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クリフトの暴走

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

急いで空中で身体を捻ると、ナイフは俺の足に命中したが、傷一つつけることなく弾かれるように落下した。

「ヤマト!大丈夫か!?」

「何を、言ってるんだ?お前がやったんじゃないか…」

反射的にナイフを受けた場所には痛みも傷もない。

だがクリフトは本気で俺の心配をしている。


「ヤマト本当になんともないんだな?良かった、ブロッキオは森人様に無礼をはたらいた。痛い目を見ないとわからない人間だから庇うことはないぞ」

「森人に無礼って」


クリフトは俺が森人なんてものじゃないことは知っているはずだろ?何を言ってるのかわからない。

そう言いたいのに正体をバラすわけにもいかず二の句が告げない。


それなのに周りの野次馬は頷き始めている。

「森人様に失礼なことをしたらしい」

「なんて大それたことをしてるんだ」

「クリフト、やっちまってくれ」

口々に好き勝手なことを言い始める野次馬の熱は高まっていく一方だ、クリフトは人だかりからノーラを引っ張り出して高らかに宣言する。

「今ノーラにどうするか決めてもらおう」


なぜノーラが出てくるんだ?幼い少女に何を決めさせようって?

野次馬もノーラが出てきた途端に静かに成り行きを見守っている。

「その冗談はあんまり笑えないぞ?」

「冗談はその男の存在っス」

ノーラが決意したように一歩前に踏み出すと、ブロッキオがいっそう震え上がり焦り始める。

「オッサン、なにかノーラが怒るようなことしたのか?」

「ひっ、ヒイィッ!!」

怯えて喋ることもままならない様子だ。


「クリフト、どういう事だ?」

「断罪の時が来ただけだ」

「話が見えない、ちゃんと教えてくれよ」

こんな状況だというのに、クリフトはいつもの良い奴みたいな顔のまま三本目のナイフを取り出す。


「朝からバカな騒ぎはそこまでだよ」


すると俺を、ブロッキオを守るように目の前に突然現れたのは杖を構えたスクレイドだった。


目の前に見慣れた背中が見えて安心する。

「皆、ここは俺に預けて解散してくれないかい?」

鶴の一声というのはこのことを言うのだろう。

誰も反発することなく、一礼してからそそくさと散っていく野次馬たち。

その場に残ったのはクリフトとノーラだけだった。


「ヤマトくんも降りよう」

「スクレイド、俺森人って嫌い」

「助けに来たのにかい!?」

「ヤマト!スクレイド様に失礼だぞ!」

「うるせー!!クリフトが変に引っ掻き回すからこんな事になったんだろ!」

いい加減オッサンにしがみつかれたまま飛ぶのも疲れた。

ゆっくりと地上に降りると、やっとブロッキオが離れて腰が抜けたのか地面に転がる。

そして情けなく地べたをはいながらノーラへと向かおうとするが、そこにクリフトが壁となって近寄らせまいとする。

「ノーラに近寄るな!!」

ノーラも汚いものでも見るような目でブロッキオを睨みつける。


「ここではなんだからねぇ、場所を変えようか」

スクレイドがため息をつきながらノーラとクリフトを先に行かせると、ブロッキオを魔法で浮き上がらせて運び、ペガルス舎の裏に集まって座り込んだ。


「えーっと、話が見えないんだけどなんでこんな大事になったんだ?」

静まりかえった場で説明を求めるも、誰も口を開かない。

挙手してからもう一度聞き直す。

「帰っていい?」

「ヤマト!お前ひどいぞ!」

やっと答えたと思ったらそれかよ。


「こんな事は言いたくないんだけどねぇ、ブロッキオくんはあまり評判のいい子ではないんだよ」

仕方なくスクレイドが説明を始める。

「なんとなくわかるよ、金にがめつくて、しつこいし小馬鹿にした態度がすごいムカついた」

「それでね、ノーラちゃんはブロッキオくんの奥さんだよねぇ」


「へ?」

思わずノーラを見ると、忌々しそうに俯いている。

「ノーラって、いくつ?」

夫婦喧嘩に巻き込まれたということか?

するとクリフトがノーラに優しく話しかける。

「騒ぎにして悪かった、ヤマトに話してもいいか?」

「はい、クリフトさんを悪者にしてしまったら困るっスから」


二人の間で話がついたようで、クリフトはスクレイドと目を合わせてから事情を語り始める。

「ヤマト、すまん」

「ああ、お前怖かったぞ」

「ノーラは元々身寄りのない女がこの町に辿り着いた時に身ごもっていた娘で、女は出産すると力尽きた、それが十四年前の事だ」

なんてことだ。

幼いとは思っていたが、十四歳だったのか。

「そして、当時まだ魔物も少なく活気のあったこの町ではブロッキオの店が繁盛していて、ブロッキオが名乗りを上げてノーラを育てると言い出したんだ」

「ああ、娘ね!奥さんって、やだなぁ、俺の聞き間違いだったのか!」

ほっとしてつい口をついて出た言葉に場の空気は重くなる。

「ブロッキオはスクレイド様の言う通り、昔から飲んで暴れて喧嘩して、金に汚く従業員はゴミ扱いという男だったらしいが、それでも宿場町であるこの町では店の資金がものを言う。そこそこ発言権があった為にノーラはこの男に引き取られる事になった」


