とりあえずの収束
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
「その言葉を待っていましたわよノーラ。貴女はこれで自由になりその男は二度と日の目を見ることは無いでしょう」
その言葉を聞いたノーラは不安そうに、ブロッキオは不服そうに、二人揃って理解が追いつかないという顔をしている。
「えっと、町長さん?今までと何が違うのか、本人たちにこの場でしっかりと教えてあげたらいいと思いますよ」
きっとノーラも薄々はわかっているだろう。
不要な口出しかもしれないが、ここでハッキリさせておくのは今後の為にも必要なんじゃないだろうか。
「そうですね、ノーラ」
町長に名前を呼ばれて背筋を伸ばすノーラ。
「今日は素敵な日よ、私たちも証拠を掴めなかったブロッキオを断罪するために必要な存在が産まれたの」
「必要な存在、っスか?」
「大勢の目撃者と、証言をしてくれる被害者である貴女よ」
「あ…」
「この男は子狡くてねえ、心当たりは無いかしら?貴女自身の事だけじゃなく、例えば店の帳簿とは別の記録やなんかに」
ブロッキオ!そういう事か!
いやにノーラに執着すると思っていたら、悪事の証拠が詰まった裏帳簿を管理させていたのか!?
そしてその罪を暴く為にも内容と隠し場所を知るノーラの証言が必要だった、と。
こちらの婆さんも中々やり手のようだな。
「わかるわね、もうこの男の運命はあなた次第なのよ」
「町長!こんな小娘に何を馬鹿なことを…」
呆然と成り行きを見ていたブロッキオがハッとして焦って反論するが、町長のお供二人に取り押さえられて連行されていった。
「馬鹿はお前よ、私の留守中に王都に遣いを出して、年端も行かないノーラと婚姻までしてしまう程の愚か者だとは思わなかったわ、本当に汚らわしい男」
引きずられる男を見送りながら町長は微笑む。
「おい、なあクリフト、お前がなんとかしなくてもこの恐ろしい婆さんが近々動いたんじゃないか?」
「オレもそんな気がしてきた…」
コソコソと二人で頷き合うと町長と目が合って固まる。
「ところでスクレイド、まだお時間はありまして?」
「フラウちゃんのご希望とあらば、と言いたいところなんだけどね、今回のリーダーはクリフトくんなんだよねぇ」
「あらそうなの、さあ皆!解散して頂戴、誰かノーラを私の家に運んで」
パンパンと軽く手を鳴らすと人だかりは瞬く間に散り、数人のおばさんがノーラの手を取り優しく大通りの方へ連れていった。
「という事なのだけど、クリフトの坊や?」
目力がすごい!婆さん怖い!
「へっ、お、オレですか!?」
「予定をお伺いしても?」
「昼間のうちに少しでも先に進んで、次のエンゼンの村に辿り着きたいとは、思ってます…」
「そう、それでは今から出発したのでは間に合わないのではなくて?」
町長はアンニュイそうに袖のたもとから時計を取り出し、クリフトに向けて見せた。
覗き込むと時間は昼の十一時半だった。
「もうこんな時間!?」
クリフトの気持ちもわかる。
起きたのが六時前、ブロッキオのアホに絡まれてからもう五時間近く経過していたとは。
「フラウ様、もう一晩こちらに滞在させて頂けますか…」
負けたとばかりに肩を落としてご機嫌を伺うクリフトに、ふふっと笑いをこぼして何度か頷く町長。
「構いませんよ、そこのセリと…」
「ア、アメリアといいます!初めまして!」
クリフトで遊んだあとはアメリアに視線を向け、少女が緊張しながらお辞儀をすると優しそうに微笑む。
「ではセリとアメリア、二人はこの町に滞在中いつ私の家に来ても入れるようにしておきます」
「あ!ありがとうございます!」
それだけ言い残すと町長はスクレイドをお供に町の中心へと消えていった。
すると嬉しそうにアメリアが走ってくる。
「ヤマト様!フラウ様のところにお邪魔してきてもいいですか!?」
「もちろん、宿屋でご飯を食べたら行ってくるといいんじゃないか?」
「はい!」
元気よく返事をして、急いでセリと宿屋に戻る。
残された俺とクリフトは朝からの事を思い出して、疲労のため息をもらす。
「アメリアは良い子だな、フラウ様の話し相手なんて恐ろしいことをあんなに喜んで」
「クリフト、お前はどこまで本気なんだ?」
「何がだ?」
「町長は二人にいつでもいいから、ノーラに会いに来てくれって言ったんだろ」
「そうか!」
「ノーラをあのままにして旅立つ訳には行かないだろ」
「ヤマトが色々気のつく弟で兄ちゃん嬉しいよ…」
数時間前まで少女の為に人を殺しそうだった男が、今はもうその少女の事を忘れてた?
