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物語1

少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

しかし俺の興味とは正反対にアトスは渋い顔をしている。

「僕、勉強きらい…」

「大丈夫、これはクロウくんに持ってきたものだから、アトスくんは無理に読まなくてもいいのだよ」


医者はアトスを甘やかすように言い聞かせている。

見ていられない。

「そうか、アトスが一緒に読んで俺のわからないことを教えてくれたら心強かったんだがな」


そう言ってちらりと見てみると、アトスの目付きが変わりキラリと光る。

「僕がクロウに教える…?」

「ああ、アトスの方が俺より色々知っているだろ?」

「でも僕あんまり勉強できないよ?」

「一緒に頑張ってくれたら心強いと思ったんだけどな、まあそこまで嫌なら無理にとは言わないよ」


すると先程までとは打って変わって張り切りだし、本を数冊手に取るとパラパラとめくり、選別してから手前に積み重ねた本を持ち上げ、こちらを向いてニヤリと笑う。

「この辺なら僕でもわかるよ!」

「じゃあそこを勉強する時は助けてもらえるか?」

「うん!任せてよ!」

「あと…」

「なに?」

「難しいことは一人だと挫けそうだから、他のものも一緒に読まないか?」

「うっ」


目が泳ぎ、再び渋い表情になるがすぐに頭を振り、決意を固めたようにこちらを見つめる。

「わかった!クロウの為に僕も頑張るよ!」

「助かるよ!よろしくな」


するとそれを見ていた医者は反対を向き、背を丸めて哀愁を漂わせて呟く。

「健吾と二人がかりで本を読ませた時の苦労は一体…」


うわっ、聞かなかったことにしておこう。

「先生は今日は休みなのか?」

話題を変えると医者は振り返り、にっこり笑っている。

まさか暇なのか?病人がいないのはいいことなのだろうが、聞いちゃいけないことを聞いてしまったのだろうか。

しかし医者は勤務形態について語りだした。

「決められた時間と自分の仕事さえ終わらせればその日の出勤時間は自分で決められる。その代わりしょっちゅう呼び出されるから時間に余裕はあるけど自由が無いと言ったところかな」

なんともブラックな職場じゃないですか。

それはそれで聞かなかった方が良かったかもしれない。


そんな話をしているといつの間にかアトスは食器を片付けていた。

慌ててキッチンに追いかけて行くが追い払われてしまう。

「俺もやるよ」

「今日はもう動いたんだからいいんだよ、あとは休んでて」


動いたといっても布団を運んだくらいのものだ。

よく働く歳下の少年を見ていると、タダ飯食らいで食っちゃ寝の自分が恥ずかしくなるじゃないか。


そのやりとりを見ていた医者が俺の気持ちを察したのか、助け舟を出す。

「そうだなあ、目立った不調もなさそうなのでね、あまり動かないのもかえって身体によくない。すこしずつ家事や散歩をした方がクロウくんの為になるようだね」

「先生ありがとう!アトス、先生の許可がおりたぞ!」

「無理のない程度にという条件つきだがね」

「はーいドクター、クロウには出来ることをしてもらうね」

片付けを済ませるとアトスはテーブルに戻ってきた。

「ドクター、今日はいつまでいられるの?」

「とても名残惜しいのだがね、そろそろ帰らなきゃいけないのだよ」

「そっか!お仕事がんばってね!」

医者はアトスの頭をわしわしと撫でる。


「ありがとう、二日後は必ず来るから待っていてくれるかね」

「期待しないで待ってるよ」

アトスがそう言って少し名残惜しそうにしていると医者がこちらに寄ってきて耳打ちをした。

「二日後は彼の誕生日なのだよ」

「そうだったのか」

アトスに歳を聞いても、じきにわかるといって言っていたのはそういう事だったのか。

「二人してなんの話?」

「クロウくんに一番のおすすめの本を教えてたのさ」

「なんだまた本の話かー」

それだけ言うと医者は忙しそうに帰っていった。


「ねえ、クロウはまず何が知りたい?」

アトスは借りた本を並べながら眉間にシワをよせて最初に読む本を選んでいる。

軽く冊数を確認すると全部で三十冊程あった。


この世界でまず知るべきこと、確かに多すぎて何から勉強したものか。

地理はクリフトに聞いた限り面倒そうなので少しずつ覚えていきたい。

ちらりとアトスを見てからさらに考える。

アメリアもそうだったが魔物が増えている今は子供はあまり遠出をしないらしく、国の関係に詳しいとも思えないので地理については先生がいる時に聞いてみよう。


そういえば最初にアメリア達と出会った時もそうだったが昼間は暖かいが朝夕は肌寒い。

時間については日本とおおよそ同じであることはわかっている、しかしこの世界の季節や暦はどうなっているのだろう。


「そうだな、四季や暦が知りたいな」

「コヨミ?と、シキって何?」

「えーっと、何月とか、何日、一年は三百六十五日だろ?それをどう分けてるか。あと季節は雪が降ったりする寒い時期や暑い時期だな」

「それなら月は一から十二まで、シキとキセツは聞いたことないよ」

暦や時間は元の世界と同じでほっとした。

しかし季節がない?


