収穫
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
「これも…これも昔聞いた物語だ…!すごいよクロウ!!なんでわかったの!?」
次第にアトスの表情は明るくなり、身を乗り出して尋ねてきた。
「俺の知ってる話と同じで良かったよ」
「ありがとう!最高のプレゼントだよ!」
アトスは広げたいくつかの紙の束を丁寧に集めると、懐かしそうにまた一から読み返していく。
こんなに喜んでくれるとは思わなかった、作って良かった。
「あのさアトス、この事は先生には秘密にしてほしいんだ」
「なんで?」
理由は二つある。
まだ信用しきれていない医者に異世界人だとバレるのはまずい、そしてもう一つ。
「あんまり上手くないし、自分で描いたものって恥ずかしいんだよ」
「こんなに上手なのに」
「とにかく、それはアトス専用だ!」
アトスは紙をめくっていた手を止めて嬉しそうに頷く。
「わかった!じゃあ僕たちだけの秘密ね!」
「そうだ、そういうのは童話ってより昔話っていうんだぜ」
「本当にあったことなの!?」
「あはははは!違う違う、なんて言うんだろうな、昔昔~みたいなやつ」
言っていて自分でもおかしくなってくる。
「こっちは童話な、これが昔話」
子豚の兄弟が力を合わせる話や見目の悪い小鳥が白鳥だった話など、日本の昔話と分けるとアトスは医者に借りた本を読む時より真剣に覚えようとしている。
童話の類は妹にせがまれて読み聞かせていたので、けっこう知っている方だった。
「そうだ!折り紙って知ってるか?」
「どんな話?」
ワクワクしながら聞き返すアトス。
「話じゃなくて、ちょっと待ってろよ」
新しい紙を持ってきて正方形に切ると鶴、カエル、手裏剣などの簡単なものを作ってみせた。
「なにこれ!?すごい!こんな細工見たことないよ!」
アトスは大はしゃぎで食いついてくる。
これで姉と妹に強いられた日々も無駄ではなかったのだと少し複雑な気持ちになるが、ここまで反応が良いとやりがいがあるというものだ。
「僕にもできる!?」
「もちろん」
「作り方を教えてくれる?」
「明日な」
紙の束と折り紙を丁寧にまとめると、アトスは部屋の端にある棚の引き出しに大事そうに仕舞い、布団に潜った。
そして俺の手を自分の頭に置いた。
「おいおい、もう大人なんじゃなかったのか?」
「いいんだよ、こうしてると落ち着くんだ」
目を瞑り恥ずかしげもなく満足そうにそんな事を言うアトスを見て、やれやれと疲労回復の魔法をかけながら頭をなでてやる。
「今年も誕生日は一人だと思ってた…」
「先生は?」
「ドクターも忙しいから…」
「そっか、今日はもう寝よう!明日だけじゃない、まだこれからいくらだって話せるだろ?」
「そうだね、そうなんだよね…おやすみ」
「おやすみ」
うとうとしながらもまだ会話をし足りない様子のアトスを寝かせつけ、眠ったのを確認すると俺もいつの間にか眠っていた。
──翌朝、キッチンでアトスが困った顔をしながらため息をつく。
「クロウ、手伝おうか?」
「大丈夫!大丈夫だ…うわっ!」
『ゲゲゲゲゲゲ』
俺はキッチンにて大ピンチを迎えていた。
目が覚めて川に魚を捕りに行くというアトスに、魚の調理なら任せろと言ったのは俺だった。
しかしアトスが釣り上げたのは体長五十センチほどの魚…のような生き物、ゲッシュだった。
上半身がカエル、下半身が魚、全身レインボー。
そして鳴き声がとてつもなくうるさい、これを魚と呼んでいいのだろうか!?
まな板に乗り切らず、隙あらば前足で逃げようとする上に、身体は粘液まみれで掴むことすら難しい。
料理を教えてくれと頼んだ手前、引くに引けない状態になっていた。
実家にいた時はそれなりに料理もしていたし父親と釣りに出かけることもあったので、魚を三枚におろすのにも自信があった。
それが何?
釣れたものが予想外すぎない!?
洗っても洗っても分泌される生臭い粘液、包丁を入れようとすると『ゲエエエエ!?』と叫び声をあげる。
見かねたアトスは何度目かのコツを教えてくれる。
「まず前足を切って、動けなくなったら冷水で軽くヌメリを取ってから背中の正中線に切れ目を入れて皮を剥がすんだよ、無理なら交代しようか?」
「出来るんだよ!?でも理性が邪魔するんだ…おええっ!」
「ドクターみたいな事いわないでよ」
この世界の食料は見た目じゃない、見た目じゃない!
自分にそう言い聞かせていると、一つの可能性を閃いた。
【剣聖】と【武器制御】のスキルだ。
一か八か!目を瞑り二つ同時に発動するとゲッシュが逃げるより早く、頭や手の余計な部分を切り落とし、なおかつ皮は剥ぐのではなく包丁で薄く削いでむき身にすると、冷凍マグロの解体後のようなブロックに分かれていた!
