大和と魂とアメリアと
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
最初の記憶は荒野の真っ只中で、膝をつき涙する幼い姿。
その前には大勢の死体、その中には近しい人がいた気もするが定かではない。
次に思い出されるのは幼い手をかざし、枯れた土地に生命力を注ぎ続けて草花の芽吹きを待っていたことだ。
そしてやっと成長した植物は実をつける前に雨に流され腐り果てた。
そして今ならわかる、レベルというものが上がったせいかその後の記憶では耕した土地に畑と呼べるまでに植物を成長させていた。
さらに今ではプロウドと呼ばれる結晶を創り出し魔力の弱い者に与え、術式図を石版のようなものに彫っては周りに説明をしている。
そこでふと疑問に思う。
俺以外にこの生命の力と呼ばれるものを使っている者は会ったことも聞いたこともない。
そもそも治癒魔法だと思っていた力を生命の力と呼び始めたのはスクレイドだ。
[スクレイド、今話せるか?]
[はい]
念話を送るとすぐに反応が返ってきたが、やはり敬語なのは魂の話をしたせいだろうか。
[聞きたいことがあるんだが]
[尊き御魂に畏敬の念を…]
[何語だ。普通にしろ、そうでないとデコピンだ]
[…うっ、デコピンは勘弁だねぇ]
いつもの話し方にもどったところでやっと話しが進む。
[なぜお前は俺の魔法を生命の力と言ったんだ?]
そう聞くとスクレイドは言った。
[アレイグレファーがその力を使っていたからなんだよねぇ、彼はおたくよりもっと効果は弱かったし、治癒能力はほとんどないに等しかったけどねぇ]
[アレイが?アストーキンでこの力は、というより魔力の操作は俺にしか使えないとお前は言っただろう?]
[この世界の治癒魔法と同じことなんだよねぇ。素質を持つエルフや妖精はいたけど、弱すぎて使えるとは言えなかった。それから…俺の授かった精霊の息吹も魔力を吸収する点では似ていたから、かなぁ…]
しかし、とスクレイドは付け足した。
[話した通り俺の魂は紛い物だからねぇ、おたくと同じように記憶に穴があるかもしれないなぁ]
それではベルは俺の使う魔法が生命の力であり、それがアレイグレファーより強いことを知っているのだろうか。
スクレイドも同じことを考えていたらしく、ベルが何かを知っているならば危険であると言った。
念話を終わらせると俺はまた記憶を辿る。
クロウシスは治癒魔法と言い、この世界では存在だけは知る人ぞ知る生命の力。
その力を使えたのは記憶によると白の王だけだったはずだが…プレーシアの三種族が白の王に造られた魂を根源とするならば、効果がほとんど無いとはいえ分け与えることが可能だったのか。
そして記憶は飛び、傷を負ったアレイを治癒していると、危害を加えたのが白の王であり敵だと思い攻撃してきたフィール。
誤解が解けると自然と打ち解け行動を共にしている光景が頭に浮かんだ。
やはりそこには英雄王の姿はない。
ベルには俺の詮索を禁止する誓約をしてあるが、異質な力にそれが及ぶのかは不確かだ。
さらなる不安要素はベルに俺の知らない英雄王がついている。
だが俺の魂が白の王ということは間違いがないようだ。
なぜならアイツ…汚物とはまた違う俺が顔を出す時があるのに薄々気がついていた。
恐らくその人格はもっとも白の王に近いのだろう。
話しかけても反応が帰ってくることは無いが、確かにソイツは俺の中にいる。
そしてスキルも、死んだ異世界人から吸収していたと思っていたがルカが言うように元々白の王が遺した術だったのなら、元の魂に戻ってきているといった方がしっくりくる。
ふとステータス画面を見ると…魂が見たことない蒼黒になっている。
「俺じゃなくなってく…」
なんとなくそんなことを口にしてぼんやりと考えた。
それにしてもスクレイドが以前言っていた関係ない者を大量に殺したというのは、悪意の塊…その救いようのない塊の事だったのか。
セリの集落上空に展開された術式から感じた危機感、そして躊躇うこと無く精霊の息吹を使おうとしたスクレイド。
さらにはここ最近のスキルの増加からわかる死者数、あれは確実に悪意の塊が顕現する前触れだったのだろう。
アトスの仇そしてトールを追っていて、思わぬ魂の正体に俺はどうしたらいいのかわからなくなった。
ベルの事で少しでも力になれたらと思ったのも無駄だった。
スクレイドは国を守る協定と、ベルの情報の為に英雄王と手を切ることはない事も照明された。
魂とはかくも人を縛り人生を狂わせるものなのか。
俺は平穏など望んでないない。
ただアキトを苦しめ死に至らしめた者に復讐をし、召喚を阻止したい。
それだけが今の俺の行動原理なのに。
スクレイド、アメリア、セリ、クリフトと関わり復讐が遠のいていく。
何より聡一にもルカにも申し訳なく思い、俺は自分の決心の甘さに腹が立った。
「にゃあー…」
ユキが近くに来て俺の様子を伺うように鳴いた。
「フィール、なぜスクレイドに姿を見せてやらない」
そう言うとユキから人間の女の声が聞こえた。
「王におかれましてはご健勝の程、寿ぎ申し上げます」
