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目覚めと出会い

少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

遡ることおよそ一年ほど前。


二度目にクロウシスと話をしてからこちらの世界に落ちた俺が目覚めたのは、見知らぬ家のベッドの上だった。


それも、最後に泊まった宿屋の悪趣味な貴賓室とは違って家庭的な温かみのある部屋だ。

起き上がって辺りを見廻すとやはりあの異世界のようだった。

そこは丸太を組んで作ったロッジのような壁に斜めの天井、明り取りの天窓が見える。

屋根裏部屋だろうか?

その時、左に見えていた扉が開くと誰かが入ってきた。

「えっ?あんた…目が覚めたの!?」

声の主は見た目だけなら十五、六歳くらいの深紅の髪の人物だった。

体格は華奢だが、少年で間違いはなさそうだ。


俺を見てずいぶんと驚き、持っていた水の入ったタライを床に落とすとそれを気にすることなく急いで隣に駆け寄ってきた。


そして少年は大袈裟に、というより心底心配をしているらしく矢継ぎ早に声をかけてくる。

「大丈夫!?喋れる!?どこか具合の悪いとこない!?僕が見える?」


しかしどれだけ質問されようと、俺が非常識だろうと問題はない。

ニュー・ヤマトには落ちてくるときに考えた秘策がある。

「ハイ、ここは…?」

「僕の家だよ、あんたは家の近くの草むらに倒れてたからここに運んだんだけど、覚えてない?」

「何も覚えてない…です」

そこは実際に覚えてないのだが、ここからが重要だ。


「ウッ、頭ガ…いててててー」

俺が頭痛を訴え頭を押さえると少年は不安そうに顔を覗き込んできた。

「痛むの!?」

「ア…、治まりました、アナタは?」

「僕はアトス、あんたは?」

アトスと名乗る少年は、近くにあった木の椅子を足でベッドの隣につけると、跨ぐようにどかっと座って慣れたように俺の額に手を当てたり、頬を撫でている。

とても距離感が近い奴だと思いながらも、その真剣な表情にされるがままになっている。

「クロウです…」

秘策その一、偽名作戦。

思いつかなかったのでクロウシスの名前をパクってみました。

「クロウ…良い名前だね、それでクロウはなんであんなところに居たの?」

「ウッ、頭ガ!」

秘策その二、記憶喪失作戦。

これは恥ずかしいので死んでもバレてはいけない。

「大丈夫?」

「は…はい、思い出そうとすると頭痛がして…」

「思い出そうと?そうか、まだ混乱してるんだね」

「待ってください、えーっと、ウッ、頭ガ!」

頭を両手で抑えて、苦しむ振りをする。

演技って難しいな。

「無理に思い出そうとしなくていいってば!だってクロウは…」

「そんなわけには…ウググググ…頭ガァー」

「ほらやめなって!困ったな、やっと話ができたのに記憶喪失ってやつかな」

嘘だろう?まさかこんな下手な芝居でそこに辿り着いてくれたのだろうか、アトスは信じられないほど素直だった。


するとアトスは絶対に動かないよう釘を刺し、零した水を片付けるとまた部屋を出て行ってしまった。


改めて自分の身体を見ると怪我などは見当たらないがなんだか感覚がおかしい、まるで自分の身体じゃないみたいだ。

体が重く、頭が少しぼーっとする。

意識を集中してステータス画面を注視するも、知らないスキルが増えている以外に変わったところはなく、緑に光る魂の残機マークも十二個のままである。


考えながら頭を掻くと、髪が手に絡む。

「はあ?」

しっかり頭をさわり確かめると髪が伸びていることに気がつき一瞬ぞわっと鳥肌がたった。

「な、なんだこれ…っ」

髪を何度も触るが、前に持ってきて見ることが出来るほど長い。

何かおかしい。


すると扉が勢いよく開き、先程のアトスという少年がトレーにグラスや茶碗、カップを数種類乗せた物を持って入ってきた。

「クロウ、どれなら飲める?これが冷えたお水で、こっちは温かいお茶、それからホリンのジュースにデフタのジュース」

その早口で慌ただしく飲み物を指さしながら説明をし始める必死な様子に呆気にとられていると、先程まで自分が座っていた椅子にトレーごと置いて、俺がどれかを選ぶのを待っている。

