悪意の監視
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
「その悪意はお前の精霊の息吹を辿って監視しているな、だからお前はできるだけその力を使いたくなかった」
「そうだね」
「俺が力の使用を止めたのも、バジリスクの時は直感だったが、今では確実に使用を避けた方がいいと言える」
「やっぱりねぇ」
「さっきも使っただろう?また憑いてる」
そう言って俺は悪意のこもった魔力に集中し、スクレイドの額に一度触れて監視を取り払った。
スクレイドは大人しく俺を見つめるばかりだ。
「期待しないでくれ、これも一時的なものだ」
「それでも助かるよ、この悪意は監視だけじゃなく隙あらば精霊の息吹を奪えないか試しているんだよねぇ、アストーキンで俺が眠った時に周りに植物が出現したのを覚えてるかい?」
「ああ…」
思い出したくもない、気色の悪い“森人様の花籠”という現象か。
「あれは眠った隙に悪意が精霊の息吹を引き出そうと、俺の魔力を引き出すから起こるんだ」
ああ、やはりあの時はふざけてとぼけていたが、原因がハッキリしていたのか。
そうでなければ俺の事を垂れ流しだのとは言わないだろう。
「お前はこの悪意の源を探しているのか?いや、それなら少しの力を使っておびき出せばいいのか…」
「そう、アレを止めるのは俺の役割だ、でもまだ力が足りないんだよねぇ」
どういった関係なのか、頭に過ぎったのはベルの顔だった。
エルフは皆似たようなことを言うのか、それともエルフ全員に追われるような奴がいるのか。
《──まだわからないのか?鈍いにも程がある》
「うわ、すごい嫌なんだが!」
「どうしたのかなぁ?」
突然の俺の叫びにスクレイドはつられて慌てた。
「お前、…まさか、双子?」
「そこまでわかるのかい!?」
その予想はスクレイドを驚かせ、俺自身をドン引きさせた。
ということはベルが追う、師を殺して禁忌の秘術の力を手に入れ、破壊衝動に満ちた弟が目の前にいるコレか!?
アホ面でこちらを伺うコレが、そんな大層なことをやらかした?
いや、違う。
なぜならスクレイドは自然から、世界から力を借りることが出来ている。
《──そんな大罪を犯した者が精霊の息吹を使えるわけがないだろう》
だろうな。
「スクレイド、今の俺の中でわかるのはここまでだ」
「そうかい、また汚物に何か聞いたら教えてもらうことはできるのかなぁ?報連相!」
なるほど、ここでそれが出てくるのか。
「報連相、じゃなくて次は俺の質問に答えてくれないか?」
「…そこまで知っているおたくだ、答えよう、隠すことなく選ばず伝えると誓う」
スクレイドは真剣な面持ちでこちらを見た。
「英雄王といるのはなぜだ」
「利害が一致したからだよ」
「その利害とやらを知りたいんだが」
「俺の目的は国の平穏、王はエルフの始祖である白の王の素質を色濃く受け継ぐ俺を手離したくないというところかなぁ、そして王は監視の正体を知っている」
白の王がエルフ?
アキトと読んだ本にはそんなことは書かれていなかった。
「英雄王はそのスクレイドが監視している者を探していることも、監視している者の居場所も知っているのか?」
「おそらくね、俺を手元に置くためにそちらとも繋がりがあるだろうねぇ、でも未だに掴みきれない」
そこでさらに嫌な推測が俺の中で組みたっていく。
「待て待て、スクレイド!プロウドは作者の意図にそぐわないか魔王に与する力で黒く染ると言ったか?」
「そう言ったねぇ」
「もしエルフが世界から力を借りるのではなく、別のモノを源として力を使うことが出来れば清廉でいる必要はないから嘘もつける、そうだな?」
「そうなるけど、おたくは何の話をしているのかなぁ?」
やってしまった、また俺は間違えた。
一時の感情に流され同情をして興味もないくせによく調べもせずに。
「スクレイド、絶対に怒るなよ?力も使わずに落ち着いて聞いてくれ」
「…なんだい?」
「ベルを知ってるか?」
その名前を口にした途端、周りの木々がざわつき風が強まり温度が下がった。
「なんだって…おたく…」
「アーツベルだ、わかってるな?」
目を見開いたスクレイドは怒気を纏わせ、なんとか言葉を紡いだ。
「それは…俺の、双子の弟だ!」
やはりな、双子の片割れを追っていて嘘をついても何らかの方法で得た力で魔法を使える、そして俺に力を求めてきた。
…なんだと?ちょっと待て?
