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蝶の存在

少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

大和が倒れた直後アメリアは気を失い、部屋にいた者は奇怪な音に頭の中を掻き乱され、全身の力が入らず立っていられなかった。


「まさか!ラン…」

一人その影響を受けずに立ち尽くしていたスクレイドは、その名を呼びかけて即座に口を噤んだ。

そして辺りを見回すとなんとか意識を保っていた最後のルカが倒れ、スクレイドは深いため息をついた。

「なんてことを…捨て身にも程があるよねぇ…」




──それから二日後。

目が覚めたルカはあまりの倦怠感にすぐには起き上がれず、まだ思考の追いつかぬ頭でぼんやりと周りを見た。

「ここは…」

見知らぬ部屋に自分がベッドに寝ているのだと気づいた。

部屋の反対の壁際のベッドには聡一が眠っている。

「ルカくん、起きたかい?」

突然声をかけられ、起き上がって後ろを見るとドアにもたれて立っていたのはスクレイドだった。


「スクレイド…?ここは…、大和は!?」

「ここはガイルくんの宿屋の一室、ヤマトくんは今のところは生きているよ」

「今のところは!?うっ…」

スクレイドは立ち上がろうとしてよろけたルカを座らせ、ベッドの隣に椅子を置いて座った。


「無理をしてはいけないよ、あの音は君たちには相当なダメージだからねぇ…まず君はあれから二日眠っていた、嬢ちゃんはあの日の夜起きたけど…やはり最初の汚物の時同様、ヤマトくんに関わった記憶がないんだよねぇ」

「危険な目にあわせちゃっただけだったな…」

大和が聡一の元に向かってしばらくした頃、ルカは嫌な気配を察知し、スクレイドに大和の中にいる者が動き出したと伝えた。


そしてスクレイドが大和の捜索をしている間にも連絡を取りつつ、ルカの提案でアメリアを連れていくことになった。

スクレイドとルカは大和の中に居る者を収めたのがアメリアではないかと推測した。

そしてセリの集落が襲撃された折にも大和が異質な力を放ち、空の術式を解除した時にアメリアが抱きしめたことで元の大和に戻った事を確認していた。


今回もアメリアならばもしかしたら、と危険を承知で大和の危機を知らせ来てもらったのだが。


「アメリアちゃんが話しかけたら大和の様子が変わり始めて、手を握った時にアメリアちゃんから白い光が見えたんだけど…」

「それは俺にも見えたかなぁ…」

二人は唸った。

「最後には汚物の気配はほぼ無くなっていたから…きっとアメリアちゃんの魔力が何か関係してるというのは間違いないんだよな」

ルカがそう言うと、スクレイドは同意しながらも額に手を当てた。


「スクレイド?」

「あの音がする前、ヤマトくんからとても嫌な魔力を感じた気がするんだよねぇ…」

ルカはハッと思い出したように言った。


「あの音がその魔力ってことなのか?」

それを聞いてスクレイドは困ったようになり、しばらく考えてから隣に眠る聡一が起きていないことを確認してから話を始めた。


「嫌な魔力とそれは別物でねぇ、あの音はヤマトくんが俺たちを守るために捨て身で呼んだんだよねぇ」

「捨て身…って、どういうことだ」

「君はヤマトくんが呼んだ名前を聞き取れたかい?」

ルカは眉間にしわを寄せ首を振った。

「あの言葉は人間には理解できないと思うんだけど、あの時に呼ばれた存在こそがヤマトくんの言う協力者だったんだよねぇ」


ルカはますますわからないというように説明を求め、スクレイドは言葉を選びながら慎重に話をした。


「俺が名前を口にする訳にはいかないんだけどねぇ、尊い彼の存在は…空の精霊だろうねぇ」

「空の精霊!?」

その存在は多少ではあるがルカにも覚えがあった。


それはヤマトの暮らす森の家で、童話らしき本があり読んだところ、白の王の話が載っていたのだ。


その頃はなんとも嫌な終わり方の話だと済ませたのだが、空の精霊とはその物語に出てきた白の王に力を与えた者のうちの一人であることに気がついた。

「この世界には二種類の精霊がいるとされていてねぇ、その尊き彼の存在は白の王にしか心を許さず、力だけなら世界さえめちゃくちゃにしてしまう事ができる」

「なんでそんな…じゃあスクレイドの話を聞いたあの不思議な空間は」

スクレイドは頷いた。

「彼の存在が住む場所にして白の王だけが許された世界、といったところかなぁ…ちなみにあの森は一瞬であそこに出現したんだよねぇ」

「一瞬!?」


ルカが信じられないのも無理は無かった。

フライハイトの森は広大なうえ立派な樹木がそびえ立ち、草花や木々はどれも立派で昔から長年をかけて育ったものだと思っていたからだ。


「精霊は時間の概念が存在しない空間に住む、彼の存在のうちが一人、大地の精霊の仕業かなぁ、あの時あんなに長く話していたのに目を開いたら瞑った時と同じ時間だったんだよねぇ」


