聡一の話1
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
自分でも根っこの先に種があるとは、奇妙な事を言っているのはわかっている。
しかしそう見えるのだから、そうとしか言いようがない。
「その一つに俺の生命力を与えると、その胚芽は実へと大きく成長して能力が使えるようになる」
「種が…、その本人に元々ある能力ということかい?」
さすがは賢い変態だ。
こんな説明でその感覚を汲み取るとは。
「おそらくだがな、上の…枝に実っているのが今意識して使える魔法やスキル、知識や記憶で、根の方にあるのは持っているのに使えない力、だと思う」
昔は海に繋がる川のような魔力の流れが薄らと見えていたが、魔力を使いレベルが上がるにつれその形は変わり、今では木に見えるようになった。
「なるほどねぇ、潜在的には能力はあるのに、俺たちはソレが使えていないのかなぁ。そこでおたくはソレを使えるようにすることが出来ると」
「だけど見えたからといって、その種や実の正体が全てわかるわけじゃない、他に見たことがあれば能力のアタリをつけることも出来るが、今の“俺”がまだ知らないものなら判別はつかない」
他の魂に意識を取って代わられたり、ラングヴァイエたちの嵐から記憶を掴むことでやっと知った事も多い。
「それは、誰にでも同じことが言えるのかい?」
言われて思い出してみるが、例外といえば…。
「アメリアの木は見えないな、アメリアが熱を出した時には額に触れて、初めて川のようなものが少し見えたが、普段は見えない」
「川?」
その言葉に反応したスクレイドはこちらを見た。
「川、というか、木で見える前は水の流れのような物に見えたな」
そこでスクレイドは顎に手を置いて考えてから何かが繋がったらしくこちらを見る。
「それは魔力回路だねぇ…。俺に見えているのはその水の流れのようなものだから、おたくほどの魔力になると、魔力回路をそこまで細かく見ることができるのかなぁ」
なんとなくそうなのかもしれないと考えた事もあったが、アレが魔力回路と呼ばれるものだったのか。
「まあ俺が使えるものであれば、その根にある胚芽を特定して生命力を注いでやることは出来るが…。芽吹くかどうかはやってみないことにはな」
「その力を嬢ちゃんにも使うことは出来るかい?」
「アメリアに…?」
突然出てきた名前につい眉をひそめて見るが、スクレイドは目をそらすことなく真剣に向かい合い、いつの間にかルカもスクレイドに並び頷いた。
「…アメリアの木は見えないと言っただろ」
しかしスクレイドは譲る気配もなく、困ったように言う。
「協力してもらいたいことがあるんだよねぇ」
「オレもできたらアメリアちゃんには一緒に行動してほしい」
巻き込むわけにはいかず今の俺が関わることも避けたい、戦う理由もないアメリアになぜ二人で揃ってそんなことを言うのか。
「あとねぇ、嬢ちゃんはもしかしたらおたくの怪我に気づいていたかもしれないねぇ」
「…さあな」
「嬢ちゃんはおたくの部屋の扉の前で心配そうにしていたよ、クリフトくんもセリちゃんもヤマトくんがいるのならと、毎日のように宿に足を運んでいたのは気配で知ってるよね」
それはあえて考えないようにしていた事だ。
ラングヴァイエから解放されてから、扉の向こうにいるアメリアの気配には気づいていた。
それだけではなくクリフトは同じ村とはいえ常に食堂に居たようだった。
わざわざ離れた集落からセリが頻繁に来ていたのもそんなことでは無いかと思ってはいたが…。
「術式の結界を張る作業も終わったのに、突然勇者である聡一とルカ…、女将さんは一時だったが、さらに森人であるお前が一気に押し寄せてずっと泊まり込んでいるんだ、怪しむなという方が無理だろう」
「それはそうだろうけどねぇ」
「アメリアの事は承諾できない」
ハッキリとそう言うと、スクレイドは諦めきれないようでどうしたものかと俯いた。
「まずは聡一の立場と、知っていることを聞く必要がある」
「その状態でまた同調しなければいけない事態になったらどうするのかなぁ」
それはその通りなのだが、考えてみればフライハイトの空間ではありのままの姿に戻ってしまう事がわかっている。
加えてあの空間では汚物たちはあまり出てこようとしない。
それならば身体が動かない今なら、何か起こっても強化したスクレイドとルカに俺を止めてもらう事も不可能ではないかもしれない。
そうして聡一とルカがフライハイトの森に集まり、目を瞑るとやはり元の姿に戻った俺は、痛みにげっそりとして注意をした。
「本当はこんな事はどうかと思うが…、今日だけは嘘も隠し事も他の術者に受けた口止めや記憶操作なんかの類のもの、一切が俺には通用しないと理解しておいてくれ」
「う、うむ…」
聡一にはあらかじめ説明はしてあったものの、不思議な感覚の空間に戸惑っているようだった。
「で、俺は話を聞いて汚物が暴走しようとしたら精霊と同調するから、その時は頼んだぞ」
「うーん、そうならない事を願っているよ」
そう前置きすると三人は何故か俺を憐れむやら、己を責めるような顔をしてから話が始まった。
「まずは聡一」
「ではハナエさんからも話の許可をもらっているのでね、不死の彼女は僕の預かりになってからは魂の捜索者として王に与えられた情報、魔力素を元に白の王の魂を探し僕がそれを元に魂を呼び寄せる、いわゆる召喚というものをしてきた」
「そこまでは聞いたな、魂の特定はどうやって?」
「王が若かりし日に分け与えられた力で魂と魂の繋がりを辿った、ひどく感覚的なものらしいのだがね、僕が一日に召喚することの出来るのは三人まで。稀にルカくんを召喚した時のように王都付近に別の生き物を呼び寄せてしまうこともあったのだが、今までの効率を考えた王は取引で異世界人の生活の保証をしてもらうところまで漕ぎ着けた」
え?俺の事を別の生き物と言ったか?
