宿場町アストーキン到着
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
日が落ちて空が深い藍色に染まる頃、夜空に薄ぼんやりと黄色く反射する明かりが見える。
「アメリア!見える?あっちの方がすごい明るくなってるぞ」
「見えます!すごいです、夜なのにこんなに明るいなんて!」
数キロ離れた前方を指すと、アメリアも興奮気味に前のめりになっている。
少し進むとその明かりが街の明かりである事がわかる。
「あれが今夜の目的地で宿場町のアストーキンだ、西門があるからまずはそこに降りよう」
言うなりクリフトは先頭になり西に回り込むと、高いブロック塀で囲われた町の外に一旦着地して、ペガルスから軽快に降りると門で見張っている武装した男たちに声をかける。
俺もスクレイドに言われた通り、クリフトにもらった外套のフードを深く被り皆の後をついていく。
「クリフトさんじゃないっスか!」
「仲間連れなんて珍しいじゃねえか」
クリフトは門番たちと顔見知りらしく、軽く上げた拳をあてながら親しそうに挨拶をしている。
「王都に用のある奴らで組んだ旅の仲間さ、同じ村のアメリアに、セリは何度か会ってるな?森人様もいらっしゃるぜ」
門番に連れを紹介していく。
それに気づいたアメリアもしっかりとお辞儀をして、顔見知りらしいセリも軽く会釈をする。
そしてブティシークを引き、背に乗るスクレイドを門番に引き合せると彼らも森人を知っているのか、やはりかしこまってスクレイドに礼をしている。
するとスクレイドがブティシークから降りると後ろに立っていた俺の腕を掴んで、門番の前に押し出した。
「この子は最近森人になった者でね、今回は後学のために一緒に旅をしている、特別扱いは要らないが、変わった子なので気にしないでやってほしい」
なるほど、そういう設定にするのね。
いや事前に言っておいてくれ、何事かと思ったじゃないか。
「よろしくお願いします」
一応紹介されたので頭を下げると門番たちは深深と頭を下げ、その内の体格のいい髭面の中年男が握手を求め、俺の手を強引に取って両手で握るとぶんぶんと力強く上下に振る。
「モルドフと申します!お見知りおきを!いやぁ、一度にお二人の森人様とお会い出来るとは、なんと貴重な!」
感激してテンションが上がり、なかなか手を離さないおっさんを止めたのはもう一人の門番だった。
「モルさん激しいッスよ、森人様が困ってるじゃないですか、自分はノーラといいます」
こちらのノーラという奴は、モルドフを引き剥がすと苦笑いしながらこちらに一礼してから後ろに下がる。
背は俺より少し低く、どちらかというとヒョロいうえに歳が若そうな事もあり、親近感が湧く。
こんな子供まで見張りをしているのは感心だ。
すると俺の後ろで外壁の高さに目を奪われていた少女、アメリアに手を振り、邪気のない爽やかな笑顔を向ける。
「ところでアメリアっていうんスか、自分の事もノーラって呼んでください!よろしくっスよ」
「はい!よろしくね、ノーラ!」
前言撤回だ。
よく見るとナンパそうな顔つきの優男じゃないか。
アメリアもあまり周りに歳の近い子供がいないと言っていたせいか、嬉しそうに打ち解けているがそんな軽そうなのはやめておいた方がいい。
お友達からだぞ。
「ヤマトくん、笑い死にそうだから百面相はそのくらいにしてくれないかい」
スクレイドが腹を抱えて俺の肩に手をかける。
また顔に出てた?
「仕方ないだろ、アメリアは俺がレモニアさんから預かってるんだ」
出発前にレモニアに面倒をよろしく頼むと念を押されているのはこの俺である!短い付き合いとはいえ、この世界で俺はこの子の兄として守る義務がある。
どちらかというと世話になってるのは俺の方だということは置いておく。
「ガイルくんみたいになってるよ」
ガイル!?アメリアやレモニアの事になると子供のように駄々をこね拗ねて、一人で勝手に大騒ぎをするあのおっさんに!?俺が!?
