力の見え方
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
そして朝になり。
電池が切れて死んだように眠るルカと、全力で追いかけっこを楽しんだユキをルカの部屋に捨て、俺はガイルの宿屋に戻った。
「おたく…変身するか存在を薄めるスキル使えば良かったんじゃないかなぁ…」
ベッドに横たわり灰と化す俺に、スクレイドは額を押さえてため息をついた。
「俺だって気づいていたがよく考えてみろ、あの状態のルカが俺を探すためにどこでどんな手を使っていたかわからないだろ…」
一度でも離れてしまえば諦めると思っていたのだが、宿屋からも探しに来たということは見つけるまで諦めない可能性が高い。
俺に出来たのは人里から離れながら逃げることだけだった。
「うっ、お疲れ様だったねぇ、他に何か手は無かったのかい?」
「もう、眠気と痛みでそれどころではなくてな…逃げるか殺すかの二択だったんだ」
「逃げてくれてよかったよねぇ!?」
「昨日のルカの事はお前以外の全員の頭から消そうと思うが、どうだろうか」
俺はベッドに突っ伏して今後二度とこのような悲劇が起きない為の抑止力として、スクレイドに見張りの意味を込め一応の確認を取ると、スクレイドは優しく頷いた。
「できるならそうしてあげてくれるかい、この件では誰も悪くなかった…」
待て、今回は確実にレモニアが悪いだろう。
こうしてルカの暴走は俺とスクレイドの胸に秘められたのだった。
──それから三日、地獄のリハビリを受け悶絶して気絶するように眠って起きてはまたリハビリをしていた俺は痛みに強くなり、術式の効果もありそれなりに動けるようになっていた。
「ふははっ!!筋肉痛如きでしょぼくれていた俺はもういない!!うあっ、いってぇ…」
「少し歩けるようになっただけじゃん、すぐ無理するんだから君って奴は…」
酔っていたとはいえ重症の俺に力加減もせず抱きつき、あまつさえ追いかけ回した奴に言われたくない。
しかしそれは無かったことにしたのだから、今さら不満を言えるはずもなく。
「と、とりあえず一度森の家に行く、ルカも来い」
「ん?わかった」
俺は英雄王を知るスクレイドと二人でどう動くかを相談するように聡一に促し、家に帰りまず向かったのは裏門だった。
「ベナンはいるか?」
「はい!」
久々に裏門の兵士を集め、相変わらず兵士らしく振る舞うベナンを近くに来させた。
「お前にトールの空いた穴を埋めてもらいたい、司法のトップである俺の独断で法官補佐の地位と権限をお前に与える」
「はあ!?俺…いや…私が法官補佐ですか!?」
ガームの話を聞いたからという理由だけでなく、この男がいかに正義感と優しさがあるか知っている。
加えて独り身であり家族にも目立った問題はなく、時間にも制限が無いこと、全てを考慮した結果の判断だったが本人は戸惑い慄いた。
「私には務まりません…」
「決定事項だ。それとも俺にはそれほど人を見る目がなく、お前自身も努力もせずにはなから無理だと決めつけるのか?」
「そんなことは…」
厳しく言うとベナンはいっそう萎縮していたが、バーチスがベナンの肩を力強く叩いた。
「お受けするべきだ」
「バーチス…」
「俺は出来ない者にこんな事を言ったりしない、お前なら出来ると判断しただけだ。トールはほとんどの仕事を下の者に任せ切りだった、整った環境を引き継いでやれないのは俺の力不足ですまない、しかし実際に現場をよく知る周りの者に仕事や仕組みを教わりながら励んでくれ」
「…謹んでお受け致します!クロウ様はどうされるんですか?」
ベナンは不安そうにしながらも承諾すると、俺の役割の確認を求めた。
「俺は表向きはあくまで執行人として立ち回る、しかしお前から見て気づいた法の点や改善すべきところは教えてくれ、お前の気にすることならば検討する価値があるだろう」
「ご期待に添えるよう尽力致します!!」
力強く返事をしたベナンは、バーチスや兵士たち、そしてルカに視線を移し、ルカも頷いた。
「頼むぞ、ルカとユキの話でもしたい頃だろう、ルカは置いていくから階級証を発行するまではまだ気楽にするといい、仕事場での顔合わせや事務的なものは追って報せる」
「はっ!有難く!」
ルカもユキと聞いて満更でも無い様子でベナンに近づき、楽しそうに話を始めた。
「ルカ、俺は他に用がある、飽きたら好きなところに戻れ」
「うん」
「お待ちください!」
立ち去ろうとした俺をバーチスは止め、一つだけ、と言った。
「その怪我はどうされたのかお聞きしてもよろしいでしょうか」
これは、迂闊だったな。
「お前が立ち入ることでは無い。気遣いは有難く受け取っておく」
「…余計なことを申し上げました、クロウ様のご無事を心よりお祈り致します」
バーチスは大人しく引き下がり、今度こそ俺はその場をあとにして朧月に向かった。
「大和さん…もう動いて平気なのですか?」
「俺は大丈夫だ。女将さん、先達ては無神経なことをして事を荒げてすまなかった」
「何も謝っていただくようなことはありませんのよ、大和さんが私を抱きしめた理由は残念でしたけれど」
「確かめさせてくれと断ったはずだが?」
女将はキョトンとしてから笑った。
「ふふ、いけない人ですわね。お時間がありましたら、少しお話をしませんか?」
女将はいつも通りの態度で部屋に招こうとした。
「すまない、重要な事はある程度の事情を知る者が集まった時だけにしてくれ」
「そう…ですわね、わかりました。会いに来てくださって嬉しかったですわ」
偽りのない微笑みを向けた女将は店の中に戻って行った。
「どこまでも強いんだな…」
そんな独り言を呟き、俺はフライハイトの森で寝転がり生命力を吸収しながらプロウドを創っていた。
《──捜索者と召喚者を殺せばその術で欠けた魂を集められる》
今の俺にはそんな考えはない、二人が望めば別だがな。
《──今の俺の本当の望みは何だ?》
お前がそれを聞くのか。
お前たちの記憶と知識、そして魂を神にすることだ。
《──勝手な事を…拒んでいるのは俺自身だろう》
当たり前だろう。
また身体を乗っ取られて好き放題されたら元も子もないのだから。
《──そうではない、一番最初に融合を拒み阻止したのは俺たちではなく“ 俺”だ》
…俺というと、今の俺が融合の阻止を?
