留守番
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
朝になり、自然に目が覚めたことに安堵しながら、隣のベッドを見るとアトスの姿が無い。
もう仕事に出かけたのだろうか。
一階に降りると、テーブルの目立つところに残された書き置きが目に入る。
〔クロウへ、仕事に行ってくるよ。
朝食はカウンターに、昼食は冷蔵庫にあるから食べてね。
僕がいないからと言って無茶をしてはダメだよ〕
母親か!
手紙でまで念を押され、少し情けない気持ちになりながらも用意された朝食を有難く頂くと、恒例のステータス画面の確認をする。
眠っている間に増えたと思われる多数のスキルに目を通し、使い道のありそうなものや謎の多いスキルに目が止まる。
【周囲感知】【認識阻害】【変態】
最初の二つは何となくわかるような…
しかしこの【変態】、とてつもなく気になる。
これは試すのも怖いが、むしろ試用してみないことには安心できない響きだ。
そして見つけたまさかのスキル。
【剣聖】【武器制御】
そんな都合のいいスキルを取得していたのか!?
剣聖なんて!俺の異世界知識に当てはめたら、ほぼ無敵の憧れの職じゃないか!!
なぜスキルなのかはカテゴリとしては曖昧なのだということで、考えないでおくことにする。
使う時が来ないことを祈りつつも上がるテンションを抑えきれない。
華麗に剣を扱う自分を妄想して顔が緩む。
っと、今の俺はそれどころではなかった!医者の持ってきてくれた荷物を漁る。
「確か先生の用意してくれた中、この辺に…」
あった!
紙と筆記用具!色鉛筆らしき物まである。
それは異世界人である医者らしいチョイスだった。
この世界に期待以上の物が存在していること、医者の配慮に感謝しつつ、昨晩思いついた作業を始める。
机に向かい、覚えている限りの知識を総動員して文字を書き連ねていく。
アトスが帰る前に終わらせなければならないので、急いで進め、没頭すること数時間、気づくと時間は昼になっていた。
昼食を食べながらも、頭の中は中断している作業でいっぱいだ。
大急ぎで食事を終えると、再び紙に向き合う。
先程の【周囲感知】を使用してみると、付近に人や生き物の気配がない事がわかった。
範囲を拡大してアトスの帰りがわかるようにして、心置き無く集中することができる。
しばらくするとスキルが何者かの気配を感知し、それがアトスだろうと予想し、今度は広げた紙や筆記用具を慌てて隠す。
そして二食分の食器を洗いながら、アトスの帰りを待っていた。
すると玄関のドアが開き、部屋に入ってきたアトスが俺に気づいて満面の笑みになる。
「クロウ!今日も起きたんだね!良かった!」
「お帰り、お疲れ様だったな」
俺の顔を見るなりアトスは嬉しそうに駆け寄ろうとしたが、ピタリと足を止めるともう一度外に出ていこうとする。
「どうした?」
「あ…っと、まさか先にクロウに会いに来ちゃうなんて僕どうかしてるなぁ…身体を綺麗にしてくるよ」
余程汗をかくような仕事なのか、一見するとさほど汚れている様子はない。
しかも風呂場とは別の方向に向かうアトスを不思議に思いながらも見送ると、アトスはそそくさと行ってしまった。
疲れているのだろうか、【周囲感知】のスキルで林の中に居ることは把握しているが、仕事についても話したがらなかったことから、あまり深く聞くことは出来ない。
それから一時間と少し待つと、深紅の髪から水滴を滴らせたアトスが戻ってきた。
「今度こそお帰り、だな」
「ただいま!食事はちゃんと摂れた?」
「ああ、朝から用意するのは大変だっただろ?すごく美味かったよ、ありがとう」
「どういたしまして!」
ソファに座ったアトスにタオルを出して髪をくしゃくしゃと拭いてやると、大人しく目を瞑っている。
「クロウ、明日も仕事になっちゃったから、夕食までの間これから少しだけ散歩にでも行かない?」
「いいな!ちょうど動きたかったんだ」
そう言うとアトスはソファから楽しそうに飛び降り、俺はマントを羽織る。
外はまだ少し明るく暖かい。
アトスは軽い足取りで林を進むと、用意していたカゴにキノコや山菜を採り始めた。
「これが昨日も食べたファーバル、茎が小さいうちは渋くて食べれないから、なるべく大きいものを採るんだ」
収穫に適したサイズと小さいものを比べてみせる。
俺はなるほど、と頷きながら特徴を覚えるようにしっかりと観察する。
「キノコには毒のある物が多いんだけど、この森に生えてる植物には毒は無いから安心していいよ」
そう言って軽く土を掘ると、傘が蛍光紫に暗いピンクの水玉模様で軸が真っ黒い、見るからに危険そうなキノコをもいで顔の前に差し出してくる。
「アトス、これには絶対に毒があるから捨てような?」
そっと毒キノコを奪い草むらに放ると、アトスはそれを慌てて拾い上げる。
「無いってば!身もダシもすごく美味しいんだよ!?火を通すと茶色になっちゃうのが残念だけどね」
「いや!その色で無害とかないから!!」
まさかそんなケミカルでショッキングなギャグキノコが実在するなんて!!
異世界怖い!!
「だってクロウが飲んでたスープには、だいたいこのキノコ──コロリサツのダシが入ってたんだよ?」
なんだって!?
名前まで殺す気満々じゃねーか!!
そんな事より!毎日食ってただと!?
