宝物と忍び寄る影
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
アトスは俺の作った昔話の絵本もどきを全種類読み、一周すると昼間作った折り紙と一緒に屋根裏部屋の棚に仕舞った。
「ここには僕の秘密の宝物がたくさんあるんだ」
「そんなこと言われたら、他に何が入ってるのか気になるだろ」
「うーん、いつかクロウになら少しずつ見せてあげる」
「それはかなり楽しみだ」
アトスが棚を見つめる目は優しく、きっと本当に少年の大切にしているものが入っているのだろう。
「アトス、明日も仕事頑張れよ!」
「クロウも鍛練がんばってね!」
「頑張るぞ!」
「おー!」
お互いを励まし合えるのは、こんなにも気持ちがいいものかと思うほどにほっこりする。
目的の王都へは一応足を踏み入れる事が出来た。
これから段々と異世界人の扱いや現状を知っていけばいい、そう思えたのも今日は大きな収穫だった。
久しぶりに自力で頑張ったせいか、その日はすぐに眠りに落ちた。
──翌日、目覚めたのは朝の八時を回った頃。
毎回仕事前に大変だろうと思うが、アトスはやはり朝食と昼食を用意してくれていた。
朝飯を食べ終わると借りている日本刀を腰に差し、森の中を軽くジョギングをしながら昨日チャンバラをした場所に向かう。
着いてからはまずストレッチをして腕立てと腹筋を三十回ずつを一セット。
最初は身体を壊さないようにと少なめに始める事をアトスに勧められたのだが、今のなまりきった俺には三十回すらキツかったりする。
筋トレを済ませて休憩した後は、素振りで剣の練習だ。
アトス曰く、縦に振るうだけでは必要な力が付かないと言われ、夕食の時に説明された型を一連の流れとしてメモした紙を見ながら動く。
「えーっと?袈裟斬りみたいに斜めに振り下ろして、そのまま刀を反して水平に…」
何度か挑戦するが覚えきれないうえにあまりに不格好だ。
「そうだ!」
何のためのスキルだ!
【剣聖】を発動して教わった動作をゆっくりと数回こなしてみると、先程まで硬かった身体が流れるようにスムーズに動くのを感じる。そこでスキルを切り自力で型を再現すると、スキルを使う前よりも動きを理解して再現出来るようになっている実感がある。
俺に足りなかったのはお手本だったのかもしれない。
どうして俺がここまで自力にこだわるのか、それはアトスが努力してきた事を考えると、遊びとはいえスキルで相手をすることに抵抗があったからだ。
今は醜態を晒そうとも実力で楽しい時間を過ごしたいと思うのは少年が純粋すぎるからだろう、何をしても楽しんでくれるのだとしても、スキルをイカサマなんて言う気はさらさらないが、そこに俺ではないものを持ち込みたくない気持ちが勝る。
しかし時間が経ち練習が辛くなってくると、頭の中はすぐに調子のいい方へと考えを変えたくなる。
ちょっと待てよ?アトスはあれだけ強いんだから、相手も強い方が楽しんでもらえるんじゃないだろうか?
ふとそんな事を考えてしまう自分が出てくると勢いよく頭を振って、気持ちを切り替えることを繰り返して午前中の鍛練は終いにした。
家に入る前に茶葉の様子を見ると摘んだ時の鮮やかな緑は深い緑色に、香りは青臭さが抜けて無臭。
「干すだけでだいぶ変わるんだな」
いつの間にかこの茶葉を使ったお茶を飲むのを楽しみにしている自分がいる。
アトスの影響だろうか、しかし悪い気はしなかった。
洗面台で頭から水を被り汗を流して部屋に戻ると、動きすぎたせいか昼食を見ただけで少し吐き気がする。
しかしそこはさすがのアトスさん。
ゲッシュの上半身肉入りのサッパリサラダを準備してくれていたらしく、食べ始めてみると夕食とは違う酸味のあるドレッシングで案外ぺろりと食べきってしまった。
「本当に、これで女の子だったらなー」
改めて気遣いに感謝しつつ、失礼なことを呟くと食休みをしてからまた午後の鍛練に出かけた。
ちょうどいい、スキルのチェックと複数の組み合わせと使い道も考えて練習しとこう!
ふむ、増えたスキルは一つか、【変態】で遊びながらも色々と試し、充実した時間を過ごすことが出来た。
結局、鍛練とスキル遊びを終わらせて家に戻り時計を見てびっくりしたのは、夕方の五時過ぎの事だった。
「あれ?もうこんな時間なのに…」
【周囲感知】のスキルは作動している、森に人が入った気配は無かった。
アトスが夕方まで戻らないのは初めてだ。
風呂の準備でもしてやりたいところだがまだやり方がわからず、とりあえず自分は頭だけ流すと身体を拭いてストレッチを始めたが、そこで意識は途切れた。
二日間の運動で疲れたのか、いつの間にかソファでうたた寝をしてしまっていたらしい。
慌てて時間を見ると夜の九時!
