国と思想-2
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
「もちろん全ての人と分かり合えるなんて甘っちょろい事は考えてない。でもクリフト、お前の事は信じてる」
そう言うとクリフトは警戒したように言った。
「何を信じるって言うんだよ」
「優しさと差別しない心をだ」
「買いかぶりすぎだ…」
気まずそうにクリフトは小さい声で反論する。
でも俺は知ってる。短い期間で見てきた表面だけだと言われればそれまでかもしれない。
「森人だというだけじゃない何かでスクレイドを尊敬してるんだろ?」
「もちろんだ」
「そのスクレイドにしっかり自分の意見を言っただろ?俺が異世界人だとわかっても持ち上げることなく距離を置くでもなく気さくに接してくれた」
「それはヤマトだったからだ!スクレイド様には十分不敬だったと自覚している!」
クリフトは再び再燃し、後ろに載せたスクレイドを気にしながらも、切羽詰まったように大声を出した。
しかし俺にはその言葉からして不思議で仕方がない。
「不敬って、お前らに上下関係でもあるのか?それに俺だったから?お前がそう言ってくれる理由に自分で気づいていないのか?」
「何がだよ!」
「俺とは会ったばかりだしスクレイドも村の者じゃない、それでも短い時間でも一緒に過ごして、お前なりに良いところを見ようとしてくれた上での判断なんだろ?」
「…あっ」
クリフトはハッとしてから困ったように黙る。
「買い被りなんかじゃない、俺は俺だけど、その俺をどう見るかは相手次第だろ?そしてクリフトは俺を悪人だとは判断せず、気軽に接してくれた、それこそ良い奴だからそうなったんだ」
俺がそう続けてもクリフトは黙ったままだ。
「説教なんてする気はない。でもな、これだけは言っとく」
「…なんだよ」
「俺はお前に助けられてる!色々良くしてくれて、俺を敵もしなかった、お前がいてくれて良かった!」
「なっ…!?お、おま、ヤマト!?」
クリフトの顔が一気に赤くなる。
よく見ると耳まで真っ赤だ。
俺だって何が悲しくてこんな小っ恥ずかしいことを全力で告白しなけりゃいかんのか。
「だから!俺が言いたいのはクリフトには俺にしてくれたように相手を見て欲しい、人種じゃなくて個人を!お前にはそれが出来ると思うんだよ、だって良い奴だから」
「ぶっはーーーーっ!」
突然空気を読まずに吹き出したエルフに注目が集まる。
「ご、ごめんごめん」
「スクレイド様…」
情けない声で脱力しながら肩を落とすクリフトをよそに、スクレイドは手を顔の前で振り嬉しそうに笑い続ける。
「ヤマトくんがあまりにも暑苦しくて、はははっ」
自覚してるよ、暑苦しくて悪かったな!
「だけどさ、庇ってもらってなんだけど、誰かに命を狙われたり攻撃されたらおたくはどうするの?」
思わぬ質問に頭を捻ってから、俺は答える。
「まず身を守るだろ、守れるかはわからないけど!それからなんでそんな事をされなきゃいけないのか理由を聞く」
「ぶっはー!!!」
より一層ツボにはまったのかエルフは吹き出した反動でブティシークから転げ落ちていく。
「「スクレイド様あああ!?」」
クリフトとセリは焦って叫ぶ。
クリフトは慌ててブティシークを減速すると旋回して下降しようとした、その時。
「いや、本当におもしろい!おたく俺の好みだ」
ケラケラと笑いながらスクレイドは時速百キロほどのペガルスに追いつき、隣について飛びながら空中でごろごろと身悶えしつつ笑い転げている。
「は?」
「え?」
何が起こったのか理解が追いつかないクリフトとセリは顔を見合わせてから安堵のため息をつき、心底疲れきった様子でいた。
「出発前にヤマトが言ってた事がわかった、スクレイド様にはそのようなことまで可能だったのですね…流石ではありますが」
セリは額を手で押えながら独り言のように呟いた。
「スクレイド、洒落にならんいたずらはやめろよ」
「不可抗力だってば、ヤマトくんのせいで笑いを堪えられなかったんだからね?」
はー、とひとしきり笑ったスクレイドはブティシークの背に戻り、クリフトに説明の続きを促す。
「脱線しまくったけど、これから行くリーゼンブルグの話でしょ」
笑いすぎて出た涙を拭いながらスクレイドは話を元に戻そうとする。
「その前によろしいでしょうか、先程は申し訳ありませんでした、つい熱くなってしまい狭い視野で浅慮な事を申し上げました」
セリは肩の力が抜けたのか、ブティシークの隣にラファエルを着けると真剣な眼差しで謝罪し始めた。
「いいんだよ、君たちには君たちの考えがあることはわかってるからね」
全く気にしていないと言われ、セリは少し恥ずかしそうにしていたが気持ちを切り替えて前方に戻って行った。
「えっと、そうだな。リーゼンブルグについてだが、まあとにかく各国の中では力のある方なんだ」
