スクレイド7/7
前々日の投稿に過去話が4部分になると書いてしまいました。
しかし7部分の誤りでした、申し訳ありません。
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
「スクレイド、こんな悲劇を防げなかった私たちを恨んでください…それでも私たちには貴方が必要だった!帰ってきて!この国を助けて!」
必死に魔力を注ぎ声をかけ続けた。
暗い闇の中でスクレイドはその懇願を聞いた。
助けを求める声に一筋の光は輝きを増していく。
慈悲を持って己の全てをかけて平穏へと導きすべての者を救わねばならない…なぜなら…
「…俺は平穏を…希望の意志を受け継ぐ者…」
「スクレイド!!」
意識を取り戻したスクレイドは目の前で涙を流すフィールファントと、後ろに見える白い光の箱を見た。
スクレイドは自分が泣いていることに気づくとそれを力強く拭った。
「フィール…君のおかげで目が覚めた…」
スクレイドは立ち上がると、血を吐きながら剣を構えるアレイグレファーの前に立った。
「だからそんな筋肉ばかりじゃ役に立たないと言ったんだよねぇ」
「がはっ、はは!馬鹿を言え!筋肉が無ければとうに死んでいた!」
スクレイドは杖を天高くかざして精霊に祈った。
「これは白の王の意志でも制約でもない!俺の意思でこの国を、大切なものを守らせてくれ!」
何者にも縛られない心からの叫びは強い光を放つと悪意の塊を包み込み、同時にアレイグレファーが斬りかかりフィールファントが魔法で攻撃をした。
杖を前にして軽く円を描くと白い魔法陣が出現した。
赤黒い肉体は耳障りなうめき声を上げ苦しみながら暴れているが、スクレイドはそれを見て光のない目から涙を零した。
「すまない、俺の都合で死んでくれ!」
白い光が赤黒い肉塊を包んだまま急速に縮小していき、中からは張り裂けるような悲鳴や叫びが聞こえたがスクレイドは目をそらすことなく見つめ続けた。
光が収束すると杖で描いた魔法陣に吸収された。
「スクレイド…世界の意思に勝ったのか…!?」
アレイグレファーは負傷した肩を押さえながら神々しく光るスクレイドを見つめた。
その時だった。
「…失敗したわ…、アレイ、あとを頼みます」
フィールが口から血を吐き倒れ、スクレイドが膝から崩れ落ちた。
「スクレイド!?フィール…姉さん!!」
アレイグレファーが倒れたフィールファントを抱き起こしたが胸には大きな風穴が開き、フィールの魔力は大気に消えていった。
倒れたフィールの後ろにあったベルを閉じ込めていた術式の箱は無くなり、代わりにそこに立っていたのは…。
「なぜ…生きているアーツベル…!」
スクレイドは身体中の力が抜けて動くことが出来ず、目の前の光景に目を疑った。
「術式ってこんなに単純な造りなんだ、それともフィールが弱かったのかな、君はどっちだと思うレイ?」
ベルはフィールファントが魔力を吸収した事で完全に死んだはず、なぜなら魂が一つの完全なものとして完成されたのをスクレイドは確かに感じていた。
それ故に世界の意思に打ち勝ち、精霊の息吹を思うままにできたのではないのか?
ならばそこに居るのは一体なんだというのか。
「お前は…ベルじゃない」
「ひどいな、ボクは紛うことなきアーツベルだよ」
アーツベルは悲しそうにしてみせた。
「レイならわかるよね、白の王が魂を創り出せたのだから…」
スクレイドはゾッとして目を見開き呟いた。
「…複製」
「なんだと!?」
驚くアレイグレファーを他所にアーツベルはスクレイドの答えにニヤリと笑って頷いた。
「ボクも賭けだったんだ、フィールに完全に閉じ込められる前に君に魔力を送り一度魂を完全にして…その魂を手放す瞬間ギリギリに術式を発動させたら成功したんだ!」
「どういうことなのだ!!スクレイド!!」
「すまない…フィールを死なせたばかりか彼女が守ってくれた魂まで…!悪意の塊を吸収し終えた瞬間にすり替えられた!」
「スクレイド…っ!それではお前の魂の方が…」
アレイグレファーは言いかけてベルを見つめた。
「ああ、そういえば君はアレイだね?ボクはレイを通して君を知っていたし、君も姿を隠してボクを見ていたからやっと会えたという事になるのかな」
ベルは独り言のように呟きながら、ゆっくりとアレイグレファーに近づいた。
「それにしてもフィールの弟だったとはね、知らなかった、ってそれはそうか!レイが知らなければボクがわかるはずないよね」
「やめろ、ベル…アレイグレファーから離れろっ!」
スクレイドは初めて経験する魔力の少なさと、世界の意思に反した反動で動けない身体を引きずり、なんとか二人の元に行こうとした。
「君にチャンスをあげるよレイ、母親の胎内にいた頃のように魂の奪い合いをしよう」
「何を…」
ベルは心臓の位置を指さし、楽しそうに笑った。
「コレでボクが破滅するのが先か、君がボクから魂を奪い取るのが先か勝負をしよう」
