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味の革命と真実の夜

少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

筋トレの回数も増えて体力もついてきた、料理は同じ味で素材を変える程度のバリエーションだが、少しずつ出来ることも増えてきた。

仕事の日は食事をしないアトスの為にお茶を入れて待つのがせいぜいだが、暇な時間には先生の差し入れてくれる本を読み、通過や地図などを覚え始めた。


川で釣りをして気持ちの悪い生き物を見ても、図鑑と見比べては抵抗感より味を想像するくらいには慣れてきたのだった。


「そうだ、ポポンでジャムを作ったんだ!パン焼いてくれよ!」

「とうとうやったの!?」

アトスの焼いてくれる美味いパンにぜひ合わせたいと、前々からアトスが仕事でいない日に計画していたのだ。


「少年よ…これを飲むがいい」

「誰の真似?」

アトスはうわーあ、と残念そうにしながらもポポンのジャムを少し混ぜたお茶を飲み、下を向き両手で顔を押さえている。


「どうだね?少年よ」

「パンを焼くしかないよね!?クロウの大胆さがうらやましいよ!」

アトスはガバッと顔を上げると急いでパンを作る準備に取り掛かった。

我ながら大成功のジャムは、ポポンを加工することに抵抗していたアトスに無事に歓迎された。


パンを捏ねるのを手伝っていると、アトスがこちらを見つめている。

こうなってくるともう何が言いたいのかわかるようになってきた。

「明日パンとジャムを先生にもパンとジャムを渡そう」

「本当!?クロウは優しいね!ありがとう!」

「…どういたしまして」

優しいのはアトスの方だろうと言いかけるが、それを始めると褒めあい合戦になり、結局どんな小さなことも上手に褒めるアトスに負けて、照れくさい思いをすることになるのはパターン化して学んだ。


パンの生地が膨らむのを待つ間、お互いにメモを作っていた。

「うん!これでも足りないくらいだけど、こんなものかな!」

「俺も出来たぞ!」


アトスの書いたメモを見ると、防具の事が細かく書いてあった。

「なになに?オリハルコン、または【剣神】の扱う武器に傷一つ付かない素材…」

オリハルコン!?この世界にあるのか!?

絶対に異世界人が名付けただろう!!

どれも防御力が高く、お値段も高価そうな物が部位別に、そして中に着込むものまでこれでもかとびっしり書き連ねられていた。


「無いだろー、こんなに着込んだら動けないぞ?」

「あとはこれね、スィークンの葉」

「それ何に使うんだ?」

「髪を金にする薬になるらしいんだ!」


アトスは黒髪コンプレックスを信じているのか、密かに染料を調べてくれていたらしい。

染まらないとは言いにくい上に、アトスと医者と並ぶと信号機になっちゃうけどいいの?


