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屋根裏部屋と少年

少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

その後、身体を洗うというアトスをなんとか背中だけにとどめるよう宥め、久しぶりにスッキリとしたところで俺たちはリビングの暖炉の前のソファに座っていた。


「えっと、改めてよろしくなアトス」

「こちらこそよろしくね!」


用意してもらった温かいミルクを飲みながら、簡単に挨拶をするとアトスがまじまじと俺の顔や仕草を見て不思議そうにしている。

「動いてるクロウはなんだか寝てる時と別人みたいで変な感じだね」

「そうだよな、俺もそんなに眠っていた事もだけど鏡を見たら自分じゃないみたいでびっくりしたよ」

「そうだ、これ渡さなきゃ」


そう言ってアトスは一度屋根裏部屋に行くと急いで戻ってきて、手のひらサイズの布に包まれたものを大事そうに手渡してきた。

「これは?」

「クロウを見つけた時に身につけてた物だよ、見てみて」


はて?俺は一体何を持っていたのか。

布を開いていくと、そこには見覚えのある水晶、レイムプロウドのついたネックレスと懐中時計があった。

レイムプロウドを首にかけながらふと魔力の流れを探ると、水晶の中は空になっていた。

まさかこの二つが消えずにあるとは、しかし待てよ?

たしかこのレイムプロウドは国宝級の魔石だとかで、俺のような者が持っていたら怪しまれるのではないだろうか。


「これを見た先生は何か言ってたか?」

「それは先生を呼ぶ前に閉まったから見せてないんだ、大事なものだったら困ると思って」

「ありがとう!人からもらったすごく大切なものなんだ、この事はあまり知られたくないんだけど…」

ちらりとアトスを見るが、

「よかったあー!わかるよ!宝物は内緒にしておきたいもんね!」

「あ、ああ…、俺よりアトスの方が嬉しそうだな」

「うん、クロウが喜んでると僕も嬉しいよ!じゃあこれは僕たちだけの秘密だね」


照れくさいことを恥ずかしげもなく言ってくれるが、一体この子はいくつなんだろう?

目が覚めて最初に見た時は十五、六歳に見えたが、話している姿を見ると外見より幼い印象を受ける。

「アトスの歳を聞いてもいいか?」

「あっ!それはまだ秘密!もうじきわかるよ」


もうじき?どういう事なのだろうか。

しかし本人が言いたがらないものを無理に聞く訳にはいかない。


「さってと、今日はそろそろ寝よう」

アトスは俺がミルクを飲み干したのを確認すると、二人分のカップを片付けて、二人で洗面台で一通りを済ませて屋根裏部屋へ上がっていく。


屋根裏部屋に入ると、起きた時には気づかなかったが、ベッドが二つピッタリと並べてある。

俺が寝かされていた方は入って右側だ。

「あっ、ごめんね!クロウに何かあったらすぐに気づくようにくっつけてたんだけど…」


アトスは何かまずいと思ったのか、慌ててベッドを移動しようとする。

寝ている時まで気にかけてくれていたのかと思うと、知らない時間を思い心が温かくなるのを感じる。

「アトスが嫌じゃなければこのまま寝よう」


それを聞いたアトスはベッドにかけていた手をパッと離し、しばらく固まっている。

さすがに気持ち悪かっただろうか。

見た目は大人になってしまったが、気持ちは十七歳の少年のままである、が、それにしてもおかしいか?

「無理にとは言わないけど、ほら、今から移動するのも大変だろう?」

「いいの!?」

「なにが?」

「一緒に寝てもいい?」

「もちろん」

「やったー!」

アトスは一緒に眠りたかったらしく、喜んでベッドにダイブする。

ころころとよく変わる表情と、無条件に懐いてくれる様を見ていると、小さい子供か犬のようにも見えてきた。

部屋に吊るされた丸い金網の中に入った魔晶石と呼ばれる石が、柔らかい橙の光で部屋を照らしている。


二人でそれぞれの布団に入ると、アトスはやはり俺の方を向いて顔をじっくり眺めている。

しかしその表情は浮かない様子だ。

「どうした?眠れないのか?」

「クロウが寝たらまた起きなくなるんじゃないかと思って」


風呂でも思ったが確かに眠っていた原因がわからない以上、否定して安心させてやることも出来ないことに僅かばかりの歯がゆさを感じている自分がいた。


俺としてもそれは無いことを願いたい。

「頑張って起きるよ!」

「絶対だよ?また起きて話をしてくれる?」


アトスの期待に応える為にもなんとしても起きなければ。

いや俺自身また寝て起きたら年単位で眠ってましたとか怖すぎる!

すると、さっきまでは元気そうだったアトスだったが、思いの外疲れていたのか眠そうにしている。

「眠いなら寝ていいんだぞ?」

「うん、嬉しくてね」

「嬉しい?」

「クロウが想像通りの優しい人で良かった」


そう言って眠りに落ちたアトスを見て、明日はもっと色々と話をしようと思いながら俺も眠りについた。



「クロウ!クロウ!」

「…ん?」

まだ眠い目をなんとか開き、声の主を見る。

赤い髪の少年が不安そうに誰かの名前を呼んでいる。

「よかった、起きたね!」


目が合うと少年はほっとしながら微笑む。

クロウ?

