花を摘む
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
「ヤマト様は王様の召喚でこちらの世界にいらした訳ではないようですから、身元が確認できないと最悪身動きがとれなくなる危険性があると思います」
アメリアさん賢すぎない?
そうだ、単純に王都に行けば衣食住の保証と施設があると聞いていたが、俺は王様とやらに召喚されたわけではない。
ということは召喚の目的が魔王軍と魔物の討伐という人達からしたら、もし命令を聞かず戦いに非協力的で、突然現れた不審な異世界人を受け入れてくれるのだろうか。
受け入れられたとして兵として望まない戦いに駆り出されるかもしれない、そう考えると恐ろしくなってくる。
「嬢ちゃんの言うことも一理あるね」
スクレイドも頷いて、セリも不安気にクリフトに視線を送る。
「じゃあ、とりあえずは山中で起きた盗賊の被害の報告と、魔物退治の討伐隊の再要請の手続きをしてから王都内をしばらくぶらついて情報を集めるか!ヤマトを置いていくかはそれから決めよう」
クリフトはまとめると、危険があったら連れて帰るから安心するように俺に言った。
最初に山中に落とされて悲惨な現場に居合わせてしまった時はなんて場所だと不安に思った。
でも今はアメリアを始め、あの村の人たちに会えて良かったと心から思える。
「アメリア~!クリフト!セリもありがとう!」
「俺は?」
スクレイド、空気読んで?
「はいはい!すげー感謝してるよ!」
なぜか自己主張されると素直に有難いと思う気持ちになれない。
「あっ」
声がした方を振り返ろうとした時、いつの間にか真後ろにスクレイドが飛んでいた。
「うわっ!びっくりした!!今度はなんだよ!」
「いや、この髪はどうしようかと思ってね」
当たり前のように俺の髪を摘んだり撫でたりと弄んでいる。
その奇行に慣れつつあるため、されるがままに好きにさせておく。
「そうですね」
アメリアもたまに後ろを振り返り俺の髪を見る。
「それは俺たちも気になってたんだよな」
クリフトとテリスも顔を見合わせている。
「そういえば前にも髪の色がどうとか言ってたけど、何かあるのか?」
「普通髪には体内を巡る魔力素、つまり属性の色が少なからず現れるんだ。たとえばセリちゃんは雷の金、クリフトくんは赤みがかった茶色で土かな」
なるほど、それで村の人たちはカラフルな髪色が多かったのか。
「ん?じゃあ俺は?」
「そこなんだよね、漆黒ってこの世界には珍しい、というか俺は見たことがないんだ」
スクレイドがそう言うと、クリフトとセリもペガルスを寄せてまじまじと俺の髪を見る。
「異世界人だからじゃなくて?俺の育った国では黒髪が当たり前だったんだが」
「他の異世界人を何人か見たことがあるけど、元は黒や他の色でもこの世界に来た時に髪色が変わったらしくて、黒は他にいないんだよねぇ」
クロウシスぅぅー!!
姿形そのままにとか言ってたから!!
「このままじゃかなり目立つかなぁ」
スクレイドは俺の髪に手をあて、何か呪文を唱えてみるが。
「おかしいなあ無理だね、髪の色を変えることも幻覚で誤魔化すことも出来ない」
諦めんなよお!!
「そんなことあるんですか?」
クリフトは心底不思議そうにしている。
「途中で染めるしかないかなあ、染まればだけど」
スクレイドはぶつくさと言いながらブティシークの背に戻って行った。
「リーゼンブルグは異世界人の事を考えなければ活気のあるいい都市だぞ!」
「そうだな、私も最後に訪れたのは半年前だが貿易も盛んで珍しい品物もあるし退屈はしないだろう」
先行きが不安になり、重くなった空気を払拭しようとクリフトとセリが明るい話をしてくれる。
「うん、楽しみだなアメリア」
「はい!私も王都は話でしか聞いたことがないですがとても広いというので、迷子にならないように気をつけます!」
ふと眼下を見渡すと地上には俺がこの世界に落とされた森が続いている。
上から見ても木々が生い茂り、山道を発見することも難しい。
アメリアに会えなかったらと思うと恐ろしい。
あの時は無我夢中で馬車を牽き、アメリアのあとをついて村に辿り着いたが今にして思えばかなりの距離があったようだ。
「この辺りで少しトレイスかナフティスの花を摘んで行こうか」
スクレイドが先にある森を指さし三人も同意する。
「食べれる花?急がなくていいのか?」
そう言った俺にアメリアを除く三人の視線が集中する。
そしてクリフトはじと目で俺を見る。
「その二つの花は染料に使われているものだぞ」
「染料?」
「丸坊主にするか染めるのを試すか選べ」
あああ!!そういう事ね!?
