ペガルスとクリフト
文章もむずかしいですね
緊張しながら身構えていると、大きな男は声をかけてきた。
「よお!あんたが昨日兄貴を送ってくれた旅の人だってな」
ニカッと笑う様子に邪気はなく、筋肉はあるものの、引き締まった身体でバスケの選手にいそうだな、とか考えていた。
肩下まで伸びたボサボサの髪を無造作に後ろで一つに括り、前髪を掻きながら握手を求めてくる。
怖々と手を出すと嬉しそうに力強く握り、ぶんぶんと振られ、身体ごと持っていかれそうになる。
「兄貴って?」
「ああ、昨夜ファーレンさんを隣村まで送ると村を出たんだが…」
「そう、ですか…」
三人の遺体の中でも一番多くの深い傷があった若い男の事だ。
きっと勇敢にも皆を守ろうとして戦ったのだろう。
「オイオイ、落ち込まないでくれよ!あのままだったら朝にはその辺の魔物に喰われただろうさ、ガイルさんに聞いたぜ、お前が連れてきてくれたんだろ?それを埋めて供養してやることが出来たんだ、感謝してるぜ」
この人には本当に悪意がないらしいことが真っ直ぐ見つめる目から伝わってくる。
「それで、王都に行きたいんだって?」
「はい」
「俺はこの村の者だが、今王都に行くメンバーを近くの村や集落から集めているところだ、出発は早けりゃ明日になると思う、俺はクリフト!よろしくな」
「津田大和と言います。こちらこそよろしくお願いします」
「敬語はよしてくれ、呼び捨てでかまわないからな!」
ムキムキで爽やかだ!
騎士というより山賊のような風貌だが、頼りになるアニキという感じがする。
「ところでペガルスには乗れるのか?」
ペガルス…昨日馬車を引いていたはずの馬を探していた時にアメリアも言っていた名前だ。
「それって、もしかしてあの動物か?」
恐る恐る翼の生えた馬を見る。
「ああ、馬車では時間がかかりすぎるからな、ペガルスに直接乗って行こうと思ってる。ヤマトには俺の後ろに乗ってもらうことになるだろうな」
やっぱりあれか!
「ペガルスというか、馬も乗ったこともないんだけど」
「馬?」
「気にしないでくれ…」
馬が通じない。ペガルスはいるのに馬はいないらしい。
「うーん、試しにちょっと乗ってみるか?」
クリフトは自分が乗っていた一際ガタイのいいペガルスを指差す。
クリフトのペガルスは白い体に茶色のぶち模様で、たてがみと尻尾はぶちと同じ茶色だ。
はい?集まった4人のペガルスの中で一番興奮してるあの馬、いや、ペガルスに?せめて隣の薄い茶色の眠そうな奴がいい…
「おかしいな、俺のペガルスはいつもはもっと大人しいんだが…血の匂いで興奮しているのかもしれない」
そんな俺の怯えが伝わったのか、クリフトは苦笑いで自分のペガルスを見ている。
「ペガルスに乗れないとどうなるんだ?」
「そうだな、どれか一体が馬車を引いていくからそこに乗ってもらうが…王都に行くのには15日ほどかかるだろう」
「乗れたら?」
「通れる道も変わるから、5日はかからないんじゃないか?俺達はどちらでもかまわんが」
「乗せてください…」
ペガルス優秀かよ!