それはまさに神業、【剣聖】の無駄遣いである。
「えええー!?」
驚きの声を上げたのは誰であろう、俺自身である。
アトスは最初その様子を見て固まっていたが、すぐに飛び上がって拍手をしている。
「クロウ!すごいよ!鳴き声一つあげさせずにゲッシュをそんなに綺麗に捌ける人は他にいないんじゃない!?」
そう素直に褒められると虚しさが込み上げてくる、が、悪い気はしない。
「これだけ綺麗に分かれたら貯蔵も調理も楽になるよ!」
スキルの無駄遣いだろうとチートだろうと、己の力を有効活用した結果だと思えばいいだろう。
そしてアトスはご機嫌でさらに細かく部位を分けると、悪戦苦闘していた時に粘液まみれで生臭くなった俺を見て風呂を勧めた。
はい、行ってきます。
風呂から上がると今度は図鑑を片手に一人で山菜採りに出かけた。
これはこの生活に早く馴染むためでもあるが、生活力を身につけたいと願い出たところアトスも同意してくれたのだ。
そういえばいつだったか木の高いところにだけ実るポポンという果実があり、それは栄養価が高く甘くて貴重な物だとアトスが言っていたのを思い出した。
なるべく上を注視しながら探し歩いていると、ひょうたんに似た形の赤い木の実を発見した。
聞いた話と図鑑を照らし合わせ、間違いないと確信した俺はその実を採ることにした。
実のなっている木の高さはゆうに五、六メートルはあり、樹木自体にはほとんど枝が無く登るのは困難だった。
「確かにこれを採るのは大変そうだ…」
とか言ってみる。普通ならな。
【方向操作】を使い、身を回転させてもぎ取るとそのままカゴに入れていく。
全部で七つ収穫して、次はお茶に使えるという茶葉を探す。
この林に自生している植物のほとんどが食用のため、手当り次第に集めるのも問題は無いのだが、どうせなら普段は手に入れにくい物を揃えて役にたちたいものだ。
教えてもらった茶葉らしきものを見つけたのだが、量が少なく葉も小さい。
そこで生命力を注いで十分な量と大きさにしてから順調に摘み取っていくと、残念なことに持ってきていたカゴと袋がいっぱいになってしまい一度家に帰ることにした。
収穫した物をいったん玄関に置き、部屋に入るとアトスがキッチンから暖かい目でこちらを見てくる。
「おかえり、散歩は楽しめた?」
「なんで散歩!?」
短時間で帰ってきた手ぶらの俺を見て何も取れなかったと思われたのだろう、アトスは首を横に振るとにこりと笑い俺の手を引きソファに座らせるとジュースを手渡してきた。
「ジュースはもらうけど!待て!まず今日の俺の活躍を見て欲しい!」
「うん、山菜って美味しいよね!」
くっ、完全に優しい勘違いをしてるな!?
だがその気遣いは無用だぞ!
アトスに後ろを向くよう言うと外に置いていた荷物をどかっと部屋に降ろす。
「さあ見てくれ!」
「どれどれ?…え?」
カゴと袋の中身を見て、アトスは表情を無くす。
どうだろう、少しは役に立てただろうか。
今は驚いて声も出ないだろうが、じきにアトスらしく褒めてくれるに違いない。
そんな事を期待してアトスの反応を待っていたが。
「ドクター来たなら家に寄ってくれれば良かったのに、しかもこんな貴重なものまで…」
悲しきかな!俺の功績は頭にないご様子!!
「って、違う!俺がとってきたんだよ」
「クロウが!?」
アトスは収穫物を指さして言う。
「ポポンは道具もなくこんな傷一つない状態で取れるモノじゃないし、こっちの茶葉は最近やっと育ってきたばかりで乾燥させておいたのも終わりそうな程数が少ないんだよ!?」
それなら尚更この大収穫はいい事じゃないか。
「どうやってこんなに?」
しかし初っ端からやりすぎてしまったのかアトスの疑念は晴れない。
「色々頑張ったんだよ」
「本当に、クロウが見つけて自分の力で木からとったんだね?」
「そうだよ、信じてくれよー」
一瞬アトスは厳しい顔をしたが、すぐにいつもの笑顔になると喜んで褒めてくれた。
「あまりにも驚いてつい、ごめんね!でもクロウは実はなんでも出来るんだね!」
疑いが晴れたのは良かったが、どうして突然信じてくれたのだろう?
「ポポンの実は市場ではかなりの高値で数も少ないから中々買えないってドクターが言ってたんだ!僕も最後に食べたのは爺ちゃんが腰を痛めながら取ってくれた時だったよ」
「そんなに美味いのか?」
「クロウも絶対に気に入るよ!」
そこまで言われると俺もとって来た甲斐があったというものだ!
張り切りながら実を冷水に浸して冷やし、二人で茶葉をでザルに敷いて乾燥させる準備をした。
「そうだ、ポポンの実をジャムにしないか?」
「ジャム?」
「そう!切って煮詰めて、保存したり…」
「ジャムは知ってるよ、ポポンをジャムにするの?」
図鑑に載っていた柑橘系の実を予め取ってきていたのを思い出し、ポケットから出すとアトスがまたもや目を丸くする。
はい、次は何をやらかしたんでしょうか。
ここまで読んでくださってありがとうございます。