その顔はどこまでも無邪気で、昔のベルを見ているようだった。
「そんな事はしない!魂ならくれてやる!だからそれ以上…アレイグレファーに手を出すな!!頼む…ベル!!」
スクレイドの懇願にベルは考えたフリをしてニッコリと微笑んだ。
「嫌だよ」
「ベ、ル…」
スクレイドの顔は絶望に変わり、アレイグレファーは姉の亡骸を地面にそっと降ろすと剣を構えた。
「アレイ、君たち姉弟の罪を知ってる?」
「数えきれないが一応聞いておこうか!」
「アレイグレファー!ベル!二人ともやめてくれ!!」
スクレイドの声は二人には届かない。
「…ボクを殺してくれなかったことだ!!」
憎しみを込めてベルがそう言うと、アレイグレファーはこの場にそぐわぬ優しい笑みを浮かべた。
「出来るわけがないだろう?アーツベル、お前も俺たちにとって愛しい存在なのだ…」
ベルが右手を内から外に軽く振ると、五本の白い線がアレイグレファーの身体を切り裂いた。
「か、ら…」
切り刻まれたアレイグレファーは最後まで言葉を言い切り、吹き出す血の中で事切れた。
「弱い…脆すぎる。これが本当に白の王に集った者の力なの?」
「アレイ…アレイグレファアァアアァ!!!…ぐっ!!」
叫ぶスクレイドの頭を踏みにじり、地面に顔を擦り付けるとベルは言った。
「追いかけっこの始まりだ、まずは回復して己の無力さを思い知るといい…ボクはいつでも君を見ている。今度こそ本当にさよならだね、鏡に映っていた偽物は君の方だったんだ、偽物には紛い物の魂が相応しい」
その言葉を残しアーツベルは消えた。
最後のアーツベルの顔は見えなかった。
何を考え何を思っていたのか、スクレイドは全てを分け合ったはずのもう一人の自分を見失い、絶望と失意の中で意識を失った。
次に目が覚めると被害を逃れた民の家で介抱されていた。
「スクレイド、目が覚めた?」
一人の女性に声をかけられ、そちらを見ると女性は悲しそうに言った。
「アーツベルは残念だったわ、遺体も残らないなんて…」
ベルのした事を知っているのは今ではスクレイドだけだった。
スクレイドは何も言えず俯いた。
「でも安心してね、巫女様の力で街は守られたわ!他に還った者はいないのよ、貴方はまだしばらく休むといいわ、きっと巫女様が何とかしてくださるから今は自分のことだけを考えてね」
続けて隣にいた別の女性が励ますように言い、スクレイドは頷くことしか出来なかった。
その巫女は自分であり、何も出来なかったばかりか紛い物の魂になってしまった今ではその資格も無いとは言えるはずもなく、ただ後悔に苛まれた。
そして動けるようになったスクレイドはベルの家があった場所に行き呆然と立ち尽くした。
プレーシアの街の外れである北西は壊滅状態にあったが確かにそこに残る瓦礫はベルの家のものであり、悪意の塊が落ちてきた場所のはず。
だがそこにはアレイグレファーとフィールファントの遺骸がない。
ベル以外に死者はいないと言っていた他の者には二人が見えず、そのままになっているはずなのだと思っていた。
しかしまるで最初から二人は存在していなかったかのように、そこには何の痕跡もなかったのだ。
自然と足が向いたのは巫女と従者、そして二人の人間しか立ち入ることの出来ない水晶の洞窟だった。
何も無い場所を見つめて白い結界の前に立ち、恐る恐る一歩を踏み出した。
しかし目の前には洞窟が現れ、スクレイドは困惑した。
「なぜ…」
戸惑いながらも一歩ずつ先に進み、洞窟に入ると最奥にある大きな結晶が虹色に輝いていた。
自然とそこに手を触れ、スクレイドは言った。
「俺にはもう巫女の資格はない、白の王の意志をお返しする」
そう言うと、スクレイドの頭には言葉にならない声が響いた。
『まだ精霊の息吹はお前に在る…精霊の息吹は魂ではなくお前に宿ったものだ。』
「俺自身に…?」
『その力を悪意の目から守り、全てを平穏に導くため救わなければならない、巫女として清廉であれ』
「紛い物の俺に、まだ意志を守れと言うのか…」
スクレイドは確かに身の内に感じる力を確かめ、自嘲気味に笑いその場に立ち尽くした。
──「と、まあそんな事があってねぇ、その後リゼイドに行ったら王が驚きの一言!ベルが来たと言うんだよ」
スクレイドは疲労感を滲ませてうんざりと軽い調子で言い、ルカは身を乗り出した。
「そ、それで?」
「精霊の息吹をその身に宿すのならば巫女はお前だ、ベルに関して私は中立だってさぁ、 それからルクレマールも悪意の塊が通用しなかったのならばしばらくは手を出してこないだろうって…何一つ意味がわからないよねぇ?」
「なら…今のスクレイドは?」
ルカの問にスクレイドは自分の愚かさに嫌気がさすと呟いてから答えた。
「紛い物の魂に成り果て魔力の大半を失っても巫女の使命に縛られる可哀想なエルフ。だよ!そんな事言わせないでほしいんだけどねぇ!?」
ここまで読んでくださりありがとうございます。