待ち構えてみる
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
「それでねっ!?クロウさん!!この頂いたポポン!これは昔食べたことがあったのよ!それをジャムにするなんて誰も考えなかったわよぉ!?」
「そうか」
「これがあれば新しい飲み物を、いえ、既存のジュースに少し入れるだけでもかなり変わるわね!それにこの茶葉!なぜこんなに香ばしいのかしら!」
「そうか」
「なんというか、独特のコクとそれでいて懐かしさがあっていいわね!」
「そう…すまない、限界だ」
「あらっ!?クロウさん!?クロウさん!!」
「おい!だからしつこくしすぎるなと言ったじゃねえか!」
俺はレモニアの引き止める声と、ガイルがレモニアを叱る声を聞きながら、吐き気と頭痛に耐えられず空に飛び上がった。
レモニアよ、お前のいいところはその快活さだが、話が長いのが難点だ。
「レモニアちゃんの魅力はあの快活さもあるよねぇ」
「うっ、…そうだ、な」
当たり前のように後ろからついてきていたスクレイドに同意を求められ、思わず考えが被ったことに拒否反応をしめしながら頷いて見せた。
まさか一生わかることはないと思っていたレモニアの魅力に気が付いてしまったとは、恐ろしい。
そして俺は村の遥か上空で止まると、左手のブレスレットから細かい魔法陣をいくつも引き出した。
「なんだいソレは?」
「昨日お前が寝ている間に作り溜めしておいた術式だ、今日はこれをそこら中に飛ばして埋め込むだけだな」
「放出した魔力をそんなに長時間留めて、おたくは本当に人間なのかい?」
だから、その反応はもう腹いっぱいなんだよ。
「俺は美しい悪魔だそうだ」
「…なんだいそれっ!?笑うところかい!?笑っていいかい!?自分で言うかなぁっ!?」
自身を美しいと形容したように聞こえる言葉に、スクレイドは口元を抑えて吹き出す寸前だ。
「お前の…弟に言われたんだ」
「面白くもなんともない話だったねぇ!?どんな会話をしたらそんな表現が出てくるんだろうねぇ!?アイツは本当に気色の悪いやつなんだよ!!おたく!!気遣いとか知ってるかい!?」
たった今まで笑いそうになっていたのはどこのどいつだ。
忙しいヤツだ。
「すまない、知らない、知る気もない」
「気分が悪い!!どうしてくれるんだい!?」
俺はそう言いながらもスクレイドがいつもの調子である事に安心した。
ベルに関しては軽く話を振って様子を見ていくしか無さそうだ。
この話題に慣れさせなければ、その度に感情任せに周りを吹き飛ばされたのでは面倒だ。
そしてあの口調は二度目に死んだ時を思い出して嫌な感じだ。
そうして術式を散らし、以前と同じ場所に埋め込むと、あとは馴染むまでできることは無い。
「ところでおたく、気づいているだろうに…」
「言うな、もう無関係だ」
スクレイドが言っているのは、つい先程から地上でしかめっ面で腕を組み、仁王立ちして俺を見上げるクリフトのことだろう。
「俺は少し声をかけてくるかなぁ」
「行ってこい」
なぜ毎日毎日こんなにもドタバタとしなければいけないのか、全てのタイミングがおかしい。
アキトと過ごしたまったりとして、ヒモみたいな状態だったが、新しいものに触れてキツい修行もした楽しい時間が懐かしい。
《──まだそんな事を考えているのか》
俺はな、お前みたいに全てを無に返すなんて馬鹿らしいことは、今は考えてないんだ。
《──そのうちに同じことを思うようになる》
俺は思考を停止したりしない。
というか、お前は本当にいつでも好き勝手に出てくるんだな。
《──旅をした者たちをどうするつもりだ?》
お前が他人の心配か?そんなこと初めてじゃないか?