「それだけは買ってくるよ」

「それならクロウは他に何を買う予定なの?」

アトスにメモを渡すと、読み始めて数秒でこちらを呆れたように見る。

「ペトミンのあご肉、ブライヤの肝、カンサーの乾燥調味料…全部食べ物??」

「本を見たら絶品だって書いてあったんだよ!アトスなら絶対に美味しく調理してくれるだろ?」

「クロウ、明日なにしに行くのかわかってる?」

「もちろん!タダで贅沢しまくる日!あ、でもあんまり買ってアトスに迷惑がかかるようなら止めとく」


アトスは深いため息を吐き、もう一度メモを見てからちらりと俺を見て、満更でもなさそうにポツリと呟く。

「この量は貯蔵する場所も無いし、半分くらいならいいんじゃないかな」

「任せとけ!」


二人でニヤリと笑い、メモを仕舞うとアトスはパンを焼き始めた。

俺はジャムをフタ付きの瓶に分けて明日の支度をした。


夕飯に焼きたてのパンを勧められたが、アトスと食べるまで待つと断り、作り置きのおかずで夕食を簡単に済ませてから風呂に入ってベッドにダイブした。


アトスは隣で日課の絵本もどきも読まず、横になっていても不安そうにそわそわしている。

「眠くないのか?」

「そうじゃないんだけどね、明日のことを考えて僕がこの家に一人で残るなんて久々すぎて何をしようかと思って」


そうかもう目覚めてから一ヶ月半、確かにこんな事は初めてだ。

「なるべく早く帰ってくるよ」

「それだけじゃないんだ、英雄祭は本当に出なくちゃダメなのかな」

「俺が逃げる方が危険が伴う、共倒れだってわかってるんだろ?」

「そんなことない、必ずあんたは逃がしてみせるよ」


必死に反対するアトスをなんとか説得しようとするが、やはり決め手に欠けるようだ。

これは最終手段だと思っていたが、冗談めかして一つの真実を告げてみる。

「アトス、実は俺って異世界人だから強いんだぜ?」


するとアトスはこくりと頷き、思ってもいなかった言葉を返してきた。

「知ってたよ」

「だから試合なんてパパっと勝って…え?」

驚きもしなければ笑いもせず、アトスはゆっくり起き上がると真剣な眼差しで俺を見る。

「記憶喪失がウソだと知ってたし、髪の色は元々その色だよね」

「…アトス?」


想定外の反応に戸惑い冷や汗が流れる。

「何言ってんだ?異世界人なんて冗談だって!」

「それもウソ」

にっこりと微笑むアトスはいつもと様子が違う。


「僕も本当のことを言おうか」

「は?」

「僕も異世界人だよ、クロウも気づいているとは思うけどね」

その言葉を聞いてやはりと思った。

「やっぱりアトスは自分が異世界人だと知っていたのか」

「そうだね、僕にはスキルがある。そしてこの待遇に気づかない方がむずかしいよ」

「アトスのスキルってなんだ?」

「【真偽感知】…嘘をついてるとすぐにわかるんだよ、爺ちゃんは【虚偽警告】という似たスキルを持っていたみたいだよ」


医者はアトスが異世界人であることを本人は知らないと言ったが、やはりそんなわけがなかったのだ。

アトスは普段の言動から子供っぽく見えるが、頭も良く感も鋭い時がある。

「クロウには異世界人だとバレたら困ることがあるんでしょ?」

「そこまでわかってるなら否定はしない」


アトスは少し目を丸くしてから、残念そうに笑顔を作り直した。

「いつもみたいに話してくれないかな、クロウ」

「いつも通りじゃないか?」

「僕にわかるのはウソってことだけ。ウソだとわかってもホントウのことがわかるわけじゃない」


俺は知らずに警戒していたのか、アトスに話し方がこわばったのを指摘され、悲しませていることに気づいた。

「ごめん、なんでこんな嘘まみれの俺をここに置いたんだ?」

「寂しかったからそれを言ったら居なくなってしまうと思ったんだ、それだけじゃなくて…クロウのつくウソにはなぜだか嫌な感じがしないんだよ」

「保身の為の嘘だとしても?」

「そう、だね…なんでかなあ?」


頭を搔くと、いつものアトスらしく不思議そうに首を傾げた。

「これは感だけど、異世界人だと教えてくれたのは僕を安心させるためかな?」

「それもあるし、反応次第ではいつか本当の事を言えると思ったからだ」

「僕は合格できたかな?」

「逆にこっちが驚きまくってて、それどころじゃねっつの」


アトスはやはり違和感のある笑顔を作りにこにこと笑う。

「僕が異世界人だとバラしたのはね、クロウがそんな試合に出ることはないとわかって欲しかったからなんだ」

「どういう事だ?」

「本来ならクロウを見つけた時にドクターに預けるべきだった、でも僕のワガママでこんな事態になったってこと」

「だから責任は自分がとるって言いたいのか?」

「そうなんだよ!さすがクロウは話が早いよね!」


あんなに安心できたはずのアトスの笑顔が、こんなにも不安に感じるなんて…

「スキルは今も発動してるか?」

「うん、ごめんね。このスキルを切ったことはないんだ」

「ならちゃんと聞け!その耳で!スキルで!」


アトスは何か覚悟をするように、一瞬目を硬く閉じてからこちらを見据えて笑顔を作る。


「俺はアトスに拾われて本当に感謝してる、今の生活が楽しいから自分で守りたいんだ!それから試合で俺が負ける事は有り得ない!おかしいのはこの世界の、この国の仕組みだろ!?アトスは悪くない!だから作り笑顔なんかするな!」

どんな事を言われると思ったのか、アトスは驚きながら目を見開く。

「…クロウ?」

「なんだ?」

「どうしてウソがないの?」

「本当に思った事しか言ってないからだろ」

「クロウはどうして僕を責めないの?」


今までどれだけの嘘を知ってきたんだ?純粋なアトスには絶対に不必要なスキルだったのに。

こんな簡単な事までスキルを使わないとわからない程に自分を追い込んで…。


「何度でも言うけどな、お前のせいじゃないからだ」

「クロウ、ウソをついてみて?」

「え?あー…、俺は女だ」

「あ!ちゃんとウソだ!」

自分でつけと言っておいて?


「あっ!ちょっと待てアトス!嘘がわかるならなんであの時出ていった!?」

「あの時?」

「先生が腹が減ってスキルを使えないって言った時だよ!」

そう、スキルを使わなくてもアレはいかにも嘘だろう、なぜそんな嘘に従ったのか。

「爺ちゃんが言ったんだ、ドクターが僕にウソをつく時は僕を守る為だから必ず信じろって」

「そういう訳か!でもなあ、二人になった途端先生に質問攻めにあって、アトスに危害を加えないか審査されてるみたいでまじで怖かったんだぞ」

「ドクターがウソをつくのは本当に僕を守るためだったんだ…」


あっれー、そっちに行っちゃう?

「それで、俺がいつから異世界人だと知ってたんだ?」

記憶喪失のフリやなんかはわかるが、異世界人じゃないとはアトスの前で言ったことは無い。


「迷わずに箸を使ったよね」

「あっ!!」

「あとは日本刀という言葉を知ってた、日本は僕たちの本当の世界なんだよね?」

そんなところを見ていたのか!?

そう言われると、アメリア達と行動した時に箸を使っていた者は見たことはない!

武器だっていかにも洋風のものばかりだった!


「それから、これは僕の言い方も良くなかったと思うんだけど…」

アトスは手で顎を撫でながら考える。

「クロウが作ってくれてから思い出したんだけど、昔話は爺ちゃんが話してくれるよりもっと前に、誰かから聞いたと思うんだ、たぶん元の世界で…」

「アトスは、どこまで自分のことをわかっているんだ?」


その質問をしてから、アトスはしばらくぼんやりと思い出すように宙を見ていたが、やがてポツリポツリと語り出す。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

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