賢いエロフと術式考察と
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
様子はおかしかったが、やはりスクレイドは非常事態に備えて己の知りうる限りを教えようと、自分の出来ることをしている。
バカでアホなエロフだがやはりスクレイドには“本物の力”がある。
持って生まれた才能だけではなく、目的を持ってそれを磨いたことによる力だ。
俺は家から岩や石、いくつかのプロウドと紙や筆記用具を持ってきてベッドのとなりの椅子を机替わりに、その本を読みながら自分の知る限りの結果や成果、そして考察の矛盾点などを一ページ毎に書いてはそのページの間に挟んだ。
そしてプロウドに魔力を送る作業をしながら、昔のスクレイドが発見し試すことの出来なかった術式を造っては効果を確かめて、レポートのようにひたすら書き連ね、自分なりに考えた式や模様を新しい紙に描いていった。
楽しさに夢中でそれを繰り返し、気がつくと夕方になっていた。
一冊分のレポートを終えるとスクレイドのみが閲覧出来るように術式の鍵をかけて完成だ。
これはここまでのものを見せられては、スクレイドが術式の講師としてどれほど有能かわかるというものだ。
…しかし、どれほど悔しかっただろうか。
ベルを助けたい一心でこれほど勉強をし知識を蓄えてきたのにその知識で悲劇が起きた。
それだけではなく、襲撃の時も術式を使われたら手を出すことが出来ない。
そして思わず興奮気味に念話をした。
[スクレイド!今大丈夫か!?]
[うっ、…なんだい?]
“うっ”とは何だ失礼な。
[さっきの本!他にないのか?]
[大量にあるけどねぇ?どうかしたかい?]
[あるだけ見たいんだが、見てもいいものがあったら貸してくれないか?]
[それはかまわないけどねぇ?術式を造り出せる力のあるおたくにとって、そこまで有益なものは…あ…]
そこでまた声のトーンが下がり、何かしら落ち込んでいるようだが、気持ち悪いものを気にしないと決めた俺には関係なかった。
[こっちに来れるか?俺がそっちに行ってもいいか?]
[俺がそちらに行くよ]
スクレイドはしばらくしてから宿屋に到着すると真っ直ぐに俺の待つ部屋に入った。
「忙しかったか?呼び出して悪い」
「いいけど、どうしたのかなぁ?」
「貸してもらった本がすごく為になった、見てみてくれないか?あ、監視解除するから待てよ」
スクレイドは俺の勢いについていけず、最初の一冊を受け取ってパラパラとめくり、間に挟まれた紙に気づくと顎に手を置いて読み始めた。
「勝手に悪いとは思ったんだが簡単なものなら検証してみた結果と、他に俺の疑問点を書いてあるから時間があればまた教えてくれないか?」
スクレイドはしばらく俺の言葉が耳に入っていないように読み進め、途中で本を閉じるとニヤリと笑った。
「なるほど、実証されたものと無理だったもの、俺にもためになるよ。ここ、これは何故上手くいかなかったのかなぁ?」
「ほら、二重にしてもあまり意味がないうえにけっこうな魔力が必要になるだろう、おそらくもう少し小さくすれば出来ないことはないが…」
「他の式も見直さなければいけないってことかい?」
「そうだな、配列と順序でそこをクリア出来ればなんとかなるだろう」
「だけど実用には手間がかかりすぎる」
「その通りだな」
この会話のテンポはやはりスクレイドならではだ。
念話ではおかしかった様子も、術式の話になると俺の知っている雰囲気で安心した。
「それで、こっちにまとめた紙があるんだが、スクレイドの考案したリゼイド式に黒魔術式を組み合わせた場合のものだ、まだこれは検証もしていないがお前の意見を聞いてみたくてな」
「最初は非常識だと思ったけど…なかなか面白そうだねぇ、監視を解いた時に読ませてもらおうかなぁ!」
スクレイドも楽しそうに笑い、マントに一冊とまとめた紙をしまうと、さらに五冊の本を出してきた。
「とりあえずこれだけ、まだあるけどねぇ、まさか昔の知識がこんな形で実証までしてもらえるとは思わなかったよ、ベルに知識を与えてしまっただけだと思っていたけど…全くの無駄というわけじゃなかったのかなぁ」
「無駄どころか、お前の知識と俺の魔力があれば術式だけで王都の人間全員の魂を抜いて全滅とか、シャッフルまで出来そうだな」
「…へ?」
「魂の分け方も、…なんなら一から創れるんじゃないか?」
その言葉にスクレイドは白い顔からさらに血の気が引き、一度出した本を2冊しまった。
「なぜしまう」
「…怖い事を言うからでしょうに」
「魂関連の術式ばかりあったら、そうなるだろう?」
「…確かにその辺を重点的に調べてはいたけどねぇ、普通はそうはならないんだけどねぇ?」
怖いこと、とは良くは分からないが本当にすごいものだ、さすが賢者と呼ばれるエルフ様じゃないか。
というよりもその知識量と考え抜かれた内容は、努力のあとが垣間見えて俺が見てもいい物なのかとさえ思う。
「また、検証をしてくれるかい?」
「してもいいならな」
「暇が潰せそうでよかったねぇ」
「助かる、スクレイドは努力家だな」
その言葉にスクレイドは目をぱちくりさせ、やはり笑った。
「だからねぇ、俺にそんなことを言うのはおたくだけだよ」
「本当の事だろう?あと、さっき造っておいたソウルプロウドだ、またステータス強化に使ってくれ、そこにはお前が倒れた時に使った丸いベッドも出せるようしてある…俺の勝手な行動で本当に世話をかけて悪かった、精霊の影響を受けなかったのがお前だけだからって皆を守ってくれていて全く休んでいないだろう?お前も少しは休め」
術式の話をしていたスクレイドは微笑んでいたが、そのうちにやはり夕方と同じようにどんよりとしてプロウドをいくつか受け取り、三冊の本を置いて力なく部屋を出ていった。
また俺は何か悪いことをしたのだろうか?
