見えている者
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
それにしてもあれだけ術式が苦手だったルカが治療の術式とは…。
これは俺の為に頑張ってくれたのか、本当に指導者の違いかは曖昧にさせておきたいところだ。
「皆は無事か?」
「誰一人怪我もないがね…」
「ならいい、俺はどのくらい寝てた?その間に何かあったか?」
「君が精霊のところに行ってから…」
「それをどうして…スクレイドか、ぁ、いてぇ」
聡一は精霊の存在など、あの場で俺に何が起こったのかをスクレイドが説明したと言い、話を続けた。
「君は二週間眠っていた。まずはハナエさんだが、一時スクレイドくんの采配でこの宿に滞在していたが、僕が目覚めた事で朧月に戻り普段通りに暮らしている」
「女将さんにも全部伝わってるということか…酷いことをしたな 」
「彼女は強いからね、心配にはおよばないとも」
その女将に余計なことをして今までの頑張りと耐えた時間を無駄にしようとした。
「それでアメリアさんだがね」
「アメリア?が、どうかしたのか?」
聡一は一瞬探るようにこちらを見て一人で納得して頷いた。
「…いや、スクレイドくんの依頼で彼女を調べたが、僕には人間以外の情報は得られなかったのだよ」
「そこまで聞いているのか…アメリアは人間ではない、という話だっただろ?」
俺にもわからない魔力素と底知れない魔力の量。
そして存在を薄めても俺を見つけ、魔法として発動する前に魔力を視る力。
「しかし、本当にどこにもそれ以上の情報はなかったのだよ」
そんな事がありえるのか?
「そしてスクレイドくんは一人精霊の影響を受けず、僕らを最も安全と判断したここに運んでくれたんだがね」
「大変だっただろうな…また頑張ってくれたんだな」
「全員が目覚めると状況の説明、そして個々に対応をしてくれて感謝してもしきれないよ…」
「わかるよ、ルカは?」
「それは本人から聞くといい、君の目覚めを誰より待ち、献身的に看病をしていたのはルカくんだ」
「そうか…」
「そして、僕のことになるが…」
「恨んでないからな?」
間髪入れず放たれた言葉に聡一は目を丸くした。
「あんたのおかげでアキトに会えた、俺にとってはそれだけだ。召喚以外の事も洗いざらい教えてもらいたいが可能か?」
「…もう隠す必要はないのかもしれないのだね」
聡一は気まずそうな中にも、あの日言っていた誰かに聞いて欲しかったと言ったのも本心だったのだろう、どこか安堵の表情を浮かべた。
「まあそれはまた聞くとして…いてっ、いたい…俺からも報告だ」
医者は肩透かしをくらったようにガクッと体勢を崩したが、今の俺がどんな状態なのかが気になるらしく前のめりになった。
「白の王がこの世界を捨てた時点で魂はいくつにも分かれて散らばっていて、俺がこの世界に転生した時に完全に魂の融合を果たしたはず…だったが、どうやらまだ融合出来ていない魂があるらしい、それが記憶の欠如と力を使いこなせない原因だっうぃてえ…」
痛みで時々奇妙な呻きをあげ、息を整えつつまとまりの無い頭でなんとか考え話をする。
「意味がわからないのだがね?」
それはそうだろう。
俺にも最近やっとわかってきたことだ。
「多重人格とは違うんだが、融合しきれていない魂のいくつかは自我を持ち、それぞれがそれぞれの知識と記憶がありながら共有に至っていない」
「共有とは、そんなに難しいことなのかね?」
そこが一番面倒なところなのだが。
「それぞれの目的が一致していないからだ、自責の念から世界を破壊しようとする俺、世界を平穏でもなく破壊でもなく無に返したいと望む俺、俯瞰して達観し高みの見物をする俺、たまにスクレイドと勝手に偉そうに話す俺、コイツらのただ一つの共通思考は果てにあるのは絶望のみという考えだ」
もう俺にさえどの時の俺がどれなのか分からないほどの自己主張の強さなのだが、それは置いておこう。
「汚物たちはそんな危険な考えなのかね?」
「おぶっ…!?いてえええぇー!」
汚物!?聡一にまでそれが浸透しているとは思わなかった!