「スクレイド!?ベルは…お前の?」
「弟だと言ったんだ!知ってるんじゃねえのか!?」
その言葉に俺は全身の力が抜けた。
「おい、アイツはそこまで嘘を極めるか?名前は隠さないのに…俺が会ったのは女だった」
「女ぁ!?」
「ある日突然森の家にやってきて、違法な感じの力を求めて師匠を殺して破壊衝動に駆られた双子の弟を止める力が欲しいと、プロウドを貸してくれないかと言ってきた」
「それは!!アイツ自身のことじゃねえかっ!!」
スクレイドは憤り、怒りを露わにする。
「そうらしいな、今ならそうなんだろうとわかるよ、俺の持つ結晶をソウルプロウドだと言ったのもベルだがそれは嘘ではないはずだがな」
「それでどうしたんだ!?」
スクレイドの怒りに呼応するかのように周囲の木々は激しくなる風になぎ倒され、辺りはクレーターのように抉られた。
「プロウドを三つ渡した、が最後に連絡を撮った時には黒くなったと言っていたから、しばらくは様子見だな」
「あの時!俺にプロウドのことを聞いてきた時か!?」
さすが察しのいいスクレイド、この話でそれがわかるとは。
しかしスクレイドの怒りはどんどん増していき、魔力がこもったその声に俺は思わず片耳を押さえた。
「そんなものをアイツに…ッ!!」
「だーかーらー!安心しろって!プロウドの使用条件にあてはまらないのはお前も知ってるだろう?汚物が出てくりゃわからないがな」
その言葉にスクレイドは怒りを押さえ、身構えて睨みつけた。
「使用条件…だって?」
「作者の意思と反する使い方はできない、だからプロウドが休眠状態に入ったんだろう」
「作者…そうだ!なぜおたくがあんなに、それもソウルプロウドを持っている!?」
スクレイドはまさかと思いながらも今まで考えては否定をしてきた自分の予感に当てはめ、混乱しながら俺を問い詰めた。
「あれは、俺が魔力の調節と暇つぶしに造ったものだからだ、制作時間は二時間、その前工程も含めて…四時間くらいか?」
「暇…つぶし!?四時間…?」
「スクレイド、悪いがもうその反応は腹いっぱいなんだ、俺って本当にやばいすごいだろ。というわけでベルのプロウド問題はしばらく放置していいだろう」
そこまで話すと、目の前のスクレイドが反転した。
だが倒れたのは俺ではない。
「スクレイド!?…なるほど、目の前で人が倒れるのは驚くものだな、俺はいつもこんな感じなのか」
俺は思考がパンクしたスクレイドを回収して森の家に運んだ。
「目が覚めたか?」
「…なんだいこれは」
スクレイドが目を覚まし、周りを見てガックリとボヤいた。
それは倒れてから数時間後、翌日の朝の事だった。
「なんだ?寝心地が悪かったのか?」
スクレイドは宙に浮く緑がかった半透明の球体の中で、起き抜けにアホを見るような目で俺を見つめた。
「あのままにはしておけないが、ソファを譲る気はなかったんでな」
「おたくねぇ」
「お前、それは凄いものだと思うが?その中にいれば回復はもちろん、重力からの解放に雑音だけを防音し湿度と温度管理まで完璧だ、なんの文句がある?」
俺はソファから立ち上がり、読みかけの本を閉じるとお茶を入れに動いた。
「確かにずっと眠っていたい心地良さだよねぇ、って。そういう事じゃないんだけどねぇ」
「結界も張って隠してある、ずっと気を張りつめてしっかりとは休めていなかったんだろう?」
その言葉にスクレイドは少し気まずそうにしたが、すぐにだらけはじめた。
「…じゃあもう少しだけ」
リラックスしてマイペースなのはいつものスクレイドらしく、今は怒りはないようだ。
ぽにょん、という感覚を手が突き抜けて、お茶を渡すとスクレイドはそれを受け取り飲み始めた。
「ところで、おたくは何をしているのかなぁ?」
スクレイドはお茶を渡したのとは逆の俺の手を見て聞いた。
「ちょうどいいから実演しようと思ったが目が覚めるのが遅かったな、満タンだ」
握っていたプロウド結晶を見せるとスクレイドはお茶をふいて再びうなだれた。
「ああ…夢だと思いたかったのに、おたくは…」
「すまないスクレイド、どこで知られたのか遮断された」
そう言うとスクレイドは眉をひそめた。
「念話が届かない」
「…ベルに?」
「ああ、すごいな、一瞬覗かれたらしい」
「そんな呑気な…」
スクレイドは悔しさを滲ませて、カップを持つ手に力を込めた。
「まあ逆探できたんだ、少しでも手がかりになるといいんだが…」
「逆探?」
「逆探知、一時的なものだが捕まえたぞ?魔力の糸をな。いやわざと居場所を知らせたのかもな」
「本当にかい!?…いて!!」
スクレイドは勢いよく前のめりになり、自分を覆う球体の壁に顔をぶつけたが、それを気にすることなく急かすように聞いた。
「ベルは…アイツはどこにいるんだい!?」
「罠かもしれないが地図にあてはめるならルクレマール国の中心だ、俺もルカもここに用がある」
「ルカくんも?」
「ルカには昨夜のうちに俺たちの事情をお前に話す了承を得た、お前はどうする?まだ詳しく聞きたいこともあるが、協力するなら秘密話なんてしていられない」
俺の言葉を聞き、スクレイドは困って俯いた。
「まあ好きにしろ、そこから出たい時は開けゴマと言え」
「え?ヤマトくん?どこにいくんだい?」
「どこに、じゃないだろう、お前が仕組んでおいて。アメリアの村の術式の貼りなおしだ!」
「まさか…」
「そうだ!昨日の力で自分で作った術式まで消し飛ばしたんだ、笑いたければ笑え」
「ぶっはーーーーーー!!!」
耳障りな笑い声を無視して、ルカを呼ぶと俺はアメリアの村に飛んだ。
「おはよう、アメリアちゃん」
「おはようございます!昨日はすみませんでした」
「大丈夫だよ」
ガイルの宿屋ではルカが愛想良く笑い、スクレイドが俺の後ろにピッタリと張り付き、俺は食べ物の匂いに吐き気を我慢し、興奮するレモニアの話に相槌を打つだけの機械になっていた。
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