「じゃあ天気や季節について調べよう」

「わかった、探してみよう!」

季節や一般的な一年の過ごし方などの本を二人で探し、数冊手に取るとアトスは本をカゴに入れ出かける仕度を始めた。


「どこか行くのか?」

「外にね、本を読むのに丁度よさそうな木陰があるんだ!そこに行こう」

「それは楽しみだ」

玄関を出て干した布団を通り過ぎ、林の中をしばらく歩くと一面に花や草がある広々とした場所に到着した。

樹木の太い幹に腰掛けると爽やかな風と木漏れ日が心地よい。


アトスがまず取り出したのは童話だった。


「これにね、寒い国ってあるんだ」

「寒い国の話?」


これは単なるおとぎ話なのか、国によって気候が違うのだろうか、とりあえず二人で読み始めてみることにした。


「昔昔、あるところに一年中雪が降り積もり、作物は育たず生き物は凍える白の国と呼ばれる広い広い土地がありました」



“その頃世界は豊かな土地や大地の恵を求めて、人々が奪い争い傷つけあう日々を送っていました。


そんな時白の国にやってきたのは争いを悲しみ、行き場のない人を救いたいと願う一人の魔法使いでした。


魔法使いは自分の身の危険もかえりみず、まず雪が止むよう空の精霊に力を借してほしいとお願いしました。


精霊たちは魔法使いを受け入れ、雲を消すと暖かい太陽の日差しが降り注ぎました。


次に魔法使いは大地の精霊に語りかけ、枯れた土地に生命を与える許しを得ました。


そして世界を愛する魔法使いは精霊だけでなく世界からも愛され、長い長い月日が流れても歳をとることなく、豊かな国を築き上げました。


しばらくすると争いを嫌う仲間たちが集まり、魔法使いは白の国の王様になったのです。


しかし、白の国の豊かさを妬み奪おうとする者が何度も何度も攻めてきては戦争になりました。


白の王となった魔法使いはどこまでも強欲な人間の愚かさを嘆き、全ての世界を捨てて旅立ってしまいました。


おわり”


「これで終わり?なんだこりゃ」

ページをめくろうとするが、やはりここで終わりのようだ。

童話や物語にしては後味の悪い終わり方、もしくは中途半端という印象を受ける。

いや、現実的な寓話というべきか。

しかし寓話ならば比較の善行で成功をする者がいないことにも違和感を感じる。


「ほら!さっきクロウが言ってた雪の話だったでしょ?これは僕も皆小さい頃から知ってる、有名な物語なんだって」

「雪は確かに出てきたけど、これは北に寒い国があるということなのか?」

「この国より北には寒い国はないって爺ちゃんが言ってた」

これが国民的童話とはこの世界の住人の好みは理解できそうもない。

やはり知識を埋めるには地理から始めるのが一番か。

先生の時間がとれるまでは国民性を知るために童話から少しずつ読み進めていくことにするのがいいだろう。


「でも僕はこの話はあまり好きじゃないんだ」

アトスは膝を抱えて口をとがらせた。

そうか、皆が知ってるからといって万人に好まれているわけではないらしい。

「そうだな、俺も…頑張った人が報われないなんて好きじゃない!他の本も読んでみるか」

「うん!」


次の本を開き、今度はアトスが声に出して読み始めた。


「“あるところに英雄がいました。英雄は強き者を…」

「え!?もう英雄として完成してるの?」

思わず突っ込むと、アトスは何がおかしいのかわからない様子でこちらを見たが、気にせず続きを朗読していく。

英雄譚ならば、まずそのキャラの功績を知りたかったと思ってしまうのは俺だけか。

それとも他にその英雄とやらの活躍するシリーズでもあるのかもしれない。

「“英雄は強き者を集めて国を創り王様になりました。英雄王はまず国を大きくするために村や町を支配していきました。

拒む者には死があるのみです。”」


なにそれ、話の掴みが怖くない?


「“英雄王は野を焼き、木を切って国をどんどん広げていきました。

そんな英雄王の活躍と国の繁栄を妬む、悪い国の者たちが数えきれないほど争いをしかけてきました。

それでも英雄王は負けません。


そうして英雄王に護られる人々は皆笑顔になり、幸せに暮らすことが約束されます。

小さい国の王様たちは幸福の恩恵を受けようと競うように集まってきました。

心の広い英雄王は慈悲をもって弱き人々を受け入れ、多くの人間に感謝されました。


しかし頭の悪い国は英雄王の素晴らしい力を認めようとせずに争いを続けていました。


その長く続く争いについに終わりがやってきたのです。”」


ここまで聞いてると英雄王って教祖みたいな扱いだな…。


「“魔王が現れたのです”」

「突然だな!?」

なんでこのタイミングで魔王?

堪えきれず笑いそうになるとアトスはむくれながら本を閉じ、肩をぺちぺちと叩いてくる。

「もー!僕が作ったんじゃないんだから文句言わないでちゃんと聞いてよね?」

「ごめんごめん」

なんとか笑いをこらえ、先程のページを開いて渡すと気を取り直して続きを読み直す。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

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