「堅苦しい挨拶はやめてくれ、俺はお前たちの王ではない」
「…先程のお尋ねの件については魔力が足りないのは確かですが、ベルに生きていることを知られるのは避けるべきかと」
スクレイドの前ではああ言ったものの、やはりフィールは自我を取り戻していた。
「そうか、余計な事を聞いて悪かった」
「とんでもありません、ハイリヒ…また貴方に会えるとは思いませんでした」
「ハイリヒ?プロウドがなぜ…」
「貴方の名前です」
なるほど、白の王は自分の作ったものに自分の名前をつける痛い奴だったのか。
俺はユキ、もといフィールを見ることなく言った。
「俺はフィールの言う白の王じゃない、これまで過ごしてきた“今”の俺はなんだというんだ、魂で判断されても期待には添えない」
するとフィールは戸惑った。
「失礼致しました、私はまた魔力を集める為眠ります。それでも私に出来ることがありましたらお呼びください」
フィールは再びユキの中に身を潜めた。
俺は適当な場所に飛び、大量の石や岩を物置小屋に転送してから小屋に戻り今までのように片手間ではなく、ひたすら全力で魔力を注ぎ結晶を造り続けた。
「何が白の王だ!魂だ!知るか!俺は…」
俺は白の王でもクロウでもシスでもない、元の世界で死んだのなら津田大和でもない。
「俺は一体なんなんだろうな…」
この虚無感は魂と心と身体がバラバラだからなのか…。
昼過ぎ、アメリアの村に行くと術式はすっかり定着し、次の強化の作業に取り掛かった。
用意してあった術式を重ねて組み込めば完成だ。
もうこれでこの村に来ることもない、アメリアにも会うことはないだろう。
そしてやはり気配が近づいてくる。
「クロウさん!」
「…アメリア」
手にはスクレイドから借りている術式の本を持ち、少し離れたところからお辞儀をして走りよってきた。
「お仕事中にすみません、術式で少しお聞きしたいところがあるんですが…」
なぜ居場所がバレるのか。
おかしすぎる。
俺は空を指さした。
「ありがとうございます!」
意図を察したアメリアの顔は明るくなり、二人で空に飛び上がると距離をとって適当な位置に座り込んだ。
「この効果を入れたい文字は先に造るべきでしょうか、それとも大方の形を描いた後に効果を収めていくのがいいのでしょうか?」
アメリアは指で押さえておいた数ページを交互に見せながら悩んでいる。
「まずは術式の元になる魔力の編み出しは出来たのか?」
距離を取りつつそう聞くと、アメリアは人差し指に魔力を込めて白く細い線を描き出した。
「まだ長くは続かないですが、少しだけ出来るようになってきました!」
これは驚きだ。
ルカはこの時点までに一ヶ月近くを要したというのに。
「短時間でよく頑張っているな。効果にもよるが一番は基礎となる術式の円を描いて、中に文字や模様を埋めていくのがいいだろう」
「ありがとうございます!大きさは…」
迷うアメリアの目の前に人差し指に集めた魔力で、手のひらサイズの円を描いてみせる。
「このサイズでも中に組み込む式によっては死の森を消滅させる事が可能だ」
「そ、そんな…」
目を丸くして円と俺の顔を交互に見たアメリアは戸惑った。
「そんな事はしないがな。つまり大きさよりも魔力の濃さと精度が重要なんだが…」
と、その時頭に過ぎったのはルカに言われた感覚的な教え方ではわからなかった、という言葉だ。
俺は頭をかきながらどう説明をしたものかと考えた。
「ふふっ」
アメリアはくすくすと笑いだした。
「どうした?」
「クロウさんの話はとてもわかりやすいです」
また顔に出ていたのか、ルカの言葉を聞いていたせいで出たフォローなのか真意が掴めずアメリアを見るが、本人は真似をして少し歪な円を描くと、さらにその中に防御の術式を紡いでいる。
「クロウさん…どうしましょう」
「な、なんだ?」
「スカスカです…」
言われて術式を見ると円に対し中に描かれた一つの式は小さく、余白が目立つ。
どこの会社のロゴかとツッコミたくなる。
そう言う間に不安定な魔力は崩れてふわふわと文字が浮き出し、円共々消えてしまった。
「はは、最初はそんなものだろ、…少し説明が少ないのが難点だがこの本も渡しておく、読んでみるといい」
まだまだ早いと思っていた術式の種類の解説書をマントから取り出し、浮かせてアメリアの手元に置いた。
するとアメリアはとても嬉しそうにページをめくり、興味深そうに見てから礼を言った。
「ありがとうございます!頑張ります!」
「アメリア、クリフトに俺が謝罪していたと伝えてくれないか…」
唐突に話題が変わるとアメリアはキョトンとして、また笑顔に戻るとハッキリと言った。
「嫌です」
「え」
ここまで読んでくださりありがとうございます。
文字数が多くなっていくのに物語が進展しないのは私の力不足です。
それでも長い話を読んでくださる皆様に本当に感謝しています。
読んでくださった方の時間を無駄にしないように、時間と文字数は長くなってしまうかもしれませんが、完結まで楽しく打ち込んでいけたらと思います。
いつも本当にありがとうございます。




