休憩の終わりと謎の声
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
「…どうしたのかなぁ?そんなに見つめられると照れちゃうんだけどねぇ」
茶化しながらフードを深く被り直すと反対を向いてしまったが、元々色白ではあったその顔には血の気がなく、目を閉じていると陶器で出来た人形のように見えた。
「なんかお前、少し顔色悪くないか?どこか悪いなら治癒魔法いるか?」
「そう?いつもより動いたし普段ならこの時間はお昼寝してるからね」
どこの年寄りだよ!と突っ込もうとしたが、確かこいつは見た目よりかなりの爺さんだったのを思い出す。
「ちょっと待ってくれないかい?おたく今失礼な事考えなかったかなぁ?」
むくりと起き上がって半眼を向けてくるところを見るとやっぱり普通に元気かもしれない。
「スクレイドさん、体調が悪いんですか?」
俺とのやり取りが聞こえたのか、アメリアも心配そうに駆け寄って近くにしゃがみ込む。
「まあ少し疲れたかなぁ、嬢ちゃんありがとう」
少女に優しく微笑むと、のっそりと立ち上がり杖を振ると大木に別れの挨拶をし、結界を解き出発の支度を始める姿は俺の知るスクレイドだった。
「さて、染髪は失敗しちゃったけどいい休憩になったねぇ、先を急ごうか」
短時間の間にペガルスたちはだいぶ体力を回復したらしく、荷物を積み込み乗り込んだクリフトとセリを背に乗せて元気よく空へと駆け出した。
ふとズボンのポケットから懐中時計を取り出して時間を確認すると夕方の四時近くなっていた。
再びペガルスでの空の移動を開始するとクリフトが行き先を説明してくれる。
「ここから森を完全に越えたところに街がある、夜までには到着出来るだろうから、今日はそこで宿をとるぞ」
野宿でないことにほっとした俺は浮かれ気味である。
「楽しみだな、アメリアは行ったことある?」
「いいえ、私も森の南側に抜けるのは初めてです!」
あの夜目指していた医者のいる町とは違うらしく、アメリアがまだ見ぬ外の世界に胸踊らせている。
「昔は商人や冒険者が森を出入りする為の宿場町で賑わっていたが、ここ最近は状況が変わっているからな…」
過度な期待はしないようにとセリが釘を刺す。
スクレイドはクリフトの背にもたれて、進行方向と逆を向いて座ってあくびをしている。
「ペースとしてはどうなんだ?」
気になるのは飛竜トラブルと染髪で時間をくってしまったことだ。
「順調の一言だ、スクレイド様の力で飛行スピードが上がったからな」
後方で安全と進路の確認、皆の様子を見てくれているクリフトにそう言われてほっとする。
上空を見上げると小さな鳥の群れが模様を描くように飛んでいる。
「可愛いなあ、あれはなんて鳥かな!普通の生き物もいるんじゃーん!」
この世界で初めて遭遇する魔物以外の生き物だ。
「ヤマト様、あれもペックバードという魔物です」
アメリアが申し訳なさそうに訂正する。
「えっ、あんな無害そうな魔物もいるの?」
「今は私たちの方が群れとして強く大きいので安全ですが、自分たちで取り囲めると判断したら襲ってきます」
「アイツらは怖いぜ…」
クリフトもげんなりした様子で頭を押さえた。
「そんなに凶暴なのか?まさか肉食?」
「いえ、ペックは魔力を食べて生命力に変えるので、襲われても命の危険はないと思います」
ますます分からない。
「魔力を吸われたらどうなるんだ?ミイラ的な、干からびちゃうとか?」
呑気にそう聞くと、クリフトが嫌そうな顔をしながら力説してくる。
「髪には魔力がたっぷり詰まってるんだぞ、アイツらに襲われたら髪が一本残らずむしられちまう」
「こっっわーーーー!!!」
なんだそれ!怖すぎだろ!ついさっきまで髪の心配をしていた俺にとっては他人事ではない!