ああ、おそらく初めは違う言い方をしていたのだろうが、ルカの気迫で矯正されてその言葉に落ち着いた聡一の姿が目に浮かぶようだ。
気を取り直して真面目に話をした。
「確実に言えるのはどの俺も俺自身だ、アイツらと同調すれば今よりは力や知識を取り戻すことができる」
「それは僕は反対だ!」
聡一は本能的に危険を察知して椅子から立ち上がり、らしくなくハッキリと拒絶をした。
「わかってる、その間アイツらを野放しにするのはリスクが高すぎる」
聡一はその言葉に頷き、椅子に座り直した。
「そしてどうやら俺以外のヤツらの中で、残りの魂を拒絶している者と融合を望む者に別れているらしい、俺はその弾かれた魂が持つ記憶を精霊から掴むために、また今後もこういった事が起きる事は了承しておいてくれ」
「君は…やはりルカくんの言う通りもっと自分を顧みて大切にするべきじゃないかね?」
「だから悪かったって」
「真面目に聞きたまえ!君はアキトが亡くなってから自分を見失っている!」
さんざん迷惑をかけておいてなんだが、それは今の俺にとっては聞きたくない言葉だった。
「…自分を蔑ろにしているつもりは無い、出来ることなら関わりたくない事も数えきれないほどあるさ!」
自分でも訳の分からない苛立ちが溢れ出て、言ってはいけないと思うのに止まらない。
「俺は!見たことも会ったこともない白の王なんて奴の魂がやらかした事まで背負ってやるほどの善人じゃないんだよ!ワガママばかり言ってあんたたちに迷惑をかけて、都合が悪くなったら助けられて、そんなこと俺が一番わかってるんだよ!」
「大和くん、だからそれが自分をわかっていないと…」
「わかってない!?それに報いる方法なんて思いつかない!出来ることをしてるだけなのに…っ、また俺は間違えてるってのか!?聡一までそんな事を言うのか!?」
ああ、聡一が困っているのがわかるのに、なぜ止まらないんだ。
「大和くん…もっと自身を認めてあげてもいいのではないかね?」
「どうやったらこんな自分を認めてやれるっていうんだ!アキトの復讐だって誰にどうしたら果たせるかわからなくなったんだよ、だけど俺はアキトの存在を理由にしなければ、こんな世界で生きていたくもない!」
起き上がることも出来ない役立たずの身体に、何をしても虚しく空回るばかり。
「ルカに言われたことがある…何ならできないのかってな!逆だろ!?俺に何ができるんだ!!…迷惑をかけたくない!大切な人を傷つけたくないし失いたくない!そんなこともままならない!"俺"にできることなんか何一つないんだよ!!」
覚悟を決めたと言っておいて何一つやり遂げることも出来ず、未完成の魂に振り回されて心を見失いそうになる。
こんな自分をどうやったら認めることが出来るというんだ。
やはり誰も何もわかってない、俺がどれだけ馬鹿で無力でダメな人間か。
皆が見ているのは白の王の力を持つ“俺”だから。
実際に魂の力がなければここまで関わることも、大事にしてもらえる理由も無いことに気がついていないのはどちらだ。
「“俺”に価値なんてない、その証拠に“俺”を見ている者なんていないじゃないか、俺とあんたを繋いだのは確かにアキトだった、だけどその関係が続いてるとしたらそれは白の王の…苦労もせず得た身に余る強大な力だけなんだよ!!」
「そんな事を思っていたのかね?」
「そんなこと…ねぇ、ならアキトがいなくなったあとに俺が力を持たなければ執行人にもなれず、あの家は追い出されていた、違うか?」
「それは…」
聡一は言いよどみ、俺はさらに現実を突きつけた。
「もし運良くあの家にいる事ができるか、朧月ででも面倒みてもらえたとして、力が無ければ俺と深い話をする機会があったか?アキトの思い出話さえルカの件がなければ避けてきた俺たちが?」
聡一は何かを言おうとして何も言えなくなり、それは肯定と受け取れるようだった。
「わかるだろ?力が全てだとは言わない、だけど現実はそんなもんなんだよ!いっ…いてえな!くそっ!」
激痛にも腹が立つが、そんな考えたくない事実をわざわざ口にして証明しなければいけない事にも腹が立つ。
「結果として今こうしていればそれでいい、とか…それとは別問題だろ?俺が言いたいのは…魂の力がなければ、スクレイドに興味を持たれることも無かっただろうし、ルカとは接点すら無かった…」
“俺”を“俺”だと言ってくれたアメリアすら、この力が無ければ救うことも出来ず今はなかったのだから。
「考えたって無駄なことばかり考えちまうんだよ!だったら出来ることをひたすら行動するだけだ!力を使わなくても嘘まみれでも、何も無い“俺”を見て剣を教えてくれた、俺自身の力をつけてくれたのも、この世界で認めてくれたのもアキトだけだった!!そのアキトを守れなかったこんな力いらない!なのにこれ以上失わない為にはこの力に頼るしかない…っ!!」
伝えたい事があるのに上手く言葉が出てこない、きっと痛みとラングヴァイエの嵐のせいだ。
絶対にそのせいだ…。
「力があって良かったと思うことだってある!あんたたちとこうして居られるのは力のおかげなんだからな!だけど“俺”は力の…魂の付属品みたいだ…」
「大和くん、泣かないでくれ…」
そう言って聡一は泣きそうな顔で近づくと俺の涙をハンカチで拭い、それによって自分が泣いてると気づいて二人に使用していたスキルを切った。
「アキトの話を出して悪かったよ…だからあんたまで泣かないでくれよ…」
「そうではないのだよ…」
「そうか…、八つ当たりしてごめん…治療は本当に助かったが、また重要な話はルカとスクレイドがいる時に話してもらう…少し眠る…」
「…そこまで意識がハッキリしてしまった君が、術式空間でもない人がいるこの宿で眠れるのかね?」
「どうだろうな、でもどうせ森の家に帰ることは止められるんだろう?」
「ルカくんを呼ぶ、それだけは譲れないと思ってくれたまえ」
ここまで読んでくださりありがとうございます。