ガントリィとクルフル1
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
キメラたち、ということは襲撃時に召喚された魔物はこいつが操っていたのか?
「ああ、お前のペットだったのか?飼い主ならちゃんと躾なきゃだめだろう」
「なんだと!?この野郎っ!!」
「否、野郎ではなくアマ、此方の名はクルフル、娘よ名を聞いておこう、此方の術式を解いたは見事であった」
見た目通り悪い意味で素直そうな犬耳少年の言葉を訂正し、クルフルと名乗る女が草むらに降り立ち、こちらに近寄ってきた。
「こち?」
「此方とは一人称、此方は此方のこと、娘の名は?」
からかい反応を見ようとしたが、冷静に返されてしまった。
女の方、クルフルが術式の使い手ということか。
「俺の名前は…くろこ」
「「クロコ?」」
二人は聞きなれない名前に声を揃え、何やら話し始めた。
「異世界人かのう…哀れな…」
「それにしても!ひでぇ名前だぜ!!」
するとクルフルは向かい直し頭を下げた。
なぜ俺は名前を馬鹿にされ、今お辞儀をされているんだ?
「娘よ、ロ…げぶん、コとは此方の言葉であまり良い意味を持たぬ、連れが笑うてすまなんだな」
「いや、くろこだ、“ く”が抜けてるんだが?」
[ぶっはーーー!!!ルクレマールでロコは下品という意味なんだよねー!!!]
[待て、じゃあ“ く”はなんだ?]
[俺にそんなこと言えるわけないでしょう!?恥じらいを持ちなさいってば!!]
すかさずスクレイドがわざわざ念話で意味を教えてきたが、最後の一文字の意味もわからず、名乗ってしまった以上後の祭りである。
空中で指さしながら笑い転げる犬耳少年を気にもせず、クルフルはさらに俺をじっと見つめた。
「ク…こほん、娘よ」
名乗った意味もなく、よほど口に出したくない言葉なのか、名前を呼ぶことを諦めたクルフルは俺の持つ物に興味を示した。
「それはなんじゃ?」
「お茶とポポンと本だが」
「何故に今持っているかと聞いておる」
「お前らが来るのが遅くて暇だったからに決まっているだろう」
そう答えるとクルフルは何度か頷き、犬耳少年の隣に戻っていった。
次に地上に降りてきた、と見せかけて少し高い位置で見下すように止まったのは犬耳少年だ。
「クルフルはバカの相手はしないとさ!」
「一応こちらも聞いておこうか、お前の名前はなんというんだ?」
「ああん!?本当に頭がおかしいみたいだな!この誇り高きウェアウルフの血を引くガントリィ様が!テメェみたいな小物に名乗るワケねぇーだろお!!ははははは!!」
誇り高きウェアウルフのガントリィの笑い声だけが森中に響き渡り、後ろでは笑い転げたスクレイドが木から落ちる音が俺だけに聞こえた。
空中のクルフルは両手で顔を覆って、まるで自分のことのように恥ずかしそうにしている。
いたたまれない気持ちにはなったが、気を取り直していくしかないだろう。
「それは残念だ、それで俺の相手はお前なのか?ガントリィ」
「なっ!!どーして俺の名を知ってやがんだ!?クルフル!気をつけろよ!この女、頭ン中を読みやがる!!気持ち悪ぃ能力しやがって!!ぶっ殺してやる!!」
二度目のいたたまれない空気が流れ、俺が刀を構えるとガントリィは背中に背負っていた大剣を引き抜き、嬉しそうに笑って地上に降りた。
「テメェ、馬鹿だがその隙のねぇ構え!!剣は使えそうだな!!」
そっくりそのままの言葉を返してやりたい衝動を抑え、笑わないように口をキツく結んだ。
そうこうしている間にガントリィは一瞬で間合いを詰め、力任せに大剣を振るってきた。
一撃は重く、久々に手に感じる衝撃、ガントリィは重さだけではなく速さもあるらしく、飛び上がっては上から、受け流されると剣を返しそのまま切り込んでくる。
剣術の型はめちゃくちゃでどこから来るのか予想もつきにくい。
全ての攻撃を紙一重で防御し、この俊敏さに距離を取ることが無意味だと攻撃に転じようとした時、気づいてしまった、気づかなければ良かった事に。
[スクレイド!聞こえるか?]
[…何かあったのかい!?]
剣戟を見守っていたスクレイドは、突然の念話に驚いた様子で伺った。
[これは…やばいかもしれないな]
[ヤマトくん!?]
念話で迷いが出た、まさに一瞬の隙をつきガントリィの剣が俺の頬を掠めた。
「ハッハッハァー!!もう疲れたのかよ!?これだから人間は!!でもまだまだ付き合ってもらうぜえ!!」
勝てると踏んだガントリィは楽しそうに笑いながら、さらに猛攻を仕掛けてくる。
[どうしたんだい!?]
[ガントリィの尻尾を見てみろ]
[尻尾?]
スクレイドは言われた通りに見ると、ガントリィの尻尾がちぎれんばかりにぶんぶんと振れている。
[ぶはっ!!]
[すごく楽しそうだろう?これを倒したら可哀想じゃないか?俺が悪者にならないだろうか?]
[ぶっはーーー!!!そんな見方はやめてあげて!!一思いに倒し…あははははは!!]
