再生と料理と剣
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
森に入った頃、俺はアトスを引き止めた。
「少し遠回りしないか?」
「いいよ!」
「アトス、俺がいいと言うまで目を瞑ってくれよ」
「うん!え!?何してるの!?」
「まあまあ」
素直に目を閉じるアトスを抱き上げて担いで向かったのは、昨日魔物が暴れた場所だ。
目的地に着くとアトスを降ろした。
「もういいぞ?」
「クロウ、どうし…」
言いかけてアトスは息を飲む。
魔物に大きく破壊されたはずの木々たちが一夜にして復活していたのだ。
「クロウ、クロウ!!これ…!なんで!?」
「すごいな、もう元通りだ」
俺のとぼけた返事にアトスはそれどころではなく、辺りを歩いては草木に触れ、一通り見て回るとこちら向いた。
「やっぱりクロウはこの森に祝福されてるんだよ!奇跡だよ!」
アトスは興奮しながら俺の小っ恥ずかしい気持ちなど知る由もなく満面の笑みで言った。
「もう一つあるだろ?」
「え?」
「アトスの日頃の頑張りに森が応えてくれたんだよ」
うーん、我ながら恥ずかしいセリフだけど、嘘ばかりと言う訳では無い。
「そう、なのかな?」
「絶対そうだぞ」
きっとこの森にはアトスの思い出が詰まってる大事な場所なんだろう、荒らされた事で怒りより、悲しんでいたのを知ってる。
それならたまにはこんな奇跡が起こったっていいだろう?
「クロウがいれば、なんでも出来そうな気がしちゃうよ」
そう言って優しく微笑むと、アトスは自然な動きで足元のコロリサツをもいだ。
何してんのこの子。
「今日はこれの調理方をおしえてあげるよ!」
「…よろしくお願いします…」
朝食を食べ損ねた俺たちは、家に帰るとアトスが作ってくれた簡単な飯で腹ごしらえをして布団を干しながら茶葉の様子を見た。
「どうだ?」
「うん!とってもいい感じだね、これなら明日には出来そう!」
順調に乾燥しているのを確認すると部屋に戻り、正方形の紙を何枚も用意すると折り紙を折り始めた。
「まず三角に折って斜めの折線をつける」
「うん」
「そしたら一度開いて、対角線上にもう一度折線をつける、この時大事なのは紙の端がキッチリ揃っていることと、折線はかなりしっかりつけること」
「わかった!」
いくつか折り方を教えてみるとアトスは飲み込みがよく、一度作った形を忘れないうちにと繰り返し練習していた。
教え終わった俺はキッチンに立ち、今度はカウンター越しからアトスにコロリサツの調理法を教えてもらう。
「軸は土をしっかり落とすけど、傘はあまり洗いすぎないでね」
「了解だ」
手で影になるとほんのり発光するコロリサツを見なかったことにして、手早く洗うと木のまな板に乗せる。
洗ったはずなのに、振動を与えると胞子のようなケミカルヴァイオレットな胞子が飛んで気持ち悪い。
「軸の下を少し切り落としたら、全体を二ミリくらいの薄さで縦に切るんだ」
ふむ、エリンギや松茸みたいな切り方でいいのか。
切り終わるとまな板が蛍光紫に染まる。
「アトス!これどうしよう!?」
「水で流せばすぐ落ちるから大丈夫!」
そして皿に水を張りアク抜きをするのだという。
コロリサツが浸かった水はケミカルな紫に染まっていくが、なるべく気にしないようにした。
下準備が終わるとアトスもキッチンにやってきて、調味料と味付けをするタイミングの説明をしてからまた折り紙に戻っていった。
火をかけた鍋に入れると、コロリサツはあっという間に茶色になりいい香りがしてくる。
焼き色がつくと水を入れて、山菜を数種類とゲッシュの燻製をぶつ切りにしたものを投入していき、ある程度火が通るとアクを取って、教えられた分量の味付けをすればコロリサツwithゲッシュと山菜たちの煮物の完成だ。
小皿に少量を取り分けて、折り紙に夢中になっているアトスに味見を頼む。
「美味しいよ!大成功だね!」
「うおー!ありがとうアトス!俺はコロリサツに勝ったぜ!」
「なんの勝負をしていたの?」
自分でも味見をすると、アトスの料理には到底及ばないがコロリサツの出汁が効いたスープに及第点と言ったところだった。
「うーん、やっぱりアトスには適わないな」
「そんな事ないよ、これで味が染み込めばもっと美味しくなるよ!」
「そうか」
「そうそう!夕飯が楽しみだね!」
褒め上手なアトスの言葉は俺を前向きにさせてくれる。
「これでアトスが女だったら良いお嫁さんになりそうだ」
普段は無邪気で明るく笑顔を絶やさない、料理や家事が上手いうえに実はしっかり者であることも知っている。
なんとなくそんな事を言ってみると、アトスはあからさまに嫌そうな顔をしている。
「…なんだかクロウって、たまにドクターみたいな事を言うよね」
「先生と一緒にされるのはちょっと…、いや!アトスを見たら皆そう考えちゃうと思うぞ!?」
「思っても言わない方がいい事もあると思うよ」
それは!!散々反省したつもりでいた事だったのに!
思ったことをすぐ口にしてしまう迂闊さが直らない!