ちょっとツバメに似てて可愛いと思ってしまったのに、実態を聞いたらこれだよ。
「普通の、ペガルスみたいな生き物っていないの?」
「いることはいますが、ここ数年魔物の数が増えてから森に隠れてあまり姿を見せなくなりました」
アメリアは残念そうにしている。
森に入った時も野生動物とは会わなかった事を考えるとよほど警戒心が強いのだろう、しかしふとある疑問が湧いてくる。
「じゃあ食料の肉や魚ってどうしてるの?」
「食用に家畜を育てたり、村の地下には氷室からたくさん氷を運んで造った干し肉の冷凍貯蔵庫もあるので、あと一年くらいは困らないはずです」
備蓄はあるがそんなに多いわけじゃないとなると確かに異世界人にでもすがって魔物を討伐したくなるわけだ。
「そういえば!魔物で食える奴はいないのか?」
俺は前にやった事のあるゲームを思い出して、恐る恐る禁断の質問をしてみた。
するとクリフトはその味を思い出しながら嬉しそうに言った。
「そりゃいるさ、肉だけじゃなくて毛皮や色々な部位も高値で取引されてる。けど美味いヤツに限って強かったり群れで暮らしてるから狩るのは難しいんだよな、昔食ったすげえ美味い肉…あれ何だったかな」
やはり食うのか魔物の肉!食べてみたいような食べたくないような。
「経験値豊富なレアアイテムか…」
そして俺の複雑な心境も知らずにクリフトはさらに続けた。
「あとはスクレイド様が新鮮な魔物の死体を届けてくださったりするんだ、本当にすごい方だろ?」
「え」
「その顔は何かな?」
すっかり寝ていたと思っていたら自分の話題に反応してスクレイドがニッコリ笑った。
「だって目的がわからなくて気持ち悪い」
「勇者様!なんということを言うのですか!?」
セリにも聞こえていたようで、なぜか憤慨している。
「そうは言ってもセリ、食料が尽きた訳でもないのに、こいつがわざわざ命を奪ってまで届けに来るっていうのが俺には想像つかないんだよ、気持ち悪くないか?」
きっと必要とあらば容赦はしないだろうが、スクレイドはきちんと自分なりのルールみたいなもので動いてる気がする。
仲のいいつがいの嫁さんが死んだら後を追わせてあげるのが旦那の為などという考えは理解できたものではなかったが、好んで殺生をするような性格とも思えない。
飛竜に対峙した時に一瞬覗かせた凶暴な態度の中には、殺さなくてはいけないかもしれないという事に対しての苛立ちが混じっていたように見えた。
もし仮に殺すことにためらいもない、そんな奴なら魔物なんて勇者様の到着を待たずに狩り尽くほどの力は持っているだろう。
そもそもふらふらボランティアなどしないんじゃないか?
俺の言葉がただ馬鹿にした訳では無いことはセリにも伝わったのか、心無しか目を輝かせてこちらを見てくる。
そんな事を考えていると何がおかしいのか笑うのを押さえるように、クスクスと笑う口元を押さえながらスクレイドも彼なりの回答を出す。
「まあ当たらずとも遠からずってところかな、魔物をやむなく殺してしまった時に無駄にするのもなんだから、近い村の人々に貰ってもらうんだよねぇ」
「なるほど!やむを得ない事情がおありだったのですね、しかしそれで私たちに恩恵を与えてくださるとは…」
それを聞いたセリは、流石とでも言いたそうに満足気に頷いている。
クリフトの態度も大概だがセリはスクレイドに対して宗教じみた信仰、もしくは聖人のような幻想を抱いていそうで怖い。
「たしか前に魔物の死体を置いていってくれた時には、縄張り争いをしたと言ってましたよねっ!」
空気をぶち壊す突飛な暴露をしたのはアメリアだった。
その場の誰もがスクレイドを見つめた。
獣と縄張り争いって、何やってんだこのエルフは。
「な、縄張り争い?スクレイド様が…?いや、きっとやむなく、そう!やむなく覇権を…!」
そしてセリは額に手をあてながら何度も首を振って自問自答している。
「すごいですね!森を住処にする以上そういった争いも日常茶飯事という事なんですね!やはり水場や洞穴などを奪い合うんですか?あ、甘い樹液の出る木とかですか?」
さらに空気を読まずにクリフトが斜めの方向に突っ走り感心しているようだ。
「いやいやいや!?ちょっと待ってくれないかい!?どこでそんな話に…かなり違うんだけどねぇ!?」
焦ったのは森人様だった。
「嬢ちゃんの村に届けた時は魔物同士の縄張り争いで負けた方が人里に降りようとしていたから、被害が出ないように仕留めたって、ちゃんと説明したはずなんだけどなぁ!?俺が縄張り争いをしてるわけないでしょうに!!」
「そ、そうだったんですか!あれ?確かにガイルさんがそう言ってた気がしたんですが、勘違いして変なことを言ってしまいました、ごめんなさい!」
アメリアが謝り訂正したが。
「今度ガイルくんにはお仕置きが必要だねぇ」
と、少女に悪い顔で笑いかけて再びクリフトに寄りかかりまどろみ始めた。
アメリアにナイスな勘違いだと伝えると恥ずかしそうにしているのが少し笑えた。
すると突然念話が発動し、ぼそっと小さい声が頭に届く。
[いつまでも、楽しい時間が続くと…]
お?いつまでも、なんだって?
[スクレイド、なんの事だ?]
俺もスクレイドに向けて念話で返事をしてみる。
[急にどうしたんだい?]
[それはこっちのセリフだよ、今話しかけただろ?]
[いいや、休んでいたから何もしてないけどねぇ]
横目で斜め後ろのスクレイドを見るが、あちらもまた俺に視線だけ向けて不思議そうな顔をしている。
[そうか…勘違いだったみたいだ、起こしてごめんな]
[いや、またどんな事でもいい、気になる事があったら遠慮なく教えてくれると助かるよ、他の三人に気づかれて不安がらせないように、なるべく早めに俺に言うようにするんだよ、いいかい?]
そう言われ、確かに報連相は大事だよなと確認しあってから念話を終了する。
それにしてもなんだったんだろう。
確かに念話だったはずなのに、あの声がスクレイドじゃないとすると誰の声だったんだ?
念話にも昔の電話のように混線があるのかもしれない。
飛竜の鳴き声の次は何が聞こえたというんだろうか。
ここまで読んでくださってありがとうございます。