聡一と魂と大和
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
《──術などを遺していった事で起こったのだからな》
俺はただ力の無いものが身を守れるよう…
《──俺の望んだものがその通りに正しく行われたことなどなかったんだ》
「僕は昔、白の王とやらが分け与えた不老の魔力が尽きかけたという英雄王と取引をしたのだよ。不完全な肉体を【細胞操作】で若返らせ続け、召喚に協力しハナエさんを引き取った。彼女のせいではなく自分の意思として」
《──やはり全てが間違いだった》
《──俺なら二人を終わらせてやる事ができる》
《──死こそ救いだと言えるんだ》
《──全てを無に》
頭の中でアイツらが代わる代わる囁く。
「結果召喚した者の中にアキトが居たのだ、その時初めて召喚に時間の誤差が生じることを知ったと同時に、あの日アキトを地獄に送ったのが他の誰でもなく兄である自分自身だったと知ったが…もう後戻りはできなかった」
《──俺が何をしたのかもういい加減わかるだろう》
そうだ…聡一も女将さんもルカもこんな世界に巻き込んでしまったのは俺だ。
《──巻き込んだだけじゃない、守れなかったわけでもない》
わかってる。アキトを殺したのは俺だ。
「だから言ったのだよ、守れなかったのは君のせいではないと…全ては僕が自分の意思で召喚した事なのだから大和くんは悪くな…大丈夫かね!?」
立っていられない。
アイツらの声がうるさく響く、まるでフライハイトとラングヴァイエの嵐の中にいるみたいだ。
頭が割れそうなほど痛み、耳を塞いでも聞こえる声、目を瞑ってもアイツらが見せてくる、見えてしまう女将の受けた苦痛の記憶…。
俺はあの時のルカの問にきちんとした答えは返せなかった。
“オレたちは何と闘っているのか”と。
《──言えるわけが無い、世界に災いの種を撒いたのは》
『俺だったんだな』
魂の色は再び赤みを帯びた黒へと変わり、心は闇に飲まれていく。
姿は元のクロウとして過ごしたモノへと戻り、髪は黒く染まっていった。
《──早く楽にしてやったらいい》
そうだ、楽にしてやりたい…。
だけど、聡一と女将さんは“俺”が終わらせる。
お前らには手出しはさせない。
床に膝をついた俺に手を伸ばしてきた聡一の手を掴もうと手を伸ばした。
『俺ならお前たちを終わらせてやれる、女将さんに死を与えられるのは俺だけだ』
「ハナエさんを…?」
聡一の手と俺の手が触れるか触れないかの間際。
「国医殿!離れて下さい!」
突然仮眠室に現れ聡一を守るように引き離して俺に剣を向けたのはルカだった。
「悪いけどねぇ!君は俺の結界の中にいてもらうよ!」
いつの間にか現れていたスクレイドも聡一を結界で覆ってその前に立った。
「ルカくんにスクレイドくん…!?それに…」
『お前ら!聡一には接触するなと言っただろう!!』
そしてルカの後ろから飛び出してきたのは。
「ヤマト様!!」
『アメリア!?どうして…』
俺は机を倒し後ろに下がった。
目の前にはアメリア、そしてプロウドを握り締め剣を俺に構えて警戒するルカ。
その後ろにはスクレイドが困惑した聡一を守っている。
『聡一も女将も楽にしてやらなければいけないんだ!!俺がこの世界の悲劇を生み出した元凶なんだ!聡一!女将を殺せるのは俺だけだ!』
「君…ならハナエさんを死なせてやれるのかね…?」
『聡一!俺を信じろ!全てを終わらせてやる!』
「終われ…る、本当にかね…?」
『 もう楽になっていいんだ!』
「ヤマトくんの言うことは事実だろうねぇ、だけどそれは本人の意志を確認したのかい?」
心が揺れていた聡一はスクレイドの冷静な言葉に我に返り、今が自分には理解の追いつかない非常事態がおこっているのだと認識した。
「君に国医殿を殺させる訳にはいかない!!そうなったら大和、君にはもう会えなくなる気がするんだよ!」
『ルカ!俺のことは後でなんとかして殺してくれ!!だけど、女将さんのスキルを断ち切れるのは俺しかいないんだ!!二人を救わせてくれ!!』
「ハナエさんがなんだって!?君は汚物じゃない…!大和なのか!?」
「耳を貸してはいけないよルカくん!今目の前にいるのはヤマトくんであって、ヤマトくんではない!あの子を取り戻すにはソウイチくんを守るしかないんだ!」
『アメリア、頼むどいてくれ…君を、殺したくない』
俺は手をかざして目に映る全てを捉えた。
あの力でいつものようにただ楽にしてやればいい。
なぜ誰もわからないんだ?
二人は十分すぎる程に苦しんだ、悲しみしかないこの世界で!俺のせいで!
楽にしてやりたい、こんな世界から解放したいだけなのに!!
