スクレイド2/7
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
「スクレイド?」
「ん?ああ、少し考え事をしちゃってたねぇ、すぐにやるよ」
声をかけられて手から流れる魔力が止まっていることに気づいたスクレイドは、再びテーブルに置いたプロウドに魔力を注いだ。
ベルには完成したと言ったものの、石を結晶に変えただけだということはスクレイドにもわかっていた。
そして意志を継ぐ立場になった時、この魔力というものがいかに重要であるかを知った。
「ベルのことか?」
アレイグレファーはテーブルの正面に座り、心配そうにスクレイドの顔を覗き込んだ。
サボっていると叱られるのだと思っていたスクレイドは、意外な反応に少し戸惑い心の苦しみを吐き出した。
「ベルに初めて隠し事をしたよ、俺は巫女の力ならベルを自由にすることができるんじゃないかと期待をしていたのかもしれない」
「スクレイド…」
「先代がベルをそのままにしておいたということは、やりようが無かったとわかってはいたんだけどねぇ、俺ならばと傲慢な考えを持っていたらしいよ?」
スクレイドは必死に作った笑顔がたもてず俯いた。
「方法はある、なのに手が出せないなんて…」
「スクレイド、それ以上は口にするな」
アレイグレファーは手を伸ばしてスクレイドの頭を雑になでた。
「いってえ!俺は君みたいに頑丈でも筋肉の塊でもないんだけどねぇ!?」
「なればいいだろう!俺のように筋肉の鎧を纏い頑丈に!」
「い、いやだ、俺の美意識がソレになるのは許せない」
「ソレとはなんだ!明日からもっと鍛えてやろう」
スクレイドは部屋の中を逃げながら、さすがは育ての親だと感謝した。
ベルの事を考えない時はない、しかしそればかりを考えている訳にはいかない。
時に厳しく、それはもうかなり厳しく、たまに少しだけ優しいアレイグレファーがいてくれてどれだけ心強いと思えたか。
──それから100年ほどたった頃、スクレイドは少年というよりも青年と呼べる見た目に成長していた。
「スクレイドぉおーー!!」
アレイグレファーの怒号が響き渡り、木の上で昼寝をしていたスクレイドがドサリと落ちた。
「お前、またフィールに俺の事を言ったのか!!フィールの怒りがどれほどの恐怖だったか!!」
「うわぁ、俺はベルに言っただけなんだけどねぇ、喧嘩の元を作る方が悪いんじゃないかなぁ?」
スクレイドは林の中を逃げながら笑った。
「初めてプロウドを完成させてから100年経ってもレイムプロウドを作るのに半年もかかるくせに生意気な事を!!」
本気で怒っているらしいアレイグレファーは全力で追いかけ、スクレイドの首根っこを掴むと手近な木に放り投げた。
「あれからもう100年も経ったかい?人間は相変わらず細かい時を刻むのが好きなんだねぇ」
投げられたスクレイドは木に衝突する前に白い煙のような魔力を背に広げ、空中で逆さまのまま止まった。
そして白いふわふわとした小さな球体を自分の周りに作り出し、アレイグレファーに向かって飛ばした。
「やはりまだ子供のイタズラだな!」
アレイグレファーは向かってくる球体を次々と剣で斬り、僅かに顔に届くかと思われた最後の球体を掴んで握り潰した。
「ふはは!まだまだだな!」
「魔法を握りつぶすかなぁ?本当に、人間の全てが君みたいだったらと思うとゾッとするよねぇ」
そう言うとスクレイドは体勢を整え後ろにある木の幹を蹴って勢いをつけ、広げた片手を前に突き出しながらアレイグレファーに向かった。
その手から顔ほどの大きさの白い球体を作り出すと、アレイグレファーをギリギリで避けながら身を翻し、球体だけを至近距離で顔めがけて放った。
衝撃が響き渡り周囲の木々が揺れ、白い土煙のもやに覆われていた中心には傷一つなく球体を掴み、鬼のように笑うアレイグレファーの姿があった。
「ふはははは!!同じ手が通用すると思ったのか!小童がぁ!!」
「君は悪役なのかい!?」
スクレイドは笑いながらひらりと空に退避し、アレイグレファーが先と同じように球を握りつぶした時。
「君も歳をとったんじゃないかなぁ?」
アレイグレファーの指の隙間からは消滅したと思われた球体が分裂して顔目掛けて襲いかかった。
「おお!やるな!スクレイド!」
その言葉と共にアレイグレファーは轟音と煙に巻かれた。
しかし煙の中から分裂を繰り返す球体相手に笑い声が続いている。
「やってらんないよねぇ…」
スクレイドは隙をついて逃げるように街の外れに飛んだ。
「スクレイドー!」
透明な結界が見える距離に近づくと、壁の中からベルの明るい声が聞こえた。
「ベル!」
スクレイドが壁のすぐ近くに降り立つと、まるで来るのがわかっていたようにベルも壁に寄り添い、二人は幼い頃と変わらずに壁越しに手を合わせた。
「相変わらず感がいいねぇ」
「君の事ならなんでもわかるさ、ところで頭に木の葉がついてるよ?」