気まずそうにしていたクリフトも気を取り直し、話は行先の王都に戻る。
「軍事力と言ったが自国の兵力はもちろん、王都では異世界人の召喚が行われている」
ガイルが言っていたあれか。
「目的は来るべき時に備えた魔王軍、魔王の討伐らしいという事は明言されている、他にも各地で増加した魔物の討伐などの依頼を引き受けているらしいぜ?召喚した異世界人には衣食住の保証や専用の施設がある」
それも聞いたが、力のある異世界人をこちらの人間の都合で呼び出すのだから保証程度は安い餌として当たり前と言ったら当たり前だと思ってしまう。
だが、あまりに用意周到と勘ぐってしまうのは俺のよくないところか。
「そして王都には異世界人とこの世界の人間の住む区画分けがされていて、ヤマトにはあまり気分のいい話じゃないと思うんだが、異世界人は王の持ち物とされている」
「持ち物?」
「モノ、というか財産や私兵扱いと言った方が正しいかもしれないな」
クリフトの説明にセリが補足という名のフォローをすかさず入れる。
なるほど、呼び出してある程度いい暮らしをさせる、そしてその力は王の為に使うことが条件だと。
「自由はないのか?」
「自由かはわからないが、異世界人の居住区にこの世界の者が入ることは出来ないが、異世界人は王都の城下町や近隣諸国に立ち入ることは出来ると聞いたな」
クリフトは俺に気遣いながら言葉を選び話す。
「実はさっきのルクレマールに亡命する者の中には異世界人もいるという噂なんだ」
亡命という言葉の響に雲行きが怪しくなってきたな。
「魔王討伐の為に召喚されたのに、魔族を崇拝する国に亡命か…」
どういう事だ?
クリフトとセリを見るとお互いの顔を見合わせてどう説明したものかと悩んでいる様子、そしてスクレイドは明らかに狸寝入りをしている。
「余程扱いが悪いのか、それとも不本意な召喚に不信感でも持ったってことか?」
思わず俺の口から出た言葉にクリフトは困ったように答える。
「真偽はわからないが、王命による密偵説を信じている者が多い」
異世界に身勝手に招かれて、王都での保証された暮らしを捨ててまで献身する奴がいるのか?
「ひとつ聞きたいんだが、異世界人は転生か?転移か?」
「その二つは何が違うのでしょうか?」
セリはまるでわからないといった顔で聞き返す。
「この国で育ったら召喚は当たり前なのかもしれない、だけど転生と転移には天と地ほどの差があるんだ」
俺の説明にスクレイドも興味有りげに耳を傾ける。
「もし、家族や恋人がいて何不自由無く平和に暮らしていた人間がいたとするだろ?それを無理やり引き離して争いのある世界に連れてこられたらお前ならどう思う?…生きて生活のある人間を他の場所に送るのが転移だ」
「俺ならごめんだな…まさか!?」
クリフトは最初のうちは軽い口調だったが、少し遅れて意味に気がついたようだ。
「そう、召喚された異世界人が転移だとするとその可能性もゼロじゃない」
「そんな外道がまかり通ると!?」
セリも声を荒らげる。
「もう一つの転生は別の世界で生を終えた人間がこちらに生まれ変わり、新しい命をやり直すことだ、まあ俺は転生なんだけど、特例で年齢も記憶も姿形もそのままにこちらに来たらしいわけだけどな」
「ヤマトが転生者?ということは…」
言葉を濁しながらクリフトは俺が死んだことを理解したようだ。
「ただ、召喚されたという異世界人が転生とは考えにくい理由があるんだよ、とある者に聞いたんだが、普通は死ぬと転生の輪を巡り、新しい世界で身体も記憶もゼロから次の生を送るのが自然な流れだと」
「では別の世界から本人の意志を無視して転移させていると?…そんな…」
セリは信じられないと言わんばかりに口ごもる。
「その可能性は否定出来ない、仮にそうだとしたらどんな保証があったとしても召喚した者を憎む異世界人がいてもおかしくはないんだよ、言葉は悪いが誘拐なんだ」
今までその事実を考えないようにしていたのか、知らなかったのか、クリフトとセリは俺の言葉に深刻そうな表情で押し黙る。
「亡命しているというのも、あながちパフォーマンスだけではないかもしれんな」
セリは事の重大さに気づき、今まで当たり前のように受け入れていた、異世界人を召喚するという事に困惑しているが、考えても答えの出ない問題にため息をついた。
「とりあえず異世界人である勇者様が居れば、王都の異世界人の居住区に入り、実態を知ることが出来るかもしれませんね」
クリフトもなるほど、と賛同しようとした時。
「待ってください、ヤマト様の素性を明かすのは、他の異世界人の勇者様の様子を見てからの方がいいのではないでしょうか」
今まで黙っていたアメリアがセリに懸念を伝える。
「ふむ、なぜだ?アメリア」
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