スクレイド1/7
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
『もう少ししたら俺がなんとかするだろう…来たぞ、目を瞑れ』
俺が先に目を瞑ったことで怪しんで警戒していた二人も目を閉じると、そこは暗いのに明るく時間の流れが止まったような奇妙な世界、肉体の存在は感じるが思う通りには動かない。
ふわふわと宙に浮いているような、それでいて水の中にいるような不思議な感覚。
『どちらも居るな?眼は開くなよ』
大和がそう言って確認と注意をし、ルカが辺りを見回していると明かりの中にスクレイドと、偉そうに腕を組んであぐらをかく不遜な男の輪郭が現れた。
「ん?目を瞑ってるのに何か見える」
『──なぜ俺がそんなことを…伝えるだけだぞ…、おい』
「なんだよ」
『心の目で見ろと、お前なら感覚的に通じるらしいな』
大和は苛立ちながらそれだけ言うと口を結んだ。
「大和の言葉なのか?心の目って、ああ、なんかわかるようなわからないような…」
混乱するルカとは逆にスクレイドは懐かしさと心地の良さに体の力が抜けていくようだった。
「話を始めてもいいかい?」
『いいだろう、ここはあの人に近くて遠い』
大和はつまらなそうに了承し、スクレイドは重い口を開いた。
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プレーシア、エルフの祖である白の王が作った国。
遥か昔白の国と呼ばれたそこは争いを好まぬ者が王を慕い集い、王もまた集う者たちを愛し守ろうとした。
しかしある時王は二人の人間と自らの力を分けた三種族を残すと、他を引き連れ突然姿を消した。
以来国にはエルフとドワーフと妖精だけが暮らすようになった。
残された者たちは三種族で代表を取り決め、王の力を色濃く宿す魂を巫女として国の統治を任せ王の帰還を待ち続けた。
王が姿を消してから数百年、透明な水晶が虹色に輝く洞窟でエルフの子供が白い装束に身を包み、姿勢を正して立っていた。
後ろにはドワーフの男ヘイバルザガードと妖精の女リリフィア、そして一人の人間の男が見守っていた。
「先代が身罷られた。先代の言葉通りスクレイドを次代に仰ぐ。王と世界の声を聞き、巫女として努められよ」
「慎んでお受け致します」
人間がスクレイドと呼ばれる子供にそう言うと、後ろにいたドワーフと妖精もかしこまって跪いた。
スクレイドは洞窟の突き当りの壁にある巨大な水晶の塊に手をかざした。
その時魂の共鳴により頭の中に声が聞こえた。
『白の王の意志を受け継ぐ者よ、精霊の加護と秘術を受け取るがいい、その魂は慈愛を常としどこまでも清廉であれ』
すると心には哀れみと慈しみ、そしてどこまでも広がる希望が波のように押し寄せた。
そして身体には今まで感じたことのない強大にして温かい魔力が宿ったのを感じる。
瞬間、全てを理解したスクレイドの頬には涙が伝っていた。
「これが白の王の意志…なんていう温かさと優しさ…、そしてこの力が巫女にのみ受け継がれるという精霊の息吹…」
「スクレイド様、先に非礼をお詫び申し上げます、この場を出たら我らは世界に魂をお還し致します。お仕えできぬ事をお許し下さい」
ドワーフがそう言うと、並び跪いていた妖精も口を開いた。
「湿っぽいのは嫌いなんだけどなぁ、いいかい?慈悲をかける全てに自身を数えることを忘れてはいけないからねぇ」
「ヘイバルザガード、リリフィア、二人共これまでご苦労だったねぇ。いつかまた会おう」
儀式とも呼べない巫女としての継承式はひっそりと終わりを告げ、スクレイドはその場に人間と残った。
この頃まだ人間の国リゼイドや、魔王を崇拝する獣人たちの国ルクレマールから攻撃を受けることがあり、隣接する三国では緊張状態が続いていた。
いつから誰が決めたのか、巫女を守る為その正体は国の最重要機密として伏せられ、それを知るものは傍に仕えるドワーフが一人と妖精が一人、そして二人の人間だけであった。
巫女の継承が済むと、先代に仕え秘密を抱えたドワーフと妖精は自らその魂を世界に還すことが定められていた。
人間は何代にもわたり白の王の魂を濃く受け継いだ者のみに姿を現し、他には見えないようだった。
しばらくすると、先に洞窟から出て行ったドワーフと妖精の魂が消えるのを感じた。
「本当に、後継の傍付きを二種族から選ばなかったのだな」
人間が困ったように言い、スクレイドは洞窟にいながら何かを見送るように頭上を仰いだ。
「アレイグレファーは心配性なだなぁ、気が向いたらねぇ」
「しかしその口調はどうにかならないものか」
スクレイドはアレイグレファーと呼ぶ人間に言った。
「リリフィアによく遊びながら言葉遣いを直されたんだけどねぇ、変かい?」
「お前の元の口が悪すぎた、まあどちらにしろ威厳はないな」
「秘して伏せる者に威厳は必要かい?まあ、まさかリリフィアが巫女の側付きとは知らなかったけどねぇ」
二人でそんな話をして白い結界を通り、後ろを振り返ると先程までいた洞窟は無くなっていた。