「そうだ、フィールに話したのかい?おかげでこの有様なんだけどねぇ」
二人は顔を見合わせて吹き出した。
「ベル、他には秘密だけど…」
スクレイドが取り出したのはソウルプロウドと呼ばれる、プロウド結晶の中でも膨大な魔力が込められたものだった。
「うそ、レイムを作るのに時間がかかるって…」
「驚かせたくて黙ってたんだよ、一年半の間こっちを作りながらだったからレイムに半年もかかっちゃったけどねぇ」
「すごいよ!アレイグレファーには?」
ベルは目の前のキラキラと光る結晶を見つめた。
「君に見せたから、そろそろアレイにも披露してみようなかぁ」
スクレイドは嬉しそうなベルを見て、ニヤりと悪戯っぽく笑うと目が合った。
すると今度はベルがニヤリと笑って指摘した。
「驚くかな?君のことはアレイもお見通しじゃない?」
「ベルが言うならそうかもしれないねぇ、つまらないなぁ」
「人間は時間に細かいと言っていたわりに、制作時間をしっかり覚えてるなんてアレイに影響されてるよ」
「うっ、時を気にするエルフにはなりたくないなぁ…」
スクレイドは先程まで自慢げに掲げていた水晶を半眼で見てため息をついたが、何かの気配に顔つきが険しくなった。
「…アレイグレファーに呼ばれた、行ってくるよ」
「うん、仲良くするんだよ?」
ベルは子供に言うようにして、軽く手を振りながら見送った。
スクレイドは急いで国境付近に向かった。
[誰も手を出すなと伝えてくれるかい?]
そう念話を発すると、アレイグレファーから承知したと返事が帰ってきた。
連日続くリゼイドの攻撃にうんざりしながらフードを深く被り、杖を取り出した。
国境の真上、上空から地上を見下ろすとすぐ近くにはリゼイドの人間の軍隊が大挙し、先頭の兵士の最後の一歩が国を越えようとした時。
「待つ人の元に帰るんだよ」
一言、息をするように呟くと、人間の軍隊の足元が白く光り、兵士たちは光の中に消えていった。
[スクレイド、状況は?]
アレイグレファーの声が頭に響き、スクレイドはため息を漏らしながら言った。
[全員リゼイドに転送しておいたよ、それにしても最近は異質な魔力を持つ人間が混ざっているねぇ]
[戻ってこい]
[…この扱いだもんなぁ、巫女とはなんだろうねぇ?]
ボヤきながら杖を空中で二回ほどつくと、景色が変わり目の前にはアレイグレファーが立っていた。
移動したのはいつか巫女の継承を行い、親しくしていた二人と別れた洞窟だった。
「内緒の話かい?」
スクレイドは適当な場所に座ると眠そうにアレイグレファーの様子を伺った。
しかしその空気は普段感じたことがないほどに重く、しばらくの間沈黙が続いた。
「スクレイド、話しておかねばならない事がある」
やっと口を開いたアレイグレファーの顔はどこか悲しそうに見えた。
横目でそれを見ていたスクレイドは立ち上がり姿勢を正した。
「聞こう、嘘がないと誓うなら」
「誓おう、嘘もなく隠さず、ありのままを話すことを」
儀式のような誓いの言葉を交わした時、アレイグレファーの隣に見知らぬ人間の女が現れた。
スクレイドは瞬時にそれが何者なのかを察し、無意識に足は女の元に向かい頭を下げた。
「これまでベルを…弟を守ってくれて感謝する、フィールファント」
「とんでもありません、顔を上げて私は居ないものとしてください、良い子ね…アレイが育てたのによく立派に育ってくれました」
スクレイドは頷くとアレイグレファーに体を向き直した。
「お前が異質な魔力を持つという人間は、異世界から連れてこられた者たちだ」
スクレイドは落ちついた様子で頷いた。
それは昔アレイグレファーにこの世界とは別の世界があると聞いた事があり、連日押し寄せる人間の中に魔力回路が異なる造りの者を見れば、それが証明されたことになる。
「その魔力の違いが視えるならば、やはりお前は歴代にないほどに白の王に近い、そして巫女になった時に授かった白の王の意思は王がエルフであった頃までのものだ」
「エルフであった…?」
「王の魂は現在、異世界に別の肉体を持ったところまではわかっている」
「別の肉体…生まれ変わりだと!?」
スクレイドは行方が知れぬとされ、帰還を待ち望んでいた王がこの世に存在しないという事実に悔しさが込み上げた。
とうに居ない王の意志で国を統治し、いつか王が帰還した時に恥じることなく国を返すことができるように、自身も希望を持って務めた巫女としての役割に誇りさえ持っていた。
それなのに今まで自分は、自分たちは何のために国と玉座を守ってきたのかと。
「だが魂を還す前に王はこの世界に自らのほとんどの力を遺していった、魔力は精霊の息吹としてプレーシアの巫女に、術を世界に散りばめた。そして最後に…」
そこでスクレイドはアレイグレファーを睨みながら言った。
「王は俺たちを捨てたのか!アレイグレファーもフィールファントも何故そんな王に未だに従うのか!!」
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