スクレイド4/7
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
スクレイドは王がぽつりぽつりと話す様子を、時々相づちをうっては見守った。
「彼は自ら編み出した術式というものを、慕い集う者に教え身を守る術を与えた、だが天災による飢饉、力を持つ一部の者の横行により彼の努力も希望も報われず長い月日が経った」
そこでスクレイドは聞きなれない言葉に首を捻った。
「天災?」
王は目を丸くし、それから初めて見せる柔和な表情で語った。
「昔は雨や雪、台風に雷と言ったものが世界の気まぐれでよく災いをもたらしたのだよ、雨が降らずに水は枯れ、作物が育たなければ食うに困る…しかし作物が育った頃には雨や雪でそれらは流され無駄に終わった」
「そんな事があるのかい…?」
今のスクレイドには想像もつかない事だった。
プレーシアは世界の恩恵を受け穏やかな気候に恵まれ、リゼイドは術式によって天候を操り季節もなく豊かに暮らしてきた。
「私にはわかっていた…彼のやり方では何も変わらないと」
男はどこか遠くを見つめ、再び意識を遠い過去に向けた。
「ある日私は彼に言った、力で従わせるのが平穏への道だと。しかし彼は争いは争いを生むだけだと頑なに私を認めなかった…だから私は彼の元を離れた!私の力で彼の願いを叶えてみせようと!」
少し息巻いてから、またぼんやりとする男は不安定に、歪に口の端を上げた。
「英雄王…」
スクレイドはその様子に思った。
ああ、この男の心は今ここには居ないのだと。
「するとどうだ?私が力で平穏を求めると、彼は生き物が住む事は出来ないと言われた雪深い地に赴き、世界の加護を受けて豊かな土地にしてしまった…」
「それが白の国、今のプレーシアかい?」
スクレイドの声に答えはなく、男は引き攣る顔を押さえた。
「そんな、一部の者だけが幸せになることは許さない、彼の望みは世界の平穏だったはずなのだから!私たちは見捨てられたのだ…私が離れたせいで彼は道を誤ってしまったのだ!しかし私は諦めず世界の平穏の為に必要なものは力であることを、何としてでも教えてやらねばならない…だが彼はもういない、最後まで私を認めることなくこの世界を…私を捨てたのだ!」
そこまで言うと男はスクレイドを見つめ、スクレイドは何も言わずに見つめ返した。
「それにしても本当に彼に似ている、私を哀れむようなその目、私はお前にどう映る…」
スクレイドは少し考えたが、あえて言葉を選ばずに言った。
「可哀想な人だと、それだけだよ」
そして本題を切り出した。
「白の王が居ないことは知っているねぇ?なぜ今も武力でプレーシアを害そうとするのかなぁ」
「彼を呼び戻すためだ」
思いがけない言葉にスクレイドは男の瞳を覗いた、だが気がふれているわけでも心をどこかに置いてきたわけでもなく、その眼には強い光が宿っていた。
「…王は還った」
「彼は絶対にこの世界に戻ってきて必ず私を認めることになる!」
「…そうかい、そこまで意思が硬いのならもう話すことは無さそうだねぇ」
スクレイドは立ち上がりその場を離れようとしたその時。
「スクレイド!!お前まで私を置いていくのか!彼と同じ目で私を見て、彼と同じように見捨てるというのか!」
スクレイドは掴まれた腕と男の必死にすがるような顔を見て、驚き戸惑った。
「俺は…白の王の意志を継ぎ国を平穏に導くために在る…」
王は手に力を込めてスクレイドを引き寄せて言った。
「平穏が望みなのだなっ!?ならば取引をしようではないか!」
「取り引き?」
「そうだ…、今後プレーシアには手を出さぬ、だからお前は私の側にいるのだ!」
突然の提案は支離滅裂で到底理解のできるものではなく、なによりベルを一人にする事など考えられなかった。
「それは無理な話だねぇ、話はここまでだ」
民の平穏は今までと同じように自分が守ればいい。
そう思って手を振り切ったところで、男は玉座から崩れ落ちた。
「スクレイド…スクレイド!!行くでない!」
その姿は英雄王と呼ばれる者からは想像もつかず、叫びは泣き声にも似た悲痛なものだった。
まるで捨てられた子供のように。
スクレイドは無意識に手を伸ばし男を起こさせると玉座に座り直させたが、男はスクレイドの腕を離しはしないとより一層の力を込めた。
「たまに…君に会いに来る、それではダメかい?」
そんなものが戦争を回避する条件にそぐわない事はスクレイド自身が一番わかっていたが、今はそれ以外にかける言葉も見当たらず、震えながらも懸命に掴むその手を力ずくで振りほどくのはためらわれた。
「よい、…それでもよい…私を忘れるな、私を見ると誓え…」
か細い男の声は助けを求めるようだった。
「わかったよ、君を忘れず、君を見て、会いに来ると誓おう」
困惑しながらもスクレイドがそう言うと、男は小さく頷いた。
そして術式を描くと杖を取り出した。