少し、ほんの少し乗せてもらって無理なら馬車の方でお願いしよう。
目線をそらさないように一歩ずつ距離を詰め、ペガルスが羽ばたくたびにビクッと後ろに下がりを繰り返す。
「ハハハ!そんな睨めっこをしていたんじゃ日が暮れるぞ!コイツはブティシーク、人に危害を加えたことはないから安心しな!」
紹介されてるペガルスは主人の顔に泥を塗るように、興奮状態で何度も前歯をガツガツと鳴らしている。
「いや無理、怖いです」
これは無理そうだ。どう見ても威嚇される。
なぜあんなに怒っているのか。
「そ、そうか!じゃあ隣のペガルスはどうだ?」
クリフトは俺が最初に乗りたいと思った薄い茶色の眠そうなペガルスを引いてくるように仲間に声をかける。
その途端…
「ブルッヒイイイィン!!ガフッガフッ」
指名された途端に薄茶色のペガルスは白目で鼻息荒くヨダレを垂らし、さっきまでの眠そうな顔からは程遠い興奮を見せ始めた。
ドン引きだ。
「うわっ、レンブランド!?急にどうしたんだ!」
クリフトも茶色のペガルスの持ち主もドン引きする程に息を荒くし、頭を振りながら地面を蹴っては隙を見てこちらに突進してこようとしている。
薄茶色のペガルス(レンブランド)の持ち主が手綱を強く引いて、なんとか押さえつけている。
「ブッヒブッヒ、ブルッヒイイイィン!!」
しかしレンブランドが落ち着くことはない。
「レンブランド!本当にどうしたんだ!そんな気持ち悪い顔見たことないぞ!?」
ああ、申し訳ないけどやっぱり気持ち悪いよね。
「…動物に嫌われる質か?」
レンブランドを見ていられなくなったクリフトはぽつりと聞いてくる。
「ペガルスに嫌われる質みたいだな…」
「俺のブティシークも無理そうだな」
クリフトのペガルス、ブティシークも同じように抑えてもらってはいるが、近づけば近づくほど動きが激しくなり断念せざるを得なかったのだ。
怖いけどちょっと乗ってみたかった…
するとそこに太陽を遮るようにして頭上に何かが飛び出し、影ができた。
よく見るとペガルスと思わしき動物の腹が見える。太陽を背負って滞空しているのだ。
「ペガルスって飛ぶの!?」
クリフトは当たり前と言うように親指を立てる。
「ハハハ!ペガルスだからな!しかもあれは…」
上空のペガルスがゆったりと翼をはためかせて高度を落として降りてくる。
ペガルスが逆光から抜け出し、全体を確認できるようになり砂煙を避けるように顔に添えた手の隙間から見えたのは、全身真っ黒なペガルスとその背に乗っているアメリアだった。
「ヤマト様…」
ペガルスの着地と同時に背から飛び降り、俺の方に走ってくる少女。
その手に手綱はない。
「アメリア!?」
「え?」
え?じゃない。それ離しちゃダメなやつ。
「私のルンナです…」
「ルンナ!?」
「この子を連れていってください…」
ガイルにでも俺が王都に行くことを聞いたのだろう。
「ねえ、なんかジャリジャリと右前脚で地を蹴って踏み鳴らして、今にも襲ってきそうな目をしてるんだけど」
「ルンナは大丈夫、です」
アメリアは俺の足にくっつき、先程まで背に乗っていたペガルスに向かっておいでおいでをしながら言った。
「呼んじゃいけません!!」
なんて恐ろしい子だ!
ルンナと呼ばれるペガルスにジリジリと距離を詰められ心拍数が跳ね上がる。
ルンナは息が上がって鼻息荒く、目が据わっている。
不本意ながらアメリアを少し前に押し出し、ルンナをけん制する。
「クリフト、これヤバそうに見えるのは俺だけ?」
「ああ、アメリアのルンナは村で一番体格がいいんだ…いざとなったらブティシークをぶつけるからその間に逃げろ」
「クリフトさ…ん?」
その名前を聞いて初めてクリフトの存在に気付いたのか、アメリアの顔が青ざめる。
「ごめん、なさい」
か細い声で謝ると俺の服の裾を引っ張りルンナの前に飛び出す。
「あーー!!待って!アメリア待って!?そっちはやばい!!」
俺の叫びも虚しくアメリアはルンナに飛び乗り跨ると、ルンナが逃げようとする俺の背後から股の間に頭を突っ込み首を勢いよく振って空中に投げ飛ばす。そして器用に頭でキャッチして自分の首に引っ掛ける。
「ぎゃあああー!!」
これが映像ならば、俺の股間から鉄で鉄を叩いたような音がしてるのだろう。
ルンナはそのまま上を向いて、前脚で強く地面を蹴る。
高い!ルンナでかい!
慌てて前傾姿勢でルンナの後ろ首にしがみつくと、あっという間に飛び立ち空気を蹴って走るように空を駆け上がった。
そこに走って追いかけてきたのはクリフトだったが、飛び立ってしまったルンナに追いつくことは出来ずに走りながら大声で叫んだ。
「待ってくれ!アメリア!お前のせいじゃない!」
地上からはクリフトの声が聞こえる。
その声に反応してアメリアはさらにルンナを加速させ、地上では取り残されたクリフトがやってしまったと言わんばかりに頭を抱えている。
そうか、クリフトに会って護衛についてきてくれたお兄さんが亡くなったのは自分のせいだと思っているのか、アメリアは許されないと思い怖くなってしまい衝動的に逃げ出したらしい。
でもな、アメリア…俺は初めての騎馬がこの大勢で空の上ってことが怖いよ!
「お、おえっ、アメリア落ち着いて、降ろしてくれー!」
俺の絶叫は遥か離れた村々にまで響いたとか。
ここまで読んでくださりありがとうございます。