ぐうの音も出ないとはこの事か!
「気をつける…」
「まあ褒めてくれたってことで、素直に喜んじゃおうかな」
アトスは欠かさずフォローを入れる。
なんていい子なんだ…。
「やっぱりアトスが女の子だったらなー!!」
「まだ言うの!?」
するとアトスはつかつかと近づき、少し背伸びをすると顔を近づけて真顔で見つめてくる。
「ア、アトスさん?」
「なら僕も思ってたこと言わせてもらうけど」
「思い当たることが多すぎるから!あんまり酷くないのにしてくれ!」
ヘタレだと思われても関係ない!俺は褒められて伸びるタイプなんだ!ということで腰に手を当てふんぞり返ると軽いヤツをと堂々とお願いしてみた。
「それだよ!」
「どれ!?」
「クロウはせっかく美しい容姿をしてんのに、言動が台無しにしてる!!」
「はいっ!?どういうこと!?」
思ってもいなかった指摘に無意識に首が少し前に出て、広げた腕は腰の高さで止まり、手は中途半端に力が入って指先が曲がり、中腰のがに股で驚いているとアトスはビクッとしたあとに叫ぶ。
「それだってば!」
だからそれってなに!?
「身長だって羨ましいほど高い!顔も眠ってる時は作り物みたいに整ってたのに!動き出したらどうしてそんなに残念になるの!」
残念!?
「ひっ、ひどくないか!?待って、褒められてるの!?」
自分の動きがちょーっと、いや、かなりアニメや漫画に影響を受けてギャグっぽいことはわかってはいたけど!
そこまでストレートに言われたのは初めてだ!
「ちょっとキリッとしてみて」
アトスに言われてキメ顔を作る。
「なんか違う!」
秒で怒られた。
知らず知らずのうちにネタ感が溢れ出てしまっていたようだ。
だけどこれは俺のせいじゃないと思う。
二年前の十七歳までの俺がどんな言動をしても、突っ込まれたり笑われたりこそすれ、残念がられたことはなかった。
いや、一度だけ中学の頃に姉に言われたことがある。
"アンタって顔は悪くないはずなのに、いかにもアホな男子って感じよね…"と。
呆れ顔ですれ違いざまにそう言った姉の顔を思い出す。
あれ?もしかして俺が気づいてなかっただけで、昔から結構残念な奴だった?
「クロウ聞いてる!?」
「あっ、ハイ」
比喩ではなく心が違う世界に行ってました。
そしてふと不安に思う。
「ちょっと待ってアトス」
「なに?」
「俺の行動って、もしかして生理的に嫌な種類?」
「全然?むしろ楽しいよ?」
えっ、じゃあなんで怒られたの!?
「どういうこと?」
「いやー、僕もなにか言ってみようと思ったんだけど、とくに思いつかなかったから」
なんだ、そういう事だったのか。
余程嫌になるようなことをしてしまったのかと心配していたが、他に不満が無いなんて言われてしまうと照れくさい。
アトスはケラケラ笑うと最後にぐさりと一言。
「でも残念なのは本当だよ」
「オッケー気をつける」
「そうだ、クロウは剣術はできる?」
「一応…」
【剣聖】とかいうチートスキルで剣術に不安はない。
「じゃあさ、爺ちゃんの使ってた剣を貸すから、少し身体を動かさない?」
「大事なものなんじゃないのか?」
「使わなきゃただのゴミだからね」
なんと現実的な…
アトスの強さを知った今は剣を合わせることに抵抗もなく、本を読んだ事のある広い草むらに着くと、渡されたのは日本刀だった。
「えーっと、どっちがいいかな?」
アトスは自分の両刃の長刀の柄をこちらに向けて、選ばせる。
洋刀も魅力的だが、日本刀を扱う機会なんて滅多にないだろう!
迷わず日本刀を選ぶと、太いベルトのような腰巻きをクロスして装着された。
「ここに鞘をさしてね、僕の剣と違ってこの剣は鞘に引っ掛かりがないから、剣を抜いた時に鞘がズレないように固定するんだ」
「なるほど、なんか色々あるんだなー」
柄の部分ごと鞘を少し前に倒し、左手の親指で鍔を押し、鎺を押し出すと柄を握って何度か刀身を引き抜いては鞘に戻してみる。
【剣聖】のスキルのおかげか、鞘にしまう時にもたつくことも無く日本刀は手に馴染んだ。
「その剣は扱えるみたいだね」
アトスは安心してニコニコと頷く。
そして近くに落ちていた木の枝で俺の足元に線を引くと、たたっと走って3メートル程の距離をとった。
「ここからその線までが僕の間合いなんだ」
「ま、間合い!?なんかカッコイイな!」
戦い慣れているのか、把握している間合いを隠しもせずに教えると、アトスは俺に下がるように言う。
「いや、俺はここで大丈夫だ」
間合いとか知らないけどな!
「いいよ!遊びだし楽しもう、どちらかのギブアップか、剣を落とした方の負けね!」
最初は俺の位置に関して何か言いたげだったが、そう言うとアトスは嬉しそうにルールを提案して、新しい遊びを見つけた少年のように活き活きとした表情になる。
「遊びだな?」
「遊ぼう!クロウ!」
ここまで読んでくださってありがとうございます。