見えていなかった者
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
今打ち込み中の話に追いついてしまいそうなので、しばらく投稿をお休みします。
その後、別室の空気は重く澱んでいた。
「あんな感情的な大和は初めて見た」
「俺も驚いた…かなぁ」
聡一がルカとスクレイドの待つ部屋に入ると、二人は寂しそうな悲しそうな顔をしてそう言った。
「情けないことに僕には何もかける言葉がなかったよ…」
スクレイドの知る大和は他者の心の機微を敏感に読み取り、己の中に何かしらの芯を持ち思ったことを熱く語りながらも押し付けることなく、柔軟に気遣う反面自分のことになると余裕があり、どんな事態もおどけた言葉や悪態をつき、なんだかんだ言いながらも飄々とこなしてきた。
こちらが驚けばうんざりだとその力の凄さにも無頓着なように見えていた。
しかし本当に力を軽く考えるような無神経な人間なら弱者など放って置けばよかった、力の使い所に迷うことなどなかったのかもしれない。
不安定になる事は汚物のせいだと思っていたが、どこからヤマトという人間を見失っていたのか。
そして聡一にだけ見せる弱さや本音がスクレイドにとっては寂しく、遠く感じた。
「俺も何も言えた立場じゃないかなぁ、あの力を知ったことで会いに行ったのは確かだよ…今になればあの子にとってあれだけの力がどれほど重荷だったか、少し考えたらわかったことだったのにねぇ」
ルカも大和に対してスクレイドと概ね似たような印象を受けていた。
それだけの力がありながら、なぜもっと自信を持たず凄いことだと理解しないのか。
サイコパスなのではと疑いたくなる時もあったほどに、大和という人は復讐の為に多くを割り切る事が出来る強い人なのだと思っていた。
だがそれが違うことは自分が生きていることで証明されていた。
何をしても軽い様子で自分の力だと認めず、他人事のようにすることが苦悩の現れだったことを今初めて思い知った。
大和の心に空いた穴と闇、そして自身も悩むからこそ人の心がわかる、仇であるはずの自分に対し必要以上の罪悪感を持たせないよう無遠慮に振舞っていた気遣い。
もっとよく知り気が付かなければいけなかったのだ、一人の死をきっかけに睡眠や食事がとれなくなるほど思い詰め、思い出のある場所や事柄で身体に影響が出るほどの繊細な心に。
「結局大和を見ていなかったのはオレの方だったんじゃないか」
大和がアトスを亡くしたことにより色々な事がどうでも良くなっているのかと勝手に判断し、事の重大さをわからせようと、おそらくは大和本人がもっとも理解し苦しみ悩んでいた事を何度も言い聞かせることで追い詰める事になっていたなんて。
そんな自分が許せずに後悔が込み上げる。
「ルカくんだけじゃない、大和くんを見ようとせず追い詰めていたのは僕だ。彼は時々さっきのようにSOSを発してくれていた…にも関わらず、心が壊れてしまった為に自暴自棄になったのだと思い込んでいたのだよ…」
スクレイドとルカはあの状態の大和を初めて見たと言った。
聡一にとってその姿は何度か見た事のあるもので、何かがきっかけで突然気持ちが切り替わっているのだと思っていた。
なぜなら彼はいつも事件や問題と共にやってきたからだ。
今考えてみればその事件や事故は見過ごしてもおかしくないようなこと、つまりどんな些細なことにも彼は気づき、気にとめてそれを己の事のように抱えていたからこそだったのだとわかる。
そんな彼の心は壊れてもいなければ思考を止めてなどもいなかったのだ。
トールからアキトのことを聞きルカと話をした時だけではなく、問題が起こっても怖いほどに落ち着き払っていたのは力があったからではなかった、自分が先に取り乱して宥める役をさせていたからだ…大和という優しい人物がどれほど自分たちに細かく気を割いてきていたのか。
自分を顧みない訳ではなく周りを見て先を読み、少しでも自分に出来る必要な事ならばと、他の誰もできないやるべき事をしていただけだったのに。
なんと浅はかな先入観で大和という人物を見ていたのか。
その優しさと力に甘え頼りながらも、そこに嘘はなかったが心配という大義名分を押し付け、自分を大事にしろなどと矛盾をはらんだ身勝手なことを言って責めた。
大和自身の言う通り、誰がこれまで本当に大和を見て理解していたのか。
旅に出る前にルカは大和に言ってしまった。
オレたちが見えているかと、それに聡一も女将も同調した。
復讐の為に己を蔑ろにしているのだと思い込んで、自分たちの忠告や心配を聞き入れないのだと誤解していた。
まさか大和にとって、自分たちが失うことを恐れる存在になっていたとは想像もしていなかった。
そして人を殺した事が大きくのしかかっていた大和に、優しいと言葉をかけることがさらに反発を招き追い詰めていたとは思いもしなかったのだ。
三人は少し黙り込んで、それから聡一に促されルカは大和の部屋に向かった。
「…入るよ」
「おう」
