大和とアメリアとテンパる
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
まさかの言葉に俺は固まる。
「私が勝手なことをしてクロウさんに心配をかけて怒らせてしまったことですから、一緒に謝りましょう?」
どこまでも真っ直ぐな少女はなんの含みもなく本気でそう言っているようだ。
「ならばクリフトのことはもういい。防御術式は完成したのでこの村とも今日で最後だ」
「それでは…もうクロウさんに会えないんですか?」
「ああ」
「王都に行けば会えますか?」
「会う気がない、やるべき事もある。これでも忙しいんだ」
「そう、ですか…では一つだけお礼を言わせてください」
礼?それならばさっきから何度も言われているが。
するとアメリアはポケットから何かを取りだして、一度大事そうに握りしめてから手を開いた。
「それは…」
「ヤマト様、ありがとうございました。どうしても直接お礼が言いたかったんです。これは一生大切にします」
「何を…」
ソウルプロウドの結晶を再び握りしめて、溢れる涙が零れないように我慢しながら、それでも目をそらさずに微笑みさえ浮かべて俺を見てくる。
「あの時念話でお話できたのに途中で話せなくなってしまって、すみませんでした」
「気にしていない…」
俺はもう否定をしなかった。
そもそも今ここで話をしているのがおかしいのだ。
今日この村に来てからも存在を薄めてある。
誰かが俺に気がつくはずも無いのに、アメリアは迷うことなく俺を見つけた。
そして魔力が見えていて結晶に宿る生命の力がわかるのなら、誤魔化しも否定も無駄なのだ。
「あーあ…、なんでアメリアにはわかるんだろうな」
諦めて呟くとアメリアの目から大粒の涙が零れた。
「わかります!どんなに姿や名前が変わっても、何があっても必ずヤマト様を見つけてみせます、だって…」
この不思議な子には今度は魂が見えるとでもいうのだろうか、出来ることならその先をアメリアからまで聞きたくない。
こんな世界も俺自身も、もう大嫌いなんだ。
「ヤマト様はヤマト様なんですから!」
「…え?」
「命を救ってくれただけじゃなく、前に進む気持ちにさせてくれたのも希望をくれたのもヤマト様なんです!」
胸に熱いものが込み上げるのを感じる。
クロウシスは言った、俺を俺たらしめるものはその魂であると。
スクレイドは言った、その魂に畏敬をと。
そして聡一やルカを始め、皆がこの魂によって得た力を認めた。
しかし力があるからと言って守りたいものを守れるわけではないことを嫌というほど知った。
この世界に来て最初から持っていた強大な力、そこに俺自身の想いも努力も何一つ無く、俺という“個”は見えない強いなにかに流されているだけだと思っていた。
それなのにどうして。
「アメリアには俺が俺に見えるのか…」
「もちろんです」
「昔の俺は…少しでもアメリアの力になれたかな…」
「ヤマト様が暖かく私を包んでくれました、ヤマト様の言葉が…心が私を救ってくれました」
俺の心…?力を使わなくても俺を認めてくれるというのか?
…ならばそんな人に嘘をついて自分を誤魔化すことはしたくない。
「育ての親とクリフトの兄を殺した奴らを許せるか?」
そう聞くと、アメリアはあの日の惨劇と痛みを思い出して身体を強ばらせ自らの手で肩をきつく抱き、厳しい表情で言った。
「許せません」
やはりそういうことなんだろう。
「俺は君の知らない間に罪もない無抵抗の人々を数えきれないほど殺した、そんな俺が許されると思うか?」
「許されないです。たとえそこにどんな理由があったとしても…これから何をしても失った命の償いにはならないと思います」
アメリアは間を置かず、哀れみも同情もなく逃げ場も断ち切りハッキリと言い放った。
だが俺は心のどこかで安堵している。
セリの話を聞いた時、彼女に他人事だからこそ言える安易な慰めの言葉を言いかけた自分を心底嫌悪していたから。
しかしアメリアはそれが誰であっても許されないと己の意志を示した。
俺は誰かにこんなふうに言って欲しかったのかもしれない。
これでやっと区切りをつけられる。
そんな事をしていると知れば、正しいアメリアは俺を見限るだろう。
「アメリアの言う通りなんだ、だからもう…」
「もし…」
自然と俯いていた俺は何かを言いかけたアメリアを見た。
「もしもヤマト様が許してくださるのなら、これからはそんな事をしないように私が傍にいて、絶対に止めてみせます!」
アメリアは涙を拭うと立ち上がり、力強く決意を込めた拳を作り、真剣な表情で叫んだ。
「………ア、アメリアさん?」
全く想定外の言葉とその気迫にたじろぎ、俺は数メートル下に落ちかけて、アメリアに手を掴まれ止まった。
「汚れるから…離してくれ」
「すっ、すみません!私汚れてるのに気づかなくてっ!」
アメリアは慌てて手を離すと自分の服で手を拭き、さらに嘆いた。
「ごっ、ごめんなさい!せっかく頂いたお洋服に…」
一連の流れに口を挟む暇もなく見ていたが…。
「違っ…ははっ、汚れてるのは俺の方なんだよ、さっき話しただろ?」
つい吹き出してそう言うとアメリアは首を振ってもう一度手を掴んだ。
「一緒にいさせてください!」
「無理なんだよ、俺と居たら君まで汚れてしまう」
アメリアは掴んだ手を強引に引き寄せ、顔と顔があと数センチのところで真剣に言う。
「私が!一緒にいたいんです!!」
「えっ」
これは…だから逆じゃないか?