「やべ!そんな寝ちゃったのか!」
飛び起きるとちょうどその時、二人分の気配が森の中に入ってくるのがわかった。
今日の試しで【周囲感知】の精度が調節できるようになっておいて良かった、その気配がアトスと医者だとわかるとほっとして待つこと十分。
玄関からノックする音がして出迎えると、そこに居たのは医者だけだった。
「やあ、昨日は変なところを見せてすまなかったね、ポポンは美味しく頂いたよ」
「こっちこそ朝早くから申し訳なかったよ、それでアトスは?」
「仕事後の恒例のやつさ」
どこか浮かない様子で世間話を始める医者に問いかけると、俺がまだ行ったことのない森の南側にアトスの気配を感知した。
仕事後の恒例というと、家の風呂とは違う場所でずぶ濡れになって帰ってくるアレか?
「ところで先生、今日はどうしたんだ?」
「いやぁ、少し…かなり大事な話があってね、アトスくんを宥めながら一緒に来たわけなんだがね…」
話の要領が掴めず、アトスを待っていると今度は玄関の扉が乱暴に開き、いかにも不機嫌そうなずぶ濡れの少年が入ってきた。
「お帰りアトス!遅かったけどトラブルか?」
急いで駆け寄りいつも通りタオルで頭を拭いていると、タオルを持つ手を力強く掴まれ悪寒が走る。
「うわっ!びっくりした!アトスさん!?」
「クロウ!ドクターから何か聞いた!?」
タオルと髪の間から覗く目は、怒りと殺気に満ちていた。
「な、何も聞いてないけど…どうしたんだ?俺じゃ頼りないかもしれないけど、アトスに何かあったなら心配だし出来ることならなんでもするから言ってみろよ」
アトスの迫力に圧されながらも、掴む手をそっと外してから再び髪をわしゃわしゃと拭きながら治癒魔法をかけてみる。
「ね?アトスくん、クロウくんもこう言ってることだし、クロウくん本人の事なんだから話すべきだよ」
ため息混じりに医者がアトスを諭すように語りかけた。
ん?俺のこと?
「わかった、クロウに出来ることは協力してくれるんだね?」
少しの間静かに頭を預けていたアトスがポツリと呟いたが、何か嫌な予感がする。
すると今度は両手を掴まれ、タオルは床に落ちたがアトスの顔がハッキリと見える、そしてそのまま満面の笑みで続けた。
「クロウはしばらく…、いや、今後屋根裏部屋から出ないで!」
「えっ!?まじで何があったんだ!?」
助けを求めるように医者を見るも、医者も口を開けたまま固まっている。
「アトス!ちょっと落ちつけ!あっ、そうだ!アトスのいれたお茶が飲みたいなあ!」
「そっか!もうこんな時間だもんね!急いでなにか作るよ!」
家事少年にはお茶の一言が効いたのか、急いでキッチンに走っていった。
「ご飯食べたらクロウはすぐ上の部屋ね!…うーん、今からでもいいかな?ご飯は運べばいいし…」
いつものアトスに戻ったと思いきや、キッチンから大きな声で恐ろしい事を言い、その後もぶつぶつと何やら考え込んでいる。
タオルを拾いながら医者に再度尋ねる。
「先生、何があったんだ…?」
「実は…これを見てもらったら早いかと思うんだけどね」
取り出したのは一通の手紙だった。
「これは?」
「アトスくんの上司…アトスくんの職場の最高責任者からアトスくんへの手紙なのだけどね、その人は性格に難がある方なのだがね…」
「ふーん?」
とりあえず手紙を開いて読み始める。
「“森の小僧よ、貴様が最近犬を飼い始めたと兵士から聞いた。
誰の許可を得たのか。
飼い続けたくば、犬も役に立つことを二ヶ月後の英雄祭で証明してみせよ。
さもなくば犬の始末を。”…?どういう意味だ?」
謎の暗号めいた文に首を傾げていると、医者が直訳して話し始めた。
「早い話、クロウくんがここに住んでることがバレたのだよ」
「無許可…っていうか、アトスの家なのに許可とかいるのか!?」
「そこに書いてあるのは、アトスくんがクロウくんと勝手に暮らしているのを知った上司が、これからも君と生活をしたければ、君を英雄祭に出せと言っているんだ」
「英雄祭?」
「王都で三ヶ月に一度行なわれる決闘試合さ」
決闘!?
俺がそれに出ないとここでの暮らしは認めないと!?
「なんだコイツ!人を犬とか!何様なんだよ!」
「一応アトスくんの職場で異世界人を統括するお偉いさんなのだよ」
医者は簡単に説明をするが、その様子はうんざりとしているのが一目瞭然だった。
そして耳打ちをする。
「この家に住む者は代々、生活の全てをあの人に握られている」
「…なんだと?」
「歯向かうことがどういう事か、アトスくんはわかっていても君を英雄祭に出したくないと言う、ボクも同感だがね」
その時、俺と医者は背後に殺気を感じて振り返ると、料理と包丁を持ったアトスが仁王立ちでこちらを見ていた。
「話したね?ドクター」
「ひっ!だ、だってね!?ね!クロウくん!」
「あ、ああ!俺だけ訳も分からず屋根裏暮らしなんて、アトスの言う楽しい生活じゃないだろ!?」
「だって…っ」
アトスは一度何か言いかけた言葉をぐっと飲み込んで、料理の入った皿をテーブルに置くと拳を震わせて悔しそうに立ち尽くしている。
「…それはクロウを試合中に殺すのが目的なんだ」
ここまで読んでくださってありがとうございます。




