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転章:異世界再び1

ここから主人公の環境が大きく変わります。


これまでの話を読んでくださった方にも、良かったらまたお付き合い頂けましたらありがたいです。

再び異世界に落とされた俺は、王都にある図書館で数冊の積み上げられた分厚い本とにらめっこしていた。


揃わない本は無いと言われるこの場所で、様々な本を読むのが今の俺の日課になっていた。

図書館には立場や階級によって閲覧できる本が分かれて管理されている地下倉庫がいくつか存在する。


まずは庶民も閲覧でき、本屋でも購入する事が可能な国の地図や図鑑に辞書、歴史や催事にまつわる簡単な書物が保管されている一般書庫。

そして国の認可を受けた専門職が閲覧、取り寄せする事ができる法律、規則や魔法術式などの参考書が置いてある専門書庫。


表向きはこの二種類だ。


図書館と言っても建物は小さく、長方形の勉強机のような物に椅子がつき、二十席ほどの各席がパーテーションで区切られているだけのシンプルな部屋だ。


それぞれのテーブルの端には魔晶石で作られた黒い板が備え付けてあり、身分証代わりのカードをかざしてから手を置いて自分の探している知識を入力すると、使用者が閲覧できる書庫内で該当する本が付属のモニターに表示される。


一覧に軽く目を通して、必要な書籍を選択すると地下に繋がった机の引き出しから選んだ本が届けられる。


「クロウ、ここに居ると思ったぜ!」

後ろから声をかけられ、そちらを見ると立っていたのはラフな格好で愛想のいい笑顔を向けたセグシオという男だ。


「お前か、仕事はどうした?」

読んでいた本を閉じて引き出しに仕舞うと、本はまた分類され地下の書庫に返却された。

「何を言ってるんだか、もう終わったよ。ついでに明日は非番だ」

こいつとはそれなりに付き合いがあるので非番と聞いて意図を察し、席を立ち一緒に図書館の出口へ向かう。


「またラーラの店か?」

「話が早いな!クロウがいるとサービスがいいからな」

馬鹿力で背中を叩かれてセグジオを見ると、悪びれた様子もなく笑っている。


クロウというのは今の俺の名前だ。

津田大和という名前と異世界人である事を隠して生活している。


するとセグジオはいきなり前に回ると腰に手をあて大きな声で注意する。

「あ!でもラーラは俺のだからな?」

「それは相手にされてから言うんだな」

呆れて図書館のドアを開けるとすっかり日が落ち、空が暗くなっていた。

「もう夜、か?」

「また時間も見ずに本に夢中になってたのか?」


確か図書館に来たのは昼過ぎのはずだが、思ったより長居をしてしまったらしい。

「俺の仕事が終わってるって時点で気づけよ」

それもそうかと思いながら、王都の庶民街をしばらく歩き、セグシオに連れられ飲食店の建ち並ぶ通りに着いた。


その中でも居酒屋のような外観の店の前で立ち止まると、セグシオは気合いを入れて髪を整えて扉を開いた。


「いらっしゃーい!」

中に入ると客の入店に気づいた給仕の女の一人が元気よく挨拶をする。

彼女はこの店でウエイトレスをしているラーラ。

セグシオのお気に入りだ。

「や、やあ!今日も頑張ってるね!」

先程までの馴れ馴れしさはどこへやら。

セグシオは緊張しながらラーラに声をかける。


「セグシオに、クロウ!カウンターが空いてるわ、良かったらそっちにどうぞ」

しかし彼女はセグシオの不自然な言動を気に止めることなく席へと案内をして忙しそうにカウンターに入った。


この店は基本的に昼間は食事がメインで、夜になると食事はつまみ程度に酒が目当ての仕事帰りのむさ苦しい男たちで賑わう。


柔らかい黄色灯の光に照らされた広いとは言えない店内にテーブル席が所狭しと並び、店に入って正面奥に1ヶ所と、右手の奥まった場所に落ち着いたカウンター席がある。

俺たちが案内されたのは後者のカウンター席だ。

ここは換気が行き届いており、酔っぱらいのデカい声は聞こえるが他の客の姿も見えなければこちらを見られることも無い。


「さて、セグシオはいつものかしら?」

手際よくグラスを用意しながらラーラが聞くと、セグシオが嬉しそうに答える。

「俺の好みを覚えててくれたのか?」

「うーん、まあね」


セグシオが頼むのはいつも店では安価な部類に入る酒で、あまり変わり映えしない上にこの店には週二程で通っている。


恒例の温度差のあるやり取りをしてからラーラが俺の方を向く。

「クロウは何のお酒にする?」

「任せる」


了承の合図にウインクをするとグラスに氷を入れてからボトルを取り出して酒とオレンジ色の果物のジュースを混ぜてカウンターに置く。


「お前はまたそんな女みたいなモンを飲んで…本ばかり読んでたろ?食事は済ませたのか?」

「ああ」

俺はきっとバレているであろう嘘をつき、それを横目に一杯目の酒を飲み干したセグシオがつまらなそうに俺に出されたグラスを指ではじくと、その様子を見ていたラーラがぐいっと身を乗り出してカウンターに両肘を乗せて頬杖をつく。