おい、おい…って、また消えたか。
「大和!」
「…どうしたルカ」
突然目の前に現れたルカに驚くことは無いが、その険しい表情はなんだというのか。
「今汚物出てなかった!?」
「お前、その人聞きの悪いネーミングはやめないか?」
「今たしかに汚物の気配がしたんだ!」
なんという鋭さ、余程アイツが嫌いらしい。
「少し話していただけだ、一方的に無視されたがな」
「もう話さなくていいから!」
そうはいかない、なぜならアイツは俺の知らない情報を持ちすぎている。
そしてアイツと同調すればするほど、その知識も力も俺のものになっていくのだから、繋がりを切るわけにはいかない。
「せいぜい隙を作らないように頑張るさ」
「…危険すぎる」
「それより、これはなんだと思う?」
俺の周りには赤黒い蝶が飛んでいる。
「何も見えないけど?」
ルカにはその存在が認識できないらしく、俺の指さす方向を見ては不思議そうにする。
「スクレイド!赤黒い魔力だ」
「またかい!?今行くよ!」
地上でクリフトの相手をしていたスクレイドを呼び、確認するがやはり見えないどころか気配も感じないらしい。
二人が気づかないということは、この蝶自体が術式である可能性が高い。
目を凝らすと、その仕組みがわかってくる。
「この蝶は目障りだな…、本体を片付けに行く」
赤黒い魔力はルクレマールの襲撃と同じ魔力を帯びている。
となれば、この魔力の先に術者がいるということだ。
「ルクレマールの件なら俺も…」
「ルカ、何か進展があれば知らせる、出来ればここに残ってくれ、この蝶がなぜこの村に放たれているのかわからないが、昨日の今日だ」
「汚物が出たらすぐ行くからね?」
「言い方…」
そして、またアンデットを出された時の為にスクレイドを引っ張り、俺は西の空に飛んだ。
「わざわざ飛行するのかい?」
「ああ、これがついてきているのを確認した、見失われちゃ困るからな」
俺はピッタリと周りを舞う赤黒い蝶を指さし、それが見えないながらもスクレイドもなるほどと頷いた。
「ルクレマールの者が俺を探しているのかもな」
そう言うとスクレイドは訝しげな表情で顎に手を置き、考え込んだ。
「おたく、ルクレマールでどんなおイタをしたんだい?」
本気で言っているのだろうか、このエロフは。
「お前じゃないんだぞ?誰が国際手配されるような性犯罪をやらかすか」
「なんだいその目は!俺だってやってないからねぇ!?」
「三度も術式を解いたんだ、そろそろ俺の魔力に当たりをつけてもいい頃だろう」
それどころか、昨日の襲撃が王都から離れすぎているのを考えると、すでに狙われていたのは俺なのかもしれない。
「この辺で人がいない所はどこだ?」
「それならこの先に広大な森があるよ、何かするつもりかい?」
「森なんて最高のホームだな、俺が居たらここに被害が出るかもしれない、人のいない所で待ち構えてやるよ」
生命の力で殺すことは簡単だろうがそれは出来ない。
ルクレマールの者を捕まえて今あの国に何が起こっているのか、そしてトールの居場所を吐かせるまでは殺せない。
「スクレイドはまだ手を出すなよ?お前の存在を薄めておく」
「俺に出来ることはきっとないよねぇ」
そんな呑気な会話をして、俺はスクレイドに言われた森を目指した。
着いた場所は同じ森でも、死の森とは違う種類の草木が生えている。
気候も同じはずなのに場所によって生息する植物が全く違うのが不思議だ。
「この辺でいいか」
少し歩くと木の少ない草原地帯を見つけ、木の枝に座って観戦しようとするスクレイドにスキルを発動し、ついてきていた赤黒い蝶を指で弾いて解除した。
そして標的に見られてもいいように、【変態】でくろこになってから草むらに座り込み、森の生命力を吸収しながらマントから取り出したお茶を飲みポポンを齧り、暇つぶしの本を読み始めた。
それから小一時間が経った頃。
[遅い!眠くなってきたじゃないか]
[俺が居眠りしたら起こしてくれないかなぁ]
[お前だけ寝るのかよ]
[そもそも、スキルで消してあるおたくの魔力を辿れる者がルクレマールにいるのか怪しいんだよねぇ]
[消してないからな、薄めてるだけで]
[スキルって謎だらけだねぇ、あ、来たね]
座ったまま上空を見上げていると、奇妙な魔力の蝶の後を追うように二つの影が現れた。
「嘘だろ!?マジで居やがった!!頭おかしいんじゃねえの!?あの女!!本当にその蝶が消されたのはここなんだよな!?」
「理解不能、此方の蝶に気づいたならば隠れようもあったというに…」
一人は背の高い女で、俺を哀れむように見る顔はどこか儚げだ。
肩までの赤いセミロングの髪は毛先にいくにつれ、黒のグラデーションになっている。歳は三十代前半と言われたらしっくりくる落ち着きようだ。
もう一人は背の低い男、少年と言った方がいいだろうか、目付きが悪く笑った口元には鋭い犬歯が光り、ボサボサの茶色い髪はやはり毛先が黒のグラデーションになっていて、一つどうしても気になる事がある。
それは犬耳。
[おい、あの男の方、頭に耳があるんだが?]
[ルクレマールなら、そうだろうねぇ]
[ルクレマールの流行りのスタイルか?]
[あの耳も尻尾も本物だよ?始まりは獣人が作った国だからねぇ]
[始まりは、確か本でもちらっとそんなことを読んだな…今は?]
[亡命、行き場のない者のひしめく多種族の国…というところかなぁ、獣人自体も交配を繰り返して純粋な原種は少ないんだよねぇ、その中でもあの子たちはかなり昔の名残がある方だねぇ]
スクレイドの説明を聞くと、どうやらルクレマールの民は魔物に対して仲間意識を持ち、それを排除する人間が許せないらしい。
元々差別的な扱いを受け、ひっそりと暮らしていた所に人間を滅ぼそうとする魔王が現れ魔物が各地に生まれた。
それを救いの神だと崇め、ルクレマールの狂暴さを助長することになったとか。
「オイ!なんか無視されてンぞ!?」
「うむ、これは遺憾だのぅ」
スクレイドと念話をしながらルクレマールについて教えて貰っていたところで、空の男女が怒り出したようだ。
それにしてもどうして男女で出てきて男の方が犬耳なのか。
そんな俺のしらけた視線に気がついたのか、犬耳少年がこちらを指さし叫んだ。
「てめぇがキメラたちを殺した野郎か!」
野郎とは失礼な、今は可愛い女の子のはずだろう。
ここまで読んでくださりありがとうございます。




