部屋
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
「やられたなぁあー」
割り当てられた部屋につくとスクレイドがガクッと膝から崩れ落ちる。
遅れて部屋に入ったので状況が飲み込めない。
「どうしたんだ?」
「あのっ、すみませんスクレイド様!」
クリフトが慌てて部屋を飛び出そうとするが、スクレイドに止められて申し訳なさそうにしている。
「それにしても広くて豪華な部屋だな、さすがに宿がメインの町!部屋に風呂とトイレまでついてる」
ガイルの宿屋のトイレは一度一階の食堂に降りて、奥に行かなければならない。
風呂にいたっては基本的には家族用だ。
しかしこの部屋には赤い一枚織りの絨毯が敷かれ、シングルベッドが三つ、その間にそれぞれのライトが乗った引き出し付きのテーブルまで備え付けられている。
窓には木枠のガラス窓と、光を遮断する木の両開きの扉状の窓、さらにその内側に豪華な刺繍の施された分厚いカーテンが下がっていた。
部屋の中央には丸いテーブルにデザインの揃った五脚のイスがあるのを見て、セリとアメリアが来たらここで飯を食ってもらおうと考えていた。
ガラスの壁とカーテンで仕切られた奥には小さいバスタブとトイレのユニットバスのような空間まであり快適そのものだ。
「何畳分だとこの広さになるんだ?」
実家のリビングより遥かに広く、下手をしたら実家の壁をぶち抜いて同じくらいかなどと部屋を見回していると調度品が目に入る。
壁に掛かった、胸から上がしっかりと写るゴージャスな縁の丸い大きな姿見は曇りひとつなく輝き、柱時計は花とツタがモチーフの温かみのある木彫りで、文字盤には金色のプレートがはめ込まれ、長針や短針には黒い鉱石のような物、そして所々に宝石が散りばめられていて、素人目にも高価な物だとすぐにわかる程だ。
スクレイドはこの部屋のどこに不満があるのか。
「本当に申し訳ありません、俺も三階には立ち入ったことが無かったものですから…」
「クリフトはさっきから何を謝ってるんだ?いい部屋じゃん、スクレイドはわがまま言うなよ、あ!窓際は俺使っていいかな!?」
ベッドにダイブすると、ふかふかの羽毛布団に身体がしずむ。
気持ちいいー。
「すごいねぇ、ヤマトくん」
「不満とは逆だんだヤマト、ここは月単位で利用する貴族や貴賓用の部屋で普通は俺たちが入れるような場所じゃないんだ、スクレイド様はごく普通の部屋をご希望されていたのに、宿屋の主人か街の実力者が気を回しすぎちまったらしい」
「貴族、貴賓用!?」
確かにいい部屋だとは思ったけど、そこまでだったとは!
「ここの二階は部屋数は多いが、質事態はガイルさんの宿屋とそんなに変わらないはずなんだ」
「そんなすごい部屋にされて手持ちは足りるのか!?」
俺は突然の金銭問題に焦って聞いた。
「気持ちはわからんでもないけどそこなのか?!まあ、前払いの時点で料金は二階の二部屋分だったからそこはあちらの好意って事だろう」
森人様効果とでもいうのか、ここまでの高待遇を受けるとは思いもしなかった。
「スクレイドの日頃の行いが良いからって事だろ?ここは素直に感謝しよう!」
「ヤマトくんは料金の問題がなくなった途端図太いねぇ」
「だって俺のいた国には皇族はいても住み分けばっちりだったし、貴族とかいなかったからあんまり重要さがわからないんだよな」
セレブやハリウッドスター御用達とか言われた方が近い感覚なのか?
すると部屋のドアをノックする音が聞こえる。
クリフトが開けるとそこには緊張した様子のセリとアメリアがいた。
「クリフト…なんだあの部屋は?落ち着かん、野宿の方がマシなのだが」
「目がチカチカします…」
二人も豪華な部屋にされていたらしく、町に着く前よりも疲れているようだ。
「二人の部屋もこんな感じ?」
「いえ、もっと少女趣味な、とにかくどこを向いてもキラキラとして目と頭が痛くなるような部屋です」
「あんなに綺麗な家具ばかりの部屋のどこに、森で土まみれになった荷物を置いたらいいのか困りました」
セリの感想はともかく、アメリアからまで遠慮がちにも使いにくいという事が伝わってきた。
とにかく入るようにとクリフトに促され、二人が部屋に入ると信じられない物でも見たかのように俺を見る。
さすがにだらしなかったか。
ゴロゴロするのをやめてベッドに座って姿勢を正す。
「いやこのベッドめちゃくちゃ気持ちいいからついさ!そうだ!あとでそっちの部屋も見に行っていいか?」
はしゃぎながら聞くと皆の視線が冷たい。
「勇者様、この部屋でもうくつろいでらっしゃるのですか…心の強さを見習わねばなりませんね」
「ヤマトってやっぱり異世界人なんだって思い知らされるよな」
おい、そこのおバカ二人、言いたいことがあるならハッキリ言いなさい。
「私はかまいませんが…ヤマト様ならお気に召すかもしれませんね」
俺なら?アメリアさんどういう意味?