「これを持っていくがよい…彼の使っていたものだ…」
それは木でできた古びた長い杖、しかし受け取ると不思議と手に馴染んだ。
「なら俺からはこれを渡そうかなぁ」
スクレイドは自ら造ったレイムプロウドの結晶を男に渡し、男はそれを大事そうに握りしめた。
「俺の造ったものだからあまり力はないけどねぇ、君にはそれが何かわかるね?」
そう言うと男は何度も頷き、懐かしい力だと呟いた。
スクレイドはそれを以て男にとりあえずの別れを告げ、男もそれ以上は引き止めることなくプレーシアに戻った。
—「嘘だろう!?嘘だと言ってくれ…」
突然の大声にスクレイドとルカが驚いて話が中断した。
「その感じは…ヤマトくんかい?話聞いてたかい?今いいところなんだけどねぇ」
スクレイドにそう言われ、大和はビクッとして嫌な汗をかいた。
そこでルカは顎に手を置いて叫んだ。
「え!?待ってくれスクレイド!ということは…今のプレーシアを中立国にし、リゼイドと停戦協定を結んだのが君なのか!?」
「プレーシアは元々中立だけどねぇ、結果的にはそうなるかなぁ」
スクレイドは忌まわしい過去として記憶しているらしく、少し嫌そうに答えた。
だがルカの頭の中はそれどころではない。
短い旅の間で出来上がったスクレイドのイメージといえば、お調子者で大和に相手にされずすぐ騒ぐ。
使う魔法は確かに凄いのだが今まで表立って活躍をしているところを見たことがなく、神とまで言わせたあのセリを含む者に宿場町で説教を受けていた。
アメリアの世話になる宿屋のレモニアを所構わず口説き、安住の地を求める放浪癖のあるエルフ。
エルフは嘘をつかないとなると、ここまでの話が真実であり国をまとめるだけの力を持つことになる。
そればかりか、二国の和平を結ぶという偉業とも言える事を成し遂げたということになるのだが…。
自分の知るスクレイドと話の差に混乱したルカは一つの結論に至った。
"エルフは嘘をつかなくとも、話を果てしなく盛ることは可能なのかもしれない"、と。
「…ルカくん?なんだか俺を馬鹿にしたような目で見ていないかい?」
「ううん、スクレイドがすごいなって思ってただけだよ」
スクレイドは諦めて再び話を続けた。
プレーシアに戻るとフィールファントの姿はなく、アレイグレファーがスクレイドの帰りを待ち構えていた。
「ただいま、心配をかけたねぇ」
「どうなったのだ」
「妙なことになっちゃったねぇ」
アレイグレファーが詰め寄り、スクレイドは肩を竦めてリゼイドで起こった事を伝えた。
「あの男はまだそのような事を言っておるのか!!スクレイド!なぜ一思いにやらなかったのだ!」
「…君ねぇ、俺の魂が王の意志によって憐れみが勝つと知っているでしょうに」
スクレイドは呆れて目の前で憤慨する筋肉の塊に対し、脳まで筋肉になるとこうなるのかと思った。
「ともかく、憐れな王の言葉を信じるよりないかなぁ」
「その杖は間違いなく白の王が使用していたものだ、そんなものを取っておいたのにも驚いたが、おそらく本気だろう」
アレイグレファーは杖を確認してから呆れたように言い放った。
「ところでフィールファントは?」
「帰った、俺が話を上手く出来ないのではと無用な心配をしたらしいのだ」
スクレイドはふむ…と、フィールのフォローに助けられていたアレイグレファーを思い出しニヤニヤと笑った。
「ベルのところに戻るよ、話の途中だったんだよねぇ」
いつも通りにスクレイドがベルの元に向かおうとした時、アレイグレファーは思わぬ言葉を聞かせた。
「ベルに会うのはもうやめるのだ」
「…急にどうしたんだい?」
スクレイドはムッとしてアレイグレファーを睨むように見たが、アレイグレファーも引く様子は無い。
「話せないことが増えただろう、隠し事は辛いのでは無かったのか?これからはもっと言えないことも多くなる…」
その言葉にスクレイドは八つ当たりだとわかっていて、自分を止めることが出来なかった。
「君に何がわかるんだい!?ベルと俺はそんな事でお互いを嫌ったり傷ついたりしない、ベルは優しく強い!」
「スクレイド…落ち着くのだ!」
「ベルとの時間を大切にしたいんだよ…わかってくれないのかい!?」
半ばヤケクソに感情任せに放った言葉は、アレイグレファーを困らせた。
心配してくれているのはわかっている、だけど自分にはベルが必要で、ベルもまた自分を必要としてくれている。
その繋がりを手放すことは隠し事よりつらいことなのだ。
「お前たちは別々の存在なのだ、自我もあれば心もある!きっと後悔する日がくるのだとなぜわからない!」
「後悔なんかしねぇ!どんな理由があろうとそれが例え善意からでも、俺たちに余計な意志を挟むな!」
スクレイドは洞窟を飛び出し、ベルの待つ結界の家に飛んだ。
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