大和の剣術指南
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
「ルカ殿、連れの方がいるなら紹介してほしい、私はセリという、よろしく」
俺とルカは顔を見合わせて指を指した。
「クロウだよ、今は少し見た目が可愛らしいけど中身はあのままだから」
「俺だ」
それはどういう意味かと思ったが、ルカにはもう何も言うまい。
「「はい!?」」
セリはもちろんカウンター席でこちらの様子を伺っていたクリフトも立ち上がり、同時に叫び声が重なった。
やはり何度でも思うがこいつらは息があっている。
「今日は術式の作業が終わった報告とアメリアに用があって来たんだが…」
アメリアの気配はルンナの小屋にある。
俺が来たことに珍しく気がついていないのか、宿屋に戻ってくる様子はない。
そしてセリの少し後ろまで近づいて止まったクリフトは口を開けたまま俺を上から下までしっかりと見て固まっている。
「クリフト!」
「は、はい!」
突然見知らぬ偉そうな女に名を呼ばれ、クリフトは反射的に返事をした。
「この間は一方的に怒りをぶつけて悪かった」
「あ…そうだ!なんで俺があんなに怒鳴られなきゃいけないんだよ!」
怒りの再燃したクリフトは勢いよく前に出たが、すぐに肩を落とした。
「ほんっとにクロウなんだな…今日に限ってなんでそんな見た目なんだ、やりにくいったらねえよ…」
セリとルカはやれやれと笑い、俺は食堂の臭いが嫌なこともありさっさと外に出てアメリアの元に向かった。
ルンナの小屋に行くと、ちょうど世話を終えたらしいアメリアが顔を出した。
「ヤマ…あ、クロウさん!こんにちは!今日はとても綺麗ですね!」
「…もう大和でいいよ」
やはりどんな姿もわかってしまうのか。
アメリアは女の姿に目を輝かせてニコニコとしている。
後ろにはルカ、セリとクリフトもついてきていた。
「アメリアにはもう隠さずともいいのか?」
セリがルカにこっそりと聞くとルカは微笑むだけだった。
「アメリア、昨日のことなんだが…」
「ヤマト様、剣を見ていただけませんか?」
「ん?」
言葉を遮りアメリアが出したのは全長一メートル程の細身の鉄剣だった。
「これは?」
「スクレイドさんがくださったんです!今日ヤマト様がいらしたら見ていただきたくて」
どうやら俺が来ていることは知っていたが、小屋で剣の手入れをしていたらしい。
「悪くは無いんだが、この長さで鞘からすぐに引き抜けるか?」
「引っかかってしまいます」
俺は剣と鞘をルカに手渡した。
「刀身は60弱で頼む」
「いいよ」
ルカは受け取った剣に呪文を唱え、注文通りのサイズに変形させた。
「すごい!!」
これに喜んだのはなぜかついてきているクリフトだ。
「ルカにこんなことができるなんて!変な髪の色だと思ってたけど属性はなんなんだ?」
「君の血管を詰まらせてあげようか?」
「意味はわからないけど怖いのはわかるぜ!?」
髪色をいじられたルカは爽やかな笑顔と優しい口調で殺す宣言をして、クリフトは怯えた。
やはりどこまでも合わないらしい。
「これでちょっと引き抜いてみてくれないか?」
アメリアは短くなった鞘と剣を腰に構え、真っ直ぐ前を見て剣を引き抜いた。
「あっ、引っかかりません!ルカさん!ヤマト様ありがとうございます!」
「どういたしまして、アメリアちゃんは剣にも興味があるの?」
ルカはアメリアの近くに行くと、しゃがんで目線を合わせて聞いた。
「はい、セリさんに教えてもらって練習中です」
視線を送られたセリは頷いた。
「ああ、筋は悪くない、なんというか機転が利くな」
その微妙な言い回しにその場の全員がアメリアを優しい目で見た。
「ところでヤマトはよくアメリアの身長に合う刀の長さがわかったな?」
セリまで当たり前のようにヤマトと呼び始めた。
「知識があるわけじゃない、経験だ」
「経験?ヤマトがか?」
クリフトも若干バカにしたように言う。
「大和は英雄祭の現覇者だからね」
「「はい!?」」
ルカの言葉に毎度おなじみのクリフトとセリのハモリが響き、アメリアが素直に賞賛した。
「ヤマト様が優勝者なんですか!?すごいです!」
「確か一年ほど前に剣神と呼ばれた勇者様が、謎の挑戦者に敗れてからはその黒の騎士シスという者が勝ち続けていると…言っていたな?」
セリがちらりと見ると、その情報をもたらし英雄祭を見たがっていたクリフトは、驚きよりもガッカリしたように言った。
「ヤマトがそうだったのかよ…そういや英雄祭はスキルが使えるんだったな」
それならばと納得したクリフトにセリも苦笑いをしたが。
「何を勘違いしているのしらんが、英雄祭でスキルを使ったことは無い」
「「「は!?」」」
ハモリにルカが加わり、その場は静まり返った。
「なぜルカまで驚く?剣を学び始めた頃はコツを掴むため練習でスキルは使ったが、試合でスキルを使用したことは一度もない」
話をする為に戦いに関係の無いスキルは使用しているが。
「だって、大和…え?そうか…耐性があると聞いただけか」
