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少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

「…それで、そこで何をしている?」

「クロウちゃんがこの先に何か大切なものを隠してるみたいだから気になったの!」


ベルは立ち上がるとマントの裾を払い、階段の上を見た。

「ねえ、この上ってどうなってるのかしら?」

「お前には関係ない」

その足は一段、また一段とゆっくり階段を昇っていく。

「ベル…やめろ」

「今日は怒鳴らないのね、そんなに嫌なら私を殺して止めてみたらいいわ。でもクロウちゃんにできるかしら?」


今まで話したことはどこまでが嘘だったのか、正体を知らなかったとはいえ、俺はベルが嫌いではなかった。

例え全てが偽りだったとしても、俺にとってはただの天真爛漫なアーツベルというエルフだった。

スクレイドとの事情を聞いたところで、それは二人の問題だった。


今この瞬間までは。


俺の大切なものを奪おうとさえしなければ。

「ベル、この家をこれ以上踏みにじるような真似をしたら殺すと言っておいたはずだ、お前は俺の敵になるんだな」


階段の中段でこちらを振り返ったベルは、嬉しそうにこちらを見ている。

「クロウちゃんは私を殺さないわ」

「俺の力はわかってるだろう?お前程度を殺せないと思うのか」

「あらー?レイもクロウちゃんも知らないのね」

「何をだ…」


こいつに喋らせてはいけない、早く殺してあの場所を守らなくては。

「私が死ねばレイも死ぬのよー?」

「また嘘か…」

「ひどーい!本当よっ!ま、レイが知らなくても仕方ないわ、私が施した術式だもの、それに所詮紛い物なんですもの」


どうせ嘘に決まっている、信じるな。

こいつ相手には嘘を見抜くスキルすら信用できない。

ベルは自身に向けられた俺の手を見た。

そして魔力を込めないことを確認して口の端を上げた。


信じるな、こいつの言葉には根拠もない…。

惑わされてはいけない、揺さぶられるな。

《──真実だ、複製する時にそう仕掛けをしたのだろう》

汚物、お前は余計なことを…。

そんな事はスクレイドとベルの問題だろう、俺が考える必要などない。


「それならそれで、スクレイドも本望なんじゃないか?」

「虚勢…ではないみたいね。ならクロウちゃん、なぜ私がレイを生かしてあるかわかるかしら」

「お前の考えなど理解出来るわけないだろう」

「苦しめたいの、私が苦しんだ分…そんなものじゃ足りないわね、あの子には私を追いかける希望を与えてやったわ!そしてどうやっても私には勝てないと知ったレイが絶望するところが見たいのよ」

「勝手にやってろ」

耳を貸してはだめだ、悪感情に飲み込まれたら心に隙ができる。

アイツらを出すわけにはいかない。

「プレーシアとリゼイドの和平はレイと王だけの誓い。レイが居なくなったら…クロウちゃんならわかるわよねー?」

「そんなことは俺には関係ない」

しばらく俺の様子を伺っていたベルはつまらなそうに階段を降りてきた。


そしてゆっくりと歩み寄ると呟いた。

「ベッドが二つ…」

「お前まさか…!」

「丸い天窓と大きな棚…別に面白くもなんともなかったわよ?」


俺を見ずにそのままの歩調で通り過ぎ、振り返って四角い木の箱を見せた。

「クロウちゃん、これっ!なんだと思うー?」

まるで見せびらかすように一度、目の前に近づけてから箱を消して、これ以上はないほどに嬉しそうに言った。


「ねえ、まさかクロウちゃんが来るまで私が本当に何もしないと思っていたのかしら?これはあの部屋の棚にあったのよ!」

「アーツベル!!」

俺が床を一度踏み鳴らすと、部屋中に仕掛けてあった魔法陣がアーツベルを取り囲んだ。


「この術式には気が付かなかったわ!すごいわ!でも私を殺したらさっきのゴミがどこにあるかわからなくなっちゃうわよー?」

「返せ!何が目的だ!!」


苛立った様子の俺を見て、アーツベルは静かに余裕の笑みを浮かべた。

「あら…そう。そんなに大事なのね」

《──なぜ怒ることがある、何を考えている?…あんな物くれてやればいいだろう》

「…黙れ!」

「レイと手を切って、私に協力してくれたら返してあげるわ!」

「何…?」

「私は白の王の力が欲しいのよっ!クロウちゃんがいけないのよ?レイなんかと仲良くするからー!あんな紛い物に価値はないわ」


やはりコイツは俺の魂が白の王のモノだと知っているのか?