「ヤマト様…」
アメリアは少しずつ近づいてきた。
『アメリアも邪魔をするのか…』
君だけは、俺を見て、俺を認めてくれたと思っていたのに…。
「スクレイド!やっぱりアメリアちゃんでも無理だ!!」
「嬢ちゃん!俺の方に来るんだ!早く結界に!」
その場はどんどん切迫していき、ルカがアメリアを連れ戻そうとしたその時、アメリアは厳しい口調で言った。
「ハナエさんが、ヤマト様に死を望んだんですか?」
視界にノイズが走る…なんだこれは…
『…そうじゃない、だけど俺には責任があるんだ』
「ハナエさんがその責任をこんな形でとって欲しいと言ったんですか?」
『違う!!だけど彼女の苦しむ姿を見た!!』
しかしアメリアは真っ直ぐに俺を見て言った。
「ノーラは、辛くても前を進むことを決意しました。最後に会った時に死ななくてよかったと、生きていて良かったって言ってくれました!」
『ノーラ…が?』
あの子の深い心の傷はそんなに簡単に癒えるものじゃないだろう?
だけど。
『ノーラは自分を虐げていた者が捕まった、だからそう言えるんだ!女将は…』
そこでアメリアの足が止まったが、視線は俺を捉えたままだ。
「私には事情はわかりません、でもハナエさんは死ぬことだけが救いだと思うような方なんですか?一度お会いしたハナエさんは、生きる意志を自分で手放すような方には見えませんでした」
彼女の…生きる意志…?
そこまで緊迫した状況を理解しようと必死に話を聞いていた聡一が叫んだ。
「大和くん!ハナエさんはどんな事があっても生きていたからこそ健吾と出会えたのだと言っていたのだよ!!希望を捨てず何が何でも健吾の分まで生き抜くのだと、僕はハッキリと彼女から聞いた!!」
彼女は、希望を捨てていない?
《──愚かしい、希望の先には絶望しかないんだ》
そうだ、そのはずだ…、でも…希望を抱くのは愚かなことなのか?
《──そんなことは俺が誰よりもわかっているだろう》
だけど本当に絶望の先には何も無いのか?
《──絶望の先?そんなものは有りはしない》
…希望の先には絶望しかないと…?
《──そうだ。他には何も無い》
「ヤマト様、ハナエさんの意志を…希望を奪ってしまうんですか?」
《──耳を貸すな。何も知らぬ者にはわからないことだ》
知らなければわからない…?
『それは…そこで立ち止まったからじゃないのか』
《──何のことだ?》
『 知らないのは俺の方じゃないのか?…なぜ絶望の先を見ようとせずに断言できるっ…!』
「ヤマト様?」
『 動け…動いてくれ!!』
かざした手を下ろしたいのに、鉛のように重い左手に力を入れても右手を押さえるまでしかできない!
『進んだ者しか知り得ることの出来ない絶望の先にあるかもしれない希望を抱くことを…!』
何としてもこの手を…力を絶対に止めるんだ!
『俺に愚かだと言えるのか!?』
頼むからこの力を、生命を奪うのではなく守らせてくれ…!
希望を奪わせないでくれ!!
『他人の幸不幸を勝手に決めつけていいはずないだろう!!』
左手の力が強まってきたが、まだ足りない…!
“俺”の意思が足りない!!
『皆、絶望のその先に希望を求めて前に進んでいるんだ!!進むことを諦めたお前たちや俺なんかが否定する資格なんてないんだ!!』
「大和…」
「ヤマトくん…」
何かに抗うように叫ぶ姿に、その場の誰もが動けなくなっていた。
ブレスレットが視界に入り、左手の力が強まっていく。
アキト、お前の進む先にあったはずの希望を奪った俺が…いつも都合のいい時だけごめんな。
だけど今、皆を傷つけずに済むように俺の弱い心にお前の心の強さをわけてくれ!!
『立ち止まってしまった臆病な俺が、強く優しい者の進む道を邪魔をすることは絶対にあっちゃいけないんだよ!!』
その時、
「一緒に、前に進みましょう」
優しい声と共に左手に添えられたのはアメリアの手。
かざした右手にはまだアイツらの力が込められているというのに、アメリアはその前に膝をついてその手を強く握った。
『アメリア!危ない…っ』
「私がしなければいけなかったのは止めることではなく、一緒に進むことだったんですね」
『俺は、もう進めない…!』
アメリアの手から、全身からあの時と同じように白い光が溢れ出した。
『もうこの手を離しません、一緒に前に』
『アメリア…」
身体の力が戻り始めたというのに、頭に響いたのは…。
《──この光が、邪魔をスル》
まずい…アイツが出てくる…!!
『離れてくれ!!」
このままではアメリアが…皆が危険だ!
『ラングヴァイエェエ!!俺はお前を必要とするッ!!」
右手を抑えていた手でアメリアを突き飛ばしてそう叫ぶと、頭が割れそうな不快で奇怪な超音波のような音がその場の全員を襲った。
「そなたから必要とされるのを待っていた!!どんな興が用意されているのかと私は期待をする!!」
「ヤマト様!!」
「この音は何かね!?ぐっ…ぅ…!」
「大和!!くっ、頭が…!!」
「嬢ちゃん大丈夫かい!?ヤマトくん!その存在は!」
『“俺”をお前の気の済むまでくれてやる!!」
「それはとてもとても楽しいことだと私は承諾する!!」
その嬉々とした破壊的な声の消失と共に俺は意識を失った。
ここまで読んでくださりありがとうございます。