国と思想
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
「まあ、とにかくその四つの国は何百年も昔から協定を結んでいるので、今のところ表立った争いはない」
ふむふむ、軍事力と言っても自衛の為と思っていいのだろうか。
「問題なのが協定に属さない残りの一国だ。ルクレマールという」
「協定に賛同しないということは戦争推進派なのか?」
「そんなところだな、厄介なのが魔王を崇拝する者の集う国ルクレマール、この国民性は残虐で好戦的だと言われている」
「言われている?会ったことはないのか?」
俺の素朴な疑問にクリフトは勘弁してくれと頭を掻く。
「もちろん国交までは断絶していないから近隣の諸国や辺境で奴らを見かけることはある。だが奴らは力こそ全て、隙あらば問題を起こして他人の死も己の死も魔族の供物になる栄誉だと豪語している連中だ」
「うっわ、なんか過激派とかそんなんじゃ表現できないくらいヤバい奴らじゃん」
「あいつらは隙あらば戦争をしたがる、時々この国の村や町を襲ったり、各国の重要機関にテロ行為を行うこともある、正直関わりたくない連中だな」
なんて恐ろしい国なんだ、俺が落ちたのがまだ森の中で良かったとさえ思える。
「よく戦争にならないな…」
「それはね、確かに昔から血の気の多い種族が支配してきたんだけどねぇ、土地はそこまで豊かじゃないこともあって協定四国の経済制裁が効いているのさ」
そこで初めてスクレイドが補足をする。
「いくら経済制裁をしたところで、そんな連中に効果があるとは思えないけど?」
「そうなんだよね、むしろそのせいで国土を奪おうとしてくる場合もあるとは思うんだけど、それでも大事に出来ない理由もある、ルクレマールは種族感差別をしない、それがどういう事だかわかるかい?」
「ちっともわからん」
「魔族を崇拝さえすれば誰でも受け入れるんだ」
「…犯罪者でもってことか?」
「そう、そして死ぬ事は誇りだと言っているが何も無駄死にをしたい訳じゃない、彼らには彼らの行動原理と美学があるらしいんだよね」
この話に明らかに不快感を示すセリとクリフトとは違いスクレイドは淡々と、それでいて穏やかに説明をする。
「スクレイドはその国をどう思う?」
これは俯瞰的に見えていそうなスクレイドに聞いた方が良さそうだ。
その問いに一瞬意外そうな顔をするが、眼を伏せて少し憂鬱そうに言葉を紡ぐ。
「そうだね、歴史を紐解き立場が変われば、そうなってしまうのも仕方ないと言える部分はあるんじゃないかなぁ」
「スクレイド様!?」
反発したのはクリフトだった。
「わかるよ、君たちは平穏に暮らしたい、過去数百年前に何があったとしても、未だに争う理由にするのはおかしいと言いたいんだよねぇ」
「そうですよ!失礼を承知で申し上げますが、奴らの肩を持たれるとは些か不愉快です」
付き合いは短いが、気のいい兄ちゃんとしてしか知らなかったクリフトが、敬意を払って接していたスクレイドを相手にここまで怒りをあらわにするとは意外だ。
「クリフトくん、君は他人を思いやる意思が強い」
スクレイドはちらりとアメリアを見る。
そうだ、クリフトだって兄貴を無残に殺されて恨みや怒りがない訳がない、それでもそれを表に出さないのはアメリアがいるからだ。
それだけじゃないかもしれない、兄の死を無駄と思いたくない気持ちもあるのだろう。
そんな彼は知っているんだ、怨嗟が何も生み出さないことを、だからこそ許せない考え方なのかもしれない。
しかしクリフトのように自分を律して、周りを気遣うことの出来る者はそうそういるものではない、それは俺のいた世界でもそうだった。
思想が変われば法律も変わる、法律が変われば正義も変わる、それを誰が責めることができるのか。
「だけどね」
クリフトの頭を小さい子供をあやす様にぽんぽんと軽く撫でてスクレイドは続ける。
「その意思の強さを違う事に向けないと生きていけない者がいるのも確かなのさ、それは人間に限ったことじゃない」
俺にはなぜかそう言ったスクレイドがどことなく哀しそうに見えた。
「私も無礼とは存じますが、彼の者たちを擁護するような発言に得心は出来かねます」
それは怒気を含んだセリの声だった。