どこまで天然なんだ。
「あ、そうだ、お前剣以外にナイフまで使えるのな」
「へ?ああ、全部かわされたけどな」
「兄ちゃん、すねるなよ」
「あ!」
「なんだ?」
「ヤマトは昨日から俺にバカと言い過ぎじゃないか!?」
ちっ、覚えていたか。バカをバカと言って何が悪い。
「兄ちゃん、根に持つなよ」
「ああ!」
今度はなんだ。
「部屋の割り当てが変わったことを宿屋に伝えてこなきゃな!ヤマトとスクレイド様で使うといい!」
「やっぱバカじゃねえか!そんなとこだけ気を利かせるな!!」
部屋割りの変更を急ぐために走り出すクリフトを追いかけて、ペガルス舎裏をあとにした。
部屋に戻るとドアを開いた途端、フローラルな香りがして必死に換気をする。
そして真ん中のベッドは朝起き抜けに見た時より花が侵食し、そこだけ完全なお花畑になっている。
「原因があると匂いが取れない!!」
「これ自体はいい香りなんだけどな、この中で食事をするのは勘弁だぜ!」
「そんなフォローしてやることないから!元凶のエロフはどこ行った!」
「だから、こうしてちゃんと片付けに来たんだけどなぁ?」
振り向くと気配なくスクレイドが立っていた。
「朝は考えないようにしてたけど、これなに!?気持ち悪い!!」
「寝てると咲いちゃうんだよねぇー」
「どういう原理だよ!」
「スクレイド様の服に種でもついてたんじゃないか?」
クリフトに言われてなるほどと、スクレイドの横腹のあたりをバシバシ叩いてみるが何も落ちてこない。
スクレイドを養分に自生してる植物なんて気色悪い!
「やめなさい、今片付けるから、痛…痛い!本当にやめてくれないかい!?おたくの力じゃ骨が折れるんじゃないかなぁ!?」
「大袈裟な!」
「あっ、ヤマト待て!乱暴に片付けるなよ」
「どうしたクリフト」
「…聞いたことがあるのを思い出した、森人様の花籠」
「ネーミングからして気持ち悪っ!」
そしてクリフトは花々を見て、どう片付けるべきかと息を飲んだ。
「高価だぞ」
「これが!?」
ここに来て森人様ブランドの気色悪さを嫌という程味わったあとに、花にまで価値があると言われて疑う理由もないが納得も出来ない。
「森人様の花籠の所有権は、その花が生えている場所の持ち主にあるんだ」
「誰がそんなこと決めたんだよ!?」
俺は芳香剤をこぼしたどころか、直に顔にかけられたような濃い匂いにイラついて言った。
「あの時のあれが原因かなぁー…」
「なんだよ」
「……」
「……」
「……」
スクレイドの頭からぽわんぽわんと回想の雲が出そうになった気がしたので黙っていたが、なにも進展せず頭の上で手を振って二人で突っ込む。
「喋らないのかよ!」
「説明して下さるんじゃないんですか!?」
「心当たりが多すぎてわからなかったんだよねぇ」
にこぉーっといい笑顔をしやがって!
「とりあえず宿の者を呼んで来る」
げっそりとしながらクリフトが部屋を出ていくと、スクレイドが俺に杖を振る。
「あぶね!なにすんだよ」
「こんなに花が成長したのは初めてだよ、俺だって起きてびっくりしたんだよねぇ、意味がわかるかい?」
「そんなの知ら…」
言いかけて目が泳ぐ。
「生命の力、漏れてた?」
「あとね、この花たちは全部上級魔法薬の原材料になる貴重で使える子たちなんだよ」
うんうん、と頷きながらベッドに手をかざして、自慢げに紹介をする。
「高価って、その花自体に価値があるのか?」
「ええ…?他に何があるのかなぁ?」
俺がおかしいみたいな反応やめろ。
呼ばれて来た宿屋の主人ポルディーテは、感涙しながら植物の保存の道具や人手を手配し始めた。
仕方なく花の処理が終わるまでセリとアメリアの部屋に行くことになった。
「うっ!!」
「目がっ!」
ピンクとフリルとレースと金の刺繍、部屋の至る所に散りばめられた宝石がこれでもかとキラキラ輝いて俺たちを出迎える。
「やっとこの部屋を見てもらえましたね…」
常に目に攻撃でもされているのかと思うほどの眩しさに、疲れた様子で不気味に微笑むセリを見てつい謝ってしまう。
「ごめんなさい、ここまでとは思わなかったんだ」
「わかってもらえたなら良いのです…」
金色のラメ入りの毛脚の長い絨毯が一歩歩くごとに足を起点に風圧で余波を作り、まるでピンクの稲畑に風が吹いたように部屋中がキラキラと光る。
「…私も食事をしたら出掛けてきます」
この部屋にいろというのは酷な話だ、止める者は誰もいない。
「アメリアは?」
「宿の者が気を利かせてくれまして、二人分の食事を弁当にしてくれたのを持たせました」
二人分か、ノーラと一緒に食べられるといいな。
ここまで読んでくださってありがとうございます。