「そ、そんな、クリフト…さん、ひどい言いようですな」

クリフトの話に我慢できなくなったのか、ブロッキオは怯えながらも反論しようとする。

それをスクレイドがこれみよがしにため息をついてみせると、またすぐに大人しくなった。


「そしてノーラは小さい頃から労働力として奴隷のように育てられた、店の仕事はもちろん、門番やペガルス舎の世話、雑用にいたるまで寝る暇も無かった」

それで昨夜は門の見張り、その後は夜通しペガルスの世話をしてたのか!?

つまり全てはこの男の言いつけで働き通しだったと。

気分の悪くなるような話にブロッキオを一睨みすると、大きい男が小さくなって震えている。


「それだけじゃない、ノーラが十二歳になった時、ブロッキオが四十四歳の時なんだが、彼女を妻にしてしまったんだ」

「はあ!?十二歳!?法律的にどうなのそれ!?その前に誰も止めなかったのか!?」

「法律上は問題はない、ただ周りは婚姻の届けを国に出したことを知らなかったんだ、その頃から出入りしていた俺も含めてな」

そう言うと悔しそうに唇を噛んで、自分の拳を膝にあてる。

自責の念、クリフトの暴走の理由はこれだったのか?

「なんとか…ならなかったのか?」

「そりゃな、皆でノーラを逃がそうともしたが、日常的に折檻を受けていたノーラ本人が見つかった時の事を恐れて動けなくなってたんだ」

「お前っ、こんな女の子に小さい頃から暴力までふるってたのか!?」

「そんな、ただの躾です!」

思わずブロッキオの胸ぐらを掴むと、両腕でガードしながら胸くそ悪い常套句を吐き捨てる。


「躾だと…?そのバカ力だけでなく骨が折れるまで椅子や家具で殴り、医者にもみせず動けなくなったら便所に閉じ込めて飯も与えないことが?」

「それは、その、ノーラが言うことを聞かないのが悪いんですよ、こんなに出来が悪いと知ってたら引き取りませんでしたよ、へへ…」

なんて奴なんだ…。

クリフトはなんとか怒りを堪えて話を続ける。



「これは俺もヤマトがペガルス舎から出ていったあとに聞いた話だ、彼女の許可がないと話せない事だからさっきは人目があって言えなかったんだが…」

とても言い辛そうにしていると、ノーラが頭のタオルで顔を隠して身体を強ばらせる。

まだ何か…もういい、聞きたくない。

やめてくれクリフト。


「ノーラはもう二回流産している…らしいんだ…」

頭の中で何かが切れる音がする。

顔が一気に熱くなったと思ったら、手足の先が冷たくなって感覚が麻痺してくる。

息がしにくい…

「それで?森人へ無礼をはたらいたという大義名分で、とうとう始末しようとしたわけかい?」


スクレイドはクリフトとノーラに冷ややかな視線を送ると、クリフトが覚悟を決めたように肯定する。

「スクレイド様、世の中には殺した方が皆の為になるような奴もいるんですよ」

「クリフト!!貴様!この部外者の若造が!とうとう本性を表したな!?」

「それがブロッキオくんだと言いたいのかい?」

ブロッキオはスクレイドの後ろに隠れてはいるが、激昂してクリフトを指差し、がなり散らす。

「スクレイド様!あいつは俺を殺そうとしたんですよ!!裁きを与えてやってください!」

「裁きだと!?てめえがノーラにしてきた事を棚に上げて何を言ってやがる!」

「躾だと言ってるだろう!!それなのにその汚い言葉遣いも直らない!何をさせても半人前の能無しのゴミ以下が!!お前のせいでなんで俺がこんな目にあわなきゃならねえんだ!ノーラ!!」

やがてブロッキオの怒りは勝てないクリフトではなく己より非力なノーラへと移り、ノーラはガタガタと震えながら恐怖で大量の汗をかいている。


「やめろよ」

俺はノーラを視界から隠すようにブロッキオの前に出ると、スクレイドが味方だと思い気が大きくなっているブロッキオがさらに喚く。

「なんだと?小僧、森人だともてはやされて自分が偉くなったとでも勘違いしたのか!?」


「ノーラ、君はどうしたい?」

名前を呼ばれると、ビクッと怯えながら瞳から大粒の涙を零す。

「小僧!聞いてるのか!ソレは俺のモノだ!何を勝手なことを…」

「黙れ、お前がそんな人間だと知っていたら、迷わず空から蹴り落としてたんだよ」

「なっ…」

「今からでも実演してみせようか?」

睨みをきかせながらそう言うとブロッキオは悔しそうに口をパクパクとさせている。

言葉だけじゃ飽き足らず動きまでうるさい奴だな。


「ノーラ教えてくれ、君の本当の望みはなんだ?」

すると、硬く結ばれていた口が開く。

「じ、自分、は…」

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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