出来ること
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
「ヤマト様、今までノーラを傷つけていたのはこのひとなんですね?」
アメリアが何故それを?
ノーラが話したわけでは無いのか、ノーラ本人も驚いてアメリアを見ている。
「なんで…なんでアメリアが知ってるんスか?」
「詳しくはわからなかったわ、けどそんなに痩せて身体中アザだらけじゃない」
そう言われて恥じるように繋ぎの下に着ていた洋服の襟を引っ張り、首元から見えそうになる痣や傷を慌てて隠す。
するとアメリアは母親のようにノーラの肩を抱いて頭を撫でる。
「よく頑張ったね、あなたが頑張って生きててくれたから私たちは会えたんだよ」
「アメリア…自分は、頑張った?」
「私はそう、ノーラみたいな強い子と友人になれたことを誇りに思うわ」
「自分は、アメリアみたいに優しくなりたい…」
抱き寄せるアメリアの腕を掴み、顔を埋めて泣いている。
「も、森人様、お許しを…」
ブロッキオがなんとか身体を起こして座り込み、助かったとでも思ったのか、鼻血を出しながら地面の砂利を虚しく掴み、悔しさに顔をひきつらせながら上辺だけの許しを乞う。
「お嬢さん、私はノーラの主人なんですよ、なあノーラ?これ以上皆さんに迷惑をかけるんじゃない、もうこっちに来い」
今度は少女たちに向かって下卑た笑いを向ける。
するとその言葉に反応したノーラがどんどん青ざめていく。
これを心配していたんだ。
絶対に戻りたくなんかないはずなのに、恐怖で支配されたノーラは足の震えを押さえながらゆらりと立ち上がる。
「ノーラ、行くの?」
「行かな…きゃ」
しかしアメリアはおぼつかないノーラを支えて、一緒に立ち上がると優しい声でブロッキオに言った。
「迷惑なんてしていませんよ」
「さすが森人様のお連れのお嬢さんですね、出来た方だ」
「ノーラの旦那さんということですか?」
「そうだ、証拠にノーラも大人しく従っている」
少しずつ縮まる少女たちと男の距離、森人やクリフトの手前、この場で何かするとは考えにくいが精神衛生上この男をアメリアにこれ以上見せたくない。
その考えは事情を知っているらしいセリも同じだったらしく、剣の柄に手をかけ冷酷に注意する。
「ブロッキオ、それ以上その汚い口を開くな」
苛立ちながら後ろを振り返り忌々しそうにセリを見て舌打ちをするが、すぐに少女たちに向き直るとプレッシャーをかけるようにノーラを呼ぶ。
「ノーラ!!」
「貴方の方が元気に見えます」
「それが何か?」
そこでピタリと止まったアメリアは変わらない口調で、堂々と疑問を口にした。
「ノーラのこの状態を見て、なぜご自分が来ないんですか?」
心底不思議そうに、そして確実に責めるように。
「子供にはわからない夫婦の関係があるんですよ」
ブロッキオはアメリアを小馬鹿にするように一笑に付している。
「夫婦関係はわからなくても、相手を大事に想っていたらつい駆け寄ってしまう気持ちならわかります」
そう言ってノーラの補助をしていた手をゆっくり離す。
「ノーラ、私に出来るのはここまでよ、あとは旦那様が迎えに来てくれるはず」
急に突き放すように言われたノーラの顔には絶望の色が浮かぶ。
「アメリア…て、手を…」
「私は私にできる所までしかできないの」
クリフトが悔しそうにしながらも動けずにいる。
「本当に物わかりの良いお嬢さんだ!」
ブロッキオはざまあみろと言いたげに、自分を痛めつけた者を次々と見て、笑いと共に鼻血を撒き散らす。
「無理だよ、アメリア…一人じゃ行けない…」
「ノーラは強いもの、自分で前に進めるわ」
足の震えが酷くなり、立っているのでさえやっとのノーラの手が母親のような友達の手を探して空を切る。
「アメリア、どうしたってんだ…?ノーラ、行くな!そこで待っていろ!」
クリフトは不安そうに歩き出した。
しかしそんなクリフトに目をやることなくアメリアはノーラを見据えて優しくしっかりと言う。
「私に踏み込めるのは、ここまで」
「ここ、まで…?」
「ノーラの進むその先はどこに繋がるの?」
クリフトの手がノーラに届くか届かないかのその時、
「…けて…」
なんとか絞り出した今にも引き裂かれそうな声、しかし確かな意志を持ったその叫びは俺たちにしっかりと届いた。
「あそこに戻りたくない!助けてアメリアあぁあ!」
その叫びを聞いた瞬間。
「あなたが望んでくれるなら、私にも力になれることがあるわ!」
アメリアは全力でノーラを抱きとめると、ブロッキオに向かってハッキリと言った。
「ノーラが嫌がっています!貴方の元にノーラを行かせる訳にはいきません!」
「なんだとォ!?」
その時まで優勢を疑うことなく、余裕の笑みを浮かべていたブロッキオの額に血管が浮き上がり、激昂する。
しかし目の前に飛び出したのは剣を構えたクリフトだった。
「邪魔をするなあああ!!」