俺は大の犬好きなのだ。
大型の長毛犬のような尻尾がわっさわっさぶんぶんと振れるのは、威嚇ではなく全力で楽しんでる証拠、言葉遣いと目つきは悪いが、犬耳の時点で気づくべきだった、もう犬と遊んでるようにしか見えない。
「ふっ、ひ、卑怯な手を使いやがって!」
思わずそう言うと、ガントリィが動きをとめ、尻尾も動かなくなり少し垂れた。
「なっ!?なんだとォ!?俺様がいつ!どんな卑怯な手を使ったってんだ!!負け惜しみかよ!コノヤロー!!」
「やめろお前…垂れてるじゃないか」
「オイ!なんの事だ!?」
我慢の限界だ、このままでは盛大に笑ってしまう!
「ガントリィ、そんなに楽しんでいないで真剣に来い」
そう言ってガントリィの攻撃が掠めた頬を見せた。
「傷一つねえ!!マジかよ!!」
ガントリィは驚きの声を上げ、顎を伝う汗を手の甲で拭った。
こちらとしては笑いとやりにくさの元になる尻尾を止めるために挑発したつもりだったのだが、ガントリィの尻尾は先程よりも激しく振れ、一層のワクワク感が伝わってくる、なんなら顔からして嬉しそうだがそれよりも尻尾が目につくと何とも力が抜ける。
一度ツボにハマってしまったら、冷めるのを待つしかない。
ガントリィは再び大剣を振り回して襲いかかってきた。
「ガントリィ!」
「なんだよ!命乞いなら聞かねぇぞ!!」
「聞きたいことが二つある!一つ目はなぜ襲撃をするのか、もう一つは最近ルクレマールに亡命した異世界人を探してる」
「あん!?理由なんざ知らねぇ!知ってても言うわけねぇだろォ!異世界人だァ!?テメェら人間の見分けなんざつくかよ!!」
「そこからなのか、匂いは嗅ぎ分けられないのか?」
「ババアの香水のせいで鼻は死んだ!!」
そう言った瞬間、小さな術式がガントリィの頭上に展開され炎が噴射し髪を焦がした。
「熱っ!!ババア!!おいコラ!何しやがる!!」
その途端俺への攻撃をやめ、ガントリィは空のクルフルにがなり散らした。
「支離滅裂、此方はそのように下品な量の香水はつけはせぬ、貴様の鼻はとうの昔から役立たずだったと記憶しておる」
「ンなことねぇ!!くっせぇーんだよ!!テメェと組んでから鼻が詰まってやべぇンだって!!認めろクソババア!!」
[仲間割れか?ババア、という単語は何度か使っていたが許容範囲なのか?塵も積もれば山となる的なことで今噴火したのか、香水の量を指摘されたのが気に障ったんだろうか…地雷はどちらだ?]
[いやこれもうっ、冷静に分析するとこはそこじゃないでしょ!!俺たちは何を見せられているのかなぁ?あははははは!!]
女家族のご機嫌を伺ってきた俺には気になるところだ、まあどちらも自分が言ったら大変なことになりそうだが。
と、俺たちが念話でそんなやり取りをしていると、突然大気が震え生ぬるい風が吹き込んできて、辺りに蒸気が上がった。
「わっ、悪かったよ!クルフル!!」
先程まで勝気だったガントリィを見ると必死に謝り、耳は後ろに寝てしまい、尻尾は下を向いて丸まっている。
すると空高くにいくつもの円形の術式が展開され、赤黒かった術式が燃えるように鮮やかな朱色になると、無数の火の玉が森に降り注いだ。
「テメェ!ちょっ!クルフル!!俺がいるのに…」
「因果応報、調子に乗りよって…貴様ごと娘を始末してくれる!」
儚げだったクルフルの顔は般若のように変貌し、口は裂け、頭の両側に尖った耳が生え、九本の尻尾が姿を表した。
まさかの九尾の狐か。
いるのか九尾の狐、俺の元いた世界で見ていた異世界系の創作物はこの世界がモデルだったんじゃないだろうか。
俺がそんなことを考えている間にもガントリィはなんとか避けようと、火の玉を剣で弾き呪文を唱えて土の塊を当てて凌いでいる。
しかしまずいことに火は草花に燃え移り、勢いよく燃え広がっていく。
「くっそ!このままじゃやべぇ!!」
耐えきれずに空中に逃げようとしたガントリィは、飛び上がってすぐに突如現れた術式に頭をぶつけ、まあまあの高さから落下して気を失った。
「おい!クルフル、ガントリィならもう気絶したぞ、広範囲はやめろ」
そう声を掛けると完全に狐の獣人姿になったクルフルは、掲げた手で周囲の術式と魔力の塊の状態の火の玉を手に吸い込む俺を見て甲高い笑い声をあげた。
「奇想天外!娘!やりよるのう!」
「それよりこのままじゃ本当にガントリィが死ぬぞ?」
「よいよい、ソレは頭が悪くて相手をするのにつかれた…」
クルフルは心の底から本気で言っているのか、火を消そうともせずにため息をついた。
俺は仕方なくガントリィの周りの火を吸収してやると、クルフルは人の姿に戻って微笑んだ。
「娘、いい事をした」
「俺も助けたくはないんだがな」
何故敵を守ってやらなくてはいけないのか、そこに犬がいるならば仕方ない。
ここまで読んでくださりありがとうございます。




