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意地と飯

少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

アトスは足を肩幅に開き、膝を軽く曲げて片手で持った剣の切っ先をこちらに向けると楽しそうに構えをとった。


俺は親指で鍔を押して柄に手をかけたまま、僅かに中腰になると右足を一歩踏み出して左足を引くと、居合抜きのイメージで構える。


しばらくお互いの様子を見ていたが、先に動いたのはアトスだった。

構えを解き、一度左半身に剣を引くと低い体勢のまま高速で間合いを詰め、左下から右上に素早く剣を振るった。


──その時。

「うわっ!?っと!!」

慌てた声を出したのはアトスだった。

急いで後ろに身体をズラし、切っ先が俺の剣を抜こうとした右腕をかすめ、服の袖がはらりと切れると斬撃の衝撃波で俺の前髪が持ち上がった。

「クロウ!?」

アトスは困惑した表情で俺を見る。

その反応はもっともだ、俺は身動き一つしなかったのだ。

いや、一ミリも反応出来なかったというのが正しい。


なぜなら俺は【剣聖】のスキルを使わずアトスの動きも剣の軌道も全く見えず、微動だにすら出来ずにいた。

俺が避けも防ぎもしない事に気づいたアトスがギリギリで退がってくれたおかげで、腕には怪我の一つも無かった。

正直ちびるかと思った。

「こっわーー!!」

「どうして何もしなかったの?」

アトスは俺の行動が全く理解できないといった様子で、困ったまま問いかける。


俺は鞘から手を離し、ふう、とため息をつくと爽やかかつハッキリとイイ笑顔で言ってやった。

「あんなの、反応できるわけないだろ」

「は!?」

「いやまじで!何が起こったのか全くわからんかったし超怖かった!」

ぱっくりと切れた袖を見ながら今更ゾッとする。


「さっき、剣を試しに振ってたよね?」

「カッコつけたかったからな!」

「うそでしょ!?まるでとても強い覇気のようなものを感じたよ!?」


あらやだ。

【剣聖】ったら素振りしただけでそんなに達人感が出ちゃうものなの?

今度鏡の前でじっくりやってみよう。

そしてそれを見抜くアトス!やはりかなりやるな!


「クロウ?もしかしてふざけてる?」

「いや、本気だっての!」

アトスは僅かに疑いの目を向けていたが、ガックリと肩を落とすと力が抜けたのか剣が手から離れ地面に転がる。

「本当にちゃんとやる気だったんだね」

「なんか期待させたみたいでごめんな」


落ちた剣を拾い上げて手渡すと、アトスは真面目に考察を始める。

「ゲッシュをさばいた時も、剣の試し振りをした時もクロウにはなにかを感じたんだけどな…」


それ両方スキルのおかげです。


「クロウ、武器が良くなかったんじゃないかな?」

「えっ!?」

「ゲッシュをさばいた腕前…包丁…そう!包丁を愛刀にしたらいいんじゃない!?」

「いやだ!!かっこ悪い!!」

何が悲しくて包丁を武器にして戦わないといけないんだ!全力で拒否する!そもそも戦う機会なんていらないからな!?


「どうせ使うなら俺は日本刀がいいの!」

「使えてなかっ…」

するとアトスは一瞬こちらをハッとしたように見て、すぐに目を逸らした。

わがままを言いすぎたのか、剣も使えない俺にガッカリしたのだろうか?


でも仕方ないじゃないか、この世界に来て小刀は何度か触れたことはあっても、こんなちゃんとした武器らしい真剣を持ったのなんて今日が初めてだ。


「アトスー?ガッカリさせてごめんて」

「え?あ、そんな事ないよ」


こちらを向くとにっこり笑って言った。

「明日からは剣の練習もしようね!」

「えぇー、このままでいいよ」

「なにが起こるかわからないし、護身術程度に、ね!」

「そんな付け焼き刃程度で身を守れるほど、王都付近は治安がいいのか?」

「いつなにが起こるかわからないんだから、なにも出来ないよりマシでしょ?」

「うぐっ、お願いします」

アトスの言うことは正しい。

前にアメリアとも剣の練習をすると約束していたことだし、アトスは感覚的かと思いきや意外と教えるのが上手いので稽古をつけてもらうことになった。



──そして。

ガクッと膝から崩れ落ちた俺は荒い息で、地面に両手を付きぽたぽた落ちる汗を見つめて後悔していた。


「クロウ、無理しないで…」


隣に片膝でしゃがみ込み、俺の肩にアトスがそっと優しく手を添える。

その表情は慈愛と哀れみに満ちていた。

「だっ…て、ハアハア、まだ素振り…っ、四十回っ…」

そう、まずは基礎からと素振りをしていたのだが、アトスと決めた目標は百回だった。

この世界で特に体力的に困ったことがなかった俺は、いざとなれば【剣聖】もある事だしと軽く素振りを始めたのだが、突きつけられた体力の無さという無慈悲な現実。


【重力操作】で日本刀の重みはほとんど無いにも関わらず、歩行とタイミングを合わせながら刀を振り切り途中でピタリと止めるという動作がこんなにも疲れるとは思わなかった。

「クロウは二年も眠っていたんだから、体力が落ちていても不思議じゃないよ」

「そのっ、ハアハアっ、フォローが逆に悲しいぜっ!おえっ!」

くっ、楽しそうにチャンバラで遊ぼうというアトス相手にチートスキルを使いたくないなど、陳腐なプライド捨てちまえば良かった!