《──最初から魂を受け入れず、二度目のこの世界では俺たちを封じ他の魂を拒む為、二年の間全ての力により抗っていたのは他の誰でもない“ 俺”だ》
俺が、お前たちを抑える為に眠っていた!?
俺にはお前たちを封じる力があるのか!?
それもあの眠っていた期間に?汚物!どういう事だ!
本当に気味が悪い…この間の記憶の欠如もそうだったが、なぜ汚物がここまでの話を俺にするのか。
《──俺も忘れたものを手にしたい、だが“ 俺”は拒み、俺も心が無くしては出来ぬことも多い》
…今は俺とお前の利害が一致している、そう思ってもいいのか?
《──そうだ、だが“俺”が俺を拒む以上どちらかしかその身体を使えない》
つまりお前を受け入れれば、俺たちは周りに危害を加えることなく同調する事ができるのか?
《──それは無理だろう》
…いつも思うが、お前はもっとわかりやすく話せないのか、遠回しでくどいんだよ。
《──自身で言ったことまで忘れたか?俺は元々一つの魂、同調すればお前も世界を無に帰すことを望むようになる》
それは…俺も心を無くさなければいけないからか。
《──完全な融合をせずに心を無くせば精霊の力は使えなくなる…後は己で考え思い出すことだ》
心を捨てれば同調は叶うが、魂が完全でなければ心を捨てた俺は知識と魂の力と引き換えに力を失い、世界を無に帰す事を望むようになる…。
ますます訳が分からなくなった。
それより、二年もの間眠っていたのは他の魂を封じるため?
今までアイツらには敵わない事が多いと思っていたが、俺にそんなことが出来たのか?
待てよ?今だって身体の基本的な主導権があるのは“俺”だ。
アイツらはただ傍観しているだけだったのではなく、俺が余程の隙を見せたり、アイツらの力を使わなければ手が出せないということか?
俺以外の魂は、本当に何をどこまで知っているのか…しかし身体を明け渡すと“俺”と同じくどこかで引っかかり、アイツらも今こうして話している時の記憶や知識は完全には外に持ち出せない…。
それでもスクレイドに知らなかったはずの精霊の息吹という力を使わないように言ったりと、感ではない何かしらのストッパーのようなものが働いている。
眠っていた理由が分かったのは良いとして、それさえ汚物の言うことだ…本当かどうかもわからない、考えることが増えただけじゃないか。
「やーまーとー…?今汚物と話してた?」
「うおっ!?」
どこで俺の居場所を知ったのか、ルカとスクレイドがやってきて半眼でこちらを見た。
なぜルカには汚物の気配がわかるのか…、正直怖すぎる。
「おたくねぇ、術式の中にいなければ回復できないんじゃないかなぁ?」
「少しくらい気分転換にな」
そこでその辺の木から木の実を適当にいくつか採って齧っていると、ユキを呼び寄せ相手をするルカに投げて渡し、隣に並んだスクレイドにも渡したが食べずに手の上で転がすだけだ。
「食わないのか?」
「気になっているんだけどねぇ、おたくはどうやって俺たちに能力をわけたんだい?」
「ん?ああ。分ける…とは違うかもしれないな」
なんと言ったらいいものか。
確かに力を使えるようにする為に俺の生命力を与えてはいるのだが。
「スクレイドには魔力を探るときに人の身体の中にある木が見えるか?」
「き?わからないなぁ」
やはり通じないということはそれが見えるのが俺だけなのか、違う見え方があるのか。
「俺に見えるのは人の身体の中の木だ。大きな木があって、枝や葉が伸びている方には既に身がなっている」
周りを見て木の実をもいだ木を指さした。
「木の下には細かく大量に伸びた根があって、その先に胚芽のようなものがついてるんだ」
「根の先に種?」
スクレイドは手に持っていた木の実を見た。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。