「スクレイドが紛い物?それはお前の方だ、お前には白の王の力は使えない」

「…なぜかしら?」

その言葉にアーツベルは初めて眉をひそめた。

「私は完璧なの、本物なのよ?」

「ならなぜ精霊の息吹はお前に移らなかった?お前の力も知識も全てスクレイドの努力で養われたものだ。そこにお前自身など一欠片もない」

こいつは俺と同じなんだ。


「私は自分の目を使っただけよ!!」


アーツベルは声を荒らげ憎々しいと言わんばかりにこちらを睨みつけた。

「クロウちゃんだって弟の話をした時に努力家だと認めたわ!!」


俺が手出しをできないという自信からか、己を取り囲む術式など微塵も気に止める様子もない。


「物は言いようだな、お前とスクレイドは別々の存在だ。お前は心をスクレイドに押し付けて逃げただけだ」

「心?そんなのいらないわ、レイの足止めには使えたけれどね…」

体勢を立て直し、歪な笑みを浮かべてアーツベルは言った。


「クロウちゃん、少しだけ時間をあげるわ!私を本物と認めるの!そしてレイではなく私を選ぶのよ!」

「お前にこそ時間をやろう。すぐにさっき奪った物を返し、二度と俺に関わらないと誓うなら命だけは見逃してやる」

術式に魔力を送ると魔法陣から緑の光がベル目掛けて一斉に放たれた。

「くっ…!ふふっ、言ったでしょう?クロウちゃんの術式は私には効かないわよ!あなたの魔力で出来たライニグングパウダーがあるのだから!」


ベルは素早くマントの袖から瓶を取り出して宙に浮かせ、自分の周りで瓶を割って黒く煌めく粉が舞った。

すると術式は形を変え光が弱くなり、薄くなっていく。

「それでもダメージが無いわけじゃないだろう?」

再び床を踏み鳴らして魔法陣を展開し、さらに指先に術式を描いて攻撃をすると、やはりベルはその都度粉を使って防いだ。


「少しの傷がなんだっていうのかしら?」

効果を確かなものと見たベルはさらに瓶を出して割り、舞った粉は黒から透明に変わり消えていく。


「ははっ…」

「クロウちゃん、おかしくなっちゃったのー?私は全然平気よ?」

「さっきの箱をどこにやった?」

「さあ、どこかしらねー?そうそう、もう一つ」

「まだ何かあるのか?」


術式の光はほとんどが粉によって消え、ベルはこちらがうんざりだという態度を表しているのもお構いなしに、頬のかすり傷から滲んだ血を舐めていつも通りマイペースに楽しそうに言った。


「あなたの…ぐぅっ!…くっ…」

「ベル?」

すると突然ベルを取り巻く空気が変わり、胸を押さえ俯くと浅く激しい呼吸で黙り込み、息を整えてから次にこちらに向けた顔は引きつり、痙攣を起こしている。


顔を抑えた自らの指の爪がくい込み、指の間から覗く目は苦痛に満ちていた。


そしてその身体からは一瞬だが、ベルとは異なる不思議な魔力が僅かな光を放った。

「まさか、ベル…!!」

その光は…!!



「...くっ、ねぇ、あの子たちが邪魔なのよ…クロウちゃんに群がるゴミ共っ!!」

「なんの事だ…」

「クロウちゃんはこちら側の存在よ…!それをあの三人!特にガキといる時のクロウちゃんは見ていられないの!!貴方はあんなゴミ共に関わってはダメなのよ!!」


三人…ガキ?

アメリア、クリフトとセリのことか!?

「アイツらは関係ないだろう」

さらに床を踏み鳴らした物と併せ、とっさに指で魔法陣を描き術式を展開してベルを取り囲み、次々と魔法を仕掛けるが、ベルは術式など気にもとめず叫んだ。

「あるわよ!!近いうちに迎えにくるわ、預かってある物とあのゴミ共がどうなるかはクロウちゃん次第よ…ッ、私には白の王の魂を持つ者がついてるの!」

「なに?」

「アイツを殺して、あの力を私のものにするためにはクロウちゃんの力が必要なのよ!!」

それだけ言い残すとベルは大量の黒い粉を振りまいて姿を消した。


暗い部屋に一人残され、粉が消え割れた瓶の破片が散乱していた。

「白の王の魂を持つ者…!?」

《──どうするつもりだ、アレは何を言っているんだ?そして、なぜ怒る必要がある》

知るか!お前こそどういうことだ!?

俺の魂が白の王のものじゃなかったのか!?


《──俺はハイリヒの記憶と力を持っているのは間違いない、心がなければ何かしらの方法で肉体を得たところで十分な力は使えない、あの者が言う白の王とは…》

待て、お前たちは俺の身体を乗っ取ろうとしているじゃないか。

《──心を持つ魂ありき、だと言わなかったか?》

「にゃー」

林から現れたユキはどこか不安そうに俺にすり寄った。


「あ、ユキ怖い思いをさせたか…、もう大丈夫だぞ、っと、もしかして俺の心配をしてくれたのか?」

「にゃー!」


「やーまーとー?」

「うおおお!?なんで…汚物センサーか!?」

気がつくと真後ろには笑顔のルカが頷いて立っていた。

「汚物は最近よく出てくるね、だけど今日は部屋に居ないから探しに来てみたら…この床はどうしたんだよ、そんな身体でまだ出歩いちゃだめだろ」

「悪い、痛っ…、まずい事になった!スクレイドと聡一も呼んでくれ、痛ってえ…!俺は術式の処理をしてから行く」

「わかった、精霊の森でいいかな」

「さっきの今で申し訳ないが頼む!」


そして精霊の空間でそれぞれにベルとのやりとりを話したが、スクレイドはいつもの怒りではなく、その顔色には絶望感を滲ませて黙り込んだ。


これは、やはりベルの死が自分に関係していると知らなかったのか。

自分のせいで俺を窮地に陥らせたと思ったのか…、あるいはその両方だろうか。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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