「ぜひ染める方でお願いします」
だってわかるわけないじゃないか。
軽い脱色程度でも校則違反になるし周りのほとんどが純正の黒髪で育った俺の頭からは、黒髪問題なんてすっかり抜けていた。
「しかしあんな森の中に入って大丈夫なのか?」
「俺を誰だと思ってるのかな、一応森人と呼ばれてるんだよ」
やれやれとスクレイドは口の端を上げて得意そうにアピールをする。
その森人が何を生業としてどんな生活をしてるのかがわからないからこうして聞いてるんだけどな。
ペガルス達がスクレイドの指示した場所に降り立つと、上空からでは木々から伸びた枝と葉に隠れてわからなかったが、辺り一面に花畑が広がっていた。
「すごい、この森にこんなところがあるなんて…」
意外に乙女チックなのか、セリは座り込み花を見て感動している。
「トレイスは毒のある似た花と見分けるのが難しいから俺とアメリアで探そう。二人はナフティスを頼もうかな」
「俺は?」
初めて見る草花を見分けるのは大変そうだが、一応自分の事なので出来ることはしなくては。
「うーん、二人に教えてもらいながらナフティスを採ってみて」
あとこれ、と渡されたのは植物図鑑のような分厚い本だった。
それ今マントの内側から出さなかったか!?
そう思い目を擦り、手渡された図鑑の厚さとスクレイドのマントを交互に見ると、スクレイドはその視線に気づき、悪戯っぽく笑うと何度かマントを手で小さく広げ、何も無いことをアピールしてから去っていった。
マジシャンか!
受け取った図鑑を開くと、今まで気にしてはいなかったがこの世界の文字も読めるようだ。
これならなんとか役に立てそうだと思い、言われた通りにクリフトとセリの方に行くと、
「こ、こここ、これっ、薬草にもなるし見た目も綺麗でセリに似合ってるから…」
クリフトは勇気を振り絞り、近くで摘んだ花を束にしてプレゼント作戦の真っ最中だった。
俺お邪魔?
「気遣いには感謝する、だが薬草なら足りている。あまり自然の物を不必要に手折るものではないと思うぞ」
「そ、そうだな…気をつけるよ…」
セリは受け取りはしたが辛辣に注意をする。
バッサリ切られ意気消沈するクリフトだったが、俺は見逃さなかった。
セリは手にした花束を嬉しそうに見つめている。
俺はコソッとクリフトに耳打ちをする。
「真面目だからああは言ったけど、あれはかなり喜んでるぞ」
「ほっ、ほんとか!?」
ガッツポーズを取りセリの後ろ姿を眺めるクリフト。
この二人は放っておこう。
クリフトの集めたナフティスらしき花を見様見真似で摘み、さらに図鑑で幾つか気になった草を袋に詰める。
「このくらいでいいでしょうか」
アメリアは皮の袋に小さな青い花のついた草を大量に集め終えると、スクレイドと量や用途について相談している。
「俺の方もだいぶ採れたよ、嬢ちゃん頑張ったね」
しかし全員分を合わせるとかなりの量になるのではないだろうか、染料の作り方を知らないのでなんとも言えないがどう見ても多い。
「こんなに使うのか?」
「俺は他にも必要なものを集めたからね、それに余った花は旅路で人にも分けられるんだよ」
袋を覗いて呟くと、後ろからスクレイドが説明するが、やはりどデカい袋をマントの裏に仕舞い何も無いような顔でそう言った。
クリフト達の方もある程度集まったらしく、植物の入った袋を掲げて合流した。
「さてそろそろ昼時だな、いいでしょうか?」
クリフトは腹を抱えてスクレイドを見る。
「ああ、この辺りなら食事をしていても問題はないよ」
「ちょっと待って」
「どうしたヤマト、腹減ってないのか?」
「いや、なんで皆昼時とか時間わかるんだ?太陽の位置とか腹時計?」
「「「え?」」」
スクレイドを除く三人が声を揃えて顔を見合わせる。
確かに腹も減ったが、ペガルスに乗って空を駆け抜け、森でまったりと花を摘んでいた俺には今が一体何時なのか、出発してからどのくらい経ったのか全くわからない。
「ヤマトの国には時計は無かったのか?」
「あるよ!?ここにもあるの!?」
そう言うとセリは腰のベルトに鎖部分を巻き付けた小さな時計を、クリフトは首から下げた小さく平べったい時計を、アメリアはブレスレットを付けているのだと思っいたら、手首を返して時計であることを見せてきた。
当たり前だが持っていないのは俺だけらしい。
するとスクレイドはマントから銀色の懐中時計らしきものを取り出し、可哀想な奴を見る目で俺に手渡す。
「ヤマトくんには、これをあげようね…」
その表情はなんだか癪だが受け取った時計の葢を開くと、長針短針秒針や十二の配列に至るまで馴染みのある時計とほぼ同じ作りだった。
「ありがとう!すげー助かる!けどまた借りが出来たな」
よく見ると銀色の懐中時計は美しい花の模様の細工が施されており、丁寧に磨かれてよく手入れもされているようだった。
「それは持ち主がいないから、借りだなんて思わなくていいからね」
「持ち主がいないって、スクレイドのじゃないのか?」
ここまで読んで下さってありがとうございます。