「あら、楽しそうな話ね!私の選んだお酒に問題があったかしら?」


満面の笑みではあるが、どことなく威圧感がある。


「とんでもない!ラーラのセンスはとてもいいと思うぜ!」

慌てて言い繕うと隣に置かれた酒を褒める。

「でもなあ、ラーラはクロウが酔いつぶれた所を見たことあるか?」

「うーん、無いわね」

少し考えてからラーラもこちらを見る。

「だろ!?初めて来た時に普通に呑んでたけど、少し酔ってこの仏頂面が崩れたくらいだったし」

「苦笑いというのを知っているか?」

「ちがうか!あれは酔いすぎてダウンしかけてたっていう方が正しいか?」

「はい、お待ちどーさま」

俺にとって都合が悪いと思ったのか、ラーラは話を遮るように目の前に数種類の酒のボトルとカットした果物を置いた。

「頼んでないが?」

「サービスよ、安いもので良かったら飲んでね」

「さすがラーラ!天使のように優しいな!」

セグシオの言うところの俺がいるとサービスがいい、というのは毎回こんな調子で注文したものより多くの酒や果物を出してくるのだ。

それどころかラーラはテーブル席の対応や他の雑用を後回しにして、カウンターで話をしながら酒を作ってくれる。

「いつも悪いな」


今の俺は食事を摂るどころか匂いさえ身体が拒絶するようになっていた。

心因的なものにはスキルは効かないらしく、頭痛と目眩や吐き気を我慢しながら情報を集める為に庶民外の店に来ることがある。


初めてこの店に入った時、カウンター席の隣にあまりにうるさい男がいたので目が合ってしまい、文句があるのかと絡んできたのがセグシオだ。


そのうちにラーラがいかに素晴らしいか、そして生活や仕事の話を一方的に話し、吐き気と面倒さに相づちをうっていただけの俺を気に入ったと懐かれてしまったのだ。

その時のセグシオの話は長く、気分の悪そうな俺を見て酒に弱いと勘違いされたようだ。


「ところで、何か変わったことや面白い話はあるか?」

そう聞くとラーラはとっておきとばかりに人差し指を立てて言った。

「西の国境がかなりバタバタしているみたいよ!絶対に近づかない方がいいわ、クロウも出かけるなら気をつけてね?」

「…いつもと変わりないようだな」

そう答えるとラーラは他に…と考えて思いつかず誤魔化すように笑った。

ここまでの我慢をして無駄足だったようだ。

明日は仕事があるというのに…と、隣では好きな女にいい所を見せようと強い酒をあおってむせている馬鹿がいる。

仕方なくセグシオの背を叩いているとラーラは俺の顔をじっと見ている。

「なんだ?」

「クロウは、なんていうか一見冷たそうでクールなのに優しいのよね」

「そんな妄想はやめてくれ」

優しいなどと言われるのは心外だった。

もちろんこの女に優しくした覚えもない。


「俺は!?」

セグシオが慌てて俺を押し退けてアピールを始める。

「セグシオはー…ちょっとうざいかな」

「そんな…!」


セグシオはバッサリ切られて肩を落として静かになった。

そこでふとラーラの髪に目がいくと、自分に向けられた視線に気づいたのか、セグシオにおしぼりを渡すラーラと目が合う。

「ふふっ、これが気になる?」


白い花をモチーフにした小さい髪飾りが耳の上辺りの髪に留まっていた。


この世界では衛生観念があまり浸透していないのか、元日本人の俺が気にしすぎるのか。

飲食店の中でも、特に飲み屋ではどの店も女店員は着飾っていることが多く、主人や男店員に至っては制服もなく客と区別のつかないラフな格好でいることもザラだ。


他のウエイトレスが髪型をセットし、制服の他にアクセサリーを見につけ派手に着飾っているところもよく見かけていたが、ラーラは両側の横髪を少し残し腰までのウエーブの髪を後ろに一つにまとめていることが多く、アクセサリー(と言ってもささやかなヘアピン程度の髪飾りだが)をつけているところは初めて見た。


「珍しいと思ってな、青い髪によく似合ってる」

「えっ!?」

「本当だ!すごく似合ってるぞ!女神のようだ!」

思ったことを口にしただけのつもりだったが、セグシオの声は聞こえていないらしく、それまでからかうように悪戯っぽい笑みを浮かべてこちらの反応を待っていたラーラにとって、俺の言葉は想定外だったようで一瞬顔が赤くなる。


「に、似合う…かな?」

「もっちろんさ!ラーラならなんでも似合うに決まってる!」

セグシオは席から立ち上がりラーラに向かって、全力の笑顔を向け親指を立てる。


するとセグシオは俺に顔を寄せ、小さい声で話し始めた。

「見ろよ、彼女が赤くなってる!こんなことは初めてだ!」

「良かったな」

「これはもしかして、俺を意識してオシャレしてくれたんじゃないか!?」


どこまでも前向きな解釈に呆れながらも同意すると、セグシオのテンションがあがり調子に乗り始める。


「ラーラ!今日店が終わったら、少しその辺でも散歩しないか?」

「ごめんなさいね、仕事のあとはゆっくりお風呂に入りたいの」

「風呂のあとは!?」

「ゆっくり眠りたいわ」

セグシオの勢い任せの誘いには慣れたもので、わかりやすく断るとラーラは髪飾りを大事そうに手で触れ、俺を見て微笑む。


「ねえ、クロウは普段なにをしているの?と聞いたら失礼かしら」

「余計な詮索は好まない、二度としないでくれ」

「…ごめんなさい」

「クロウそんな言い方すんなよ!愛想のないやつでごめんな」


すかさずセグシオがフォローをするとラーラはいつも通りの明るい調子に戻り、カウンターの奥の整理をしてからセグシオに新しい酒を注いだ。


そんなことを知ってどうする気だ。

そもそも俺の仕事など言えたものでは無い。

言うつもりも無いがな。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

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