いつかルンナに乗った時と同じようなことを思い、なぜか顔が熱くなる。
「邪魔にならないように頑張りますっ…離れたくありません!」
「アメ…リア」
顔がどんどん熱くなる、なんなんだこれは。
汗が止まらない。
俺はどうしたというんだ?心臓の音が頭に響いて息が苦しい…。
「アメリアー?そんなところで何をしているんだ」
地上からセリの声が聞こえ、やはり俺は見えていないらしくアメリアだけを呼んでいる。
「セリさん…!」
アメリアの気が逸れた瞬間にその手を逃れてなんとか距離をとった。
すると掴んでいたはずの手が空を切り、アメリアは悲しそうに見つめた。
「また…絶対にまた今度話しに来るっ、すまない!」
アメリアの顔をまともに見れず、俺は急いでルカの元に飛んだ。
「大和!?」
箱や袋が積み上げられた倉庫のような場所で、ルカは突然のことに驚き持っていた大きな木の箱を落とした。
焦った俺はどうやら朧月の備品がしまってある部屋で仕事をしているルカを座標に飛んでしまったらしい。
「なんで君が朧月に…何かあったの!?顔が赤いけど…体調が!?」
中腰で片手はルカの肩を掴んだまま首を振り、汗を拭うように顔をもう片方の腕で隠し、何をどう話したらいいのかわからずに動けない。
なぜ自分でもこんなに動揺しているのか。
「あのっ、そう…やはりユキの中にフィールがいたんだ!」
「それでユッキーに何か悪影響が!?」
「無い!それは無い…」
必死に絞り出した話しがこれとは情けない。
しかしユキが無事だと言った途端ルカの突き刺さるような視線を感じる。
「その話の為だけにそんな必死に飛んできた…わけじゃないな?」
「うっ…」
鋭く指摘され、掴んでいた手はぺっとはがされ、落ちた箱を拾うとルカは休憩をもらうから待ってるよう言って部屋を出ていってしまった。
一人になりたくないから来たというのに!
そして数分後、倉庫に戻ってきたルカは絶叫した。
「うわあああ!!ユッキーーーーー!?」
広いとはいえない倉庫でみっちりと幅をとり待ち構えていたのは、ユキの白黒の色を反転した虎。
もちろん俺なのだが。
「俺だ…」
「大和!?何その見た目!?」
「人間の姿だと落ち着かなくてな…」
ルカは話を聞いているのかいないのか、手をわきわきと構えて近づいてきた。
「さ…触ってもいい?撫でてもいい?」
「好きにしろ」
そしてテンションが上がったルカは飛びつき、俺の思考は完全に停止していた。
「大和!大和!このまんま小さくなれるか!?肩に乗るくらいがベスト!」
俺は言われるまま小さくなり肩に引っかかり、ご機嫌に忙しなく働くルカの仕事が終わるのを待った。
「で、どうしたって?」
帰宅したルカは右にユキをはべらせ、膝に俺を乗せてブラッシングしながらやっと本題に入った。
「今日アメリアと少し話したんだがな、俺が大和だと知ってた…【認識阻害】も効かなくてな…」
起きたことを反芻し、ぼんやりと語るとルカはブラッシングの手を止めて考え込んだ。
「やっぱりあの時アメリアちゃんが…」
「何か言ったか?」
俺が聞き返すとルカは何でもないと言ってブラッシングを続けた。
「あと許されないと言われた…」
俺はやる気なく仰向けになると、ルカが驚愕の表情でこちらを見ている。
「あのアメリアちゃんが許さないって!?やばいじゃん!そんなに怒らせたの?そりゃ君もヘコむわけだ」
言い方が悪かったようだ。
「多くの罪のない人を殺したが許せるかと聞いた、そうしたら許されないと」
ルカは複雑そうな顔をした。
「大和はなんて言って欲しかった?」
「わからないんだ、でもそう言われて安心した…そしたらな!?ぐいーって!!もう頭ぐるぐるになるだろう!?」
「17歳じゃない君が擬音を使うなんてよっぽどテンパってるな、帰れば?」
「待て、整理する。俺を追い出そうとしたのはお前が初めて…ではないがもう少しいいだろう」
ルカから離れてユキの背に乗り、自分でも何をそこまで焦っていたのかと考える。
しかし考えても考えても顔が熱くなるだけで何も思いつかない。
「17歳の大和になれば素直に考えられるんじゃん?」
なるほど、この際頭の中をカラにしてみよう。
【自己暗示…記憶はそのまま17歳の自分、整理がつくまで】
ここまで読んでくださりありがとうございます。