「アレイグレファー、君が還ることは許さないよ、たとえ魂が同じでも一度還ればそれはもう別のモノだからねぇ」
スクレイドが星空を見つめて言うと、アレイグレファーは驚いたように呟いた。
「スクレイドは、まるで人間のような考え方をするのだな」
「魂の存在を思い知らされてしまったけどね、“ 個”として言わせてもらうなら俺は魂なんてものは否定したいんだよねぇ、そんな物で身動きの取れないのは納得がいかないなぁ」
スクレイドが頭に思い描いたのは、一時も忘れたことの無い同じ姿のもう一人の自分。
それがわかったアレイグレファーはあえて厳しく忠告をした。
「あの子にも言っては駄目だ」
しかしスクレイドは飄々とした中にも圧を込めて言った。
「言うわけ…言えるわけがないよねぇ、助ける力は得られなかったなんてねぇ」
スクレイドはその足でドワーフや妖精、エルフが日々を営む町を走り抜けた。
町の外れには大きな四角い透明な結界があり、その中にある建物の中であの子は暮らしていた。
「ベル!」
透明な壁に触れ、名前を呼ぶと家の中から姿を現したのはスクレイドと同じ姿の双子の弟、アーツベルだった。
「…レイ、何か悲しいことがあったの?」
「わかっちゃうかなぁ?でもベルの顔を見たら元気になったよ!」
「ボクも、レイに会いたいと思ってた」
エルフに双子が産まれることは長い国の歴史の中でも稀である。
なぜならそれは二つの肉体に二つの魂が宿るのではなく、突然変異によって一つの魂が二つの肉体を得てしまうからだ。
しかし欠けた魂は弱すぎて生きてはいけない。
今までの例では産まれる前に魔力の強いどちらかに魂が融合され、魂が無くなった方はただの肉塊となり産まれる前に死に至るからだ。
その状態でも産まれてきた事は奇跡だと周りの者は言う。
しかしそれは本当に奇跡と呼べるものだったのか、アーツベルはかろうじて魂がわずかに残ったものの、己に宿る魔力回路と呼ばれる魔力素を製造、貯蔵、調整をする器官が働かずその弊害は生活全般に及んだ。
プレーシア国の大気に漂う魔力は深く濃い、元々の魔力が弱い者ではその身に受ける生命力の多さに回路が暴走し、半日ともたずに死ぬ事がわかっていた。
それ故に生まれた時から魔力を遮断する結界に入れられたベルは、もう一人の人間の女、フィールファントの手によって結界の中で育てられた。
こちらの人間はベルの前にしか姿を表さない。
一方、計り知れぬ程の強大な魔力を持つスクレイドにとっても、魔力が遮断された結界の中は酸素がない場所に行くように命に危険が伴うものだった。
そんな本来は一つだった魂は互いを求めあうが、会って話をするのは透明な目に見えない壁を隔て、触れることすら許されない。
両親は国の判断によって二人に親だと名乗ることは無かった。
スクレイドだけを傍に置き育てることはアーツベルへの裏切りであり、潔白を求める王の意志に反する行為だと考えた。
魔力の高すぎるスクレイドもまた普通のエルフとは違う力を秘め、本来は巫女の前にしか姿を見せない人間であるアレイグレファーに育てられることになった。
しかしスクレイドとベルは物心がついた頃に誓った。
「俺がベルの目となり全てを分かち合うことを誓おう」
「ボクがレイの心となり全てを分かち合うと誓うよ」
そして決して触れることの無い二つの小さな手を壁に添え、鏡に写るようなもう一人の自分とその日にあったことを話すのだ。
「今日はフィールと鬼ごっこをして、一度だけ捕まえることができたよ」
「すごいじゃないか!あのねぇ、フィールファントはアレイグレファーが最も恐れる女だって前に言っていたよ?その彼女を捕まえるなんて、さすがベルだよねぇ!」
「アレイが言う言葉の意味がわかるよ、フィールは怒るととても怖いから」
そうして二人は笑い合い、互いに会ったことの無い育ての親である人間の話をした。
「そうだベル、聞いてくれないかい?今日とうとうプロウドの結晶が完成したよ!」
「おめでとう!一人で結晶を造り上げてしまうなんて、さすがレイだね!」
最初は得意気だったスクレイドはガックリと肩を落とした。
「でもアレイグレファーは遅いって言うんだよねぇ、一年はかかりすぎだって」
「でも普通は一人でプロウドなんて作れないんでしょう?君はすごいよレイ」
ベルはころころと変わるスクレイドの様子に笑いながらそう言うと、ベルに認められ褒められることが何より嬉しかったスクレイドはすぐに元気を取り戻した。
「そっか、そう思うかい!?アレイグレファーが…というより人間は時間に細かすぎるんだよねぇ」
大きな変化は無くても、いや、変化が無いからこその二人の時間は穏やかに過ぎ、ベルはフィールに呼ばれるたと小さく手を振って家の中に戻って行った。
スクレイドも大きく手を振りベルが見えなくなると来た道を戻り、アレイグレファーの待つ家に戻った。
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