「一緒にするなよ!!でも…ああはならないように気をつける」
そんなやり取りをしていると町に入る許可が降りたのか、クリフトがブティシークを連れて先に進みながら早く来いと手招きをしている。
門を通る時にまでノーラはアメリアに手を振って、それに笑顔で小さく手を振り返す様子を見て心配になる。
なんということだ、早くも二人だけの世界がうまれて、周りには花が飛んでいるような効果まで見えるようだ。
「アメリア、ノーラと仲良くなるのはいい事だとおもうけどさ、距離は考えた方がいいぞ?」
「そうなんですか?」
こそっと注意するが、意味がわかっていないのか首を傾げている。
「こらヤマトくん、少女が自分の世界を広げる邪魔をしないように」
「まだ知らなくていい世界もあるんだよ」
「ぶっはーー!!モノは言いようだよね」
スクレイドが吹き出すのはもう慣れた。
しかしコイツは何がそんなにツボなのか、ただの笑い上戸か酔っ払いに見えてきた。
よほど警備が厳重なのか、門を抜けるとさらに柵があり、外の門番であるモルドフの掛け声で柵が開くとやっと町に入る事が出来た。
町の中はより一層明るく、看板の掛かった二階以上のレンガの建物がごちゃごちゃと建ち並んでいる。
「なあ、この世界にも電気ってあるのか?」
遠くから見ていた時には松明の明かりだとばかり思っていたが、建物の看板や扉にはガラス玉のようなものから光が出ている照明がついている。
「電気?」
「ほら、あの町の建物に付いてる光の」
「ああ、あれは魔晶石の明かりだねぇ、プロウド結晶まではいかないけど魔力を含む鉱石を加工したもののことだよ、魔法で光の強弱を調整してあるんだけどねぇ、この辺りのものは一般的で簡単な魔法術式の組み合わせかなぁ」
魔晶石に魔法術式。
また知らない言葉が出てきた。
頭を抱えていると、セリがペガルス三頭を引いてどこかに行こうとする。
「あれ?セリはどうしたんだ?」
俺があちらに進むのかと後をふらふらとついて行こうとするとクリフトに引き止められた。
「聞いてなかったのか?泊まる宿が決まったから受付をしてる間にセリは専用のペガルス舎に連れて行ってくれるんだ」
「泊まる宿って、宿場町とは聞いてたけどそんなにあるのか?」
「ここから見える建物はだいたい宿屋兼何かの店だな」
クリフトが名残惜しそうにセリを見送りながら教えてくれる。
セリに礼を言ってからクリフトについて宿屋に入った。
やはり一階は酒場か食堂のような造りになっていて上の二、三階が泊まる部屋らしい。
ガイルの店より広い食堂には想像より多くの人で賑わっている。
「広くて人がたくさんいますね…」
その光景を唖然と眺めていたアメリアが久しぶりに俺の外套の裾を掴んで身を寄せている。
「なんかこう、思ったより荒くれ者!みたいなのはいないな」
「アメリアがいるから、セリと相談して客層には気をつけて宿を選んだんだ」
俺の言葉にクリフトは親指を立てながらニカッと笑った。
「さすが頼りになるよ!」
「よせよ、照れるだろ!ここの二軒先の宿屋は安い酒が飲めるから酔っ払いも多かったりするんだぜ」
クリフトは宿帳に全員分の名前を記入しながら、ペンを顎にあて困ったように俺を見る。
「ヤマトの名前はどうする?あ、フルネーム忘れた!」
「俺と同じで名前だけでいいんじゃないかなぁ?ほら森人ってことで」
「わかりました!そこまで考えていらしたんですね!」
サクッと記帳を済ませるとクリフトがスクレイドに向かってぱちぱちと手を叩く。
「頼りになる兄と兄嫁、しっかり者の可愛い妹とやる気のない親父を持った気分だ…」
アメリアの肩を軽く抱き寄せると、恥ずかしそうにしながらこちらを見上げて戸惑っている。
「ヤマト様が、お兄さん…ですか?」
「アメリアが嫌じゃなかったらお兄ちゃんって呼んでもいいんだよ」
そう言うとアメリアは恥ずかしそうにしている。
どこの変態だと突っ込まれてもいい。
俺はアメリアみたいな可愛い妹が欲しかったんだ。
「じゃあヤマトくんは俺をお父さんって呼んでいいんだよ?」
スクレイドは黙ってろ。
「ヤマトお前っ!俺の事を兄のように慕ってくれてたのか!」
クリフトは落ち着いて?
そこまでではないが、頼りになる兄ちゃん──一般的な青年に対する呼称なのだが──という認識だ。
まあここはあえて言わなくてもいいだろう。
「待てよ?兄と、兄嫁…?」
「ああ、セリは距離感がわからないからな、実の姉ってより兄嫁的な義理の姉って感じがする」
「ちょ!!おまっ!!俺とセリはそんなんじゃないぞ!?あんまり兄ちゃんをからかうなよぉー!」
ごめん兄ちゃんわかってる。
あんまり脈がなさそうなのも進展がないのもわかってる。
しかし舞い上がって真っ赤になり、満更でもなさそうに自分の額を叩くクリフトには、この旅のメンバーの中で例えるならという前提が届いてない。
面白いので放っておこう。
その時扉が重い音を立てて開き、義姉さんことセリが登場した。
「楽しそうにしているな、なんの話だ?」
視線に気づいたセリは、ふっと微笑むと宿屋の受付に片腕をかけ、ずいっとクリフトに近寄って状況を聞く。
ああ、今そんなことしたら…
「奥さんっ、じゃなくて、セリ、近っ!」
汗をダラダラ流しながらクリフトが固まってしまったじゃないか。
「あの、ルンナのお世話までありがとうございました!」
アメリアが空気を読んで話を変える。
「かまわないよ、ルンナもブティシークも賢いから手間がかからなくて助かる」
「部屋割りは男女で二つ、食事は俺たちの部屋に運んでもらえることになったから、セリちゃんと嬢ちゃんは荷物を置いたらこっちに来てね」
「わかりました、アメリア一緒に行こうか」
「はいっ!」
固まるクリフトの代わりにスクレイドは受付から部屋の鍵を受け取ると、一つをセリに手渡し階段を上がっていく。
手を差し出され、アメリアが外套から手を離してセリの手を取って仲良くいってしまった。
「ヤマト様、またお夕飯の時にお邪魔します!」
「うん、待ってるよ」
少し寂しく思いながらも、固まったクリフトを引っ張って俺もあとを着いていく。
ここまで読んでくださってありがとうございます。