しばらくぼーっとしていると、少年はさらに身を乗り出し、目の前で手を振ってみせる。

「クロウ、僕のことわかる?」

ここは、と辺りを見回してから飛び起きる。

「アトス!」

「わかるんだね!?びっくりさせないでよ、僕のことも忘れちゃったかと思ったよ」


名前を呼ばれたアトスは安心したらしく、傍から離れて自分のベッドにぺたりと座る。


「もしかして、俺はまた長い間眠っていたのか?」

「大丈夫、一晩寝ただけだよ、ただ…」

「ただ?」

「もう昼なんだ、朝から何度か声をかけたけど反応がないからまた起きないかと思ったよ」


そんなに寝てしまったのか、クロウという偽名にも慣れなければ。

「心配かけてごめん、おはようアトス」

「おはようクロウ、ご飯があるけど食べれる?ここに運ぼうか?」

「下でもらうよ」

俺が起き上がるとアトスはシーツや枕、布団をまとめ始める。

「今日は天気がいいから干しておこうね」

「俺にも手伝わせてくれないか?」


するとアトスは少し考えてから、こちらを見て難しい顔をする。

「んー、爺ちゃんも自分のことは自分でやれって言ってたしな」

「そうそう、俺はもう元気だから自分のことくらいやらせてくれ」

「クロウがそう言うなら…」

そうしてやっと納得した様子でそれぞれの寝具を持ち、二人で階段を降りていく。


外に出て家の裏に行くと、先がYの字に別れた太い木の支柱が離れた場所に二本、地面に打ち込まれている。

アトスは物置に立てかけてあった長い金属製の棒を空いた手で器用に支柱に掛けると、物干し竿の完成だ。


「枕はここに入れてね」

植物の繊維を編んだカゴを二つ取り出し、両端に掛けると枕を入れ、布団とシーツが重ならないように干していく。


「上手いもんだな」

「こんなことで褒められたの初めてだ!」

「いや、本当に手際が良くて尊敬する」

「もういいよー!」

照れながら早足で部屋に戻っていくアトスは一度振り返り、笑顔を向けてからまた小走りに先を行く。


なんだか弟が出来たような気分だ。


リビングに戻ると鍋から二種類のスープを盛り付けて俺の前に置くと、料理を指さして言い聞かせるように話し始めた。

「こっちが昨日も食べた煮豆のスープね、それでこっちは潰した芋と野菜のスープ。食べられる方を食べてね」

言い終えると自分のご飯を用意して隣の席についた。

「ありがとう、いただきます」


二種類も用意するのは大変だったんじゃないだろうか。

どちらも薄味でとても優しい味にほっとする。

「アトス、これすごく美味しいよ」

「よかった!おかわりもあるけど無理はだめだよ?」


これではどちらが年上かわからない。

そしてアトスは俺が食べている様子を、時折懐かしそうに眺めていた。


なんとなく触れてはいけないような気がして、その視線には気づかなかった振りをしてスープを飲んでいると、玄関のドアをノックする音が聞こえた。


アトスが食事を中断してドアを開けに行くと、そこに居たのは大荷物を抱えた医者だった。

「ドクター、早いね」

「つ、疲れた…水をくれないか」

え?自分でこれるんじゃないか、あの荷台は緊急用?

重そうな音を立て、袋や布に包んだ荷を降ろすとその場に座り込む。

「おや、クロウくん顔色が良さそうだね」

俺に気づくと軽く手を挙げて人の良さそうな笑顔を向ける。

「おかげさまでだいぶ調子良いです」

「信じられない回復力だがね、安心したよ」

アトスから受け取った水を飲み干して立ち上がると、突如テンション高めに持参した荷物を指し一言。

「じゃーん!!聞いて驚き見て褒めてくれたまえ!!」


アトスと二人で荷物と医者を交互に見て、頷きあってから何も見なかったことにして食事の続きを取り始めた。

「君たち!少しは興味を持ってくれないと寂しいじゃないか!」

医者は慌てて俺たちの後ろをうろうろしている。

やれやれとアトスが立ち上がり医者をソファに座らせてお茶を渡す。

「ごめんごめん、ご飯が終わるまで待っててね」


医者は未練がましそうにしながらも、言われた通りソファで俺たちの食事風景を見ながら今か今かとそわそわ待ちかまえている。

プレッシャーに耐えかねて急いで食事を終わらせると、待ってましたとばかりに片付けも終わらないうちからテーブルに荷物を置き、袋から出し始める。


そして改めて一言。

「じゃじゃーん!!」

「おお!先生、どうしたんだ?これ」

「ふふっ、クロウくんの記憶を辿る糸口にならないかと思って用意してみたのだよ!」

持ってきたのは大量の本だった。

俺の反応に気を良くしたのか、得意気に本を種類ごとに積み上げながら説明していく。


「この国の歴史に逸話、地図、童話や辞書と図鑑、一年の催事、魔法の特性や種類とそれに関連する職業。少し専門的になるけど魔法術式の本、最後は地方のなまりや風習が書いてあるもの。あとは雑学程度にいくつかね」

すごい!本当にすごいものだった!!

「すごく助かるよ!先生」


普通に考えれば当たり前なのかもしれないが、この世界にこんな知的な本があったとは!

こんな基礎的な知識に触れる機会が来るなんてありがたい。

これで脱!非常識だ!


ここまで読んでくださってありがとうございます。

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