「時間の感覚が麻痺してて気が付かなかったけど、そうだ、日も暮れてなかった…!協力者だと言ってたのに、それがどうしてあんな下手をしたら死ぬような音を出したんだ?」

「俺たちにはあの音しか聞こえなかったけど、ヤマトくんはあの音に混ざる声を聞き、会話をしていたようだった、俺が聞こえたヤマトくんの最後の声は自分を気が済むまでくれてやる、と」


ルカはそこで悲しそうな顔になるスクレイドを見て不安そうにした。

「大和の言った言葉にはどんな意味がある?」

「君たちの聞いたのは一声だけであの威力、ヤマトくんが記憶を取り戻すためと言って傷を負っていたのは知ってるね?」

ルカは嫌な予感を抱きながら頷いた。


「おそらく彼の存在たちに刻まれた白の王の記憶を自分のものにするために、彼の存在たちに同調していたんだと思うんだよねぇ、だけど今回は訳が違う。同調率が深すぎる」

「声だけであれと言ったよな?じゃあそんな事をしたら…」

スクレイドはさらに深いため息をついた。


「魂と肉体と心がバラバラにされるような苦痛と混乱が時間の概念のない世界でヤマトくんを襲っているはずだ、それも気の済むまでとなったら…」


それを聞いてルカは急いで青い宝石を出して大和の所へ飛んだ。

同じくガイルの宿屋の一室でベッドに眠っている大和の身体には無数の傷が出来ている。

「大和…!?」


そう呼びかけている間にも新しい傷が腕に出現し、血が吹き出した。

「精霊の仕業なのか…!?」

ルカは痛々しいその身体に触れることができず、口元に手をやった。


すると追いついたスクレイドがやはり沈痛な面持ちで説明をした。

「それはヤマトくんが自分でつけている傷だろうねぇ」

「なんでそんなことを!?」

「意識を保ち、バラバラにならない為に…」

「そんな危険なモノに頼るしか方法がなかったのか!?…大和!」


ルカは自分もまだ万全でない状態で、傷が増え続ける大和の傍を離れようとしなかった。


「それと、この村の一帯にはヤマトくんの造った術式があるからどこよりも安全なはずだ、移動させないようにするんだよ。あとこの部屋には誰も入れないようにね」

スクレイドはルカも心配だったが、仕方なく大和を任せて聡一の監視に戻った。

聡一に警戒しろ。

それが大和と最後に会った時の会話だったからだ。

「早く事情を聞かせてもらいたいんだけどねぇ…」


やがて日が沈み、ルカは大和の身体から滲む血を拭いてはこまめに布を替えていた。

時に引っ掻いたような、殴ったような痣がでては胸を痛めた。

「がはっ!」

大和の声に驚き見ると、今度は口から血を吐いている。

自分にできることを探したどり着いた考えにルカは決心した。

「大和、待ってろよ…スクレイド!」






一方その頃、空の精霊と同調し無限の空間にいた俺は。

「っだぁー!!しつこい!どんだけ暇だったんだ!!」

ラングヴァイエの嵐の中でイライラして地団駄を踏んでいた。


「話しても死なず!記憶を消しても死なず!私の不変の時間に変化をもたらす!そんなそなたを楽しいと私は思うよ!とても愛しいと私は思う!」

「それは何度も聞いた!」

フライハイトは変わらぬ時間と終わりのない己に自由を求め喜怒哀楽と呼べるものを見失っていた。

ラングヴァイエは己が持つその強大過ぎる世界の力を持て余し、知識を満たすことに価値を見出したのだ。

そんな二人が話すことができ、新しいモノを与えることができるのは俺だけだと魂が知っている。


それにしてもラングヴァイエは鬼ごっこを楽しむように肉体や魂、そして今まで俺自身が経験してきた事どころか苦労して掴んだ記憶まで奪おうとする。


それらを守りながら意識を手放さないように、そして隙あらば白の王の記憶を掴もうと必死の攻防が続く。

「どのくらい経った…」

時折ふと折れそうになる心に返ってくる言葉はない。


俺の中のアイツらは余程精霊が苦手らしく、…今ならその気持ちもわかるのだが、同調してからは一言も発しはしない。

だからこそ自分の暴走を止めるための手段としてラングヴァイエを呼んだのだが、気がつけば身体は十七歳の頃まで小さくなっていた。

「あーーっ!!また取られたーーーー!!ラングヴァイエ!お前なんか嫌いだーー!!」

そう叫んだ時、突然嵐が止んで辺りが暗くなった。

「そなたは私を必要としないのかと私は思う」

「嘘だ!冗談だ!!ここまで好き放題だと言ってみたくなるもんなんだよ!!」


どうやらショックを受けたのかラングヴァイエの声には心做しか力がない。

「お前を必要とする!必要とするから遊ぼう!」

「そなたが私を必要としていると確信するに足るものがないと私は思う」

す、拗ねてる!これは確実に拗ねている!!めんどくさい!


…しかしフライハイトよりは会話の成り立つこいつならと、嵐が止んだのをいいことに少し愚痴り始めた。

「なあ、俺は白の王ってやつの魂をもってるんだよな?」

「そなたはそなたなのだから私とここにいるのだと私は回答しよう」

ふむ、やはり話はできるようだ。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

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