じゃなくて、この体力の無さは実際やばい。


「アトス!俺は体力をつけるぞ!」

「うん!そうだね!じゃあ今日の素振りは最初の目標の百回いってみようか!」

「それは徐々に増やしていくことにしませんか!?」


中途半端にやる気を見せると、素直なアトスは協力すると言って隣で素振りを始めた。

「辛かったり苦手なことも二人なら頑張れるでしょ!」

それは本を読む時に俺が言ったこと!アトスは善意で言っているのだろうが、今の俺には鬼にしか見えない。

これは俺もやるしかない流れじゃないか。


ヘロヘロの腕を振り上げ、なんとか七十回に到達した頃、限界を迎えた俺は刀を置いて大の字に転がり駄々をこね始めた。

「もう無理だ!動けない!」

「あと三十回で目標達成だよ!」

「いやいやいや!そういう問題じゃないの!無理なものは無理だ!いーやーだー!!」


手足をジタバタさせていると、アトスはその動きを観察した後、右手に刀を握らせた。

「アトス、なにしてんの?」

「まだ余裕がありそうだから、そのまま上から攻撃された時に防ぐ練習をしよう!爺ちゃんが俺に稽古してくれた時も休みは許されなかったんだ!」


そう言うと隣で寝転び、右手に持った剣を寝かせて刀身に左手を添えるとベンチプレスの要領で上げ下げし出した。

「アトスって…」

「えっ、なーに?」

元々脳筋だったのか…それとも祖父の厳しい鍛練が少年をスパルタに変えてしまったのか…。


「とにかく今日はもう無理っ!帰ろう」

なんとか起き上がると、アトスも飛び跳ねるように軽快に立ち上がり家に戻った。


「あっ、もう四時過ぎだよ!お昼食べ忘れちゃったね」

アトスが時計を見ながらそんな事を言っているが、こちらは床に座ったまま動けずただ頷くので精一杯だった。

「お風呂の準備をしてくるから、待っててね」


俺よりも早くに起きて動き続けていたというのに、アトスは疲れを微塵も感じさせずに家の中を慌ただしく行ったり来たりしている。


「やっぱり考えたんだけど、明日からクロウが良かったらポポンの実を取ってきてくれる?」

突然洗面台に繋がる通路のドアから顔をひょっこりだしたアトスが言った。

「いいのか!?」

「うん、食べ過ぎは良くないって言ったけど、今のクロウには必要だと思いなおしたよ」

「アトスは?」

「僕の分はいらないからね」


そう言われるとなんだか自分だけ食べるのも気が引ける。

なぜなら少年の方が食べ盛りのはずで、筋肉はついてるとはいえ痩せているように見える。


「あと明日はまた仕事だから、クロウはゆっくり休んでてね」

「…わかった」

「帰ったら茶葉を袋詰めして…折り紙もしたいな!夜になったらクロウのくれた物語を読んで、明日も楽しみがいっぱいだ!」

アトスはやりたい事を指折り数え、楽しくて仕方がないといったふうに笑いかける。


「ああ、俺も毎日楽しいよ!次はどんなヤバ…すごい発見があるのか心臓がもたなそうだ」

「よかった!お風呂湧いたから入ってね!」


そしてアトスは俺の作った煮物に合わせて、他のおかずを作り始めた。

お言葉に甘えて先に風呂に入った俺は、久々に運動らしい運動をしてスッキリしていた。


アトスが風呂に入っている間に布団を取り込むとストレッチをしたり、夕食を皿に盛り付けてテーブルに並べたりと、初日から比べると少しこの生活に慣れてきた気がする。

「目が覚めてから6日目か…」

ある程度の簡単な用意を済ませるとソファに座り、ぼんやりと考える。

アメリアたちと過ごしたのは五日程度、この世界にいられる時間に制限でもあるのかと思ったが、それも違ったようだ。


「ぼーっとして、そんなに疲れた?大丈夫?」

顔を覗き込んでアトスが心配そうに問いかけてくる。

「おかえり、大丈夫だ。ちょっと色々あったなーとか考えてただけだ」

恒例になりつつあるアトスの髪を拭いていると、アトスがテーブルに並んだ料理に気づいた。

「そう?あ!夕食の用意をしてくれたんだね!」

嬉しそうに袖を掴むアトスに引っ張られて席につく。

「「いただきまーす」」


まずはアトスが作ってくれたサラダを食べる。

サッパリしたドレッシングが絶妙だ。

「じゃあクロウが頑張った煮物をいただこうかな」

「食べてみるか!」


二人で同時に煮物を食べる。

「美味しーい!」

「うまっ!え!?肉が入ってる!?」

アトスの言う通り時間が経って味が染みて食材も柔らかくなっている。

コロリサツの香りも良く、入れた覚えのない肉がとてつもなく美味い。


「ふふっ、それはゲッシュの上半身だよ」

「ぐっ!?」

一瞬ゲッシュの見た目を思い出すと反射的に口を抑えてしまったが、カエルは鶏肉に似ていると聞いたことがあるので納得しつつ、見た目よりその旨さに思考停止で箸が進む。

「もう美味けりゃなんでも良くなってきた!アトスの料理のおかげだな!」

「クロウは爺ちゃんやドクターと違って好き嫌いしなくて偉いね!」

そんなことで褒められながら、アトスにゲッシュの部位別のオススメ料理を聞いたり、明日からの筋トレのメニューを一緒に考えながら楽しく食事を済ませて、翌日に備えるために早めに布団に入った。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

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