こいつら揃って俺をなんだと思っているんだ。
ではあの術式による異世界人の居住区間や、この世界の者達が異世界人を敬うようになったのは、聡一の努力の賜物だったわけか。
「なぜ国医殿は親しくされた先々代の処刑執行人や、アトスをその庇護の条件に入れられなかったのですか?」
それだけの力を持ちながら、とルカは少し遠慮しながらも聞いた。
「王との取り決めは三つ。ハナエさんに危害を加えないこと、異世界人の衣食住の保証、そして異世界人の治療に関する権限。その他を望むのなら全てを反故にするということ…それが大昔の話だったのだよ、間に仲良くなった者がいたが、それを特別視することは弱みを見せることになりハナエさんの立場を危うくさせた…というと言い訳になるかね」
「事実、人質が増えるようなものだからな」
だからこそ守るためにアキトとの関係を隠してきたのだろう。
すると医者は小さく頷いた。
「召喚は病院から繋がる術式に守られた王宮の一室で行われ、最初は監視の者だけだったその場も、他に魂の記憶を覗く者…トールや、スキルの申告の嘘を見抜く者などで固められていった」
なるほど、トールがどうやって判官の地位を手に入れたのかがわかった。
やつも同じく取引をしていたわけか。
「だから、トールが亡命した時に聡一は奴が多くを知りすぎていたと、そう言ったわけだな」
「うむ、彼が来るまでこの国に法は無かった、全てが王の意志により行われていたが、トールはこの世界でいい暮らしをしたいと言い、秩序と法という大義名分でその地位を得たのだよ、英雄祭を提案したのも彼だが最初は金になると踏んだのだろう」
それなら奴はアキトの記憶を覗いたはずだ。
ならアキト自身が幼く、最後の姿の聡一が朧気で、自分の知る国医の勇者だとわからなかったというわけか。
「待ってください!ならトールは大和を白の王だとわかっていたんですか!?」
そこで声を荒らげたのはルカだった。
しかしそれには医者も首を捻り、代わりにスクレイドが話した。
「ヤマトくんの魂が分かれていたと言っていたね?トールくんが会ったことがあるのは、白の王の記憶を持たない時の大和くんだけだったから、わからなかったんだろうねぇ。異世界人とはバレていたかもしれないけどねぇ、その証拠に会ったあとに試すようにヤマトくんをすぐには殺さなかった」
確かに英雄祭に出ろと言われたのはトールに会う前、その後会った時にはおそらく記憶を見られたせいで興味を持たれたのだろう。
そこからの聡一の話によると、真偽を見抜く能力の者はアトスの育ての祖父やアトスのように同時に現れることもあったが、協力的でない者は即座に始末され、王が望む中でも希少なスキルの者だけが取引を許されてきた。
聡一は自分の召喚した人間を全て把握していたが、召喚時には全員が姿を隠す白ずくめの服を着ていたために、他の者同士はお互いを知ることは無かった。
「異世界人同士を結束をさせない為のものでもあったのだがね、その効果はとても大きかったとも」
確かに、全ての人物を知っていても聡一本人が召喚者であるとは名乗りにくく、他の者たちもその場に居合わせた自分を、他の召喚者に恨まれないよう身を守る為にしていたということか。
「ちなみにだがね、健吾の場合は家の暖炉が術式で召喚の部屋に繋がっていたのだよ。アキトが一緒に暮らすようになってからは、朧月の術式を利用していたがね」
「あぁーっ!?いってぇ…、それであんな意味の無いものが部屋に!?」
なんということだ!術式は魔力の残留痕すら跡形もなくキレイさっぱり消えていて全く気が付かなかった!
こんなにスッキリする日が来ようとは…!
しかも!朧月にはただ遊びに行っていたわけでもなかったらしい。
そして何度目かに現れた真偽を見抜く者が良くなかったと聡一は言った。
王に協力的なだけではなく元の世界に未練もなければ、トールのように欲を求めるでもなく、ゲーム感覚で人を殺したいという考えを持っていたのだという。
「彼女は人の血さえ見れればいいと、王の圧倒的な力に憧れさえ抱き、森に家を作らせ死体を木に吊るしたり、家の中にコレクションする危険思想の持ち主だったのだよ、そこで流石に異世界人の立場が危ういと判断した為、僕の助言により彼女は執行人として収まることになった」
「うわっ、女性!?一体何を考えてたんだ…その人は…」
ルカが嫌な顔をすると、聡一もその人を思い出して複雑そうに語った。
「十代半ばの普通の女の子に見えたがね、彼女はステータスも高く殺人衝動以外に欲を持たなかった」
そしてトールは彼女を気に入っていた、と付け足した。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。