聡一のやつ、本当にルカを呼んだのか、俺に殺されかけたというのに過保護の塊め。
癇癪を起こした後で気まずいというのに…。
「大和、寝るまでいるから休んだら?」
さっきと打って変わって優しいルカが気持ち悪い…。
それとも怒りは収まったのだろうか。
それならそれでいいのだが、何より痛みと眠気が酷く、ルカがいてくれるのならやっと休める。
「悪いが頼む、術式も助かった、アメリアにしばらく剣を教えられない事を謝っておいてくれるか?」
「うん…」
「あと、もう一つお前に謝らなきゃならん事がある」
ルカは今度は何事かと強ばった顔でこちらを見た。
「この身体に傷をつけた、またしばらくお預けになって悪いな」
「そ、そこ?やっぱり君は頭がおかしい…」
一応は気にしていたというのにこの言われようだ、いつも通りのルカの罵りにも慣れ、俺は眠りについた。
「そんなこと、今こんな時にまで気にしてくれなくていいのに…本当にわかりにくすぎる…」
——それから三日後、なんとか起き上がれるようになった俺は暇を持て余し本を浮かせて読んでいた。
「またスキルが増えたか…」
ステータスを見ては増えるスキルに異世界人の死を知り、聡一と話したことでその理由が分かってしまった。
ルクレマールでは未だに黒魔術式による召喚を行い、その異世界人の血を使いさらに召喚を繰り返し、魂を閉じ込めて悪意の塊をより強固なモノへとしようとしているのだろう。
亡くなっていたのは亡命者だけではなかった。
一刻も早く回復するためにまた宿屋に戻ると、術式の中に配置されたベッドで身体を休めながら眠れずに本を読んだ。
自分でも治癒の術式を造ってみたが、どこまでも治癒だけは自身に効果がないことを知った。
それにしてもまだ体調の戻らない俺は聡一の知る情報も聞けてはいない、何かを聞いてしまい暴走した時にまたラングヴァイエと同調する為に今の傷を癒す必要があるからだ。
《──なにを悩む事がある、都合が悪ければ始末すればいい》
悩むのは心を捨てていないからだ、心は脆いものだろう?
《──捨てれば楽になれるというのに》
捨てたら今度こそ“俺”は俺でなくなってしまう、そんなのはごめんだ。
久しぶりに出てきたと思ったらまた余計なことを。
《──精霊に認められるのは心を持つ魂だけだ》
だからお前はあの時フライハイトの名を呼ばなかったのか。
そんな事を聞いたら尚更捨てる訳にはいかないが、なぜそんな事を教える?
《──何故だろうな》
またそこで会話は一方的に途絶え、本の内容も頭に入らず暇を持て余していた。
ラングヴァイエから得た知識によると変身している間は痛みや傷はないが、回復はしないらしいのでこのままの姿でいるしかないこともあり、余計な事ばかり考える頭をどうにかして空にする方法は無いかと考えていた。
するとルカが部屋に現れ、俺に覆いかぶさった。
「痛いんだが」
「少しだけ」
いくら痛みに慣れ、回復してきたとはいえまだ身体のあちこちが痛む。
しかし。
「俺の寝ている間に何かあったか?まだお前の話は聞いていなかったな」
「何も…ただ君と同じだよ、何に復讐したらいいのかわからなくなってきた」
「ほーん、俺はもうそこにいないぞ」
「ええ?」
顔のパーツがとっちらかったルカは信じられないと言うような目で俺を見た。
しかし俺からしたら元凶はこの魂なのだから復讐も何もない。
「なるべく早く残りの魂を探し出して手の届く範囲の出来ることを済ませたら、こんな面倒な魂がこの世界に二度と戻らないようにする」
俺は神になる、とは今度こそ頭がおかしいではすまないだろうし恥ずかしいので言えないのだが。
「復讐以外に君自身がやりたいことはないのか?」
「俺のやりたい事…?考える暇がなかったな、ドタバタしてばかりだったからな」
「趣味とか…この世界にはないか?」
そう言われてしばらく考えてみるが、この世界の娯楽的なものは何一つ趣味が合わない。
「ああ、本を…いや」
「本?そこまで読書が好きなのか?」
言いかけてそのやりたい事は無かったことにし、懐かしい気持ちになってから目を閉じた。
「そうだな、読書は嫌いじゃない…でもそこまででも無いな。うん、皆で楽しければなんでもいい」
ルカは身体を起こすといつも通りの笑顔で俺の頭を撫でた。
「わかる、やっぱり人は人の頭を撫でたくなるんだよな」
「…なんの話?」
「本能的な話だ」
頭にはてなマークを浮かべるルカに吹き出しそうになった。
「ところでルカは今この村にばかりいるが、俺の事より自分のやるべき事を優先しろよ?身の振り方は自分で考えてくれと言ったはずだろう」
「怪我をしている好きな人の側にいるのはダメなことかな?」
これはまた大きく開き直ったものだ、真顔でなんというセリフを。
しかしそれは眠れない俺の為でもあるのだろう。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
無計画で申し訳ありません、また投稿を再開したら読んでいただけましたら嬉しいです。