている門に辿り着くと兵士に軽く会釈をする。
兵士は医者に対して敬礼を崩しはしなかったが、俺の思わぬ挨拶に動揺していたようだった。
「余計な事は言わず、兵士に睨まず、怒らず、掴みかからず、会釈まで!クロウくんは本当に偉いじゃないか!」
「…アトスは普段何やってんだ」
それを聞いて医者の苦労が伺えるようだった。
「さて、この噴水広場までは先生の部屋に行った時に来たな」
「ここから南側が冒険者や旅行者が賑わって、店も多いのだよ」
「なるほど、…うわっ!?」
突然肩の辺りに何かの重みを感じ、飛び退くと虎のような生き物が興奮しながら俺の匂いを嗅いでいる。
「なんだこれ!」
「ガームという荷馬車を牽く生き物だよ、見たことは無いかい?」
見たことあるわけないだろう!
こんな生き物に遭遇してたら魂がいくつあっても足りない!!
「申し訳ございません!これ!」
鞭を振るってガームを止め、謝罪したのはガームの飼い主と思われる商人風の親父だった。
「餌はちゃんとやっているのかね?」
「はい!それはもちろん…」
ガーム以上に驚いたのは、商人風の親父に対する堂々とした医者の態度だった。
「ふむ、なら躾不足じゃないか?手形を控えさせてもらおうかね」
そう言うと、商人風の親父は訝しげな目で医者を睨んだが医者は怯むことなく続けた。
「ボクが国医であると知っているかね?なんなら兵士を呼んでもいいのだよ?君は今検問を受けて連れたはずのガームが人を襲ったという不利な立場にある事を自覚したまえ」
「ひえっ!?国医の勇者様!?これは大変申し訳ございませんでした!」
何その響きと漢字の合わない通り名…
しかし国医の勇者というのは商人風の親父にはとてつもない効果を発揮したようで、胸元から金属製のシルバーのプレートを数枚出すと両手で医者に献上するように差し出した。
もちろんその間ガームの手綱は無いに等しく、ガームは両手を俺の肩にかけて、ザリザリとした舌で頬を舐めてくる。
重さや痛みは無いが、鳥肌が立つその感触は一刻も早く何とかして頂きたい。
「手形とかいいから、助けて…」
「あああ!!申し訳ございません!申し訳ございません!」
商人風の親父は顔を真っ青にして、手綱を引いてガームを引き離した。
「先生、俺は動物…に好かれやすいんだ、早くこの場を去ろう」
「じゃあ君の体質のせいということなのかね?」
「そうそう、言っとけば良かったな」
「うむ、手形に問題はないようだ。今後は気をつけるように」
耳打ちすると医者はいかにも相手の不手際だと印象づけてから手形を返し、二人で素早くその場を離れる。
「広場と市場はガームとペガルスが多い、早く通りに入るとするかね」
なんということだろう。
医者はアトスがいないとこんなにも頼りになるのか!
「先生、見直しました」
「えっ、急になんだね?いやだなぁ!照れるじゃないか~」
ニヤけ顔が全てを台無しにする。
「この通りに防具屋と武器屋が多い、ここの辺りを見て回ろうじゃないか」
人の多さに思わずキョロキョロと目が回りそうになっていたが、医者に連れられて一軒の店に入った。
「いらっしゃいませぇー!」
元気のいい声で出迎えたのは、ラフなドレスのお姉さんだった。
「防具を一式探してるんだがね、彼に合うもので、この店で一番良い品を出してくれないかね」
医者を見ると店員は深くお辞儀をしてから、店の奥に消えていった。
「アトスとも話したんだけど、そんなに高価な物じゃなくても、見た目を隠せてある程度強そうならなんでもいいんだ」
「さっぱりなのだがね!?アトスくんまでそれに同意したのかね!?」
「派手な防具で、せいぜい相手が負けた時の言い訳を作ってやろうって事になった」
医者はずり落ちるメガネを直すと、納得したように頷いた。
「それでアトスくんが派手なのをって…ぶふっ!」
「それにしてもこの店、広いのに置いてある防具が少なくないか?」
「王都にあるそういう店はだいたい材質のいい品、細工がいい品、あとは適当な種類だけを店頭やショーケースに置いて腕の良さをアピールしているんだよ」
「はあ…」
「本当の品物は地下にあるのだがね、まあ早い話が客を見てから品物を出すのだよ」
なんというか、王都に相応しいプライドとお値段の高そうな店だ。
「ここらの大通りに店を構えられるのは、大体がスキルでのし上がった異世界人なものでね、少しばかり偏屈なのやアクが強い人材が集まってしまったというわけさ」
「異世界人って…」
「誤解しないでくれたまえ!?異世界人全てがそうという話ではないよ!?」
ふむ、この医者がつい毒づく程度には癖のある店が多いと、それだけは頭に入れておこう。
「お待たせ致しましたぁー!」
先程の店員を筆頭に、各部位二種類ずつの重そうな鎧を数人の職人らしき男たちが運んできた。
「よろしかったらご試着なさいますか?」
ここまで読んでくださってありがとうございます。