「そうだ、ルカには言ったが俺にはスキルも効かない、つまりお互い武器は自由に実力のみだ」
17歳のチビでヒョロい時の俺を知っているコイツらの驚きはわからないでもない。
しかしあの鬼コーチによる食の暴力と術式の罠を使って身体に刻まれた痛みと恐怖、そして筋トレの日々でついた実力を知らない者にスキルで勝っていたと思われるのだけは我慢がならない。
これだけは誰がなんと言おうと、アキトに指導を受けて必死に努力をしたことによって身につけた俺自身の力だ。
するとセリは少し疑うようにこちらを見てから言った。
「ヤマト、手合わせ…いや指導をお願いできないだろうか」
「力は変わらないがリーチは合うか、ちょうど女の体だ。魔法もスキルも無しで少しだけならな」
セリに案内され、広い草むらで刀を構えて向かい合った。
周りには三人と村の人がチラホラと見物していた。
「まあ気楽に来い」
「ヤマト!よろしく頼む!」
セリは剣を両手で持ち、身構えるとじりじりと間合いを詰めてくる。
今ならセリの剣の腕もわかる。
意外と言っては失礼だが、格下だと思っているはずの俺を相手にも慎重にこちらの間合いを上手く探って掴み、急所ではなく相手を崩す所を探っている。
俺が仕掛けると素早く反応して攻撃を受け流し、瞬時に飛び退いた。
「無駄のない動きだな、そこで深追いしないのも良い判断だ」
剣のあわせ始めはまさかという表情をしていたセリだったが、その口元には笑みが零れた。
「ヤマトこそやるな」
「それはどうも」
話しながらもさらに連撃を繰り出してみるが、セリは刀に頼りきりにはならずに身を躱し、時には俺の後ろに回り反撃のチャンスを狙った。
「上手いな、今二回攻撃されたら掠るくらいはしたかもしれないぞ」
「本当か!?」
「観察眼もあって慎重さもいい、ただ踏み込みが浅いのが目立つな」
「踏み込みが…勉強になる」
「ほらな、油断した」
アドバイスに気を取られた隙に、首元に手刀を寸止めするとセリは両手を挙げた。
「参りました」
「剣を持ってるからって、攻撃が剣だけだとは思わない事だな」
それは嫌というほどアキトに言われた言葉だった、まさかこの俺が言う側になる日がくるとは…。
「クリフト、お前も来い」
「俺も!?」
「二人でかかってこい、連携の練習になるだろう」
「わかりました!お願いします!」
「そりゃ多少は動けそうだけど…二対一はなあ…」
セリと剣を交えてもクリフトはまだやる気なさそうにしている。
しかしクリフトはセリと目配せをし、前に出るとそれを補うように斜め後ろにセリが構えた。
「頑丈なクリフトが前で、素早いセリが隙を狙うのか?」
「そのつもりだが…」
二人は俺を真剣な眼差しで見た。
「それは悪手だな、二人は本気の戦いで命を捨てる覚悟はあるか?」
「もちろんだ!」
「俺は死にたくはないけどな、いざとなったらそれも覚悟はしてる」
セリは力強く即答し、クリフトもおどけた調子だがきっと本当の事だろう。
「それならば非常を承知で言わせてもらうが、自分より強い敵に対峙したならば立ち位置は逆だ」
「どういう事だ?」
「セリは俊敏さを活かし相手を翻弄するための捨て駒になるべきだ、そしてセリが仕留められた瞬間がクリフトの出番だ」
「…なるほど」
「ヤマト!?お前なんてことを言うんだ…!実践なら…そりゃ…」
「常にその作戦を頭に入れておかなければ、実践で動けるわけないだろう」
そう言うと、二人は難しい顔をして頷いた。
「覚悟は認めるが考えが浅い、セリは休んでろ、クリフトだけで来い」
「私はまだやれる!立ち位置を逆にして…」
「クリフトの力も見てからなら、もっと言えることがあるかもしれない」
「…そうか」
セリは大人しく引き下がった。
「男には手加減しないぞ」
「英雄祭の覇者なんだろ?やってみろよ!」
「…やっぱりお前はバカだな」
「またバカと言ったのか!?」
言うなり俺が力任せに斬りかかるとクリフトは腰の短剣を素早く抜き、俺の刀を払うと本命の大剣で肩を狙って振りかぶった。
しかし俺は払われた刀をそのまま小さく、下に半円を描くようにして、クリフトの懐に飛び込むと腹に刃の峰を当てた。
「…!速い!!」
しかしクリフトは飛び退いて今度は自分から攻撃を仕掛けてきた。
それを全ていなし、最後にクリフトの短剣を持つ方の手首を刀の鍔で押さえ込み、クリフト自らの短剣を喉元に当てた。
短剣の切っ先はわずかにクリフトの喉にくい込んだが怪我は負わせていない。
「参った…本当に、強いんだな…」
クリフトは寂しそうにそう呟いた時、見ていたセリが物申した。
「待ってくれクリフト!最初にヤマトの刀が腹に当たったのになぜ続けた!?」
「あ、えーっとそうだな…」
クリフトは頭をかいて気まずそうにした。
そこで俺が代わりに説明をする。
「まだ戦えたからだ」
「どういう事だ?」
「クリフトの馬鹿みたいな腹筋に太い骨は一太刀で真っ二つなんてなかなかできる事じゃない、こいつは瀕死になってでも相打ちか…せめて一撃でもとした」
「…クリフト、そこまで考えてたのか?」
ここまで読んでくださりありがとうございます。