言い方が偉そうだったかもしれないが、まあ相手はスクレイドなのだからいいだろう。
とりあえずこの宝のような本を読ませてもらうとするか。
──…そして。
「大和もユッキーも大好きだよ!あはははははは!!」
「こんなにぶっ壊れるまでルカに酒を飲ませの誰だあぁーーーーー!!いてえーーー!!」
スクレイドの書いた術式の本を読みまったりと過ごしていたのと同じ日の真夜中、ルカの笑い声と俺の怒号が部屋に響き渡った。
ルカが俺のいる部屋に乱入るすことを阻止出来なかった聡一とスクレイドは、部屋の隅でボロボロになって苦笑いをしている。
「無理だよねぇ…結界を使って閉じ込めてもおたくの部屋に行くって聞かなくて、周りの鉄で無数の武器を創り出して俺本体を攻撃してきたんだからねぇ…」
「そりゃ悪かった!スクレイドは頑張ってくれたんだな!?」
ルカは突然大笑いしながら部屋に入ってきたと思ったら、俺が抵抗しても押しのけるのが難しい程の信じられない力で抱きつき離れようとしないのだ。
本気を出せば簡単にぶっ飛ばすことも出来なくはないが、今のルカにはプロウド強化で中途半端に力があるせいで、引き剥がすとなったら大怪我をさせてしまうことは必至だった。
「大和がテンション高いじゃん!珍しー!新鮮!可愛い!」
「テンションが高いのはお前だ!抱きつくな…いてえーー!!」
「えっと、部屋を出たあと食堂で俺を待ってたら、レモニアちゃんがルカくんの元気がないからって本人には内緒で、強ーいお酒を呑ませちゃったみたいなんだよねぇ…たくさん」
疲労感が滲み出るスクレイドはそう説明し、隣の聡一は口を押さえた。
「僕も、止めようとしたのだがね、うぷっ…」
「そっちはミイラ取りがミイラになったわけか!!レモニアとルカの押しに負けて付き合わされたと!!あっ、い、いて…」
そして酒に強い印象だった聡一は酔いに我慢できずその場に倒れ、俺はルカの声に耳を塞ぎながら治癒魔法の霧を部屋中に巻きちらした。
「おお、吐き気がなくなったよ!大和くん!!」
「それは良かったなあ!!それでなんでルカは戻らないんだ!いってえーー!!痛い!!ルカ痛い!んぐーーー!?」
「今なら大和に勝てる気がする!!あはははははは!!」
相変わらず笑うばかりで離れようとしないルカは、力強く俺に抱きついて、恥も外聞もなくキス魔と化している。
そしてスクレイドは真面目な顔で言った。
「酔うというのは病気や怪我や不調ではないから、かなぁ、むしろ身体が酒の成分を分解して…」
「そんな真剣に答えなくていいから助けて!俺がルカをぶっ飛ばしてミンチにしてしまう前に!そしてその衝撃で宿屋が全壊する前に!!」
二人はその光景を想像してドン引きした。
いや助けろよ!
「そうだ!ルカ?おっと、口はよせ口は」
「何?どこならいい~?」
「そういう問題じゃないよなー?ほら、前に渡した宝石、術式の!あれ一回貸してくれないかなー?」
「あれっ、大和が可愛い!おっけー!ハイ!」
そしてルカから宝石を奪うと、聡一とスクレイドに目配せをしてから二人も頷き、俺はフライハイトの森に飛んで逃げた。
ルカは自らの意思で瞬間移動的なものが出来るようにはなっているが、宝石が無ければ俺を探知するのは難しいはずだ。
しかし森の家だとすぐにバレるだろう。
「ルカ、今日のお前の失態は後で全員の記憶から消してやるからな…」
そう呟いて草の上に寝転んだ。
慌ただしい一日だった…、と嫌な気配に起き上がり振り返ると、そこには満面の笑みのルカと周りを走り回るユキがいた。
「ひっ、な、なんでお前がここに…」
「大和の場所聞いたらユッキーが探してくれたー!あはははははは!!」
まさかユキにそんな芸当ができるとは露知らず、俺はルカの酔いが冷めるまでユキを連れて逃げ回ることになった。
周りの記憶よりルカの中の俺の記憶を消す方が早いとは思ったが、最近記憶関連で苦労した俺にはそんなことは出来なかった。
「ルカ落ち着けーー!とまって!頼むから!」
「あはははははは!!十七歳の大和みたーい!」
「いててて!!お前はバカになったみたーい!」
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。