「ほ、本当に美味しいんだな…」
「なんでかなー、爺ちゃんもドクターもコロリサツに毒は無いって知ってるのに、調理するところを見たがらないんだ」
お二人共、異世界人でしたね。
共感しかできない、これが育った環境の感覚の差ってやつか。
「料理はずっとアトスが?」
「うん、ある程度大きくなってからはね、爺ちゃんは教えてくれたけどほとんど僕がやってたよ」
「すごいな、俺にも料理を教えてくれよ」
「コロリサツは暗いところで光るけど?」
「うわっ…」
反射的に想像したのはスープにそのままの形で浮く、発光した毒キノコだった。
その反応にアトスはわかりやすく唸りながら、まあそのうちね、と適当に切り上げた。
するとアトスはふいに立ち止まり、両手を広げて胸を軽くそらすと大きく深呼吸して周りを見渡している。
その表情は嬉しそうにも満足そうにも見える。
「どうした?」
「うん、ここ最近森が元気なんだ」
なんてファンタジックなことを。
「二年くらい前から植物に元気が無くて、キノコや山菜も、川の魚も小さくて少なくなってたんだ」
「季節は変わらないのに?」
「そう、爺ちゃんが亡くなって半年くらいだったから、爺ちゃんが何か特別な手入れをしていたのかと思ってたんだけど、一時的なものだったんだね!よかった!」
そういえば家業を継いだのが二年半前と言っていたな。
「その間は食うものに困らなかったか?」
「一人分だし、ドクターが差し入れしてくれていたからそれは大丈夫だけど、まるで…」
「まるで?」
「この森がクロウの目覚めに喜んでるみたいだ!」
なっるほどねぇーーーーっ!!!
今わかった!!
俺が二年もの間、眠り続けても生きていた理由が!生命の力か!
きっと生きるために必要な生命力を周囲から手当り次第吸収していたに違いない!
レイムプロウドの魔力が空だった時はそこから補填したのかとも考えたが、どうやら足りなかったらしい!
「クロウ?」
ニコニコと顔を覗き込んでくる無邪気な少年から思わず顔を逸らすと、嫌な汗がとまらない。
俺は!アトスにどれだけ迷惑をかけたら気が済むんだ!
「い、いや、たまたまじゃないかな?」
「そんなことないよ!爺ちゃんが生きてた頃より、草花の成長もすごいんだ!絶対にクロウを歓迎してるんだよ!」
また生命力を垂れ流してるらしい事まで判明ィ!!
「アリガトウ…」
それだけ言うのが精一杯で、その後は首からかけたレイムプロウドを服越しに握りながら魔力を吸わせて、少年に対して申し訳ない気持ちで家に帰るまでの記憶は無かった。
その日の夕食にコロリサツの姿煮が出てきたのだが、先に言われた通り火を通した後は茶色の一般的な色になっており、抵抗なくとても美味しく頂いた。
しかしアトスは俺の分の夕食だけを出すと、自分は食べずにソファでうたた寝を始めた。
「アトスー?食べないのか?」
「うん…今日は食べないんだ…」
「休むならベッドに行かないと疲れがとれないぞ?」
「動けなーい…」
仕事でよほど疲れているのか、微睡みながら返事をするアトスを抱き上げベッドに運び、布団をかけると小さい笑い声が聞こえた。
「起きてたな?自分で歩けただろ」
「ふふっ、たまにはいいでしょ~」
まったくこいつは、医者が甘やかしてしまうのは生い立ちだけでは無いのだろう。
そんな気持ちが少しわかってしまう。
「ゆっくり休めよ、明日も仕事なんだろ?朝はちゃんと起きるんだぞ?」
横になる少年のベッドの端に腰掛け、頭を軽く撫でて疲労回復の魔法をかけると、目を閉じたままアトスは笑う。
「今までと逆だね」
「そう言われたらそうだな、お休みアトス」
「うん、おやすみ」
いつの間にか寝息が聞こえ、俺はアトスを起こさないように下の部屋に戻る。
そして本の袋に隠してあった紙と筆記用具を取り出すと、昼間の作業を再開し、一区切りつけると一式を袋に仕舞い、静かに外に出かけた。
俺には人知れず、やらなければならない事がある。
それはスキルの試用。
今日試すものは朝から決めていた。
もちろん【変態】である。
スキルの説明を読んだら、そらもう変態なスキルでしたよ。
早い話が変身スキル。
何になれるのかを試していこうと思う。
まずはアトス。
目を瞑り集中して、恐る恐る目を開けると借りてきた手鏡を覗いてみる。
すごい!鏡の中にいたのはアトスそのものだった。
少し違うと言えば、対面した時と鏡では左右対称になるくらいの印象の違いだろうか。
思うだけで対象になれるのは便利すぎる!
と、アトスの知り合いにでも会ったらまずいのですぐに変身を解くと、次の対象は異生物であるルンナだ。
目を瞑ると身体中を違和感という違和感が走り抜ける。
背筋がぞっとして、全身がザワつき気持ちが悪い。
身体の造りが違いすぎたかと目を開けて浮かせた鏡を見ると、そこに居たのは懐かしのルンナ。
なんとなくキメ顔を作ってみると、俺相手に興奮さえしていなければ、やはり漆黒のペガサスといった風貌は魅力的だ。
大きさや、造形の記憶が曖昧なものも試したが、生き物ならだいたい大丈夫なようだ。
質量も能力もそのままというのが、垂れ流すほどの魔力の高さということなのだろうか。
問題は元の自分の身体と違いがあればあるほど、変態する瞬間の違和感が酷いことだ。
そして試すのは最終目標。
女体化。
ここまで読んでくださってありがとうございます。