「君たちには昔のことをいつまで恨みつらみ八つ当たりをしているのかという思いもあるかもしれないね、でも長命の俺たちにとっては数年前、あるいは昨日の出来事のように感じる時もある、彼らだけを悪者にすることは出来ない」
君たちはそのままでいい、と付け足しスクレイドは口を閉ざした。
「あのさ」
平和な現代の日本でぬくぬくと育った俺にはわからないかもしれない、簡単なことじゃないのも平民のクリフトたちにどうこう出来ることでもないだろう。
でも気になるものは気になってしまうんだから仕方ない。
「わかり合うために努力はしたのか?」
「なんだと?」
クリフトは明らかに苛立ちを隠せずにいる。
「我が王を始め、協定国が差し伸べてやった手を払い退け、今も無法に暴虐の限りを尽くす者をどうやってわかれと言うんだ?」
差し伸べてやった…そう言ってしまうのか。
「そうか、何も知らないのに悪かった」
「勇者様、この世界に害を為し皆の平穏を乱すのは彼の国の者共なのです」
セリも俺に異論は認めないといった風にクリフトに続いて訴える。
「そうだな、誰だって平和に暮らしたいしそれを脅かすものは許せないよな、けどその平穏に誰が入っているのかが問題だけどな」
「…どういう事だ」
「差し伸べた手に理不尽さは無かったのか?追い詰めたことは無かったのか?相手を感情のある個人として認めた上で話し合ったことがあったのなら決裂したって仕方ないよな」
俺が思わずそう言うと、スクレイドは少し意外そうな顔で俺を見つめ、セリは厳しい表情で俺を見た。
「勇者様、何が言いたいのです?」
「お前らの言う皆の平穏とやらの皆が誰のことか、この世界の常識に疎い俺にはわからないだけだよ」
喧嘩がしたいわけじゃない。
説教なんて偉そうなことを言えるほど経験もなきゃ出来た人間でもない。
だけどなぜかスクレイドの諦めたような哀しげな雰囲気が気になる、渦中にいると見えないことがあるのは仕方ないが、多くの人が原因を知らずにいがみ合うこの世界の国々の仕組みに俺は腹が立っているんだ。
「クリフトは俺が異世界人だから良くしてくれたのか?」
「違う!アメリアを助けて兄貴の亡骸を俺の元に返してくれた!それでお前は良い奴だってわかるから…」
「俺がルクレマール人だったら?」
「ルクレマールの奴らがそんなことをするわけがないだろう!!ヤマト!わかってくれ!」
「クリフトは見たことがあるのか?」
「ああ!だから何度か出くわしたと言っているだろう!」
「違う、ルクレマール人が死んだ身内を見捨てて、悲しみもしないところを」
「それは…」
「なぜルクレマールでは半端者を受け入れる?全ての理由はわからないんじゃないか?それがスクレイドの言う彼らの事情と俺は思うんだ」
「きっと捨て駒にするためだ!…こんなことは言いたくないが部外者が言っていい事と悪い事があるだろう」
バツが悪そうにしながらも引くに引けないといったクリフトは俺から視線を逸らす。
「そうだよ、俺は部外者だ。だからこそ見える事も考えられる事もある。俯瞰して物事を見られるのは部外者の特権だとも思ってる、セリもささっきスクレイドが言ったように二人はその考えでもいいだろうな、それこそ二人にもそれぞれの事情があるんだろ?」
セリはじっとこちらを見据えている。
「この話に誰も納得なんかしなくていい」
「どういう事ですか?」
硬い表情でこちらを見ていたセリが呆れたような声を出した。
「平行線でいい、俺たちがこんな事で言い争うなんて不毛だから、ただ俺は片方の思想だけを聞いて盲信するほど馬鹿じゃない、気になったことを聞きたかっただけだ」
「ヤマト…」
「それが二人を…もしかしたらアメリアまで傷つけることになっても考えることはやめたくない」
「俺だってお前に自分に都合のいいことを吹き込むつもりで言ったわけじゃない!」
再び俺の顔を見たクリフトは訴えるように必死に叫んだ。
「わかってる。クリフトが心底俺の心配をして、そういう者がいることを事前に教えてくれたんだって、だけど俺は自分の目で見て判断したいんだ、でも十分用心するよ」
俺にとって怖いことは、どちらか一方の言葉で全てがそうだと思い込むこと。
思考停止したらそこで全て終わってしまう気がするんだ。
ここまで読んでくださってありがとうございます。