「えっと、じゃあ温かいお茶を頂けますか?」

「いいよ!全部あんたのだからね」


渡されたお茶を一口飲むと、アトスは床に座り込みベッドに手をかけながらニコニコと嬉しそうにこちらを眺めている。

「美味しいです、アトスさん」

感想を伝えるとアトスの顔は一層明るくなり、上半身だけ起こした俺の足にかかった毛布をかけ直す。


「よかった!まだ休んでいなくちゃダメだよ?」

「ありがとうございます」

何がなにやら状況は分からないものの、この少年が俺を本気で心配しているのが伝わってくる。


「あの、俺は何か怪我でもしていたんですか?」

「怪我はしてないよ」

「あと、髪の毛なんですけど…」

「うん、わかってる。黒だなんてとても不思議な色だよね」

問題はそこではないのだが、やはりこの世界では黒髪は怪しまれるらしい。


こうなったらもう一つの作戦を実行するしかなさそうだな。

「そうなんです!!この色はどうしたんですか!?」


俺は気でもふれたのかというくらいに突然叫んでみせ、問いかけるとアトスは驚いたように髪を見る。

「どうしたって、あんたを見つけた時からその色だけど?」

「そんなはずないんです!」

「そう言われても…」

明らかにアトスは動揺し困りながら話を聞いている。

「髪の色がおかしいです!俺の頭は何色ですか!?」

「さっきも言ったけど、黒かな?」

「やっぱりそう見えます!?俺の髪の色は茶色のはずです!土属性の茶色!」

属性も強調してみたりする。


「記憶が間違ってるんじゃなくて?」

「だって、こんな変な色見たことありますか!?」

「無いかなあ、聞いたことも無い…」

「こんな頭じゃ恥ずかしくて外にデレマセン!」


これが最後の秘策、題して黒髪コンプレックス作戦だ。

さて、アトスは思惑通りに動いてくれるだろうか?

少しの間かける言葉に迷い、困っていたようだったがベッドに膝をつき俺の後ろに回ると、髪をいじって確かめてから顎に手をやり唸る。

「染めてる訳でも無さそうだし、ホントに生えてるよ?」

すみませんわかってます、地毛ですからね。


「いくら記憶が無くたって、自分の姿を見忘れますか!?」

「わっ、わからないけど、どうなのかな?」

さらに困ったアトスは俺を宥めると、一度部屋を出てフード付きのマントを用意してくれた。

大成功だ!

この世界二度目のフード付きマントで髪を気にせず外出できるようになった!


「ほら、外に出る時はこれを被れば目立たないだろ?」

マントを広げて目の前で丈や中の生地を見せると、フードだけを俺の頭にかけてまた床に座り込む。

「ウッ、アトスさんはいい人ですね」

「オーバーだよ、調子狂うな」

いやいや、これは本当に思ってるんだぞ?

どうやったら家の近くに倒れている不審者を家に運び込み、介抱してくれた上にこんな大根芝居に本気で心配できるというのか。

良心の呵責で胃が痛くなりそうだ。


「えっと、クロウ?」

「なんですか?」

「その敬語もいらないからね」

「でもそんなわけには…」

「名前も呼び捨てでかまわないよ」

そう言うとアトスは頭をかいて俺の返事を待つ。

これはどうしたものか…

演技の為に敬語にしているのに、素が出たらボロも出かねない。

でもかなり嫌がっていそうだしな。


「わ、わかった。気をつける」

「うん、そっちの方がいいよ」

その返事がお気に召したようで、アトスはニコニコと笑顔になる。

「ところでアトス、家の人は?」

「前は育ててくれた爺ちゃんがいたけど死んじゃってからは一人だよ、だからクロウもこの家は自由に使っていいんだからね」

悪いことを聞いてしまっただろうか。

この歳で一人暮らし、まあ不思議ではないのかもしれないが思ったよりしっかりしているのか?


「あ!!忘れてた!!」

今度は一体何事か、アトスはまた立ち上がると絶対に動かないよう先程より強く言い残し、声をかける間もなく再び部屋から出て行ってしまった。

「なんなんだ…?」

訳が分からず言われた通りアトスを待つが、待てど暮らせど戻ってくる気配はない。

さすがに不安になり、借りたマントを羽織ってベッドから降りるとふらつきながら部屋の扉を開けてみる。

すると扉のすぐ脇に狭く急な階段があった。

「アトスー?」


降りるのは躊躇われた為、下に向かって恐る恐る声をかけてみる。


しかし数回呼んでも返事どころか不気味なほど物音一つせず、とうとう意を決して階段を降りてみることにした。

ゆっくり慎重に、感覚の掴めない足で一段ずつ降りていくと、暖炉のある居間に対面式のキッチンが一緒になった一つの広い部屋がある。


そこでも名前を呼んでみるがやはり返事は無い。


ふと正面を見ると玄関らしき大きなドアがあり、近づいてみるとここから外に出ることが出来そうだった。

もしアトス以外の人間がいたら、嘘がバレるのではないかと緊張しながらドアを開け周囲を見渡す。


「あれ?」

そこは、見渡す限りの木々と草花。

森というほど深くはなく、家の外観を見るとイメージ通りの赤い屋根の山小屋で、ドアを開けてすぐのところに大きな切り株があるところなんかも木こりの家と言ったら似合いそうだ。


家伝いに少し歩いてみると家と通路で繋がった物置小屋らしき建物と、その軒下には割って貯えられた薪が積まれている。


「アトスー!いたら返事してくれー」


近くに別の建物も無さそうなのを確認し、少し大きめの声で呼んでみるがそれでも返事はなく人の気配もしなかった。

一度諦めてリビングに戻るとキッチンの壁にある掛け時計が目につく。


時間は昼前、身動きの取れない状態でとくにできる事も無く、玄関の外で切り株に座ってアトスを待ち始めた。

なんでも話せる仲間はもういない、クロウシスの力にもなれるものならなりたい。

俺は今度こそこの世界で自分を理解し、居場所を見つけてそれなりに過ごしてみよう、そう思っていたのに今の自分は少年を探しておろおろしているだけである。

なんと情けない。


ここまで読んでくださりありがとうございます。

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