対飛竜
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
「ヤマトくんの生命の力はまだ使わずに、他に何が出来るか試してみようか」
「生命の力?」
きっとゴブリン達を倒した魔法の事を言ってるのだろう。
「じゃあまず結界は張れるかい?」
「何言ってんの?」
この世界の奴らは結界とやらが作れて当たり前なの?
スクレイドはマントから木の杖を取り出した。
「俺の出来る事よりそのマントの造りが気になるんだけど!?お前一回そのマントよこせ!!」
俺の言葉など聞こえていないかのように、全く気にする事なく杖を片手で持ち、バトンを弄ぶごとく軽快にくるくると回して、目の前でぴたっと止める。
「ヴァントヴァイス」
スクレイドが呪文を唱えると、背後に言い知れぬ重圧を感じて横目で確認をする。
すると、薄く白い光の壁が上下左右数キロに渡って広がっていた。
「なんだこれ!」
「これがこの場に適した結界の壁かなぁ、これで飛竜はこの先に進むことは出来なくなったよ」
「すごいな!え、これだけでいいんじゃない?」
だって先に行った三人の安全は確保出来たも同然じゃないか?
「俺は結界とかたぶん無理だぞ?わかんないけど」
「それは困ったねぇ、これにも穴がないわけじゃないんだよねぇ、出現範囲にも限度があって迂回されたら追いつかれちゃうかなぁ」
見渡す限り壁が続いてるようには見えるけど、なるほど飛竜の速度なら端にたどり着くのも時間の問題となると、どうやっても飛竜を動けなくさせることが勝利条件というわけか。
スクレイドは雄の飛竜に襲い掛かられながらも、それを最小限の動きでかわし、杖でいなしながらこちらに期待、もとい楽しそうな視線を向けてくる。
「旦那の方は任せて、嫁さんをよろしくねぇ」
俺はというと、嫁と呼ばれる飛龍が近づく時の翼の風圧だけで身体がよろける。
「そんなすごい魔法見せてもらってなんだけど、実は俺って魔法はお前が生命の力と呼ぶモノしか使えないみたいなんだ」
突然の俺の告白に呆けるスクレイド。
「…え?飛んでいるよね?」
そう、飛んではいる。
「訂正する暇が無かったんだけど、これは魔法じゃなくて【方向操作】っていうスキルなんだ」
これは自分を対象にして浮かせ、あとは思った方向に身体を操作する事で進むことが出来ている。
「スキル…ああ…術か、なるほどねぇ、通りで動きが単調だと思ってはいたんだ」
スクレイドは納得したようだ。
「この世界の人たちはスキルは使わないのか?」
首を狙って噛み付こうとしたり翼で風を起こして攻めてくる嫁さんの攻撃をなんとか避けながら一応聞いてみる。
「スキルというのは人間だけ、厳密に言うと異世界人だけの能力なんだよ、この世界の人間は遺された術…スキルと余程相性が悪いのか、世界の境界を超えた魂のみに与えられるのか…」
訳の分からないことを一人でブツブツと呟いてから、待てよ?と、突進してくる旦那の頭に手をついて跳び箱のように跳んでかわしながら、スクレイドがこちらをまじまじと見る。
「どうした?」
「待って、ヤマトくんはさっき術…えっと、スキルが多すぎて使い方が思いつかないって言ってた?」
改めて確認されると俺がバカっぽくて恥ずかしいので、両手で顔を覆って隠しながら控えめに頷いておく。
「スキルをいくつ持ってるって?」
「数えてないけどいっぱい」
我ながらあほな返答になってしまい、スクレイドの呆れたような視線に気づく。
「そんなにかい!?あのねぇ、スキルは一人一つが基本、多くても三種類くらいが限度じゃないかな」
「そうなのか!?」
「しかも持っているスキルが自身の魔法属性と相性がいいとは限らない上に、効果が弱くて使えないこともしばしばあるらしいよ」
「え、スキルって後から習得できないの??」
俺は驚きを隠せななかった。
なぜならこの世界に来てから俺のスキルは増えているのを確認しているから。
「習得って剣技や魔術じゃないんだよ?世界に散りばめられた力…、まあいいや!それを数えきれないほど保有しているとなるとヤマトくんは規格外確定だよねぇ」
「? 規格外…俺もそう思ってきた」
『クキャアアアアアーーー!!』
やばい!!
