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馬車を村まで

改行などの作法がわかりません…

 しばらく少女を追っていくと道の真ん中に倒れた馬車と、その周りには傷の箇所もわからないほどに血塗れの倒れた人間。

「おじさん!おばさん!」

 先行していた少女は仲間の生存を願い、叫び続ける。

 だが返事どころか呻き声すらなく静まり返る場に希望などなかった。


 すると視界にまたも文字が浮かび上がる。

【明灯】先程と同じくスキルに決定の意志を示すと、蛍のような光とは比べ物にならない街灯のような強い光が現れ一面を照らす。

「うっ」

 夜露に濡れた木々の生臭ささと錆びた鉄のような匂いが混ざって鼻につく。

 その先には血を流し横たわる人間。

 こんな量の血は見たことがない。

 怖い。夢の続きだと思いたい。


 しかしそんな思考を邪魔するように生々しい匂いとつんざくような少女の叫びが現実を突きつけてくる。


 少女は今はもう動かない人間だったモノに抱きつき、嗚咽をもらす。


 まだ、息があれば…

一歩踏み出そうとして恐怖と不安で身体が石のように重く、足は地面に固定されているんじゃないかと思うほどに固まっていた。

「動け!」

 凄惨な雰囲気に飲まれ動かない自分の足を何度も殴り、なんとか少女の元に駆け寄る。

「息…は?」

 治癒の力を使おうと恐る恐る聞いてみたが。


 首を横に振りながら沈黙する少女に、俺の全身から血の気が引くのがわかった。

 心臓が早くなり息がしにくい。

 目の前で人が死んでる?

 少女を慰めたいのにかける言葉が見つからない、状況も理解出来ずに傍に立つのが精一杯で頭が働かない。


 するとふらりと立ち上がった少女は自らの血に染まる衣服の裾をぎゅっと掴み、決意したようにこちらに向き直る。

「村に帰らなきゃいけません、ここは危険です」

 言い終わると俺の手をひき、馬車が来たと思われる方向に足早に歩き出した。

少女に引っ張られるままぎこちなく動き出し、我に返った俺は後ろに遠ざかる馬車から目が離せずにいた。

 確かに一刻も早くここを立ち去りたい、でもあの馬車と遺体…そしてその後は?

「待って、あのままにはしておけないよ」

 俺の言葉に少女は振り向き、大きな目でこちらをじっと見つめた。

「馬車がまだ動くようなら…その、遺体を乗せて引いていけないかな?一緒にいたのは何人?」

「三人です…」

 左手を優しく添えてから少女の手を離すと、馬車に近寄り気合いを入れる。

力を入れて倒れた馬車に手をかけるとあっという間に馬車は起き上がり、周りに倒れている人を探して確認すると三人分、言われた人数と合うことにほっとしてから幌を開き、二人ほど中に横たわらせるがその遺体の軽さに違和感を覚える。

 俺の感覚がおかしいのか、見たところ三人は成人しているようだ。

最期の一人は体格のいい若い男で、最も傷跡が酷かった為、抱え上げた時に滴っていた血溜まりで足を滑らせ転びかけたが、なんとか体勢を立て直すと抱えて馬車の中に無事に入れることができた。


 手伝おうとしたのか止めようとしたのか、近づいてきた少女は強ばった表情でこちらを見ている。

 馬が見当たらない。


「この馬車をひいていた…」

「ペガルスなら奪われたのかもしれません」

 ペガルス?馬の名前か?