「はー、こういう無駄に勢を尽くした煌びやかさは好きじゃないんだよねぇー、ヤマトくんの感覚が羨ましいよねぇ」
なんで俺が責められてるの?
元々お前のせいでこの部屋になったんじゃないの?
「誤解が無いように聞いて欲しい、俺だって庶民だから高級な部屋とか聞いたら多少萎縮するよ?でもなんでも楽しんだ方がお得だろ?だって普段は入れない部屋とかすごくないか?」
「確かにそうですね!何事も前向きに捉えた方が楽しいかもしれません!さすがはヤマト様です!」
アメリアは素直に気持ちを切り替えたようで同意すると、勉強になります!と力強く答えてくれた。
「あれを洗脳と言うんだよ」
スクレイドがクリフトとセリの二人に人聞きの悪いことを言っているが、聞こえなかったことにしてアメリアをベッドの隣に座らせる。
すると再びドアがノックされ、俺がフードを被り直したのを確認してからクリフトが返事をすると、入ってきたのは宿屋の主人と思しき小太りの中年の男を筆頭に忙しなく食事を運ぶ店員が数名。
「これはこれは、スクレイド様!ご無沙汰しております!森人様にご利用頂くには少々粗末とは存じましたが、これでも当宿で一番のお部屋をご用意させて頂きました」
高らかにアピールをすると、スクレイドの顔色を鼻息荒く伺っているのがわかる。
「とても良い趣味の部屋だね、君たちの好意に感謝の言葉もないよ」
先程までの言動を知っていると嫌味にしか聞こえない言葉も、宿屋の主人は褒め言葉と受け取ったらしく心から安心した様子でペコペコと頭を下げている。
「もったいないお言葉でございます、光栄の極みにございます!」
そんな舞い上がる主人にスクレイドは神々しい微笑みを向けた。
「ところで、この部屋の手配は君の采配かい?もし他に世話をしてくれた者がいるなら、そちらにも礼をしなくてはいけないね」
ふんわりと微笑んではいるが、つまりは注文した部屋と違うのはお前の責任か?他に共犯者がいたら覚えてろよって事か?
「ワタクシの一存でこちらをご利用させて頂きました、お礼などとんでもない事でございます!スクレイド様だけでなくこちらの若き森人様にまでご利用頂いた部屋ともなれば、それだけでワタクシ共には祝福のようなものですから」
てへへっ、と顔を赤らめ、俺をチラチラ見ながら主人が自分の手柄のように話す。
なるほど、有名で人気のあるスクレイドだけでなく新しい森人として紹介された俺にもアピールをしているらしい。
さらには今後この部屋の宣伝にもなると。
中々頭のいいやり手の主人じゃないか。
嫌いじゃないぞ!
「そうか、ありがとう。ポルディーテくん、君は本当に働き者だと感心するよ」
「スクレイド様!ワタクシの名前を覚えててくださったので!?」
突然名前を呼ばれ、感極まる主人。
「当たり前じゃないか、小さい時から会っているんだから忘れるわけもない」
確かにこんなキャラの濃くてアクの強いオッサンはそうそう忘れられないかもしれない。
「シュッ、シュクレイドしゃまあー!こんな宿屋ではありますが引き続きおくつろぎ下さいますよう、どうぞごゆるりと!」
少し泣きそうになりながら挨拶を済ませると、食事の用意を済ませた店員を連れてやっと部屋を出ていった。
「悪い子ではないんだけどなぁー…」
遠い目をしながら主人が退出したドアを見送るスクレイドを放置して、アメリアとテーブルにつくとこれまた豪華な料理に感動する。
「たくさんの種類がありますね!初めて見るお料理もあります!」
「すごい量だな、あ、アメリアこれ美味そうだぞ!一緒に分けない?」
「ヤマト様、この黄色い実は甘くてとっても美味しいんですよ」
「へぇーえ!ほんとだ!甘くてスッキリする!アメリアは物知りだなあ」
アメリアとキャッキャウフフとはしゃいでいると、もう呆れ果てて突っ込むのも面倒臭いといった雰囲気のクリフトとセリもイスに座り、最後にスクレイドが座ると全員で食事を楽しんだ。
食事が済むと時間は夜の九時近く、セリとアメリアは風呂に入るために自分たちの部屋に戻って行った。
そして俺たちも順番に風呂に入り終えると、三度ドアがノックされた。
セリかアメリアだと思い返事をすると、宿屋の若い女の店員だった。
皿なら部屋の前に用意されたテーブルのトレイに出しておいたはずだったが、と三人で顔を見合わせていると店員が意外な話を切り出す。
「おくつろぎのところ遅くに大変申し訳ございません、失礼ですがアメリア様にお会いになりたいという村の者が食堂に来ているのですが、どうなさいますか?」
「アメリアに客?」
クリフトが警戒しながら聞き返すと店員は落ち着いて頷く。
「ノーラという者です。お断り致しますか?」
ノーラ!あのチャラ男か!
ここまで読んでくださってありがとうございます。