話に夢中になり、飛竜の攻撃をかわすのが一瞬遅れて、脚の爪が防御しようとした腕をかすめる。
「ヤマトくん!」
スクレイドが珍しく慌てて呪文を唱える。
「ヴィントシュトースヴァイス!」
『グギャオオオオオオオオ!!』
スクレイドは白く渦巻いた風を起こして雄の飛竜の顔にあてた。すると飛竜は目をやられたのか怯んで後退し、警戒して距離をとる。
その隙にスクレイドは俺の元に駆けつけて来た。
「大丈夫かい!?」
最初に脚の爪に麻痺毒があるから注意しろと言われたばかりなのに、よりによって…
「あれ?」
「ヤマトくん?」
「どこも、なんともない…」
視界のアイコンを見ると、【レジストスキル】【麻痺耐性】が光っている。
「あ、なんか大丈夫っぽい!俺は麻痺耐性のスキルがあるらしいぞ?」
「レジストスキルまで!?本当にどうやったら死ぬのかなぁ?おたくは」
痺れて落ちると思ったのか、本気で焦ったように俺の腕を掴んだままのスクレイドは安堵のため息をつき、俺の頭をデコピンするとまた旦那の前に戻って行った。
「自分の能力の把握がおたくの課題だね」
そう言われて返す言葉もない。
しかも防御した腕にはかすり傷ひとつ無かった。
「攻撃は受けても大丈夫みたいなんだけど、どうやって撃退したらいいんだ?」
「攻撃系のスキルはないのかい?」
スキル一覧を見るが意味のわかるものと、説明を読んでもさっぱりわからないものがある。
とりあえず使えそうなものは、ゴブリンやブレイドパンサーに使った魔法があるが、スクレイドがいる今緊急事態とまでいかないなら、スキルだけで何とかしてみたい気もする。
「それが、後でまた説明するけど、使い方が本当に思いつかないんだ、なんか足りないような…」
「足りない?おたくの頭がかい?わかった、無理はせずにダメなら生命の力を使うしかないね」
反論できません。
しかし本当に何かが足りないんだよな…。
スクレイドは相変わらず旦那相手に余裕そうに、杖を使って攻撃をいなしたり、つついたりと遊んでいるようにも見える。
うーん、俺にも出来ること。
そういえば捻った足首も治ってる。
重力と方向のスキル…そしてアホみたいに頑丈な身体。
よし、試してみるか。
「スクレイド!失敗したら助けてくれ!」
「骨は拾うよ」
死ぬ前提かよ。
そう心の中でツッコミながら、出来る限りの速さで上昇していく。
嫁さんも俺を追って上昇してくるが、高度の限界が来たようだ。
生き物の種類にもよるらしいが、高度が上がれば上がるほど気圧と酸素の関係で飛べる限界があると聞いたことがある。
今回は俺の方が飛竜より高く飛べたらしい。
これならいける。
俺の下で激怒しながらぐるぐると飛び回っている飛竜にタイミングをあわせ、方向操作で一気に降下すると、ドン!っと鈍い衝撃が走り、嫁さんの背中に飛びつく事に成功した。
『グキャアア!?』
嫁さんはなんとか背中に張り付く獲物を落とそうと、回転したり身体を揺すり暴れて抵抗しようとするが重力スキルで負荷がかかるように念じる。
うっ、へばりついている背中の皮膚が硬い…あとなんか生臭い。
「落ちろおおおお!!」
そのまま自分に重さを加え続けると、嫁さんは身動きが取れなくなり、凄まじい勢いで森に響き渡る衝撃音と共に落下した。
俺は落ちる瞬間に重力耐性が発動し、重さがなくなった事で衝撃も受けずに済んだ。
嫁さんはというと、あの高さからこの巨体で木々をなぎ倒して地面に叩きつけたというのに、見たところ小さい傷はいくつかあれど、気絶しているだけのようだ。
動かなくなったのを確認してから伸びた飛竜の上でダサい決めゼリフを吐いてみる。
「必殺!子泣きじじいだ!」
「ぶっはーー!!!」
すぐ真上から緊張感の無い吹き出す声が聞こえる。
「スクレイド!?」
「いやいや、上に昇って行った時は何をするのかと思ったんだけどねぇ、やったじゃないか」
そこにはケラケラと笑いながら親指を立てるスクレイドの姿があった。
「しっかし、なんで一緒に落ちてくのかなぁ!あははははは!!」
そこがツボだったらしい。
「見えない物や離れた物にスキルを試したことが無いから引っ付いてみたんだけど、今度は対象の練習をするよ」
自分で操作していても遥か上空からの急降下は怖すぎた。
二度とやりたくない。
「そっちは?」
服についた木の破片や砂塵を払いながら、嫁さんの背から飛び降りてスクレイドに状況を確認する。
「ヤマトくんが嫁さんを殺すつもりなら旦那も殺してあげようと思ってたんだけどねぇ、生かしてあるみたいだから俺も飛べなくするだけにしておいたよ」
「飛べないようにって?」
「さっきより強い光で目を眩ませただけだから、しばらく何も見えずにどこかに降り立ったかなぁ」
つまり、俺がどうするか待ってたから遊んでただけだったわけだ。
「そんな顔しない、最初から俺が引き止めるって言ってたよねぇ?」
「まあ、そうなんだけどさ」
だからといって、生殺与奪が俺次第だったというのは重すぎだ。
「あー、ヤマトくん酷いなぁ…」
気絶している嫁さんの腹の辺りに近づくと、しゃがみこんでスクレイドはうーんと唸る。
「突然なんだよ」
「彼女、お腹に子供がいるみたいだねぇ」
はい!?
子持ち飛竜をよりによって腹から落としちゃったわけ!?
「最低じゃん俺!てか最初に言ってくれよ!」
「まだ命が宿って間もないみたいだし、さっきまで思考が食欲でいっぱいだったから、わからなかったんだよねぇ」
スクレイドはどうしたものかと悩み始めた。
「このままじゃ胎児は生きられないだろうし、激怒した飛竜が人里に降りてきて手当り次第人や家畜なんかを襲っても困るからなぁー、やっぱり殺してあげる?」
今さらっとアンニュイに残酷な事言わなかったか?
「それにしても変なんだよねぇ」
「なにが?」
「食料は足りてるはずなのに、何故わざわざあんなに遠くから俺たちを狙いに来たのかってこと、わかるかい?」
ここまで読んでくださってありがとうございます。
 