 いないものは仕方ない。

 試しに馬車を引っ張ると、やはり驚くほど軽く移動できた。

「俺は道がわからないから案内してほしいんだけど、君もこの馬車に乗っていく?」

 そう聞くと少女は青い顔で勢いよく顔を左右にふる。


 そうか、馬車の中は見知った人の死体がある。

 なんてデリカシーのないことを聞いたものかと思われそうだが、俺自身もまだ混乱しているらしい。

「じゃあこのまま君の村まで行こう」

「でも…」

「君の大切な人なんだろ?ここに置いてはいけない」

 少女は頷き駆け足になると道の先を示し、二人で急いで村を目指した。


 やがて森を完全に抜けて、雑草の生える平原に出ることができた。

 その先に低いレンガの塀で周りをぐるっと囲んだ集落のようなものが見えた。

「ここが君の村?」

「はい」


 少女は力のこもった目で村を見る。

 するとレンガの塀の一部が、塀の倍程の高さの鉄の柵のような門になっており、近くに立っていた初老の男がこちらを見つけて周囲にいる仲間に声をかけてから走ってきた。

「アメリア!?何があった!!」

 初老の男は手に持っていた松明を近づけ、少女の前で目線を合わせるように腰を落として片膝をつき、衣服についた血を見て心配そうに肩に手を添えた。


「盗賊に襲われて…おじさんとおばさんとシーグさんが…」

 少女は絞るように声を出し言葉を濁す。

 言いにくそうな様子で察したのか、男は他の人間のことをそれ以上聞くことはなかった。

「お前に怪我はないのか?」

「この方が治癒の魔法で治してくれました」


 そこで初めて男は俺に気が付いたらしく目が合う。

 男は俺の方を見るなり困惑したように呟いた。

「馬車を片手で…」

 そう。これには俺自身も驚きだ。

 馬車は自立こそしてくれるが車輪が壊れているのか回らない。引いてきたというよりは引きずってきたようなものだ。

「私が諦めようとした三人を、この方が運んでくれたんです」

 少女が付け足すと村から数人の男達が出てきて馬車を引き受けてくれた。

 馬車の中を見た村人たちは沈痛な面持ちで目を伏せた。


 俺を怪しむように見ていた初老の男も馬車の方や少女を交互に見て、こちらに向かって一礼をする。

「村の者が世話になった」

「いえ、なにもできなかったので…」

 いや、間に合ったとしても俺に何かできたのかすら怪しい、武骨そうな男に見られるとなぜか気まずさが増す。

 すると少女がたっと走り出したかと思うと俺にくっつき、睨むように見上げてくる。

「アメリア!?」

男が止めようとするも、少女の視線は俺を捉えたままだ。

 そうだな、この位の年の子供からしたら俺は大人に見えていて、力があるのに仲間を助けられなかった俺に思うところがあるのかもしれない。

「何もできなくてごめん、あそこに居たのが俺みたいなのでごめんな…」

 少女から目をそらすことも出来ず、かといってそれ以上かける言葉もわからずにいた。

 その様子を見た初老の男は何故か警戒をとき、俺に向かって声をかけてきた。

「よろしかったら村の宿に来ちゃもらえませんか。アメリアもそのままでは…」

 血塗れの少女は相変わらずひっつきながら俺を睨んでいるが、掴んだ裾をぐいぐいと村の方に引っ張る。

これは、行ってもいいという事なのだろうか?

「それじゃあ、お世話になります…」

 なんとも居心地が悪いが少女の圧に押され、他に行くあてもないことから村に泊めてもらうことになった。


 井戸で水を汲んでお風呂を入れてくれるということで、ゲームの最初の街にあるような宿屋の一室にある木の椅子に腰掛けて待っていた。

 髪や服についた血が固まって、動くとバリバリと床に粉になって落ちていく。

 手は洗っても生暖かくぬめりとした血の感触と臭いがとれない。


 借りた二階の部屋の窓から外を見ると、広場のような場所に馬車が運ばれ、その周りを村人達が囲み冥福を祈っているようだった。


 ドアのノック音に気づき、風呂場に案内される。

 一室の奥にカーテンで区切られたところに大きな木のタライのようなものがあり、暖かいお湯が注がれている。

 呼びに来てくれた恰幅のいい初老の女は新しい服を渡して、着ていた服を洗濯すると言って持っていった。


 パンツまで。


 異世界の服、ノーパン?

 ひと風呂浴びて血を流し、石鹸で体中を洗ってから借りた服を広げてみると、袖や裾が少しボロい皮のTシャツのようなものに、少しごわついたズボンがある。

 トランクスのようなパンツもあって安心した。


 風呂場から出ると軽食といって木のトレーに乗ったパンとスープ、ホットミルクを出してくれたが、先ほどのことを思い出して吐き気がするので丁重にお断りした。

 用意してもらった部屋には大きなベッドにふかふかの枕と毛布があった。

 そこに勢いよくダイブすると全身の強ばりが抜けていくのを感じた。

「異世界…楽しくない」

 だっていきなり落とされた場所は暗い山中で、苦労して歩いてやっと人に会えたと思ったら、引くほどの傷だらけの女の子で他の人は死んでて…

 風呂場にある鏡みたいなのを見たけどいつもと何一つ変わりない俺だよ!イケメンになって前世の知識を活かしながらモテモテとかになるんじゃないのか?

 何が悲しくて妹と同い年くらいの少女に親の仇のように睨まれなきゃいけないんだ。

 疲れた…

 そんなことを考えていると、下の階から聞き覚えのある泣き声が聞こえてきた。

 さっきの少女の声だ。

 もしかしたら先程俺を睨んでいるように見えたのは泣くのを我慢していたのかもしれない…

 あんなに大怪我をしながらかなりの距離を歩いて助けを求めに来たじゃないか。

 どんなに恐ろしい目にあったのか想像もつかない、それなのに知り合いの死を前にして俺よりしっかりと行動し、きっと張り詰めていた心に限界が来たのだろう。

 そう考えて眠りに落ちる。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

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