「あの子の人生の邪魔をしているのは君の方だよ」
後ろにはスクレイドが薄ら寒い笑みを浮かべて立っている。
気が抜けて倒れ込んでしまいアメリアに抱きかかえられるノーラの元へ、俺は急いで向かって治癒魔法をかける。
セリもブロッキオから二人を遮るように間に立った。
アメリアは堪えきれずに涙を流すしてノーラに囁き続ける。
「よく頑張ったね、あなたはやっぱりとても強いわ」
その様子を見てカンに障ったのか、さらに汚らわしい本性を表したブロッキオは、ノーラに呪詛のような言葉を吐き続ける。
「馬鹿にしやがって!良いか!?ノーラをどこへやろうとも地の果てへでも追いかけて連れ戻してやる!」
「お前は、今自分が始末される事は考えないのか?」
クリフトが汚物を見るように言うが、ブロッキオは怯むこと無く高笑いする。
「ここで起きた事を知らない町の者達が、そんな事を許すと思うか!?俺を裁く罪状はなんだ?森人への不敬?そんな事がまかり通ると本気で思っているのか!」
「後でなんとでも言ってやるさ!」
クリフトが剣を突きつけて口を塞ごうとする。
「いいや。ノーラ自身が助けを求めた、それで十分だ、まだ気づかないのか?」
「何を言ってる小僧!?」
「後ろを見てみろ」
俺に言われて振り返るとブロッキオから汗が吹き出す。
「なん、だ?なぜお前たちがここにいる?」
ペガルス舎の裏に抜ける道は大小四つ、その道から大勢の町人が押し寄せ、人で溢れ返っている。
「ノーラ、とうとう決意してくれたんだな!」
「お前のことは俺たちが必ず守る!」
「今まで何も出来なくてすまなかった!」
中には門番をしていたモルドフや、宿屋の主人ポルディーテもいる。
「何のことだ!?考えてもみろ、ノーラのグズに何が出来るってんだ?俺が何をしたって!?」
状況を飲み込めないブロッキオは焦って誤魔化そうとする。
「スクレイド様…?」
クリフトも騒ぎについていけず、ブロッキオを挟んでスクレイドの方を見る。
しかしスクレイドは首を横に振るとニヤッと笑って顎で別の方を指す。
「ヤマトが?」
「あのスキルかあ、やってくれたねヤマトくん」
二人に見られて俺はブイサインを決める。
「ノーラが決意したとき、そのまま町中の人の目にも同じ映像を送って見せた」
それは昨夜発見した【視覚投影】のスキルだった。
まさか音声付きとは知らなかったが。
一人一人の顔なんて覚えちゃいなかったので、町を対象として使ってみたが成功したようだ。
「そんな事が可能なのか!?いや、ヤマトよくやってくれた!」
「ねー、ヤマトくんはもう本当になんでもアリだよねえ」
「おいブロッキオ!まさか俺たちが貴様の権力に負けて、町の仕事にノーラを組んでたとでも思ってたのか!?」
怒鳴りつけたのはモルドフだった。
「なんの事だ!?」
「お前とノーラを引き離す時間を作る為に、持ち回りでノーラを預かる時間を増やしてたんだよ!」
そうだったのか、てっきりブロッキオに頭が上がらずに言いなりになって、見て見ぬフリをしているのかと思っていた。
「だから、昨夜伝言だけで済んだ事を、わざわざ俺たちの部屋に来てノーラを引き止めたのか」
クリフトは嬉しそうに町の人間を見る。
ポルディーテも前に出て堂々と頷く。
「ノーラに休息をと、…いえ、欲を言えばもしかしたらと森人様の起こす奇跡に期待していたのかもしれません」
「みん、な…自分の為にそんな事をしてくれてたんスか…?」
「見て、ノーラ!あなたが自分の意思で前に進んだからよ」
起き上がるのを手伝いながらアメリアはノーラを褒める。
「クリフト!町の問題で長く悩ませてすまなかった」
「そんな事はいいんだ、それでこの男をなんとかできるのか?」
「ああ、ブロッキオの事は町できちんと責任をもって裁くさ、それまでは町の地下に閉じ込めておく!ここに被害者がいるんだからな」
「森人様、魔法をとめて下さいますよう、お願い申し上げます、老体には己の視野と重なってしまい歩くのが困難ですわ」
その時、悠然と歩を進める老婆が二人の伴を引き連れて人だかりから現れた。
周りの者も老婆に道を譲っている。
「あれ?まだ解除できてませんでした?」
急いでスキルを解除して老婆に頭を下げる。
「私はこの町を治める立場にある者ですわ、お若い森人様を煩わせてしまってお恥ずかしい限りでございます」
「町長さん?」
「フラウちゃん、こんな所まで来て大丈夫かい?」
スクレイドが町長と名乗る老婆の傍に行き、手を差し出す。
「町が大騒ぎになっているのに、私だけ休んではいられませんでしょう」
スクレイドと町長が仲良しなのはわかった。
でもブロッキオの時はそれどころじゃないから言わなかったけどな?
エルフがいくら長生きだと言ったって、誰彼構わず子供みたいな呼び方するのは少し気持ち悪いぞ?
今もそれどころじゃ無さそうだから言わないけどな。
ここまで読んでくださってありがとうございます。




